佐藤さん家の日常

その4

「もーいーくつねーるとー。おーしょーうーがーつー」
 目の前で、そいつは上機嫌で歌を口ずさんでいる。
「おしょうがつにはー。たこあげてー、たこをーまわして――うわっ!」
「うるさい」
 あくまでも馬鹿そうに歌う男に蹴りを入れると、そいつは面白いくらいに盛大に転んだ。
「『こまを回す』だ。小学生の歌を間違えるな。それに正月はもう始まっている」
 あくまで冷静に指摘してやると、そいつは――春は恨みがましく俺の方を見た。でも気にしない。こんなことの一つ一つ気にしてれば自分の身がもたない。
「準備できたら行くぞ」
「なつくんは?」
「とっくにできてる」
 今日は元旦。早くても早い話でなくても正月だ。
 車で一時間。親戚の家はわりと離れた場所にある。
「あけましておめでとうございます」
 家につき親戚一同に深々と頭を下げる。
「春樹も大きくなったなー」
 伯父が豪快に春の頭を撫で付ける。一見大げさだと感じる仕草も今となっては恒例行事の一つ。元来この人はこんな性格だ。
「夏樹もよく来たな。じいちゃんとばあちゃんには挨拶したか?」
 うなずくと、春と同様豪快に頭を撫でつけられた。
 挨拶が終わった後食事をし、酒が入ると大人たちの話に入る。俺は未成年だから当然そのようなこともなく、食事が終わると早々に退散する。
「なつくん、なつくん。ほら」
 見て見てとばかりに春が目前に長方形の物体を突きつける。中身は予想できてるから『ふぅん』とだけ言っておいた。
「相変わらずそっけないなぁ。勝おじさんたちにもそんなかんじだったでしょ」
 こいつの言う『勝おじさん』と俺の母さんは兄弟にあたり、今回は母方の親戚の家に来たことになる。伯父さんにも子供が二人いるけど母さんの方が結婚も出産も早かったから俺たちの方が従弟より年上。
 二人の両親、つまり俺の祖父と祖母は別の家で生活しているから少なくとも年に二回、俺の家族と伯父さんの家族はそこで顔を合わせることとなる――と何故か説明口調な回想をよそに、『うわ、おじさん太っ腹ー♪』とどうでもいい声が聞こえてくる。
「やけに嬉しそうだな」
「嬉しいに決まってるでしょ。お年玉と言えば子供の潤い、大人たちの血と汗と涙の結晶だからね。心して使わないと」
 完全に一人舞い上がっている春をよそにジュースを飲んでいると、しばらくして従弟が顔をのぞかせた。
「あけましておめでとうございます」
 ごく普通の黒髪の男と焦げ茶色の髪の女子。名は昇とまりい。勝伯父さんの子で、一つ下の俺と春の従弟。
「今年もよろしくお願いします」
 弟の昇とはわりとよく会っているとはいえ、姉の方は今日も含めまだ二回しか顔を合わせたことがない。『よろしく』とだけ言うと広間のテレビのリモコンをつけた。
「のんちゃんも大変ねぇ。あんな可愛い子と一つ屋根の下だなんて」
「春兄、それカマくさい。その呼び名もいい加減どうかと思う」
「のんちゃんはのんちゃんでしょ?」
「だからやめろって言ってんだろ!」
 横からそんな声が聞こえても気にしない。いつものことだ。
「ここに取り出したるは何の変哲もない魔法のトランプ」
「どう見ても百円セールで売ってる紙トランプにしか見えないんですけど。っつーか、いまどきトランプ?」
 こいつがいると助かる。余計な指摘をしなくてすむから。
「トランプをバカにしちゃいけません。お正月はトランプに始まりトランプに終わる――」
 そんなわけがない。
 一時間後。
「だーっ! 負けた!」
「はいこれで五勝一敗」
「もう一回!」
 あいつ、意外とのりやすい体質だったんだな。テレビを見ながらふと思う。
「のんちゃん、次は神経衰弱だ! 僕の記憶力のよさをとくと見よ!」
「だからのんちゃんはやめろ! っつーか、負けねー!」
 馬鹿が二人いる。
 春には周りをよくも悪くも強引に巻き込む体質がある。最年少の従弟はものの見事にその餌食となっていた。
「夏樹さんはやらないんですか?」
 従弟の姉が声をかける。
「俺はいい。あの盛り上がりに水をさすのも悪いし。そっちこそ入ったら?」
「私もいいです。二人とも楽しそうだから」
 そう言ってくすりと笑う。考えていたことはお互い同じだったらしい。
「夏樹さん――」
「さんづけしなくていいよ。俺も呼び捨てにさせてもらうから」
 そう言うと彼女は一つうなずいた。
「まりいは昇と同じ高校だっけ? 部活入ってる?」
「うん。弓道部」
「俺と同じ」
「夏樹……くんも弓道部?」
「うん。今度射染めがある」
「私の学校もある。4日の日」
「俺の学校は5日」
 思わぬところで思わぬ接点があり、二人部活の話に華がさく。その間も残る二人はトランプに夢中になっていた。
「うるさいだろ。あの二人」
「面白いよね。あの二人」
 同じようで違う意見の発言に二人顔を見合わせる。確かにうるさいし見ようによっては面白い。どちらも間違ってはいないだろう。
「昇の奴、どう?」
 どう返したらいいかわからず、言葉を投げかける。
「春と同じくらいやかましいけど。あれでこの中で一番繊細だから」
 従弟ということは、それなりにお互いの状況も耳に入る。特に何年か前は目もあてられないことがあった。
「あの二人はわかりやすいようでわかりにくいから。何かあったら知らせてくれれば……何?」
「夏樹くんって兄思い、従弟思いなんだね」
 くすりと笑われ、それこそどう返したらいいかわからなくなる。
「あんなの、うるさくて掴みようがなくてどうしようもない――」
「でも、好きなんでしょ?」
 とりあえず、横には首をふらないでおいた。
「笑顔で口数の少なくなった時は気をつけたほうがいい」
 小声で言うと、彼女は静かに首を縦にふった。大沢まりい。なかなか侮れない従弟だ。
 とそこで、『二人とも行くよー』と肩をつかまれる。
「何所に」
「初詣。せっかく四人集まったことだし」
「もう遅いぞ?」
「これくらいならだいじょぶでしょ。のんちゃんの了解もすんでることだし」
 『のんちゃん』とやらの方を見ると、憮然とした顔で後片付けをしていた。
「何勝何敗?」
「二勝七敗。一回勝ったぞ」
「でも二回負けてるな」
 そう言うと彼はものの見事に撃沈した。大沢昇。色々な意味で期待を裏切らない従弟だ。
「行くなら早くいこう」
 両親に言って家を出る。星空の下、四人は神社に足を運ぶ。
「……なんで俺は男とこんなことをしているんだろう」
「夏兄でもそんなこと考えるんだ」
「普通に考えて、男と初詣より女との方がいいだろ」
「確かに」
 他愛もない会話をしながら道を歩く。それはごく普通の正月の風景。
 神社に行ったら願い事でもするべきか。来年は受験生だ、大学合格でも祈願するべきか――
「夏樹」
「何」
 聞きなれた声に振り向くと、そこにあるのは十七年前から見慣れた顔。
「まだ言ってなかった。今年もよろしく」
「……よろしく」

 そんな感じで我が家の一日は過ぎていく。
 新年明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
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