委員長のゆううつ。

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STAGE 1 委員長の受難。

その5

 それからちょくちょく顔を合わせることになるかと思いきや。
「まったく会わないのよね」
 先輩と顔を合わせることはなくなった。先輩は2年5組であたしは1年6組。1年と2年の教室棟は花壇を挟んで反対側にある。いるかいないかは2年の教室に行けばすぐわかるんだろう。でもあたしと先輩はそこまで親密な間柄でもなく。仮に教室をのぞいて先輩方に変な誤解をうけるのはもってのほか。仕方ないから心の片隅で気にしつつ今日という日を迎えていた。
 今日は11月の半ば。楠木高校の文化祭だ。
「調子はどう? 大沢」
 最終チェックを行いつつクラスメイトの男子に声をかける。
「任務完了。いつでもいける」
 あたし達1年6組の出し物はクレープ屋さん。めぼしいものを事前にとっていたアンケートから拾い出し、その中から多数決で決めた。次点はカラオケだったけど、わざわざお店に道具を借りにいくのも面倒だったから、こっちに決まってくれてほんとありがたい。
 生地はホットケーキミックスを使って薄焼きにして。上にのせるクリームやジャムはあたしの親ルートから購入した。奇をてらって作ったカレーは時間がないからレトルトで。教室内の飾り付けも終わったし、接客用の衣装も全員装着済みだ。
「準備はできた。あとはこいつを戦場に送るのみ」
 声をあげると、クラス全員の顔つきが変わった。この雰囲気があたしは好き。少しだけぴりっとしていて、でもわくわく感もあって。ひとつのことをみんなでなしとげていく。それなりに困難はあるけれど、まとまった時の高揚感や達成感は感慨深いものがある。
「開店!」
 パパンッ!
 クラッカーが勢いよく鳴り、入り口が開く。こうして1年6組の文化祭は幕を開けた。
 あらかじめ購入してもらった引換券を入り口で受け取って。営業班のクラスメートが注文を受けて、調理班が作ったクレープと飲み物を机を重ねたテーブルにのせる。文化祭は順調すぎるくらい順調だった。学校以外の人も来るから客層は老若男女様々。模擬店は他の学年やクラスもやってるけど客足が途絶えることはない。客寄せには目立つ人をピックアップし、裏方にはそっち専門の助っ人を備えた。備えあれば憂いなし。準備をしておいてほんとよかった。
 あたしはクラスを取り仕切る番長として裏方業務といきたいところだけれど。人手が足りないからタイトスカートに蝶ネクタイ、その上にエプロンといったウェイターを兼務している。
「委員長、カレーとイチゴクレープ一つ」
「はいはい」
 調理版から料理を受け取りテーブルの上にのせる。テーブルクロスは手続きが面倒だったから家のお古を持ってきた。こういう時家が飲食業やってると助かる。
 クレープを運んで、引換券をうけとって集計して。売り上げはまずまず。
「高木、先に休憩入っていいぞ」
 クラスの一人に促され、一足先に戦場を離脱することにする。出だしは好調みたいだし他の人達に任せても大丈夫だろう。
 エプロンを脱いで簡単にたたんで。営業側とは目立たない場所に置こうとすると、そこにはあたしと同じエプロン姿のクラスメートの後ろ姿があった。ただし男子だけど。
「ごくろうさん」
 肩をたたくと、クラスメートがふり返る。
「大沢って実は統率力あったんだね。いつも以上に輝いて見える」
「ほっといてくれ」
 憮然とした面持ちの彼。ほめたつもりなのに彼にとっては不本意なものだったらしい。この大沢、地味な外見とは裏腹にお玉と包丁を持たせたら使えるのなんのって。調理班のリーダーに任命したかったけど、提案したら謹んで辞退されてしまった。
「クレープの方は?」
 裏方に専念してるから表舞台は見てないんだろう。売り上げ金額を教えてあげると彼はほっとした表情を見せた。
「順調だな」
「順調、順調。お互い死力をつくして戦いましょう」
 親指をあげると照れたように同じ仕草をする。ついでにハイタッチまでいけばよかったけど、新しいクレープの注文がきたからと大沢はさっさと行ってしまった。教室はみんなに任せるとして。せっかくの休憩だし、ここはがんばってるクラスメートのために飲み物でも買ってこよう。
 階段を下りて廊下を渡って。売店に向かう途中で大きな影にぶつかる。
「すみません」
 鼻をおさえると目の前には金髪の男の人がいた。
「休憩ですか?」
 確か、英語のハザー先生だ。今まで担当してた水城先生が産休に入ったからその代わりだったっけ。金髪碧眼にすらりとした長身の体格。日本語も流暢だしきっと周りにもてるんだろうな。
「そんなところです。よかったら先生も寄って下さい。おいしいですから」
「そうですね。生徒達のお祭りも面白そうですし。高木さんは確か6組でしたよね」
「はい。1年6組です」
「わかりました。是非寄らせてもらいましょう」
 そう言ってさわやかに笑う。清々しい表情。うん。やっぱりもててたんだ。間違いない。
 それじゃあと頭を下げて売店に向かおうとして、ふと足を止める。先生は英語教師で、かつ外国人だ。なら彼のことも知ってるかもしれない。
「先生は留学生のこと知ってますか?」
 だめもとで問いかけると先生は訝しげな顔をした。
「留学生といっても、複数いますが」
 確かに。あたしのクラスにだって一人いるし。あ、そっちは帰国子女か。男子だけど。あと3組にも女の子がいるって聞いた。
「2年の外国人の男の子です。今日はきてないのかなって」
 あらためて言い直すと、先生は笑顔のまま口を閉ざした。
「先生?」
 爽やかな笑顔なんだけど。何かを考えあぐねているような。伝えるべきか伝えないべきかを思案しているような、そんな表情で。
「気になるんですか?」
 そう聞かれたのはたっぷり三分くらいたってのことだった。そりゃあ、まあ。仮にも一緒にパンを食べた仲だし。にぎやかだったのに急に音さだなくなったらさすがに気になるだろう。それだけ。うん。本当にそれだけだ。他意はない。ほんとに。
 黙ってたのが不自然だったんだろうか。無理に応えなくてもいいですよと苦笑した後。先生はこう続けた。
「彼は祖国に帰ってしまいました」
 詳しい説明をするなら。元は交換留学生だった彼。本当はもう少しいるはずだったけど、身内に不幸があったとかで一足先に帰ってしまったとのこと。どうして詳しいかと訊けば『同じ故郷の出身ですし教師ですからね。このくらいは把握してないと』と返された。
 そっか。先輩、帰っちゃったんだ。
「どうしたの。せっかくの文化祭なのに辛気くさい顔しちゃって」
 先生と別れて売店でジュースを買っていると、店員のお姉さんに声をかけられた。
「みのりさん」
「今日は一人なのね。彼氏と一緒じゃないんだ」
「先輩はそんなんじゃないです」
 真っ赤になって否定でもすれば、嘘ばっかりってからかわれたりしたんだろうか。だけど、あたしと先輩は本当にそんな関係じゃないんだから仕方ない。そう。彼はもういないんだ。派手なあの人のことだ。文化祭じゃ目立って仕方なかったんだろうな。それとも自分から率先して何かやってたんだろうか。
「彼がいなくてさみしい?」
「そんな間柄じゃないです」
 模擬店の売り上げは順調のはずなのに、なんとなく心は晴れない。そんなあたしの心情を察してか、みのりさんが声をかける。
「そのわりには顔がさみしそうだけど」
 まあ、まったくこれっぽっちも何とも思わないかと聞かれたら嘘になるけど。銀色の髪の男子高生。なれなれしいかったり、笑顔で物騒なことを言い出したり。あれだけインパクトが大きかったんだ。何も思わない方がおかしい。たぶん。
「変わった子だったわね。おとぎの国の王子様ってかんじ?」
「そんな可愛いもんじゃないですよ。ただの皮肉屋なんですから」
 手厳しいのねと苦笑する売店のお姉さんをよそにそっと息をつく。
「別の世界からきた人、みたいだったな」
 我ながら大きく出たと思う。でも本当にそんな感じで。呼びもしないのに現れてつきまとって。別れの挨拶もなく目の前から消えてしまった不思議な男子。埋め合わせするって言ってたのに。
「はい」
 目の前に紙袋を突きつけられる。前にもこんなことあったような。
「なんです、これ」
 袋を開けると中からストラップが出てきた。白と緑と黄緑の石がクローバー状に編んである。つないであるのは真っ白な紐。
「彼に頼まれてたの。この世界の女の子って何をあげれば喜ぶかって。
 本当は彼の手から渡されるはずだったけど、いなくなっちゃったから仕方ないわよね」
 それにしても、世界だなんて変わってるわよねという声は耳に入らなかった。そっか。ちゃんと考えてくれてたんだ。いいとこあるじゃん。
「今度は顔、にやけてるわよ」
「気のせいです」
 慌てて訂正して、ストラップを制服のポケットに入れる。別れのあいさつくらいしたかったけど仕方ない。次に会うことがあったらお礼を言おう。
「クレープ屋さんやってるから。あとで見に来て下さい」
 それだけ言うと後半の仕事にもどった。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 その後さらに時間が流れて修学旅行でスキーに行って。飛行機に乗って三泊四日の雪国で、一日目はほとんど移動で終わっちゃったから明日からちゃんと滑ろうって話になって。点呼もとったしお風呂にも入って早めに休んで。二日目になって早く目が覚めたから散歩でもしようって制服に着替えて準備して。
 そうだ。そこから記憶がなかったんだ。
「あの。ここってどこなんでしょう?」
 そもそもあたし、なんでここにいるの?
「地球の学校じゃないことは確か」
 あっさりと薄ら寒いことを口にされて。
「地球って世界じゃないことも確か」
 絶句ってこういう時に使うんだろうなって思う。久しぶりに会った銀色の髪の男子は初めて会った時と同様、笑顔でとんでもないことを言ってのける。これじゃあ、次にあったらお礼を言うどころじゃない。
 あたしは委員長。何があっても動じることはない。
 だから、どんなことがあっても負けないしくじけない。たぶん。
「じゃあ、あたしの修学旅行は」
「地球でもよく言うらしいよ? 『人間あきらめが肝心』って」
 口から漏れた声は先輩の軽口にいとも簡単に却下されてしまう。さっきまで学校のみんなと一緒にいたのに。朝ご飯食べてこれからスキーが始まるはずだったのに。よりにもよって、なんで、とんでも体験しなきゃいけないの。
「返せー! あたしを元の世界にかえせーー!!」
「どこかで聞いたなあ。その反応」
 ごめんなさい。あたし、早くもくじけそうです。
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