委員長のゆううつ。

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STAGE 2 委員長の旅立ち。

その5

 目の前にあったもの。それは。
「柱ですね」
「うん。柱」
「どこからどう見ても大きな立派な柱だ」
 あたし、リズさん、先輩が思い思いのことを口にする。だってそうとしか言いようがなかったから。
 海の中にそびえ立つ巨大な柱。横幅はゆうに二メートルはこえていて、縦幅は水面にさえぎられて見えないけどそうとう高そう。水の中から上を見上げるなんてこと、そうはないだろうな。見上げながらふと思う。おかげで首が痛くなりそうだ。
「天昇台(てんしょうだい)って言うの。これで海の状態がわかるんだよ」
 状態ってなんだろう。汚れてるとかきれいだとかそんなところだろうか。続けてリズさんが柱に手を触れると柱全体が青い光を放った。
「時の城とやらに行くんですよね」
「うん。そう」
「でも、ここからどうやって出発するんですか」
 リドックっていう場所が近くにあるならいざ知らず。少し前のマリーナさんの話のそぶりだと神殿もその場所もそうとう遠くにあるみたいだった。
「ここから行くの」
 他に通り道があるのかと辺りを見回してみても柱以外にに目立った物はないし。本当にどうやって行くんだろう。
「リズっちお願い」
 先輩が片目をつぶってお願いすると任されたリズさんは柱の前に手を添えたままつぶやいた。
「我は海を司りし者。我と竜の加護を受けし者の名において、汝(なんじ)を使役する」
 柱が青から、今度は深い青に、蒼に色が変わった。
「これで何が起きるんですか」
「大事な情報がわかるの」
 そう言って紫の瞳を閉じる。水の中なのに藍色の長い髪がふわりとゆれる。蒼の光とあいまってなんだか尋常じゃない雰囲気だ。一体何が始まるんだろう。
 固唾をのんで見守っていると、叔母さんの口から厳かに告げられたそれは。
「今日は晴れ時々くもり」
 まごうことなき天気予報だった。
「降水確率は30パーセント。ところにより一時、にわか雨になるでしょう」
 しかも内容が地球のテレビとほとんど変わらない。そもそも天気がわかったからどうだというんだ。
「洗濯物はよく乾きそう。紫外線には充分に注意してください」
 確か最近買った携帯電話にも同じ機能がついてたような気がする。今度どっちがより正確か確認してみよう。だけどメイド・イン地球の代物で異世界の天気なんかわかるのかしら。
 頭をひねっているとリズさんに手をひっぱられた。
「乗って」
 どこに乗るんですかと尋ねる前に目をみはる。巨大な柱の一部にぽっかりと穴があいていたのだ。詳細は大人が数人並んで入れるくらいの大きさのぶん空洞になっている。促されるまま台の上に乗ると台が上昇しはじめた。
「時間がないから地上に直行するね」
 壁が透明だから高所恐怖症の人には絶対おすすめできないけど、海の中の景色は本当にきれいで。たとえるなら海の中にそびえ立つ透明なエレベーターみたい。しかも行きは水中に飛び降りて帰りはエレベーターですか。異世界ってすごい。
「これだけ便利なものがあれば、海に地上に旅行し放題ですね」
 しかも想像していた幻想的なものとは違っていたって近代的で。なんだか圧倒されてしまう。
「やろうと思えば海と地上を行ったり来たりできるんだろうけど。実際にこれを使う人は少ないかな」
 もったいない。あたしだったら絶対使いまくるのに。そう思って尋ねると海の中の方が気候も重力も安定しているとのこと。そういえば昔、似たようなことを理科の授業で習ったような気もする。とどのつまり、変化のめまぐるしい地上よりも変化の少ない海中の方が安全ってことらしい。
「あと、それを持ってるやつも少ないからね」
 そう言ってマリーナさんが指さしたのは携帯電話を指さされる。正しくは携帯についてるストラップ、の先についてる石の飾り。手渡されたのは売店のお姉さんからだけど、よくよく聞くと、地球産なのはストラップの紐だけで他の石は霧海(ムカイ)産なんだそうだ。さらにたどればリズさんを径由してもらったとか。道理でこっちにきてしまったわけだ。今となってはこれが名実共に地球との接点をつなぐ道具だ。
 これがないと水の中で息ができないのはもちろんのこと、海と陸の橋渡しの機能も持ち合わせているらしい。逆を言えばこれがなかったら間違いなくここで生活できない。
 絶対なくさないようにしようと心にかたく決めて。ふと、とある疑問が脳裏をよぎり叔母さんに問いかける。
「これって一方通行なんですか?」
 柱――天昇台のすごさは身をもって実感した。だけどエレベーターって普通、上にも下にも動かせるはずよね。それとも異世界のものだと違うのかしら。
「んーん。ちゃんと地上からここまで降りれるよ」
 ということは。
「あたしを突き落とす必要なかったじゃないですか!」
 怒りあらわに先輩をにらみつけるも当の本人はどこふく風で。
「ちゃんとお姫様だっこしてあげたでしょ。だからチャラね」
「言い訳になってない!」
 そんな一悶着はあったものの天昇台の中は比較的平和だった。魚やクラゲはもちろんのこと、イソギンチャクとか海藻とかまさに竜宮城状態。途中でサメらしきものと目が合った時は思わず先輩の背後に隠れてしまった。柱の中だったから危害は加えられなかったけど。
 天昇台を抜けるとそこは相も変わらずの霧の大地で。
 霧。
 霧。
 霧だらけ。と言いたいところだけど、リズさんと会ってからはちょっと違う。
「これもリズさんの力?」
「半分かな」
 前は視界が悪くて迷ってばかりだったのに今はちゃんと歩けている。詳しくはリズさんの作ったものを持つことによって耐性ができたらしい。なんだか常人から離れていってるような気がするけど気にしないでおく。
「ああ、大地が恋しい」
 今ならほおずりだってできそうな気がする。しないけど。
「海の中もいいけどやっぱり地上が一番だね」
 先輩も同意見だったらしく地上に着くなり大きくのびをしている。
「わたしは海の中に慣れてるから大丈夫だけど。カリンくんもそう?」
「そうですね。僕も地上の方が慣れてますから」
 そうなんだ。てっきり霧海(ムカイ)の人だから海の中になれてるのかと思った。そういえば今朝、自分は地上人(ちじょうびと)だって言ってたっけ。
 マリーナさんはどうなんだろう。自分で海の妖精って言ってるくらいだから当然海の方が慣れてるんだろうな。そう思って視線をめぐらせてみたけど返事はなかった。
「マリーナさん?」
 どうしたんだろう。心なしか瞳の焦点があってないような気がする。もう一度声をかけるとようやく返事をしてもらえた。
「今ひとつかな。久々の地上だからね」
「やっぱり調子悪いの?」
 自称叔母さんの声に、人魚の女性はなんでもないと苦笑した。
「もしかして病気とか?」
「そんな大げさなもんじゃないよ」
 マリーナさんが説明するにはこうだ。海の精霊だから海の中にいるのが普通。その方が動きやすいし力も増す。言い換えれば海から離れると逆に力が弱くなってしまうとのこと。だから適応するまでに時間がかかるらしい。
「もうおばあちゃんだもんね」
「アンタに言われたくないよ」
 リズさんの声に柳眉を逆立てる。見た目と実年齢はカリンくんの件で実証済みだし、そう呼ばれるからには相当な年齢を重ねているんだろう。おそらくリズさんも同様だ。
 じゃあ同じ海の住人のリズさんは地上に出ても大丈夫なのかという疑問が当然わく。けど彼女はチカラとやらで耐性があるんだそうだ。それで、叔母さんの近くにいると他の人もそれなりに耐性がつくんだそうだ。髪の娘ってつくづくすごい。
「……って、足!」
 視界に慣れてまじまじとマリーナさんを見つめると。お腹から下にあるのはまごうことなき人間の足だった。もちろん服は着てるけど。
「言っただろ? 適応するまでに時間がかかるって」
 確かに尾ひれがついたまま地上を移動するのには無理がある。今の姿も充分に無理があるけど。
「わかった。人型(ひとがた)になったもんだからぎっくり腰になったんだ」
 先輩がつぶやいたら睨まれた。ちょっと怖い。
「あたしは里ができてからずっとここにいたんだ。たかだか十数年しか生きてないひよっこに言われたくはないね」
「人生経験は豊富だと思うけど」
「あたしに比べりゃまだまだひよっこさね」
 そんなもんなのかしら。
 異世界にきて一週間。時間と年齢の感覚だけは絶対なれないだろうなと脳裏でぼんやりと思った。
「久々の地上だからね。無理しないで依り代にでもはいってたほうがよかったのかも」
 依り代?
「依り代って何なのさ」
 あたしよりも早く。先輩が疑問を口にする。
「まずはあたしに触ってみなよ」
 促されるがまま、マリーナさんの手をとろうとした。
 うん。したけれど、手は見事に彼女を通りこしてしまった。目を白黒させると海の妖精は肩をすくめてみせた。
「あたし達精霊には実体がないのさ。だから地上だとどうしても不安定になってしまう」
「だから、変わりの実体をもったものがあれば、マリーナは一休みできるしそれを通じて動くこともできるの」
 マリーナさんの言葉を引き継いでリズさんが解説してくれた。ちなみに海中で握手ができたのはそれこそ海の中だったから。海の中では実体を保てても地上だと力が保てずダウンしてしまうらしい。だから依り代って簡易寝床がほしいってとこかしら。依り代にされたほうはとんでもないだろうけど。
「その依り代とやらは、どんなものがいいんですか?」
「道具でもいいし、生き物でもいい。とにかくここに実在していることが重要なの」
 実際は道具に宿ることが多いらしい。もしくは物を長く使っていくうちに精霊が宿るとか。まるでどこかの昔話みたい。
「でも、生き物を依り代にしたら、それまでの動物の人格とかはどうなるんですか」
「なくなるってことにはならないよ。そいつと精霊と半分半分かな。たまに元の性質がでちまうかもしれないけど」
「じゃあ、人間を依り代にすることは?」
「できないことはないけど。やったことはないからね」
 なんなら試してみる? という提案にあたしは丁重にお断りした。
「そういえば、確認なんだけどさ」
 何の確認なんだろうと首をかしげると、先輩はさらっとぶっそうな台詞を口にした。
「詩帆ちゃんって獣と戦ったことってある?」
 まるで詩帆ちゃんって料理できる? とでも聞かれたみたい。それくらい本当にさらっとしていて。
「今、なんて言いました?」
 かみ砕いて、理解して。聞き返すのに五分の時間を費やした。
「戦ったことあるかって訊いた」
 再度問いかけはしたものの返ってきたのはさっきと同じ台詞で。
「戦うって何と」
「獣」
 今度は、
『詩帆ちゃんって料理できる?』
『何の』
『卵』
 みたいなノリで。ちなみにあたしでも卵焼きくらいは作れる。目玉焼きも作れるけど。
「せーちゃん違うよ」
 リズさんが否定の声をあげる。
「ここでは海獣(カイジュウ)って呼ぶんだよ」
「へぇ。それは知らなかった」
 あたしもです。って、やっぱり何かが違う。
 異世界は今日も一筋縄ではいかないみたいだ。
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