委員長のゆううつ。

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STAGE 1 委員長の受難。

その3

 この世界。
 目の前の男子ははっきりそう言った。
「シホちゃんって言うんだ」
「……高木詩帆(たかぎしほ)です」
 学校からの帰り道。あたしの後ろには、なぜかさっきの男子生徒がいる。暇だからとなぜか後をついてこられ、はじめは無視をしていたものの、あまりのうっとうしさに根負けしてしまった。しぶしぶ名乗りをあげると、今度は自分から勝手に自己紹介をしだした。

 ぼくはコウコウって学校の生徒で2年4組。シュッセキバンゴウは一番最後の41番。飛び入りだったから仕方ないね。でもなんとなくカッコいい感じがしない?
 こっちの八月って『ナツヤスミ』って呼ぶんだっけ。その日にこの世界にきてさ。右も左もわからないわけ。一応、ミモトヒキウケニンってやつがいるけどそいつらが言うには、ぼくくらいの年齢の人間は学校に行かないといけないらしいね。そういうの、リュウガクセイって言うんだよね。学校に入るのに試験が必要だって死にものぐるいで勉強させられたよ。これって虐待じゃないのかなあ。可愛そうって思わない? 思うよね。
 だから、こうしてのんびり休憩させてもらっていたわけ。

「そしたら目の前に女の子がいたでしょ。『果報は寝て待て』ってよく言ったもんだよね」
 べらべらよくしゃべる人だ。かつ、なんでそんなことわざ知ってるんだか。ちなみに彼があたしの名前を知ってるのは『名前教えてよ』と背後からそれこそしつこく聞かれそ、それこそしぶしぶ自己紹介したからだ。
「ぼくはセイル。『セイルくん』でも『せーちゃん』とでも好きに呼んでね」
「呼びません」
 彼の提案をぴしゃりと却下する。なんで会って間もない男子を愛称づけて呼ばなきゃいけないんだか。
 留学って確か自国以外の国に在留して学術・技芸を学ぶことだったと思う。わざわざ外国から勉強しにやってくるくらいだから、留学生って品行方正ですごい人なんだろうなってイメージがあった。でも目の前の男子は、品行方正という言葉をどこかに置いてきてしまったようだ。留学生にも真面目・不真面目な者もいる。今度、脳内の辞書に付け加えておこう。
「日本語の使い方間違ってます。もう一度はじめから勉強しなおして下さい」
 彼にむかってぴしゃりと言い放ち、ついでとばかりに補足説明をする。
「そもそも話の内容と表情に説得力が全然ありません。同意を得たいなら、もう少し神妙な顔をしてください」
 まず八月イコール夏休みという認識が間違ってる。夏休みは七月の末から八月いっぱいまでだし学校によっては早かったり遅かったりする。第一、社会人は八月でもしっかり働いてるし。全員がお休みというわけではないのだ。
 身元引受人は、親のことを言ってるんだろう。それともホームステイか何かで本当にこっちに親がいないんだろうか。
 八月くらいに外国から日本にやってきて、編入試験を受けるために親にしっかり勉強させられた。こんなとこか。オーバーにもほどがある。これも外国人だからなんだろうか。
「用事があるのでここで失礼します」
 いつの間にか、駅の近くまで歩いていた。なおもしつこくつきまとってくる先輩に冷たく告げると男子生徒は肩をすくめる。
「どうしてさ。コーコーセイは授業が終わったら遊ぶんだろ? もっと自由にやろうよ」
 確かに放課後をどう使うかは個人の自由だ。課外や部活にせいを出す人もいれば文字通り遊びに出かける人もいる。間違ってはいないのかもしれないけど。あいにくあたしはそこらへんの女子高生とはわけが違う。
「本当に用事あるんです。電車に乗るから失礼します」
 一礼して駅の改札口に向かおうとすると。 「用事って何?」
 本当にしつこい。このままじゃ答えなきゃ家まで着いてきそうな勢いだ。
 大きく息をついて。仕方ないから事実を話す。
「家の仕事。親が飲食店を経営してるんです」
 正確には人手が足りない時のお手伝いだけど。今日は朝から頼まれてたのだ。
「へぇ。ぼくも仕事してるんだ。ちょっとヘマやっちゃったけどね」
 だから同業者。そう言って笑う男子の声に足を止める。意外だ。ちゃんと社会勉強してるんだ。チャラチャラしてるからもっと遊んでるかと思った。
「参考までに聞きますけど。先輩ってどんなバイトしてるんですか」
「ばいと?」
 外国にはバイトなんて単語ないんだろうか。それともあたしと同じ家事手伝いみたないなものかしら。
 咳払いをすると少しだけ訂正して続ける。
「アルバイトです。短期間のお仕事。あなたは何の仕事をしてるんですか」
 ふり返って彼の表情を見る。彼はしばらく無言のまま首を右に左にかしげていた。これはわかってないな。
 男子生徒の仕事先も気になるけど、自分の仕事の方が優先だ。時計の針は五時十八分。電車の発車時刻は五時二十分。急がないと間に合わない。
「わかんないならいいです」
 改札口に定期券を通すと急いでホームに向かう。
「なんだ。職業のことか」
 声が聞こえたのは電車が来る直前のこと。実際は少し違うけど、話が進まないからうなずういておく。ホームには階段を上って改札口とは反対側にいかないといけないから残った時間は少ない。それでも気になったから次の言葉を辛抱強く待った。
 逆光だから表情はよく見えない。わかるのは陽に照らされた銀色の髪と男子の陽気な声。
「ぼくのお仕事ね。簡単だよ」
 ホームをはさんで。明日の天気でも告げるような声で、彼はあたしの質問にこう答えてくれた。
「人殺しさ」
 本当に陽気な声で。
「……え?」
 電車の出発のアラームが鳴ったのはほぼ同時。結局、五時二十分の電車には間に合わなかった。
 次の電車は五時四十分だったから手持ちぶさたで。一方、物騒な発言をした当人は『またね』と手を振るとさっさといなくなってしまった。仕方ないからホームの自動販売機でジュースを買う。
「何が人殺しよ」
 プルタブを開けながら、男子の言葉を反芻する。真面目に聞いた自分がバカだった。おかげで電車に乗り遅れちゃったじゃないか。
 そんなこと言ってればカッコいいとでも思うのか。それとも単に気をひきたかっただけなのか。どちらにしても危険きわまりない発言であることには違いない。見た目だけじゃなく、中身も残念な人なのか。世も末とはこんなことを言うんだろう。ああいう人間には近づかないに限る。
 世界の行く末を憂いつつジュースを飲み干す。炭酸だったから途中でちょっとむせてしまった。ああいう人間が世界を駄目にするんだ。残念だけど、あんな人はどの国にでもいるのね。
 やがて、電車がやってくる。車内に足を踏み入れながら心の中で誓いをたてる。あんなやつ、二度と近づくもんか、と。
 それなのに。
「なんでここにいるんですか」
「だってここ、あったかいじゃん」
 翌日。銀色の髪があたしの目の前でゆれていた。
 お昼を買おうと売店に行こうとして。ショートカットしようといつもと違う路を選んだらはち合わせになった。
「教室にいても言ってることわかんないからさ。ここでお昼寝してるわけ」
「猫ですかあんた」
 思わず素でつっこむと彼はそうかもねとくったくなく笑った。
「友達とか話す人いないんですか」
「ぼくって人見知りだからさあ。あそこだと浮いちゃうわけ」
 本当だか嘘なんだか。そういって片目をつぶる先輩に大きく息をつく。
 留学生もホームシックとかかかるんだろうか。言語が通じないとか。ってことはないか。昨日あんなにべらべらしゃべってたんだし。
 それにしても。
「一日中ここにいるつもりですか」
 半眼で告げると意に介した様子もなく男子は笑う。
「どうっしようかなあ。それこそ猫になってごろごろしようかな」
 こんな男は各国共通なのか。どうせならあたしの目の届かないところでごろごろしてほしい。
「約束でしたよね。世界のことはわかりませんけど、学校のことなら案内します」
 時計の針は十三時十分。案内するには時間が足りない。
「転入生には代わりないですもんね。特別サービスで案内してあげます」
 それでもこんなことを言ってしまう自分が悲しくなる。何が悲しくて転入生の道案内をしなきゃいけないのだ。
「テンニュウセイ?」
「他の学校から引っ越してきた人のことです。この学校、初めてでしょう?」
 もっともこの場合は留学生なんだろうけど。
「うん、そう。ぼくって転入生なの」
 でも一度言ってしまったものは仕方ない。あたしはそういう質(たち)なのだ。
「さぼりなんて言語道断です。とっとと教室にもどって午後の授業を受けてきて下さい。そしたら放課後案内してあげますから」
 指を突きつけると彼はおどけたように笑ってみせた。
「怖いね。クラスイインってやつみたいだ」
「みたいじゃなくて、そうなんです」
 そう。あたしはそういう性質(たち)。
「高木詩帆、県立楠木(くすのき)高校、1年6組委員長です」
 正確には五回目の。心の中でそう付け加える。小学四年生からはじまって、中学でも抜擢され。高校入学と同時に見事に選ばれてしまった。実に我ながら、筋金入りの委員長だ。
「ですから。私の目の前ではそんな不用意な発言しないでください。先輩」
「センパイ?」
 青の瞳がぱちぱちとまばたきする。どうやら意味がわかってないみたいだ。あと、仕草がちょっとだけ可愛いかもしれない。
「同じ学校で学年があたしよりいっこでも上だったら立派な先輩です」
 そう言明すると先輩はあたしの顔をじっと見る。変なことを言ったつもりはない。外国人でも二年生ならあたしより一つ上なのは事実だし、目の前でサボり宣言されたら見過ごすわけにはいかない。
 ぱち、ぱち、ぱちと今度は三回まばたきした後。男子は、先輩ははにかんで言った。
「うん、そう。ぼくって先輩なの」

 思い起こさなくても、あれが全ての元凶だったのだ。
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