EVER GREEN

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第八章「沙城にて(前編)」

No,8 二つの想い

 どうしてだろう。
 どうして、こんなことになってしまうんだろう。
 傷つけたくなんかなかったのに。
 いっしょにいたかっただけなのに。

「ねえ……ちゃん?」
 水たまりの中にいたのは大切な人の姿。
「姉ちゃん!」
 足元に広がるものは赤。
 それはあの時とまったく同じもので。
「おれ……」
 おれがやったの?
 おれがこわしたの!?
「なんとかいえよ!」
 ゆすっても体は動かない。
「いってよ……」
 すがりついても何も変わらない。
「――」
 呼ぶ声にふりむくと、そこにはあいつがいた。
「――、姉ちゃんが」
「知っている」
 あいつはいつもと同じ、いやそれ以上に無表情だった。
 おれのとなりを通りすぎるとそのまま姉ちゃんに近づいていく。
「お前がやった」
「ちがう!」
「違わない」
 瞳の色はすんでいた。まるでこの空のように。
「これがお前の望んだことだ」
「ちがう!!」 
 すんだ瞳にうつるのはうちひしがれる子供の姿。
「それがお前の本来の姿だ」
「い……やだ」
 あの時とおなじだ。
 こうなりたくなかったから捨てたはずだったのに。
 忘れていたはずだったのに。
 これじゃあ、また同じことのくりかえしだ。
「いやだああああああっ!」
 どうして。
 傷つけたくなんかなかったのに……!

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「ノボル!」
 強引に肩をゆさぶられ目を開ける。視界に広がったのは明るい茶色の瞳だった。
「気がついた?」
「……なんとか」
 上体を起こしてベッドから離れる。カーテンを開けると、そこには見知った光景があった。
「地球……だよな」
「それ以外に何があるの?」
 シェリアの声に苦笑する。確かに空都(クート)だったら雪は降らないだろう。沙漠(さばく)の国だったらこんなに寒くはならないだろう。
「格好はこれだけどな」
 黒のヅラにロングスカート。沙漠の格好をしてただけに今の状況は寒いことこの上ない。
 目の前に広がるのは雪景色。ここは正真正銘オレの生まれ育った場所――地球だった。
「他の二人は?」
「まだむこう(空都)みたい。眠ってたもの」
「その後ここに来て、うなされてるオレを発見したってわけか」
 散らばって、しばらくしたら地球で合流する。
 いくら時間がたてば地球に戻れるとしても頻繁に異世界を行き来するのは不自然すぎる。だから事情を知ってる諸羽(もろは)の元に集い、間のことはまりいとショウがフォローしてくれる。まさにこの状況でしかできない作戦だ。
 地球で眠ったら体は空都へ。逆に空都で眠るか意識を失った時は地球で活動している。われながらなんとも不思議な体質になったもんだ。けどこれはまぎれもない現実で、この体質のおかげで難を逃れたのも事実だ。
 そういえば、まりいも一年前は空都にいたんだっけ。あのころは何も知らなかったから病気で倒れたと思ってあわてまくってた。
 まりいは二週間近く意識がなかった。じゃあオレはどうなんだろう。
 地球と空都の二重生活。オレ自身の問題だと言われればそれまでだけど、これって本当に体質的なものなんだろうか。
 意図的なのか、それとも。
「何かあったの?」
 シェリアの声にふいに我にかえる。
「別に」
「昔の夢みたんでしょ」
 ずばり言われて二の句が告げない。
「わかるわよ。あの時と同じ顔だったもの」
 その瞳は全てを見透かされているようで。
「……ノボル?」
「オレ、本気でカッコ悪いとこばっか見せてるよな」
 直視できず体を再び窓の方に向ける。
 暗殺者の時もそうだ。とりまきから逃がそうとして倒れた後、ずっと手を握っていてくれたんだ。普通だったら逆のシチュエーション。でもこいつはずっと側にいてくれた。
 そもそも一番初めに出会った時もそうだった。保健の先生だと思ってくってかかったらまったくの別人で、ようやく出た言葉は『ここ……どこ?』ときたもんだ。
「今さらでしょ。カッコいいと思われる方が無理よ」
「言うな」
 その後『ここはここよ』ってなんとも言えない返事が返ってきたんだ。こいつが言うようにカッコつけるのも本当に今更なのかもしれない。
 窓を見つめること数分。
「怖いんだ」
 もれた声は予想以上に弱々しいものだった。
「時空転移(じくうてんい)を繰り返すたびに、空都へいくたびに核心に近づいてく。
 ……自分じゃなくなってくような気がする」
 自分で決めて、何度も迷って何度も前に進んでいるはずなのに。
「人には偉そうなこと言っといてこれだ。ほんと、オレって弱くてダサいよな」
 本気でダサい。カッコ悪い。わかっているのに、どうして女子に、こいつに弱みばかりさらけだしてるんだろう。
 独白をシェリアは黙って聞いていた。
 しばらくして耳にした声は。
「あなたは強くなりたいの?」
「なりたい」
 言葉は素直に出た。
「強くなりたい。大人になりたいんだ。今のままじゃガキすぎる」
 ちょっとしたことにうろたえて。決めていたはずなのに何度も迷って。
「じゃあ約束してよ」
「え?」
「約束して。誕生日にはアタシにケーキ作らせなさい」
 言葉の意味を理解するのには時間がかかった。
 誕生日をむかえるってことは一つ歳をとるということで。
 歳をとるということはそれだけ大人に近づいたということで。その日にケーキを作るということは。
「オレの大人になる記念日をお前が祝ってくれるって?」
 おどけて言うと『そうよ』とあっさり返された。
「この前のお礼よ。もらってばかりじゃ悪いもの。これなら嬉しくて余計なこと考えなくてすむでしょ」
 こいつはどれだけわかって言ってるんだろう。言葉の奥に隠されているものに。言葉の意味をなすものに。
「可愛い女の子が祝ってくれるのよ。つべこべ言わずにやることやって、黙ってアタシに祝われなさい」
「無茶苦茶だろそれ」
「いいの! 約束するの、しないの」
「……します」
「よろしい」
 視界に胸をそらせる公女様の姿が映る。窓ごしでよかった。面とむかってたらちょっとやばかった。
「お前って全然お姫様らしくないよな」
 いやもしかすると、これはある意味公女様らしいのかもしれない。元気で明るくて、かと思えば恥ずかしいセリフを言ってのけて。
 とにかく色々な意味で素直で正直すぎる。
 いや、ちょっとどころじゃない。今だって充分――
「あなただってそうじゃない。全然男の子らしくないわよ」
 公女様は本当に素直で正直だった。
「その格好だって様になってるもの。本当に女の子みたい」
 本当に、正直だった。
「シーナの弟だって聞いたときは驚いたけど、確かにそうよね。あなたってどう見てもお兄ちゃんじゃないもの。
 でもシーナがうらやましい。アタシもあなたみたいな弟がほしかった」
「オレ、弟じゃないよ」
 向き直ってシェリアの手をとる。
 つかんだ腕は思ったよりもずっと細かった。
「今はこんな格好してるけど、オレは男だ。お前とは違う」
 残された手で公女様の髪に触れる。金色の髪は部屋の中でもよく映えていた。
「ノボ……ル?」
 見開かれた瞳はかつて好きになった人と同じもので。見つめ続けていると、いつかと同じ衝動にかられそうになる。
 違う。
 シェリアはシェリアだ。好きになった人とは、まりいとは違う。
 じゃあこの感情は? 胸にやどるこの想いは?
「なんなら試してみる?」
 この時オレは二つの気持ちに気づいた。
 一つは今までの気持ちの延長線。
 もう一つはそれと相反するもの。
「お前、本気で自覚ないだろ。そんなこと言ってると本気でどうなるかわかんないぞ」
 それは決して相容れないもの。第一、今はそれどころじゃない。
 ――あんな思いはもうたくさんだ。
 ため息をつくとシェリアの首に鎖をかける。
「大切な想いはここにある、だったよな」
 胸元で光るのは女神像の彫られた青い宝石。
「これ……」
「お守り。気休めでもあるにこしたことないだろ」
「人が渡したものをこうやって返す?」
「なりふりかまってられる状況じゃないって。それにオレは人を守れる自信がない!」
「胸張って言うセリフじゃないでしょ」
 そう言うと二人笑いあう。
「じゃあ、またね」
「またな」
 こうしてオレ達は再び空都に旅立った。


「ノボル!」
 再び視界に広がったのも明るい茶色の瞳だった。
「無事だったんだな」
「あなたこそ」
 そこまで言いかけて公女様が眉をひそめる。
「服はどうしたの?」
「着替えた」
 ジーンズに長袖のシャツ。その上には空都製の上着とアクアクリスタルのペンダント。
 なんてことはないいつもの服装。間違っても女には見られないだろう。
「親玉に一度見られたからな。それに」
「それに?」
「……なんでもない」
 まさか男に見えないと言われたからとは言えない。
「シェリアはどうやってここまで来たの?」
 代わりに別の話題をきりだすと、シェリアは気に留めた様子もなく続けた。
「アルベルトと一緒だったの。でも途中ではぐれちゃって」
「諸羽とシェーラは?」
「一番はじめに別れてそのまま」
 ってことは、まずはみんなと合流しないとな。
「それは?」
 視線がオレの上着に注がれる。
「エルミージャさんからもらった」
 正確には上着のポケット。そこにあるのはお嬢の想い人からもらった眠り薬。
「逃げようって言ったけど待ってるて」
 シェリアにも思うところがあったんだろうか。『そう……』とだけ言うと、それについては一言も触れようとはしなかった。
「でもよく逃げ出せたわね」
 ことの一件をかいつまんで話すと公女様は目を丸くした。
「オレもそう思う。追っ手が誰もこなかったもんな」
「それはそうだよ。ぼくが足止めしておいたから」
 陽気な声に二人ふりむく。
「久しぶり」
 そこには懐かしい笑顔があった。
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