委員長のゆううつ。

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STAGE 1 委員長の受難。

その9

「リズさんって誰?」
 昨日会ったのは目の前のカリンさんと先輩の二人だけ。ここに来る前に家の周りを一周してみたけど人らしき影は全くなかった。
「あなたの帰り道を教えてくれる人です」
 カリンさんが疑問に答えてくれた。帰り道を教えてくれるということは言い換えれば異世界から元いた場所にもどしてくれるということ。やっぱりここは地球じゃないんだ。あらためて実感する。さんざん元いた場所とは違うとか『人間あきらめが肝心』とか言っておきながらなんだけど、それでも『実は地球でしたって』夢オチにこしたことはない。
「その人ってすごい人なんですか?」
 単純な質問に男子二人が顔を見合わせる。元の世界に帰るってことは、それなりにリスクがあるんじゃないのか。それができるって人は、偉そうな軍人さんとか、年をとったおばあちゃんとか。どちらにしても、ものすごい人ってイメージ。
「確かに変わった人ではあるかも」
 先輩まで。うう。なんだか緊張してきた。
 かといって立ち止まっているわけにもいかず。カリンさんの後を大人しくついて行く。
 ところでどうして水の中で息ができたのかというと、財布についてる物に関係がある。売店のお姉さんから手渡された色とりどりの小石のストラップ。現状を作り出した誘因のこれ、実際は先輩が知り合いに頼んで作ってもらったんだそうだ。本当はお店で買うつもりだったプレゼント。でも、お店をまわったけどいいものが見つからず、それなら自分が作ると買い物に同行していた知り合いが作ってくれたらしい。後でその人にもお礼を言わなくちゃ。
 売店のお姉さん径由で渡され、さらには知り合いが手作りしてくれた先輩からのプレゼント。ただでさえややこしい肩書きの代物なのに、ついさっき『霧海(ムカイ)産の石を使った特殊用品』という、さらにややこしい情報が追加された。どうしてそんなものをわざわざ作ったんだとか他のプレゼントにすればよかったんじゃないかだとか、そもそも地球で異世界の代物をいつどうやって手に入れたんだだとか。問いただしたいことは山ほどあったけど、それこそ深みにはまりそうな気がしたからやめた。
 ところでこの石、持っていると水をはじくという特殊な機能がほどこされているらしい。あと肌身離さず持っていれば耐性ができて水の中でも息ができるし視界だってよくなる。傘だって大雨なら壊れるのに撥水加工にもほどがありすぎる。ちなみに先輩のピアスも霧海(ムカイ)産だとか。さっき彼が言ってたのはこういうわけだ。
 しばらくすると大きな柱の前に出た。
「ここ?」
「はい。待ち合わせの場所なんです。もうすぐ来てくれると思うんですが」
 そう言って辺りを見回す。結論からいえば、水の底でも歩くことはできた。息ができることに気づいてから歩くこと十数分。湖の底の景色にただただ圧倒されるばかりだった。まず地に足がつく――地面がある。色は茶色だったり緑がかっていたりと普通の地面とさほど変わりない。目の前の柱を除いては。水の底に柱。地球だって橋とか建造物の下に建てられているけれど一体どこまで続いてるんだろう。ちょっと気になる。
 息はストラップのおかげで問題ないとして、視界は良好。時々ふよふよと浮かんでるクラゲが視界に入った。海月時計(くらげどけい)と言うらしい。傘の部分を見るとご丁寧に時計の針が浮かんでた。これで時間がわかるらしい。異世界ってすごい。これで時計いらずだ。
 クラゲって呼ぶからには触るとびりびりしびれたりするのかしら。そんなことを考えていると、
「カリンくーん」
 どこからか女の子の声が聞こえた。しばらくしてやってきたのは。
「彼女がリズさん。通称『神の娘』です」
「うん。わたしがそんな人」
 藍色の髪に紫の瞳をした、あたしと同じ年頃の女の子だった。
「あなたが今度の旅人さん?」
 背は160センチジャストのあたしよりずいぶん低い。髪は結い上げて花とリボンをあしらったバレッタでとめてある。のばしたらきっと背中までありそう。
 ラズベリー色の服が藍色の髪によくあっていて襟元にはリボンと中央にカメオ。裾や袖にはフリルがふんだんに使ってあって、その色はベージュだ。長袖のヨークドレスと言うんだろうか。俗に言うゴシックロリータとは少し違うものの、小柄と言うよりも華奢な身体にはよく映えている。これで日傘でもさせば完璧なお嬢様のできあがりだ。
「あのー、旅人って?」
 目の前の女の子に問いかけると彼女はあっさり話してくれた。ここのところ、あたしって質問ばっかりだ。
「文字通り、いろんな場所を渡り歩く人のこと。大げさに言えば、人と人をつなぐ異世界から来た住人さん」
 要は迷い込んでしまった異世界人ってことかしら。ややこしいなぁ。
「ちょっとしたお告げみたいなものです。占い程度に考えておけばいいですよ」
 頭に疑問符を浮かべているとカリンくんが助け船をだしてくれた。占いか。だったら昨日のあたしの運勢はダントツで最下位だ。もしくは大凶。
「わかんないことはなんでも訊いてね。同じ『神の娘』どーし、一緒にがんばろ」
 紫色の瞳はくるくると元気よく動き、あたしの手をとる。お嬢様然とした装いとは裏腹にずいぶん人なつっこい。怖くて年老いた人を想像してただけに反動は大きかったけど、これならやっていけそう。
 そうだ。彼女も協力してくれるって言ってるし一緒にがんばろう。
 って。
「はい?」
『神の娘!?』
 わけがわからず異世界の言葉を反芻するあたしと男子二人の驚きの声が重なる。視線の先は、もちろんあたし。信じられないといった驚愕の表情からして、なんだかとんでもないことが起ってる気がする。
 あたし。いつの間にこんなことになっちゃったんだろう。
「あの。神の娘って」
 本当に今日のあたしは質問だらけだ。それでも訊かないことには先には進めない。
「言い伝えがあるんです」
 そう言って、カリンさんは口を開いた。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 むかしむかし。『神』と呼ばれる存在がありました。
 神には三人の娘がいました。
 一人は開花を。
 一人は喜びを。
 一人は輝きを。
 神は娘達をとても大切にしていました。娘達も神を愛していました。
 月日は流れ、神は眠りにつくことになりました。彼も万能ではなかったのです。
 ですから、神は娘達に自分の世界を託しました。
 一人は空を。
 一人は海を。
 一人は大地を。
 神は言いました。
『あなた達は私がうみだした存在。命を大切にしなさい。そうすれば、私はいつもあなた達と共にあることができる』
 神は深い深い眠りにつき、娘は嘆き悲しみました。
 ですが、いつまでも悲しむわけにはいきません。
 娘は『天使』と呼ばれるものをつくりました。娘と天使は長い年月をかけ、それぞれの世界を、人間を守り慈しみました。
 ですが、そんな緩やかな時間も終わりをつげます。神同様、彼女達も万能ではなかったのです。
 娘は天使に言いました。
『私の時間も終わりをつげます。これからはあなたがこの世界を守ってください』
 天使は言いました。
『一人は辛すぎます。どうか最期まであなたを守らせてください』
『ならば、二人で世界を見守っていきましょう。空と、海と、大地を』
 こうして娘達は、天使達は人々の前から姿を消しました。

 彼らはこの世界のどこかにいると言われています。彼女達は、彼らは、今でもずっと私達のことを見守っているのです

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 つまり、あたしがそのわけのわかんない存在であると。
「一体、なんのおとぎ話?」
 話の大さについていけない。神様ってなんだ。天使まで出てきちゃってるし、ここはいつから新興宗教になったんだ。
「ライフォード教ですよ。もう一つの世界ではそう呼ばれてるらしいです」
 横からカリンさんがフォロー。うん。この展開にももう慣れてきた。相変わらず聞き慣れない言葉のられつだけど。ちなみにあたしはキリスト教も仏教もほぼ無関心です。クリスマスは家族でケーキ食べたけど。
 話を要約すれば、『世界』と呼ばれるものが三つあって神様がそれを自分の娘達に託したってことよね。それで、娘さん達は自分だけじゃ力が足りないから『天使』というものと一緒に世界を守って。寿命がきたから天使と一緒にどこかへ消えちゃった、と。
「そこで、なんであたしの名前が出てくるんですか」
 しごく全うな意見を口にすると、紫色の瞳が応えた。
「あなたが神様の娘だから」
 答えになってない。
「あたし、ここに来たの初めてなんです」
 そもそも神様って用語が出てくるってことは、そうとう昔の話なんだろう。世界を託された人達なら、それこそ年取ったおじいちゃんかおばあちゃんのはず。仮に不老不死とかとんでもない設定だったとしても、あたしは正真正銘の女子高生。年齢だって正真正銘の十六歳でサバ読みは一切してない。
「うん。そうみたい。前に来てたらわたしが何か感じるもの」
 神秘的な力か何かなんだろうか。あたしには全然わかんないしもちろんそんなもの備わっちゃいない。
「まってください。リズさん」
 うん。待ってた。助け船のカリンさん。
「それが本当なら、どうして彼女は何も知らないんですか」
 そうそう。
「どう見てもシホさんは僕達よりもずっと年下です。僕やリズさん、マリーナさんのように数百歳というわけには見えませんが」
 そうそう。
 さりげなく、かつとんでもないことをさらっと言われたような気もするけど今は気にしない。それよりも現状を打破するのが先だ。
「確かにあたしは片親で、父親の顔はさっぱり覚えてませんけど。だからってそんな大層なものじゃありません」
 あたしの否定の声に。リズさんはやっぱりという顔で、男性二人はぎょっとした顔でこっちを向いた。
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