EVER GREEN
第九章「沙城にて(後編)」
No,4 昇の戦い(前編)
背後からヒュウと口笛が聞こえた。
「なかなかやるね。君」
振り返らなくてもわかる。声の主は笑ってるんだろう。人懐っこい笑顔で。親しい友人にでも呼びかけるような様で。
「一体全体、どんな術を使ったんだい?」
問いかけには答えず眼下の公女様に視線をやる。
なんてことはない。スカイアを使ってシェリアを眠らせただけ。
放ったものはエルミージャさんからもらった睡眠薬。至近距離でしか使えないし、オレがひっかかるわけにもいかなかったから風の精霊に無茶をさせた。風を使って薬を霧状にさせて。効果を抑えるよう範囲を二人だけにして。ただし、オレには効果が及ばないよう結界をはった。
考えてみれば高度な技だったかもしれない。本気で無茶させたな。後で礼でも言っとこう。
これが無事すめばの話だけど。
「オクテだと思ってたけど、実は君ってかなりの――」
「やることはすんだ。早くはじめよう」
声をさえぎり相手の方に向き直る。予想に違わず暗殺者は親しげな笑みを浮かべていた。
「時間を浪費したくないんだろ?」
この時オレは、どんな顔をしていたんだろう。カッコよく言えば、覚悟を決めた男の顔。悪く言えば全てを投げ出した無表情。意表をついて笑ってたりするんだろーか。
一つだけ確かだったのは、目の前の男と向き合おうと思ったこと。
譲れないものがあって対立して。それでも先に進まなきゃいけない時、人はどうしたらいいんだろう。
いつの間にか、周囲は観客と化していた。シェーラと諸羽(もろは)はシェリアを抱きとめたまま後ずさり、兵士の面々もおのずと距離をとっている。
「ぼく、人を見る目あると思うよ」
聞こえるのは互いの足音のみ。
「それは職業柄?」
「そうかもね」
不思議なことに、恐怖は感じなかった。
「きみさ、本当は強いだろ」
どうしてだろう。前なら怖くて怖くて仕方なかったのに。
「違うな。強いんじゃない。力を出し惜しみしてる――あえて出さないようにしてるみたいだ」
学校行事でだって、主役はったこと一度もなかったのにな。
「もしくは力を恐れている」
そもそも、こんなところで主役はってもこっちの身がもたないって。
一人ノリツッコミを胸中で繰り広げながら距離を縮めていく。
「物語じゃないんだからそんなわけ……と言いたいけど、最近わかんなくなってきた」
「何それ」
二人の距離が完全に縮まると、暗殺者は決まり悪げに頭をかいた。
それは透明な眼差し。
「ぼくさ、君の世界のこと気に入ってた。バカみたいに笑って、バカみたいなことで泣いて。愚かにもほどがある。
でも、嫌いじゃなかった」
この眼差しをオレは見たことがある。
「嫌いじゃなかったんだ」
あれは確か夏休み。学校帰りにハンバーガーを買って。帰り道につぶやいた言葉。
「ならなんで、こっち(空都)に戻ってきたんだ」
「さぁ。ゼガリアに呼ばれていたから?」
もしかしたら戦いを避けているのはオレじゃなくてセイルの方かもしれない。
「ぼくって律儀なんだよね。頼まれごとをされると嫌とは言えないわけ」
皮肉めいた言葉に隠されたものは、一抹の寂しさ。
なんだ。結局のところ、こいつも迷ってたんだな。
今なら核心が持てる。迷ってたから、あの時短剣(スカイア)を渡してくれたんだ。そーだよな。こいつもオレも、まだまだガキだもんな。運動神経は別としても泣いたり笑ったり、迷ったりするよな。
だけど、互いに譲れないものがあるんだよな。
「この状況でよくそんなことが言えるな」
「そう? こんな状況だからこその冗談でしょ」
これからやりあう相手と親しげに会話する。普通ならありえない状況だ。でもこいつの言うように、こんな時だからこその会話なのかもしれない。
そもそも出会った当初からありえないことだらけだった。お嬢の追っ手としてやってきて、とばっちりで殺されそうになって。地球に来たかと思いきや『興味がある』とつきまとわれて。
殺す相手に妙に親しげなセイルもセイルだけど、それに応じるオレもオレだ。そういう意味では、確かにオレはセイルに近いものをもっているのかもしれない。
「もし、あのままだったら」
それはつぶやき。
「『高校生』ってやつをやってたら、どうなってたのかな」
オレとセイルにしか聞こえない、二人にしかわからない未来予想図。
少しだけ考えて言葉を返す。
「文化祭あったんだ」
「へぇ。学校のお祭りってやつだよね。どんなことするの?」
「クレープ作った。カレー味」
「ああ。君の得意料理か。ぜひ食べてみたかったなぁ」
学校の話、身近でおこった話。暗殺者は一つ一つに一喜一憂し、時には腹をかかえて笑った。
「三学期になったら修学旅行がある」
「旅行?」
「雪国でスキー三昧。それしかすることがない」
「『すきー』って何?」
「雪の上を細長い板を使ってすべるんだ。運動神経いいからお前絶対モテるぞ」
「いいね。それ。連れてってよ」
「ただし同学年じゃないと参加できない。お前じゃ無理」
「そこはほら。昇の力で」
「どんな力だ!」
売り言葉に買い言葉。あまりにもくだらない内容に二人どちらともなく笑いあう。もし同じ世界の住人だったら、間違いなく友達になれたんだろう。
ひとしきり笑い終えて、青の瞳を見据える。
「それも、冗談?」
「そう。冗談」
それはあまりにも悲しい冗談、だった。
「できることならこうなりたくなかったけどな。ぼくさ、これでも君のこと気に入ってたんだぜ?」
「オレもお前のこと嫌いじゃなかった」
暗殺者ってぶっそうな奴のくせに人懐っこくて。ほんの少しだったけど学校にも通って。滅茶苦茶ではあったけど、嫌じゃなかった。嫌じゃなかったんだ。
「だけど、うっとうしくもある」
笑顔のまま、暗殺者はさっきと正反対のことを言う。
「へらへら笑って偽善者ぶって。何も知らないくせに人を揺さぶるようなことばかり言う君が嫌いだ」
シェリアと共に暗殺者の集団に捕らわれた時、同じ感情をぶつけられた。あの時は単純にへこんだ。けど今は少しだけ違う。
「オレもお前のこと嫌い。っつーか、わけわかんねー。人このこと殺すって言って笑いかけて、ののしりながらハンバーガーうまそうに食べて。一体何がしたいんだよ」
言われっぱなしもシャクだから負けじと言い返すと、暗殺者は眉根を寄せた。
「君にそんなこと言われるなんて心外だなぁ。一番わけがわからないのって君自身でしょ」
「るせー! お互い様だろ!」
「確かにね」
つられて自然と笑みがこぼれる。
本当はもっと笑っていたい。分かり合えることはできなくても、こうしてバカやって。どーでもいいことで落ち込んだり騒いだりして。
けど、それが無理だってこともわかっていた。
「……シェリア達のこと、頼む」
「普通、これから命のやりとりをしようって奴に頼む?」
笑ったままで。でも瞳には別の感情が含まれていて。
「お前にしか頼めないだろ」
それは終わりの合図。
「少なくとも今の間だけは信じられる」
「ずいぶん信用されたもんだ。
……そのお人よし加減に免じて、今だけその提案にのってあげるよ」
そして、始まりの合図だった。
「ありがとう」
「それもこんな時に言う台詞じゃないね」
口を閉ざすと互いに半歩後ずさる。
もし。あの時こうしていたら。
無駄だってわかっているのに考えてしまうのはなぜだろう。答えは簡単。手放したくなかったからだ。
オレもセイルも夏休みを楽しんでいた。それはまぎれもない事実なんだろう。ただ、ほんの少し何かがずれていた。ほんのささいなひずみでも時がたてば大きくなる。それだけのこと。
失ってから本当に大切なものに気づく。あんな思いはもうたくさんだ。ならば、これ以上譲れないものが壊れないように。
瞳を閉じて深呼吸。
「いくよ」
――戦闘開始。
放たれたのは短剣。セイルの得意技だ。
「スカイア!」
さっき呼び出したばかりの精霊を再び召喚する。緑色の少女は瞬時に姿を変えた。
「疾風(はやて)!」
素早さと威力を底増し。これで対等に渡り合えるはず。
こいつの得意なものは飛び道具、つまりは間接戦だ。風の刃を放っても時間稼ぎにしかならないだろう。だったら無謀でもやるしかない。
スカイア(風の短剣)とは違う、もう一つの剣をかざす。スカイアの時と同様胸中で呼びかけると、銀色の剣は青い光を放った。
セイルが目を細めた一瞬のうちに懐に入り、相手目がけてふりおろす――
「……っ!」
「甘いよ」
前に、横なぎにされた。
「確かに君は強くなった。だけど、ぼくの方がはるかに上だ」
セイルの告げたことはまぎれもない事実。その証拠に、たった一撃でオレは床に果てている。
「ぼくの名前はセイル。暗殺者」
頭上から声が響く。わかってる。どうあがいたってこいつに勝てるわけがないんだ。
「毛の生えた素人が、生粋の暗殺者に勝てるわけないだろ?」
けど勝ちたい。人として、男として。
――オレとして、大沢昇として向き合いたい。
どうすればいい。どうすれば、こいつに勝てる?
『そうですね。他に方法があるとしたら――』
ふいにアルベルトの言葉が頭をよぎる。
「もう終わり? あっけない」
だったら。
「……そうとも言い切れないぜ?」
なけなしの力を使って立ち上がると、無理矢理、口のはしをあげた。
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