佐藤さん家の日常

学校編  その2

時にはこんな夜も

 どんな学校だって大抵は祭りが二つある。一つは文化祭、もう一つは体育祭。俺の学校もそれは例外じゃなく、今もその真っ只中だった。
「佐藤できたぞ。3番テーブル」
「わかった」
 できあがった料理をトレイにのせテーブルまで運ぶ。もうすぐ夕方になるにもかかわらず教室は人でにぎわっていた。
『秋桜(コスモス)祭』。どこかの学校でもやってそうな名前。確か中学の文化祭もこの名前だったと思う。文化祭は嫌いじゃないけどとりたてて好きというわけでもない。そもそも祭ごと自体興味はない。でも、もめごとを起こすつもりもないからそれなりに協力はしている。
 ――のだが。
「なつくんってウェイターさんだったんだー」
 テーブルの前には頬杖をつく春の姿が。その隣にはなぜか一年の朝比奈がいる。
「気が散るから向こうに行け。それにウェイターって言ってもただ運んでるだけだ」
「ひどいなー。僕らって客よ?」
「だったら早く食え。そしてさっさと出ていけ」
 早く帰れとばかりにクレープとジュース(B組はバザー、クレープ屋になった。そして俺はなぜか多数決でウェイターになってしまった)をテーブルの上に乱暴に置く。
「その性格直したほうがモテない?」
 誰のせいでそうなったと思ってる。その言葉は喉元で止めておいた。文化祭でまで怒鳴る必要もないだろう。そんな俺の胸中を知ってか知らずか、春は注文した品を次々とたいらげていく。
「おいしー。やっぱ計画のためにはまず腹ごしらえしなくちゃ」
「計画?」
「なつくんはダンス踊らないの?」
 俺の質問を無視し、唐突に聞いてくる。
「なんで」
 踊るとはダンスパーティーのこと。毎年、文化祭の最後に男女が踊る。強制じゃないから去年は参加しなかった。今年も参加するつもりはない。
「えー。せっかくのお祭なのに、ここで楽しまなきゃいつ楽しむのさ」
「そういうおまえはどうなんだ」
 聞き返すと『聞きたい?』と言わんばかりの笑みを浮かべる。こういう時のこいつの顔は、絶対何かたくらんでいる。そしてこういう時の対処法はただ一つ。
「聞きたい?」
「聞きたくない」
 即答すると春はシュンとうつむいた。でもそれは数秒のこと。次には顔をあげ勢いよく席をたつ。
「クラスに貢献するのもいいけどさ、せっかくのお祭なんだからもっと楽しみなよ」
 軽く俺の肩をたたくと『計画があるからまたねー』と聞いてもいない捨て台詞を残し春は教室からいなくなった。
「……計画って何?」
 遠ざかる後姿を見送った後、答えてもらえなかった質問を朝比奈にする。
「そんなの俺が知りたいですよ」
 目の前で朝比奈は深々と息を吐いた。そういえば春のやつ新入部員を獲得したとか言ってたな。それがこいつか。今だってきっとあいつの尊い犠牲となっているんだろう。
「お疲れ様。あんたの行く末に幸あれ」
 幾分かの憐憫(れんびん)の思いを込めて言うと、朝比奈は顔を青ざめさせて言った。
「そんな恐ろしいこと淡々と言わないでください!」
 本気で嫌がっている朝比奈に一抹の不安を覚える。きっと春はそんなことお構いなしにこいつを引き入れたんだろう。そんな春と同じ遺伝子を持つ俺は一体何なのだろう、と。
「あの先輩とよく兄弟なんてやってられますね」
「俺だって好きでこうなったわけじゃない。それに17年もつきあってりゃいい加減慣れる」
 正確には慣れざるをえない。訂正。無理矢理慣れた。
 破天荒で我侭で。春にはいつもふりまわされている。きっとこれからもふりまわされていくんだろう。これからもそれに慣れないといけないんだろう。それを考えると先が思いやられる。
「聖ちゃん行くよー」
 姿は見えないのにやけに大きな春の声が聞こえる。慌てて駆けだす朝比奈を見送った後、俺も自分の仕事にもどることにした。


 バザーも無事終わり、文化祭も残すところダンスのみとなった。
 学校中の生徒が体育館に集まっていくのが見える。でも俺は当初の予定通り参加するつもりはなく、薄暗くなった教室から電気もつけず一人それを眺めていた。
 仲よさそうに手を繋ぐ奴らやぎこちなく体育館に向かう面々。正直どうしてあそこまで盛り上がれるのかわからなかった。ダンスってそんなに楽しいのか? 文化祭ってそんなに楽しいか?
「ほらそこ。そんなとこでたそがれてる暇があったら参加しな。もうすぐ始まる――?」
 薄暗い教室に反比例するかのように、場違いな明るい声が響く。そこにいたのは長身の女子だった。肩に実行委員の腕章をつけてるからクラス委員か生徒会か。俺の学年にはこんな人いなかったから他の学年だろう。
 軽く会釈するとむこうもそれに気づいたらしく、とぼとぼと俺の方に近づく。
「えっと……。二年の佐藤、だっけ? メガネかけてるから――」
「夏樹。弟の方です。草薙先輩ですよね?」
 ようやく思い出した。草薙皐月(くさなぎさつき)。去年の生徒会選挙でやたらと女子に騒がれていた三年生だ。
「先輩は見回りですか?」
「これでも生徒会だから。これくらいはやっとかなきゃ。佐藤はダンス参加しないの?」
「強制参加じゃなかったですよね。ここで見てます」
 本当は数日前にダンスに誘われていたけど断った。それぞれが楽しむのは勝手だけど俺が楽しめるとは思えなかったからだ。
「先輩こそ参加しないんですか? もうはじまりますよ」
「実はあたし、ダンスってあんまり好きじゃないんだ」
「なんで?」
 それは本当に意外だったから気がつくと自然に問いかけていた。
「申し込まれはしたんだけど、全員女ばっか」
 頬を膨らませて言う先輩に思わず噴出してしまった。確かに女が女にモテてもうれしくないだろう。
「あたし、そんなに男っぽい?」
「まあはたから見れば」
 女らしいと言ったら嘘になるだろう。だいぶ前、男にとび蹴りをしていたのを偶然見たこともあった。その時は正直すごいと思った。
「でも、先輩はそのままでいいんじゃないですか?」
「え?」
「無理に着飾ってもしょうがないし、どうせボロがでるならはじめからそのままの方がいいですよ。少なくとも俺はそっちのほうが好きです」
 外見だけどうにかしても仕方がない。特に俺の場合、春(双子の兄)がいるから自然と比べられる。それが一時期嫌になったこともあった。でもそんなことで悩んでいても仕方がない。今は春は春、俺は俺と割り切るようにしようと……努力している。
「…………」
「先輩?」
 返事がない。何か変なことを言ったんだろうか。
「佐藤はさ、文化祭好き?」
 視線を窓ガラスの外に向け語りかける。辺りはすっかり暗くなり、体育館からダンスの曲が流れていた。
「はじめはみんなバラバラで。なかなかまとまらないんだよな。
 けどいつの間にか一つのことにみんな夢中になってる。それまで知らなかったお互いの面とかがわかったりしてさ。そういうことなかった?」
「……少しは」
 俺は自分から話しかける方じゃない。でも文化祭の準備とかでそれなりにクラスメートと話す機会は増えたしまんざらでもなかった。
「要はきっかけ作り。それに、ああして楽しんでくれるとやったかいがあったって思うよ」
 そう言って振り向いた時の先輩の顔は少しだけまぶしかった。目の前の人の言葉を借りるなら『女らしい』のかもしれない。
『せっかくのお祭なのに、ここで楽しまなきゃいつ楽しむのさ』
 ふいに春の言葉が脳裏に浮かぶ。正直、お祭騒ぎに興味はない。でも――
「先輩。一つ頼みたいんですけど」
「何?」
「ダンス、教えてくれますか?」
 そう言うと先輩はきょとんとした顔をした。
「去年は参加しなかったからやりかた知らないんです。時間がないからここで」
 出し物には参加したものの楽しめたかというと嘘になる。祭を楽しむために残された種目といえば、今曲が流れているダンスしかない。
「高くつくよ?」
「安くお願いします」
 そう言うと先輩は大声で笑った。
「いいよ。その代わり『先輩』はやめな。それで取引成立」
 どうして『先輩』をやめるのが交換条件なのかはわからなかった。でも本人がそう言ってるんだからそれでいいんだろう。
「じゃあ草薙さん」
「それも他人行儀じゃない?」
「じゃあ皐月さん、教えてください」
 そう言って頭を下げると返事は返ってこなかった。この呼び方はまずかったのか。そう思って頭を上げると、今度はなぜか顔を赤くしていた。
「先輩?」
「あ……うん。それでいい。ほら始めるよ」
 本人からの許可ももらったので俺も祭を楽しむことにした。暗くなった教室に男女が一組。その片方は自分。普段ならまずありえない光景。でも今日くらいはいいんだろう。

 時にはこんな夜もあっていいよな? なんてったって今日は文化祭だ。
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