花鳥風月

  03.国境の街  

 剣(つるぎ)。それは人の創りし武器。
 剣。それは道を切り拓(ひら)くもの。
 『剣』とは、文字通り世界をまたにかけた謎の鍛冶屋。
 『剣』は『剣』であってそれ以外の何ものでもない。それだけの存在だから自分の信じるままに生きなさい。

「なんでっ! アンタはそう迷うのよ!!」
 方向音痴は世界を超えていた。
「普通に来ただけだぞ?」
「アンタの普通は常人にとっての非常識なの!」
 とある世界の片隅で、少年少女の口論が始まる。もっとも少年には自覚がないため少女が一方的にまくしたてているにすぎないが。
「どんどんどんどん先に進むし。そもそもアンタ。こっちに来るのって初めてじゃないの?」
 首を縦にふる少年に瑠風(るか)は眉根を寄せる。
「じゃあどうして」
「家訓六番! 迷ったときは本能のまま突き進め!!」
「アンタの『本能』は一般人には通用しないの!!」
 月臣(つくおみ)のあっけらかんとした物言いに瑠風の怒りは頂点に達した。
「元々今日は一人で来るはずだったの! 時間には遅れるし昇さんには迷惑かけるし今だって道間違えてるし。
 着いてくるなら着いてくるで邪魔しないで。アンタ、それでも本当に『剣』なの?」
 瑠風の怒りの表情に月臣(つくおみ)は立ち止まり下をむく。
 少し言い過ぎただろうか。少年の態度に瑠風は不安を覚える。だが少年には今まで何回も煮え湯を飲まされてきたのだ。これくらい言っても余裕でおつりがくるではないか。
「わからないならせめて一人で突っ走らないで私か蒼(あお)に聞いて」
 今日という今日はしっかり言ってやらねば。少年をおいたまま、少女は一人話続ける。
「アンタが不安なのもわかるけど。私だって緊張してるんだから」
 返事はない。さすがにこたえたのだろうか。だがもう少し言ってやらなければ。口調を幾分かやわらかいものに変え、瑠風は切り出した。
「まだまだ先は長いんだし。一緒にがんばろう。月臣」
 さすがに反省しただろう。振り返って顔を近づけて、少女は絶句する。
 少年は立ったまま眠っていた。
「月臣、月臣」
 ゆさゆさと揺さぶると少年はのろのろとまぶたを開ける。
「私の話、聞いてた?」
「んあ?」
「わ・た・し・の・は・な・し、聞いてた?」
 がくがくとゆさぶると少年はぱっちりと目を開ける。
「ごめん。途中から眠くなった」
 少年の声に瑠風はがっくりと肩を落とす。
「アンタに話した私が馬鹿だった」
「そっか。瑠風も大変だな」
 少年に反省の色はなかった。そもそも悪意のかけらもないのだから反省のしようもないが。
「お願い蒼(あお)。この馬鹿どうにかして」
《申し訳ありませんが、わたしにもできることとできないことがあります故(ゆえ)》
 肩にのしかかるのは蒼前(そうぜん)の淡々とした否定の声。
 昇さん。こいつのお守りはあまりにも荷が重すぎます。
 心の中で大量の涙を流しつつ、瑠風は天をあおいだ。
 瑠風と月臣は従兄弟にあたる。年齢も同じ、家も近かったことから幼少の頃からの長い付き合い。いわゆる幼なじみにあたる間柄だ。
 月臣は『剣』と呼ばれるもの。瑠風もまた同じもの――正確には見習いにあたる。瑠風が昇の元へ来た目的。それは自分の作った道具を、『剣』を見てもらうためだった。
「アンタ。『剣』って意味わかってる?」
 瑠風の指摘に少年はこくこくとうなずく。
「世界を旅する鍛冶屋だろ? あこがれるよなー」
「世界って何?」
 瑠風の質問に少年は三本の指をたてて答える。
「確か三つあるんだよな。『三つの力を束ねて見守れ』って言われてるくらいだし」
「じゃあここはどこの世界?」
 三つ目の質問に月臣は初めて言葉を詰まらせる。
「えーと」
 右を見て、左を見て。もう一回右を見て。
「師匠の時空転移(じくうてんい)を使ってこっちに来たんだよな。それで」
 腕をくんで考えること五分。体ごと少女に向き直ると月臣は疑問を口にした。
「ここ。どこ?」
「『三つの世界』と呼ばれる場所のどこかであるのは間違いないけどね」
 瑠風の説明によるとこうだ。
 腕利きの鍛冶職人の一族。その中でも剣を作るのが一番多かったことから彼らは『剣の一族』と呼ばれるようになった。
 一族には昔からのしきたりがある。一つは世界を見てくること、一つは剣をつくること。
 一つ目は見聞を広めることが目的で、成人になる前に行われることが多い。一方もう一つの課題は『剣』自体の意味があいまいで不確かなもののため、やり遂げることが難しい。要は『剣』と呼ばれる道具か武器を作ればいいのだが、それがなかなか簡単にはいかない。持ち主がいて、使い手がいて剣は初めて意味をなす。さしずめ『剣』はその作り手。世界をまたにかけた鍛冶屋と言ったところか。
 以上の二つの『課題』をこなすことで見習いは一人前の『剣』と認められる。瑠風の場合、これを忠実に実践しているということになる。では月臣の場合はどうか。
「これが表向きの理由。裏向きの理由はアンタの方が詳しいでしょ」
 瑠風の言葉に月臣は応じる。
「『人を夢中にさせといて、突然いなくなるんじゃねぇ。本当に寂しいなら放っておくなっつーの! とにかく何がなんでももどって来い。黙って一発、問答無用で殴らせろ!』だったよな」
 一族とは本来同じ祖先から出た者たち、言い換えれば血のつながりのある者たちを指す。
 祖先とは本来一族の元となる人間、家計の初代の人間となる。ではその祖先とはどのような人物なのか。
 遠い昔、とある世界から彼はやってきた。色々な世界を旅していた彼は彼女と出会い、二人は夫婦の契りを交わした。やがて二人には子どもが生まれ、その先もずっと先も、彼らは仲むつまじく生きていくはずだった。だがある日『他の世界が気になるから、ちょっと様子を見てくる』と言い残し、彼女と彼女との間にできた子どもを残し彼は消息を絶った。
 いつかきっと帰ってくる。彼女は彼の言葉を信じ女手一つで子どもを育てた。だが男はいつまでたっても帰ってこない。それでも彼女は待った。子どもや孫、その子孫にたくさんの格言や技、術を授けながら。
「男の首根っこをひっ捕まえるためだけに時空転移(じくうてんい)を作り出したんだから、ご先祖様って相当気合い入ってるよな」
「利子付きで相手をひっぱたいてこいって言うくらいだし。相当恨み辛みがたまってるんじゃないの?」
 ちなみに時空転移とは時と空のひずみを利用して瞬時に目的地に達する術のことを指す。端的に言えば瞬間移動と言ったところか。
 他にも格言やしきたりなるものが多々存在するのだが、その話は後日としよう。
「おれも師匠や瑠風みたいに色々できたらよかったのにな」
「リスクが高すぎるって言ってたでしょ。それにアンタは不器用すぎるじゃない」
《人間誰しも向き、不向きがありますから》
 瑠風と蒼前の声に少年は膨れっ面になる。
「適性がないって言われたんだから仕方ないだろ」
 少年の表情に初めて陰がおりる。
「おれだってやれるもんならやりたかったけど。できないもんは仕方ないし」
 そう言った彼の顔は今にも泣き出しそうで。
 今度こそ言い過ぎたのだろうか。少女は再度不安に襲われる。
「確かにちまちま道具作ってるってイメージじゃないわね。だから別の道を選んだんでしょ」
 心の中で冷や汗をかきつつ瑠風は必死に擁護する。
「ま。向いてないもんは仕方ないか!」
 だが少女の心配も杞憂に終わった。
「剣は剣。それ以上でもそれ以下でもないってご先祖様も言ってたし。
 だったらおれも、自分の『剣』を探すまで!」
 今泣いた烏(からす)がもう笑う。
 そんなことわざがぴったりあてはまるような少年の態度に瑠風は安堵の息をもらした。傍若無人(ぼうじゃくぶじん)のように見えて、妙なところで繊細で。でも根底には底知れぬ明るさを秘めていて。
 だから瑠風は少年を口ではしかりつつも嫌いになりきれないのだった。
「瑠風はさ。なんで『剣』になろうとしてんだ?」
 そんな少年の声に、今度は瑠風が言葉を詰まらせる番だった。
「そりゃあ本家じゃないけど。私にだってなる資格は充分あるでしょ」
「そうだけど。強制じゃないじゃん。なんで『剣』になりたいんだ?」
 少年の発言したことは事実だった。『剣』はあくまで一族の総称であり決して強制的になるものではない。ましてや瑠風は月臣の従兄弟、分家にあたる身。月臣のように
 にも関わらず『剣』を志す少女の意図はなんなのか。
 月臣の問いかけに、瑠風はうつむきがちに応えた。
「誰かさんが頼りないのもあるし。それに、そいつのそばにいれば」
「いれば?」
 少年がおうむ返しに尋ねると少女のほおに赤みがさす。
「……会えるし」
「え?」
「私のことはいいの! まずはアンタの課題が先!!」
 半ば怒ったような形で話を中断すると、少女はきびすを返す。
「周り見てくる。アンタはそこから動いちゃだめよ!」
 そう告げると瑠風は足早にその場を離れていった。
 後に残されたのは一人の少年と一本の剣。
「おれ、変なこと言った?」
 手にした銀色の剣に月臣は疑問を口にする。そもそも今回は少女の課題で来たはずなのに何故か少年の課題にすり替わってしまった。しかも、これではほぼ八つ当たりだ。
「瑠風ってわかんないよな」
《女心は複雑ですから》
「あおでもそんなことわかるんだ」
《少なくともつっきーよりは。それよりもいい加減、人前でわたしに話す癖をなおしてはいかがかと》
 淡々とした物言いに、月臣は仏頂面になる。確かに剣に話しかける少年の姿は、第三者か見ればとてもシュールなものだった。
「あおも人間になればいいのに。これじゃおれ、ただの危ない人じゃん」
《精霊が人型の姿を保つのは力を要します故。それよりも、つっきー。また迷ってませんか》
 蒼前の、精霊の指摘に足を止める。再度右を見て。左を見て。
「置き去りにした瑠風が悪い!」
《子どもの言いわけですか》
 子どもじみた口論を繰り返す少年とひとふりの剣。
 幼なじみの少女を捜すべく歩いて歩いて。

 そこに彼女はいた。

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