EVER GREEN

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第八章「沙城にて(前編)」

No,5 悪夢は何度でもやってくる

「髪の色は?」
「黒でいいでしょう。幸いこちらは多種多様な人種がいるようですし」
「化粧はこれくらいでいい?」
「相変わらずの手際の良さですね。惚れ惚れしてしまいます」
 目の前でそんな会話が繰り広げられていく。
「ありがと。公女としてこれくらいはできなきゃ」
「まったくもってその通りです」
 生まれてこのかた十五年、ごくまっとうな生活をしてきたつもりだった。
「肌の色はどうする?」
「仕方あるまい。このままでいいだろう」
 それが、道をふみはずすどころか下り坂をジェットコースター並みに転がり落ちてるような気がする。
 またか。またですか。
「異世界なんて大っ嫌いだ」
「何を今さら」
 極悪人の言葉に深々と息をつく。ああ、本当だよ。本当に今さらだよ。むしろ今さらすぎて泣けてきましたよ。
「相変わらず似合うわね。その格好」
「ボクは初めて。大沢ってそんな趣味あったんだ」
 シェリアと諸羽(もろは)のセリフに息を吸うと、これ以上ない大声で叫んだ。
「あってたまるか! オレは男だっ!!」 
 とある世界、とある理由でオレは女の格好をするはめになった。途中で疑われたあげく、姉妹のふりまでさせられた。
 それがちょうど半年前。その悪夢が再び目の前で繰り広げられようとしていた。
 敵の本拠地にのりこもうとした矢先にやらされたこと。それは潜入捜査。
 そう言われれば聞こえはいいものの、やらされてることは黒のヅラにロングスカート。
「敵地に乗り込むということは当然ながら危険が伴います。あなたはシェーラ同様、注目を浴びているようですから用心にこしたことはないでしょう」
 言ってることは正論だ。
 けど。
「女装じゃなくても他の格好ならいーだろ」
「それだと面白くないじゃないですか」
「アンタだったらやるのか」
「死んでもお断りです」
 極悪人は爽やかに鬼畜なことをのたまわった。
「オレはアンタのおもちゃじゃねー!」
「負け組が何言ってるんです」
 続けた言葉に二の句がつげない。
「確かに大沢負けたもんね。チョキ出してたし」
 さらに続けた言葉にぐうの音も出ない。
「負け組って何?」
「彼のような人のことです」
 三度目の言葉に涙腺がゆるんでも誰も文句は言わないだろう。
「それって――」
「いつの間にか見知らぬ場所に迷い込んだあげく、斜め四十五度の下り坂人生をおくる男のことだ」
「なーんだ。ノボルのことね」 
「納得すなっ!!」
 なぜだろう。異世界にきても地球とあまり変わらない、むしろ悲惨な目にあってるような気がするのは。
 空都(クート)に来てはじめにやったジャンケン。オレともう一人はチョキ、残る三人はグーだった。
 二手に分かれて宮殿に進入しようというのはアルベルトの談。時間も限られているし大人数だと身動きがとりづらいからとのことだった。それはわかる。わかるけど、この仕打ちはないだろう。
「大沢、その格好ですごんでも様にならないよ。むしろ可憐さに磨きがかかるだけだから」
 諸羽の声がさらに追い討ちをかける。そんなこと言われても嬉しいはずがない。いい加減文句のひとつでも言ってやろうかと口を開いた時、
「じゃあシェーラも負け組?」
 公女様の言葉にお嬢の動きが止まる。
「確かにオレと同じチョキだったもんな」
「でしょ? 斜め四十五度はわからないけど、見知らぬ場所に迷い込んだところとかそっくりだし」
「オレだって斜め四十五度の下り坂人生おくってるつもりはないんですけど」
「それはノボルだから」
「今の会話もすっげー聞き捨てならないんですけど」
 そんな会話をした矢先、ものすごく冷たい視線が二人をおそう。
「わたくしとそいつを一緒にするな」
 いや、そもそもひどい言葉を投げかけたのはお前だぞ?
「時間がないのだ。さっさと行くぞ」
 冷たい視線のまま足早に立ち去っていく。この理不尽な扱いは何なんだろう。
「ノボル」
 お嬢の後を追おうとした矢先、アルベルトに声をかけられる。
「なんだよ」
「気をつけて」
「言われなくても用心はするって」
 そうでなくても危険なことに首つっこんでるし。
「それもそうですね」
 そうこうしてる間にも『早くしろ』とお嬢の催促の声がする。
「じゃーな」
 返事もそこそこに、オレもみんなと別れることにした。
「ええ。……また」

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 黒のロングヘアに帽子がわりのショール。巻きスカートの下にはベージュのパンツ。露出度は少ないものの、それでも着慣れない格好をするのには抵抗がある。
 一方お嬢はというと、緑みがかった金色の髪を一つ三つ編みにしている。初めて会ったときのような女装はせずいつもと同じ格好。本人曰く、下手に隠し立てしても仕方ないとのことだった。
「そこの人。ちょっとよってかないかい?」
 声をかけられたのはなんとか追いつくことができたその時。
「そこだよ。そこの綺麗な兄さん、隣の可愛いお嬢さんにどうだい?」
 行商人風の男に声をかけられる。
『兄さん』がシェーラだということはなんとかわかった。じゃあ『隣の可愛いお嬢さん』って。
 言葉の意味を理解したのはそれから数秒後。
「違っ……!」
「そうだな。ひとつもらおう」
 声をあげたのと、お嬢が肯定したのはほぼ動じだった。
(怪しまれたいのか)
 肩をつかまれこのセリフ。ついでに言えば至近距離のためお互いの表情がうまい具合に見えず、はたから見れば男女の抱擁に見えないこともない。
「一番右端のものを頼む」
 なにごともなかったかのように告げると買ったものをオレの耳に取り付ける。
「よく似合う」
 翡翠(ひすい)の瞳が優しくきらめいた――ように見える。はたから見れば。
 こいつ、顔だけはよかったんだな。改めて実感する。
「お二人さん恋人かい?」
「違っ……!」
「そのようなものだ」
 今度は足を踏まれた。容赦なく。
 こいつって本当に顔だけだ。そうだ。こいつの本性はわがままお嬢だった。いや、男だけど。
「ここには観光で?」
 商人の声にお嬢が首肯する。
「久しぶりに帰ってきたのだ。この国の様子を知りたくてな」
『お前もそうだろう?』という視線を向けられ一つの案が思い浮かぶ。なるほど。そーいうことか。
「ええ。ぜひお願いします」
 振り向きざまに笑みを浮かべる。
「ワタシ初めてここに来たんです。おじ様、色々と教えていただけないかしら」
「お嬢さん口が達者だね。どうだい、おじさんの所に来ないかい」
「まあ。ご冗談を」
 後ろで一歩引いているお嬢をよそに、オレと商人は黙々と世間話に華をさかせた。


 人生って、本気で何が起こるかわからないよな。
「様になっていたな。オーサ・アルテシア嬢」
「言うな」
 この名前は霧海での呼び名だったってことは置いといて。
 オレ、本気でどこで人生間違えたんだろう。少なくとも中学まではこんなことはなかったはずだ。
「そんな顔をするな。わたくしまで気がめいる」
 気がめいってるのはオレの方ですよ。
「演技派だったのだな。本当にその素質があるかと思った」
「あってたまるか!」
 誰が好き好んでこんな格好するか。
「その声はどうしたのだ」
「リザからこれもらってた」
 目の前にちらつかせたのは金色の土台に緑の宝石がはまった指輪。
「霧海(ムカイ)ではめてただろ? これはその変形型。はめてれば好きなように声を変えられるんだと」
 極悪人の親友はすごい。『魔法よろづ屋商会』だけあって初めて会った時といい、霧海の時といい、外見とはうらはらに色々なものを作ってくれる。ちなみに今は普段よりトーンが高い。
「立ち振る舞いは?」
「公女様にしこまれた」
『やるからにはとことんやらなきゃ』とシェリアから徹底的にしこまれた。後から『面白そう』と諸羽にまでからかわれ、『男性を口説くにはこうすべきです』となぜか極悪人までやってきた。
 互いにため息一つ。
「シェリアってすごいな」
「それを教えたあの者も賞賛すべきだがな」
 本気ですごいあの二人。なんで公女や神官にあるまじきこと知ってるんだ。
「お前もある意味賞賛に値する。そもそも先ほどはあれほど嫌がっていたではないか」
「……人間、腹くくればある程度のことはできるんだよ」
 やりたかないけど、覚悟を決めてりゃある程度のことはなんとかなる。今回捨てたのは――考えないようにしよう。おかげで大まかな情報は手に入れることができたし。
「逆を言えば何かを捨てなきゃ何もできないってことだけどな」
「さしずめ、お前が捨てたのはプライドか」
「るせーーっ!」
 あえて考えないようにしていたことを直に言われ、反論の声をあげる。
「むきになるほどのことではあるまい」
「プライドなんか最低限ありゃいいんだよ。最後の一線が崩れなきゃ何度でもやりなおせるって」
 だいたいそれ言うなら、オレって一体どれだけのもの捨ててんだよ。安眠、平穏な日常、その他もろもろ。数えたらきりがないぞ。
 守るものなんて少しでいい。それさえ崩れないなら――守れるなら、オレはどんなものにでもなれる。
 お嬢は何をいうでもなく、じっとオレの方を見ていた。
 見つめあうこと数秒。
「負け犬の遠吠えにしか聞こえないな」
 返ってきたのは皮肉の声だった。
「この……っ」
「いつかの逆だな」
 オレの声をさえぎり、ふいにシェーラがつぶやく。
「は?」
「覚えてないのか。二人で出かけただろう」
「あー」
 初めて会った時に買い物に付き合わされたんだった。もっとも買ったのは男物の服だったしその後とんでもない目に遭ったけど。その時は確か。
「お前が『兄ちゃん』でわたくしが『彼女』だったな。まったく物覚えの悪い」
「お前の物覚えが良すぎなんだって」
 そう返すと、お嬢は考えるように目を伏せた。
「そもそも沙漠では争いは起こらない。なぜだかわかるか?」
「水がないから?」
「それも当てはまるだろう。体力、精神力を無駄に浪費するだけだからな。だから互いが協力しなければ生きていけない」
「へ? けど」
 オレが口を開く前に言葉を紡ぐ。
「それが本来あるべき姿なのだ。
 皮肉だな。それなのにわたくしは国の模範となるべき者達に身を追われているのか」
 そう薄く笑ったシェーラにオレはかける言葉が見つからなかった。
「ごめん」
「お前が謝ることでもないし、謝られてどうにかなる問題でもない」
 確かにそのとおりだ。それでも、なんかやるせないものがある。
 オレ達は遊びでここに来たんじゃない。カトシアに、シェーラの故郷に来たんだ。
 故郷につくということは決着をつけるということ。
「情報収集はここまでだ。宿に戻るぞ」
「わかってる」
 二人うなずくと宿に向かって歩き出した。
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