委員長のゆううつ。

BACK | NEXT | TOP

STAGE 1 委員長の受難。

その10

 あたしの家は、お母さんと親一人子一人の二人暮らし。物心ついたころからそうだったし、そのことを全くこれっぽっちも悔やんだことなんかない。
 と言ったら嘘になるけれど。それでもずっと二人でやってきた。父親の写真だって見たことがないから顔もわからない。だって覚えてないものはしかたないし。薄情な娘かもしれないけど、父親の方だってあたしに会いに来たこともないんだからお互い様だ。それに悲しいかな、シングルマザーはさほど珍しい話でもなく。夜中に酒に酔って『あのヤロー、とっとと帰ってこい!』とかのたまってる母親の姿を目にすると、実は母親が怖くて逃げ出したんじゃないかと思いたくなる。
「覚えてないからって、あたしがその変なものだって決めつけないで」
「『神の娘』です」
 横からカリンさんの横やり、もとい補足説明が加わる。
「それに万が一にも神様が父親だったりしたら、その人はとんでもない大馬鹿やろーです」
 そんなにすごい人だったなら、なんであたし達をほっとくんだ。それとも他に新しい女の人でもできたから出て行ったのか。だとしたら許せないし、妻と子どもの前からいなくなった時点でろくでもない奴だってことは確定している。
「そもそも同じって、私とあなたには何の接点もないはずです」
 初対面だし。見た目だってまったく違うし。あたしは普通の黒髪黒目なのに対してリズさんは藍色の髪に紫の瞳。背格好だってあたしは160センチに対して彼女はたぶん150にも満たないだろう。百歩譲って父親が一緒だったとしても、異母姉妹にしては無理がありすぎる。
 なんてことを考えてたのが甘かった。
「あるよ。つながり」
 あっさり肯定されてあたしの方が面食らってしまう。まさか本当に世界をこえた姉妹だったとか。あまりの展開に頭をかかえていると、カリンさんが再びしゃべりだした。
「シホさん。さっきの話を覚えてますか」
 ええと。三つの世界があるというのはさっき聞いたとして。その世界には、一人の娘さんと一人? の天使が存在する。言い換えれば、一つの世界に娘さんと天使がいさえすれば、他の存在はお払い箱ってことらしい。リズさんはこの世界の、霧海(ムカイ)の『神の娘』と呼ばれていた。ならばあたしは地球の神の娘とやらなのか。そう思って尋ねると、地球にも、ついでにもう一つの世界にも娘さんは存在していることが判明した。
 だったらあたしはお払い箱じゃないか。そう思って反論すると。
「シホさんは神の娘だよ」
 正確にはお兄ちゃんの娘だけどと付け加えて微笑む。神様? お兄ちゃん? 相変わらず頭の中には疑問符が浮かんでばかりだ。
「神の娘については理解できましたか?」
 問いかけというよりも確認に近いカリンさんの声にうなずきを返す。
「だいたいは。うだつのあがらない駄目親の代わりに世界を任されたかわいそうな人達ですよね」
「その物言いもあんまりなんじゃない?」
 久々に口を挟んだ先輩は華麗にスルーする。詩帆ちゃんぼくの扱いひどいよねって声が聞こえたけど気にしない。今は現状把握が最優先だ。
「リズさんはちょっと特別なんです」
「そうそう。なんたって『お兄ちゃんの妹』だもんね」
「先輩は黙っててください」
 再度の横やりを黙殺して話に集中する。やっぱりひどいって声がしたけどしっかり無視。
 神様の娘さんっていうくらいだから年をとっていてもおかしくないし、ましてや娘さんに兄や弟がいてもおかしくない。でもそれと特別って意味と何の関係があるんだろう。
「そのお兄ちゃんが大物なの」
「大物って、とんでもない有名人だとか?」
 何気なくつぶやくと、三人はうんうんとうなずく。え。近いの。口に任せてしゃべっただけなのに。
「もしかしてお兄ちゃんが神様だとか」
 これまた口をついて出た声に。
「うん。シホさん筋がいい」
 首肯したのは他ならぬリズさんだった。
 神様には三人の娘さんがいて。リズさんのお兄ちゃんってひとの役職は神様で。あたしはその神様ってひとの娘さんらしい。それらを要約すると。
「リズさんはあたしの叔母さん!?」
「そういうこと。ちなみに歳は訊かないでね。乙女のたしなみだから」
「人は見かけによらないってね」
 よらないにもほどがある。
 あたしと目の前の女の子とのつながりは異母姉妹なんて可愛いものではなく。世界と年代をはるかに凌駕した叔母と姪だった。
 ちょっと待って。とんでも話にもほどがある。父親が神様らしいってことにも驚愕してるのに、叔母さんまで出てこられたらついていけなくなる。
 そもそもだ。
「神様がお兄ちゃんなのに、なんで娘さんなんかやってるんですか」
「わたしはちょっと特殊だから。長生きはしてみるものね」
「説明になってないっつーの!」
「詩帆ちゃん素がでてる」
「先輩は本気で黙ってて!」
「うわ。ひっどい」
「本当に素みたいですね」
 全員が思い思いのことを口にする。あまりにもあまりのことだから口調云々はこの際気にしない。異世界だの神様だの娘さんだの。意味不明の言葉の羅列に気がおかしくなりそうだ。もう少しわかりやすく話して下さいと頼みこむと、自称叔母さんは人差し指をぴっとたてた。
「『神の娘』っていうのは簡単に言えば役職名。わたしも他の『神の娘』も血のつながりはないの。そういう意味では、本当の神様の娘はあなたなのかもね」
 異世界にも役職なんて肩書きあるんだ。妙なところで感心してしまう。
「じゃあ、二百歩譲ってあたしの父親が神様で、かつあなたがあたしの叔母さんということにします」
「百歩じゃないんだ」
「せ・ん・ぱ・い」
「……おとなしくします」
 すごすごと引っ込む約一名をにらみつけた後、ようやく本題を切り出す。
「それで。あたしはどうやったら元の世界に帰れるんですか」
 もちろん心の底では三割しか認めていない。残る七割は完璧な猜疑心(さいぎしん)だ。だって、どう考えてもつじつまが合わないし。そもそも本当に父親が神様かも怪しい。というよりも嘘だ。そんなことがまかり通るなら、先輩とあたしを並べて『実は生き別れの兄弟でした』とか言われた方がよっぽど説得力がある。
 どうやってもあたしと同じ年頃にしか見えない自称叔母さん。それでもあたしを元の世界に返してくれる人なんだ。全てはこの人にかかってるといっても過言じゃない。納得はいかないけれど。ここは認めたふりをしておかないと次の段階には進めないだろう。
 その叔母さんはあっけらかんと告げた。
「簡単だよ。わたしがチカラを使えばいいの」
 あれだけ娘さんだの神様だのとスケールの大きな話をしておきながら、そんなことでいいのか。なんだかすごく拍子抜けだ。
「じゃあ、とっととちゃっちゃと使っちゃってください」
「うん。いいよ」
 これまたあっさりと告げられて脱力する。今までの壮大なお話はなんだったんだ。
「その代わり、お願いがあるんだけど」
「なんですか」
 もはや気力体力もつきはてて、人としての接し方さえおざなりになってきたあたしにリズさんはとんでもないことを提案する。
「わたしと一緒に、お兄ちゃんを捜してほしいの」
 笑顔で。でも紫の瞳は真剣そのもので。
 リズさんのお兄ちゃんは神様ってひとで、あたしの父親ってひとは神様らしくて。
「あの。リズさんのお兄ちゃんはあたしの父親なんですよね」
「うん」
 何かが色々間違ってる気がするけど考え得るそれらを全て黙殺し、言葉を続ける。途中で『一人称変わってる』とか約一名ぼやいてたけど、今はそっとしておきましょうと残る一人にたしなめられてた。もちろん気にしてられないから袖にする。
「あたしの父親、失踪中なんですけど」
 物心ついたころからあたしはお母さんと二人でやってきたんだ。ろくに顔も覚えてないのにどうやって捜せと。
「大丈夫。心当たりならわたしが知ってるから」
 だったらあなた一人で捜してください。
 心の中で悪態をついていると、横から服の袖を引っ張られた。
「詩帆ちゃん詩帆ちゃん。ここは言うこと聞いといたほうがいい」
 ふりむくと青の瞳があたしを見ている。何事かと思って見つめかえすと、先輩は真面目な顔で忠告する。
「じゃないと、地球にかえれなくなるかもよ?」
 何度も口にしてるけれど、リズさんは元の世界に帰る手段を持つ重要人物。換言すれば彼女が力を使ってくれないとあたしはずっと異世界に取り残されるってことで。ここにきて脅迫ですか。ああ。一体どこで、なんでこんなことに。
「わたし一人でできないこともないんだけど、もしかしたら間違って別の場所に飛ばしちゃうかも」
 あたし達の会話を肯定するかのように紫の瞳がにっこり微笑む。
「そういうの、脅迫って言いませんか」
「わたしの世界にはそんな言葉はないよ」
 やっぱりにっこり微笑み続けるリズさん。周囲を見るとだんだんあの人に似てきましたねってささやき声がした。絶対わかってて言ってる。コノヤロウ。
「でもね。あなたにとってもチャンスだと思うの」
「チャンス……?」
 眉根を寄せるとリズさんは楽しげにのたまった。
「協力すれば、すぐに見つかると思うの。お父さんに会いたいって思わない?」

 オトウサンニアイタイッテオモワナイ?

「思わない」
 即答した。かつ、今までで一番硬い声だったんだろう。男子二人はもちろんリズさんまで驚いた顔をしていた。だけど、吐き出したものはなかなか元にはもどせない。
 お父さんが神様でしたって、ふざけてるにもほどがある。大体、さみしかったとか会いたかったとか、そんな想いはとうの昔に捨ててきた。
「あたしとお母さんがどれだけ苦労したかなんて知らないくせに」
 母子家庭は少なくないといっても人並みの苦労はしてきた。会いたかった時は一度も現れずに十六年もたって姿を見せるなんて虫がよすぎる。
「今さらどんな顔して会えっていうのよ!」
 不覚にも声を荒げてしまった。これもひどかったんだろう。男子二人は呆然としている。
 平静を取り戻したのはしばらくたってからのこと。
「ごめんなさい。大声出して」
 自分でも意外だった。いつもは感情は抑えてる方なのに。しばらくすると、リズさんがあたしの肩に手を置く。
「特別サービスしたげる。気が向いたら連絡してね」
 この時のリズさんは、今日見てきた中で一番優しい顔をしていた。
BACK | NEXT | TOP

[あとで読む]

ヒトコト感想、誤字報告フォーム
送信後は「戻る」で元のページにもどります。リンク漏れの報告もぜひお願いします。
お名前 メールアドレス
ひとこと。
Copyright (c) 2011 Kazana Kasumi All rights reserved.