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桜の下で

 オレの通っていた小学校は、木造だった。
 クラスも、一学年につき一クラス。そのクラスだって36人と当時にしては決して多いものではなかった。だから、六年間同じ顔ぶれが集まるわけで。嫌でも顔をあわせることになる。
 『桜の下で会いましょう』

 そう書かれた同窓会の手紙を握り締め、オレは桜の木の元へ向かった。


「…………」
 別に来るつもりはなかった。
 単なる暇つぶし。休日ですることなんか何もなかったし。
「おまえは変わらないよなー」
 周りにだれもいないことを確かめて、桜に語りかける。
 桜。六月の季節になると、さすがに花は散っている。
 この木の下で、当時はよく遊んだものだ。『授業の一環』とか言って先生がここによく連れて行ってくれた。ここから見える景色がオレは好きだった。
「誰が変わらないの?」
「え?」
 振り返ると、そこには髪の長い女性がいた。
「久しぶりー。元気だった?」
「あ……うん。久しぶり。そっちは?」
 さっきの独り言は聞かれなかっただろうな? 平静を装いながら、頭のスミでそんなことを考える。
「今日は学校休みだったの。久々の里帰り」
「優(ゆう)さんは大学行ってるの?」
「うん。院生。来年就職するんだ……って、久々だ。名前で呼ばれたの」
 髪の長い女性――優さんがくすくすと笑う。
「しかたないだろ。六年間そう呼んでたんだし。今さら変えられるかっての」
 友達を苗字で呼ぶ奴はそうはいない。ましてや当時は小学生。みんな男女関係なしに名前で言い合っていた。
「おーい。宗(そう)」
 どうやら他の奴らも来たらしい。桜の下にはあっという間に人だかりができた。

「すごいよなー。お前教師やってるんだっけ?」
 当時一番仲の良かった奴がからんでくる。
「肩書きはな。もっとも臨時だからパシリに近いけど」
 そう言って苦笑する。
「いいなー。先生。わたしは銀行員。朝から夜までもー大変」
 ショートカットを茶色に染めた女子が、心底疲れたように、でも笑顔で話しかける。
 かと思えば。
「……おれ、もうすぐ結婚するんだ」
『なにーーーっ!?』
 その場にいた全員が、爆弾発言をした当時のクラスメートに釘付けになる。
「別に驚くほどの話じゃないろ。おれ達だってもういい年なんだし」
「そりゃあまあ、そうだけど……」
 まさか知り合いが結婚するとは思わなかった。そうだよな。オレ達、もうそういう年代なんだよな。
「いいなー。私この前別れたんだよね」
『……ご愁傷様』
 それでも、久々に合う顔はなつかしいわけで。
 気がつくとお互いが自分の近況を語り終わるまで、かなりの時間を費やしていた。
「よう。やってるな」
 最後に先生が、紙袋を片手にやってくる。
「うっわー。先生全然変わってない!」
「むしろやせた?」
「それだけ、おまえらが成長したんだよ」
 苦笑しながら一人一人に紙袋の中身――缶ビールを手渡す。
「いいんすか? 教師が生徒に飲酒勧めて」
「もう生徒からとっくに卒業してるだろ。成人してるんだから犯罪にはならない。……しっかし、これだけ集まるとは思わなかったな。これだけじゃ足りないか?」
 缶ビールはあっという間に空になってしまった。
「じゃあオレ買ってきますよ」
「悪いな。あとつまみも」
「じゃあ私も行く! 一人じゃ持てないもんね」
「サンキュ」
 こうして二人は季節外れの花見会場を後にした。


「みんなすっかり変わったよなー。見違えたし」
 買い物袋を片手に、なかば花見会場と化してしまった桜の元へ歩みをすすめる。
「それってオヤジ入ってるよ?」
「う。いいだろ? 別に。女子連中だってそうだ。綺麗になったよ」
「そうだよねー。由香ちゃんも里美ちゃんも美人になったし」
「そーだな。でも優さんだって綺麗になったと思うけど?」
 女は化けるとはよく言ったもんだ。名前を言われないとわからない女子だってけっこういたし。
「……ありがとう」
 振り向くと、頬を赤らめた元クラスメートの姿があった。
「オレ、ほんと言うと来ようかどうか迷ってたんだ」
「え?」
「就職したのはいいけど、ヘマやってばっかで。正直かなりへこんでた」
「…………」
「みんなすごいよな。ちゃんと自分の目標もって。ちゃんと前に進んでるもんな」
「宗くんは? 前に進んでないの?」
「どうだろうなー。わからない」 
 『教師になる』という目標は、なんとか叶えることができた。でもその後がうまくいかない。『きつい』とか『やってられるか』とか言いながらも、笑っていられるみんながうらやましかった。
「かなり迷ってたけど、『桜の下で』っていう誘い文句につられてさ。来ちゃった。久々にみんなに――桜に会いたくなったんだ」
 あの桜だけは、あの景色だけはずっと変わらないような気がしたから。
「……あの木、もうすぐなくなっちゃうの」
「え?」
「私達の生まれる前からずっとたっていたから。もう寿命なんだって」
 視線を足元におきながら、寂しそうに語る。
「だから、待合場所をわざわざあそこに指定してあったんだ」
「うん……。『一人でも多くの人に桜のことを覚えていてもらいたい』って先生が言ってた」
「……本当に、みんな変わっていくんだな。オレ一人取り残されたみたいだ」
 時間がすぎても、あの風景だけは変わらないと思ってた。
 それって、オレの勝手な思い込みだったんだな。
「……変わらないよ。みんな」
「え?」
「見た目は変わってるかもしれないけど。でも中身は変わってないよ。あの桜みたいに」
 真剣な表情で、オレを見据える。
「花は散ってしまったけど。もう枯れてしまうかもしれないけど。それでも桜は――あの景色はそこにあるんだよ。私達だって同じ……だよね?」
「…………」
 そうだよな。
 変わっているようで変わらない。変わってないんだ。
「あーあ。明日からまた仕事だっての」
 買い物袋を片手に大きくのびをする。
「大変だよねー。社会人って」
「ま、ね。でもこれがオレの決めた道だし。やれるだけやってみるさ」
「さっすが社会人!」
「だろ?」
 二人で顔を見合わせて笑いながら、みんなの待っている桜の下へ急いだ。

 これから先、何度もくじけることだってあるだろう。泣いてしまうことだってあるかもしれない。でもオレは、オレ達は変わらない。たとえ変わってしまっても、変わらないものだってきっとある。

 散っては咲いて、それでも変わらない、あの桜のように。




「突発性企画『桜』」に投稿したものです。
自分にしては珍しく真面目ですね。
当時実際にあった出来事をそのまま書いたという感じもありますが。当時のクラスメートと一緒に先生の元へ押しかけて。なんだかんだ言っていい思い出です。
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