委員長のゆううつ。

BACK | NEXT | TOP

STAGE 2 委員長の旅立ち。

その2

「その格好はよくないと思うの」
 水の里に着いて開口一番言われた台詞はこれ。
 ちなみに水の里というのは地元にあるお土産屋さん、ではなく。文字通り水の中にある里のこと。つい先日あたしは先輩に抱きかかえられ、というよりも半ば突き落とされるような形でここにたどり着いた。その後はずみで先輩の顔を思いっきし殴ったというエピソードもあるけど無我夢中だったからということにしておく。
「よくないってどこがですか」
「目立つじゃん」
 あたしの問いに先輩が応える。今のあたしの格好はというと紺色のブレザーにプリーツスカートというなんてことはない、ごくごく普通の学校の制服。髪は三つ編みでメガネはかけているものの春休みになったとはいえ通学している学生はいるし大して珍しい格好じゃない。今いる場所が異世界だということをのぞけば。
「目立ちますか?」
「だから目立つって」
 先輩は黙殺して今度はカリンさんに呼びかける。詩帆ちゃーん、もうちょっと優しさをわけてくれてもいいと思うんだけどって声が聞こえるも無視。最近、スルースキルが以前にもまして上達したような気がする。
「僕の故郷では珍しい服装かもしれません」
 翠玉の瞳は苦い笑みを浮かべている。先輩の言ったことは正しいらしい。あたしの学校では約300人の生徒がこれを着用してるんですけど、と言ってもここでは通用しないんだろう。
「わかりました。着替えます」
 多数決によりしぶしぶ同意する。目立つのは好きじゃないし、いらぬ被害はさけるにかぎる。でも今のあたしが持ち合わせる服といえば今着ている制服とパジャマ代わりのシャツにジャージ。見た目はちょっといただけないが、外見よりも動きやすさ重視だからいたしかたない。学校の運動着を持ってくる案もあったけどそれこそ目立つから却下。やっぱり夜着を着るしかないかと考えあぐねていた時。
「大丈夫。服ならわたしがしっかり準備してあげるから」
 自称叔母さんの視線と笑みがなんとも怖かった。
 ここで叔母さんことリズさんの紹介をしてみよう。藍色の髪に紫水晶の瞳のどこからどうみてもあたしと同世代にしか見えない女の子は彼女曰く、あたしの父親の妹ってことになるらしい。この世界(霧海)では見た目と実年齢が必ずしも一致しないらしいから、彼女の言ってることは本当なのかもしれない。でもあまりにも内容がうさんくさいから話半分で聞いておくことにしてる。
 その叔母さんの身につけているものは膝下丈のワンピース。ミント色の服は髪によくあっている。襟元にはリボンと中央にカメオ。裾や袖にはフリルがふんだんに使ってあって、その色はチョコレート。長袖のヨークドレスと言うんだろうか。俗に言うゴシックロリータとは少し違うものの、小柄と呼ぶよりも華奢な身体にはよく映えている。
 そんな彼女があたしのために準備してくれた服はというと。
「絶っ対嫌です!」
 なんというか、とんでもないものだった。
「なんで? 可愛いよ」
 小首をかしげるリズさんに恨めしげな視線を向ける。そりゃあ、あなたはいいでしょーが。似合ってるんだし。
「動きにくいじゃないですか」
 そもそもこんな格好自体着慣れてないんだし。
 笑顔の叔母さんに連れてこられたのはとある一室。手伝ってあげるからと制服を脱がされ今の格好に着替えさせられて。男性陣は部屋の外にいる。見られるのは絶対嫌だし。
「その点は大丈夫。ね」
 なにが『ね』なのかわからない。『ね』の隣には妙齢の女の人。
「アンタがうわさのしーちゃん? あたしはマリーナ。海の妖精さね」
「高木詩帆(たかぎしほ)です」
 海の妖精ってなんですかと突っ込んだら失礼だろうか。一礼して握手をする。ついでに笑顔を浮かべてみるけれど、そこまでが限界だった。
 艶やかな緑色の髪に青の瞳。上半身は出るところは出て引っ込むところはみごとにひっこんでるという世の中の女性達にとって理想的な体型。下半身はというと、足がなくて尾ひれがあって――うろこがあって。
 マリーナと名乗る女の人はあたしの世界では『人魚』と呼ばれる生き物だった。
 目をそらしちゃ駄目。現実を受け入れなきゃ何もはじまらない。大体、この世界に来ることになってからうすうす予想してたじゃないか。修学旅行、修学旅行。未知との遭遇なんてそう簡単にできることじゃないんだから。そう考えれば何事も楽しく感じられる。たぶん。
 あたしは委員長。何事にも動じない。動じてたまるもんか。どこからか詩帆ちゃん考えてることが声に出てるよって声が聞こえたけど気にしない。そもそも今は別の問題があるのだから。
「マリーナさんからも言ってあげてください。こんな格好動きにくくてしょうがないじゃないですか」
「長いことずっとこいつの相手をしてるけどこいつは年中この格好でうろうろしてるよ」
 それに伸縮性があって汚れにくい素材を使ってるしと余計な情報を教えてくれた。なんでも彼女がこしらえてくれたとか。この小さい体でどうやってとか思うけどやっぱり今はそれどころじゃない。
「リズっちまだー?」
 しびれをきらしたのか男性陣の声がする。
「いいよー」
「よくないです!」
「入るよ」
「入るなー!!」
 抗議の声も空しく男性陣はやってきた。
「そんなに大声出さなくても」
 懇願も空しく声は近づいて。それでも見られるのは嫌だからマリーナさんの後ろにかくれる。いつまでもそのままじゃラチあかないだろってもっともな指摘も受けたけど、嫌なものはやっぱりやだ。
「いいから出て行きなよ。これじゃ先に進めない」
「じゃあ進まないでください」
「あんた、意外と無茶苦茶いうやつだね」
 無茶苦茶でも嫌なものは嫌なんだ。でもこのままじゃいけないってこともわかってる。せめてまともな服があれば。
 ああでもないこうでもないと考えあぐねていると、煮えをきらした先輩に強引に腕をひっぱられた。
 プラム色のボレロを羽織ったような感じのワンピース。裾はふわっと広がっていて、スカートの部分は生成り色。フレア袖というんだろうか。手元はびらっと広がってるし胸元に施された細やかなピンタック。おまけにところどころにリボンがくっついている。正直に言えば恥ずかしい。
 じいっと見つめられること数分。
「似合うじゃん」
 良家のお姫様やお嬢様が着るには申し分ないけど一階の高校生が着るには荷が重すぎる。男性陣の目がなければ急いで制服に着替えてるところだ。あたし高木詩帆の身長は160センチジャスト。大柄ではないけど小柄でもなく。おまけに眼鏡もかけたままだからまったくもって似合ってない。そう反論したけれど、だったらはずせばいいじゃんとまたもや強引にメガネをはずされてしまった。
「似合ってるよ。ほんと」
「……本当に?」
「ほんとほんと」
 視界がぼやけて表情がよく見えない。でもお世辞だってことはよくわかる。もしくは女慣れしてるか。彼にいたっては両方だろう。たぶん。
「本当によく似合ってますよ」
 メガネを返してくれたのは翠玉の瞳の男の人。
 じゃあこのままでいこうかなと一瞬思ったものの、あらためて自分の格好を見回して。
「……もう少し落ち着いたものにしてください」
 やっぱり人間、着慣れた格好に限る。かくして服選びは一時間も費やしたのだった。
 シャツの上にキャミワンピース。もちろん下には膝より長めのベージュのパンツをはいている。それだけだと寒いから、上にはパーカーをはおった。もうちょっと可愛くしてもいいのにというリズさんのつぶやきは聞こえなかったことにしておく。人間には向き不向きというものがあるのだ。
「露出度が減った」
「変なこと言わないで下さい!」
 さっきの方が絶対可愛かった。先輩のつぶやきも当然無無視。そもそも一体どこまで本気なんだか。
「カリンくんはどう思う?」
 リズさんの視線があたしから唯一(?)の常識人に移る。彼はじっとあたしを見つめた後に一言。
「可愛いですよ」
 頬にはうっすらと赤みがさしている。お世辞とはわかっていてもつい頬がゆるんでしまう――
「ですが、その。足を露出しすぎなんじゃないかと」
 ――ことはなかった。
「露出って」
「初めて会ったときも思ったんですがリズさんもみなさんも露出しすぎです。目のやり場に困ります」
 先輩の苦笑に頭をふってこの台詞。ちなみに前述したように薄地のキャミワンピースではあるものの、下にはクロップドパンツをはいてるし肌が見えるといっても膝より少し下。制服の時は膝上五センチ。極端に長くも短くもない。
「わかった。君ってむっつりなんだろ」
「変なこと言わないで下さい!」
 変かどうかはともかくとして。今時珍しい純情青年ということはよくわかった。
 参考までに、ここで男子二人の服装をチェックしておこう。先輩はフードつきのジャケットに中は七分袖のシンプルなカットソー。さらに下に黒い裾が見えてるから重ね着してるんだろうな。これまではそこから先に包帯が巻かれていたけれど、昨日全部とっちゃったからきれはしが見えることもない。足下は動きやすそうなパンツに靴。なんとなく場慣れしてると感じるのは気のせいだろうか。
 一方のカリンくんはというと。ゆったりとした大きな上着にズボン。まるでどこかの民族衣装みたいだ。翠玉の瞳とよく映えてるし。
 最後のマリーナさんはというとさっき説明した通り。ああ、上着はちゃんと着ています。絵本とかだと何も身につけてなかったりほぼ裸に近かったりしてたから現状を知った世の男性達はさぞかしがっかりしそうだけど。本人に聞いたら『そんなセクハラはやめとくれ』って言われました。異世界でもセクハラは通用するんですね。これであたしが当事者になっても一安心です。
 こうしてみると、このメンバーってすっごいばらつきがあるのよね。留学生に長身の美形さんに自称叔母さんに人魚ときたもんだ。うん。なんというか本当に幅がすごい。それに。
「この格好であたしの街歩いてたら絶対変な目で見られてますよ。異世界ってすごいですね」
「しーちゃん感心するところがずれてない?」
 気のせいです。
 そもそもあたしがこんな目に遭ったのも元はといえば父親が悪いんだ。
 親父が本当に見つかったら十倍返しにしてやる。お母さん待ってて。今に親父をぎったぎたにしてみせるから。
「詩帆ちゃーん、本音がだだもれだよ」
 背後から聞こえる先輩の声をさらりと聞き流し、遠い世界から祖国にいる母親に固く誓ったのだった。
BACK | NEXT | TOP

[あとで読む]

ヒトコト感想、誤字報告フォーム
送信後は「戻る」で元のページにもどります。リンク漏れの報告もぜひお願いします。
お名前 メールアドレス
ひとこと。
Copyright (c) 2011 Kazana Kasumi All rights reserved.