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第八章「沙城にて(前編)」

No,3 十二月二十四日(後編)

 記憶喪失って言われてもいまいちピンとこない。生まれて十五年とちょっと、ずっとここで生活してたんだから。
 でもオレは今よりもっと前に、異世界に――空都(クート)に行ったことがあるらしい。
「また一段と料理の腕上げたわね」
 そりゃーもう。毎日鍛えられてますから。
「お前、本気で生まれてくる性別間違ったよな」
「……食べないなら片付けるけど」
 そんな会話を交わしながら食が進んでいく。
 学校から帰ってまずやったのは夕飯の仕度。
 七面鳥の照り焼き――はさすがにできなかったけど、スープにすき焼き風煮込み、デザートにはインスタントのプリン。ありあわせとは言え自分でもよくここまでできたと思う。
「見事に洋食和食のごちゃ混ぜだな」
「いーだろ。食べれないわけじゃないし」
 苦笑する親父に言い返し、
「でもどうして急に?」
「それは、その……クリスマスってことで」
 首をかしげた母さんに慌てて声をかける。
「ほら、その。四人でのクリスマスって始めてだし。オレからのクリスマスプレゼントってことで」
 嘘はついてない。本当に初めてのクリスマスだから。
 去年の冬は、再婚の話は出てたものの親子二人っきりのクリスマスだった。しかも親父は仕事だったから正確にはオレ一人。ムサいのを通りこして寒々としてた。けど、これからは一人になることはない。
「それでさ。その……ちょっといい?」
 はしを置き、二人の方を見る。母さんは相変わらず首をかしげたまま、父さんは夕飯を食べながらオレを見た。
「小遣いの前借りならやらんぞ」
「普通、成績でもよけりゃ上げてくれるもんじゃねーの?」
「お前はなんだかんだ言っていい点ばっかとってくるからつまらん。たまには男らしく0点でもとってみせろ」
 普通逆だろ。……じゃなくて。
「明日から友達のところに出かけてくる」
「学校の友達か?」
「一緒に行くのは先生。他の学校の奴も一緒」
 これも嘘にはならないはずだ。先生(アルベルト)と他の学校の奴(シェリア、諸羽)だし。
「まりいは行かないの?」
「私は……」
 言葉を選ぼうとする姉貴に代わって口をはさむ。
「まりいは他に用があるから。オレだけしばらく留守にする」
 そう言って二人を見据えること数秒。
「相手にも迷惑かけないようにするんだぞ」
「わかってる」
 この後、何ごともなかったかのように食事が続けられた。


 言うべきことは言った。後は時期を待つのみ。
「着替え云々は現地で調達するとして、タオルと洗面用具……はいるのか?」
 いつものごとくスポーツバックに荷物をつめこむ。もはや恒例行事となってるこれだけど、今日だけは特に念入りにしとかないといけない。
 香辛料って持ってった方がいーのか? けどむこう(空都)じゃ荷物になるかもしれないし。
「後は護身用に――」
「お前、一体どこ行くつもりだ?」
「それは――」
 背後からかけられた声にふりかえって。
「……友達のとこ」
 相手は言わずと知れた親父だった。
 慌ててごまかそうとしても後の祭で。この家の家長はじっとオレを見つめた後、おもむろに手を差し出す。
「何」
「通知表。見せてみろ」
 つまらないんじゃなかったのか。
 しぶしぶ手渡すと目の前の男は通知表に目を通す。その時間五分。紙を折りたたんだ後、今度は盛大にため息をつかれた。
「やっぱりな」
「何が」
「三教科のぞいて他は全部、5段階評価の5 。できがよすぎる」
「できがよかったら悪いのか」
 ジト目でにらむと親父は真面目な顔をして言った。
「これから何かしでかしますって言ってるようなもんだろ」
 絶句。
 するしかなかった。他に何も言えなかったともいうけど。
「お前って、あれが欲しいこうしたいって一度も言わないからな。全く手のかからないガキは親としてつまらん」
 これにも絶句。別名、言い返せなかったとも言う。
 言えるわけがない。だってオレのせいで――
「昔からそうだったよな。子供にしては物わかりがよすぎるというか。必要以上に元気だというか。……だからだろ?」
 顔をしかめると、次は真面目な顔を苦笑に変える。
「なんで楠高しか受けなかったんだ? 別に私立でもよかったんだぞ」
「家が近かったから。他に行きたいところもなかったし」
 本当にそれだけだった。いや、当時はそれが一番いいと思っていた。
「……そうか」
 短く息を吐くと、親父はにっと笑ってオレの頭をかきまわす。
「で。何をしでかしに行くんだ?」
 それは中年には似合わないほど眩しい笑みで。
「親父って……父親なんだな」
「当たり前」
 本当に親父には叶わない。
「父さん」
 ゆっくりと手をどけると父親の前に正座する。
「もしかしたらオレ、しばらくもどってこれないかもしれない。けど、絶対もどってくるから」
 それは予感。
「絶対、帰ってくるから」
 それは確かな意思。
「具体的なことは話せないのか?」
「ごめん」
 オレ自身、気持ちの整理がついてなかった。けど、ここまで言われた以上言っておかないといけない気がした。
 返事があったのはしばらくしてのこと。
「普通の親ならここで反対するんだろうな。
 でもな。俺はお前のおかげで今までさんざん好きにやってこれたんだ。だから今度はお前の番。たまには自分の思うようにやってみろ」
 親父らしい応えが返ってきた。
「けどな、一つだけ約束しろ」
「約束?」
 同じ言葉をくりかえすと、親父は再び真面目な顔になる。
「何があっても本当の親不孝だけはするな」
「…………」
「身内の葬式は一人だけで充分だ」
 そんなこと、わかっている。
 オレだってそんなこと、後にも先にも一度で充分だ。
「返事は?」
「そんなの当たり前だろ! なにがなんでも戻ってくるに決まってる!」
「よし」
 そう言うと、また頭をかきまわす。
「あとな。女に対してはもう少し押しが必要だぞ」
「は?」
 意味がわからず顔をしかめていると、とんでもないことを言われた。
「せっかく一つ屋根の下って恵まれた環境にいたのによ。お前も頑張ったんだろうけど肝心のところでダメすぎる。そんなだから誰かさんをとられるんだ」
「!?」
 それはオレのまりいに対する云々がしっかりばれてたということで。
「大丈夫。お前は俺の息子だ。間違いなく俺の遺伝子を受け継いでいる。次は絶対成功させろよ」
「うるせー! とっととむこうに行け!」
 それだけ言うと親父を強引に部屋の外に押し出す。それまでの真面目な雰囲気はあとかたもなく消え去った。
「人の部屋に入ってきて変なこと言うなっつーの」
 赤い顔でつぶやいた後、再び準備に取りかかる。
 考えてみれば、出かけてくるって言っても時間がたてば地球にはちゃんともどれるんだよな。何、今生の別れみたいなこと言ってんだろオレ。
「しかも人の古傷えぐりやがって――」
「えぐるって何が?」
「だから――」
 肩越しにかけられた声にふりかえって。
「昇くん?」
「……まりい。いつからいたの?」
 相手は言わずと知れた姉貴だった。
「さっきだけど」
 ってことは、そこまで聞かれてないよな? 変なことは聞かれてないはずだよな?
「親父に話してた。これからのこと」
 聞かれていないことを願いつつ、まりいにことの一部始終を告げる。
「お父さんは何て言ったの?」
「本当の親不孝だけはするなってさ」
「本当の親不孝?」
 首をかしげる姉に苦笑する。そーだよな。そんなこと言われても普通わからないって。そもそもオレと父さんにしかわからないことだし。
 姉に向き合うと、笑みひとつ。
「……親よりも先に死ぬこと」
 まりいが小さく息をのんだ、気がした。
 いくつになってもあの日のことは忘れられない。あの日あの場所で言われた言葉。忘れたくても忘れられるわけがない。
 でも、どこかが抜けていて。それを確かめるためにも明日は空都(クート)に行かなければいけない。
「もちろん、まりいも含まれてるからな。どんなことがあっても二人より先に――」
 そこから先は言えなかった。
「わかってる」
 頭の上にそっと手を置かれていたから。
「昇くんは頑張りすぎてる。無理しなくていいよ」
 無理してない。
 とは言えなかった。無理してるつもりもなかったのに。
「昇くん、前に私に言ってくれたよね。『負けるかって思ってりゃなんとかなるもんだって』って。あの言葉のおかげで私はここまでこれたの」
 けど、その手が温かくて。
「昇くんのおかげで今の私があるんだよ。ありがとう」
 その声が温かくて。
 不思議と目じりが熱かった。
「少しはお姉さんらしくなれたかな?」
「少しもなにも、まりいはずっと前からオレの姉貴だよ」
 手をどけるとくすりと笑いあう。
「地球のことは私に任せて。行ってらっしゃい」
「……うん」
 ――行ってきます。
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