EVER GREEN

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第八章「沙城にて(前編)」

No,2 十二月二十四日(前編)

「明日出発します」
 告げる声は唐突だった。
 まりいの誕生会の後、家路について。身支度を整えて眠りについて。目が覚めて、異世界で一番初めに出会ったのは金髪碧眼の男だった。
「地球時刻で言えば十二月二十五日ですけどね」
 地球と空都(クート)の二重生活をおくるようになって九ヶ月が過ぎた。はじめは『やってられっか!』なストレス続きの毎日だったけど、今じゃ体が自然とそれを受け入れている。現に、こうして沙漠(さばく)のど真ん中にいても全然動じることがない。むしろ日課のごとく雑用をこなし剣を交える自分がいる。慣れってのは本気で恐ろしい。
「そーいえば、アンタって今日が誕生日なんだよな」
 剣を置いて額の汗を拭いて。少し前、シェリアに聞いたばかりの話題を口にする。
 正確には地球時刻での十二月二十四日か。腕時計を見ると時間は三時。地球じゃ夜中の三時、けど空都じゃしっかり真昼の三時だ。多少の誤差があるにしろ、今日がアルベルト・ハザーという男の誕生日には変わりない。
「クリスマス生まれってのも珍しいよな」
「たまたまその日に生まれただけのことです。
 そもそもクリスマスは十二月二十五日のことを指すんです。ですから今日はクリスマスではなくてクリスマスイブでしょう? それにこちらではまだ昼です。言葉はもっと正しく使いなさい」
 即行で返された。誰だよこいつを聖職者の日生まれにした奴。
「それで、アンタはどーしてそれを知ってるんだ?」
「ゲイザルに確認を取ってきました。カトシアに着くのは明日の午後。本拠地にたどり着くのは時間の問題です」
 ゲイザルさんってのはオレ達が乗ってる砂上船、海豚(イルカ)号の料理長のこと。マッチョで色黒の中年オヤジで見た目とは裏腹に面倒見のいい人だったりする。ついでに言うとアルベルトが昔お世話になった人らしい。
「そっか。明日……か」
 空都にもどると決めたのは二学期に入って少しのこと。
 あれから三ヶ月の月日がたった。自分で道具を作ったり、今みたいにアルベルトやシェーラに剣のけいこをつけてもらったりもした。
「怖気づきましたか?」
「今さらだろ」
 怖くないかと聞かれれば嘘になる。けど、このまま何もしないのは嫌だ。
 長かったような短かったような。はっきりしているのは、これで一つの決着がつくということ。
「シェーラは?」
「部屋で休んでいます。放っておいてあげなさい」
 どうしてと問いかけるほどオレもバカじゃない。空都にいく、シェーラについていくということはお嬢の故郷に行くということで。それはお嬢が故郷のカトシアと決着をつけるということで。
 オレだけじゃない。シェーラだって色々なものを抱えている。シェリアや諸羽(もろは)だって言わないだけで、もしかすると中に何かあるのかもしれない。もちろん目の前のこいつにも。
「アンタこそいーのか?」
「愚問ですね」
 これまた即行で返される。
 大人であれ子供であれ、今から向かうところが危険な場所だってことはわかっている。そんな場所に、仮にも神官のアンタが行っても大丈夫なのかって意味で聞いたつもりだったけど。
「第一、あなたとシェーラだけでなんとかなると思っているんですか? 『なんとかなる』はあなたの持論のようですが、勇気と無謀を履き違えないでください」
 少しでも心配したオレがバカだった。
「今日はこのくらいにしましょう。明日も早いでしょうから」
 沙漠の真ん中にもかかわらず優雅な仕草で剣をしまう。汗水たらしてるオレとはえらい違いだ。
 そうだ。明日はきっと忙しくなる。学校に旅の準備に、それに――
「立つ鳥後を濁さずです。やるべきことはきちんとやっておきなさい」
「そーいうアンタは?」
「英語教師は一時母国に帰ります」
 めちゃくちゃそのまんまだな。けど違和感はない。
 わかってる。今度の旅はきっとまともにはいかない。だからこそ、けじめはちゃんとつけとかなきゃいけない。
「アルベルト」
 去り際に声一つ。
「誕生日おめでとう。おやすみ」
 それだけ言うと地球での生活に向け、部屋にもどることにした。


 そして。
「昇、どうだった?」
 十二月二十四日。
 今日はクリスマスイブと同時に終業式でもある。
 ホームルームも終わり通知表をしまおうとした矢先、坂井に声をかけられる。
「普通」
「普通ねぇ」
 考える素振りを見せたかと思うと、
「なっ見んな!」
 言葉むなしく。通知表は悪友にあっさりと奪われてしまった。
「…………」
「だから見んなって言ったろ」
 なぜか固まってしまった友人から通知表を取り戻す。他の荷物はあらかじめ持って帰ってたからそれほど大荷物にはならなかった。これなら寄り道しても平気か――
「坂井?」
「お前って嫌味な奴だよな」
 引きつった笑みに苦笑する。
『お褒めに預かり光栄です』
 極悪人ならそう言うかもしれない。けどオレはそんな性悪でもないし嫌味でもない。単に見られるのが嫌なだけだった。すすんで見られたいって奴もいないだろーけど。
「交換だ。お前のも見せろ」
 そう言っても『俺のはいいの』と返される。世の中って不公平だ。
「それで。こんなに嫌味な成績をとってくれた大沢君を突き動かした原因は何」
 引きつった笑みに、また苦笑する。
「まわりくどい言い方すんな」
「ストレートに言ってほしい?」
 今度はオレが固まる番だった。
 見つめあう――もとい、笑いあうこと三分。
「……なんでもない」
「マジで?」
 こーいう時、腐れ縁ってのはやっかいだとつくづく思う。短く息をつくと、友人にむかって言った。
「明日から出かけてくる」
「遠出か?」
 遠出には違いないだろう。異世界だけど。
「長い。休み明けじゃないと会えないと思う」
 長くもなるだろう。二、三日で帰ってこれるかもしれないし冬休みだけじゃきかないかもしれない。
 それ以上は言えなかった。言ったところでどうにかなるってわけじゃないけど。
 さっきと同じくらいの時間がたった後。
「みやげ。ちゃんと買ってこいよ」
 それだけ言うと、友人はオレの肩を叩いて去っていった。

 明日から異世界に行ってきます。
 今までとは違う旅になりそうです。もしかしたら帰ってこれなくなるかもしれません。

「なんて言えるわけないよなー」
 っつーか、異世界で一生終えたくないし。
 机に突っ伏したまま周りを見る。他のクラスメート達はいなくなっていた。窓から見えるのは運動部と下校途中の生徒の姿。
 結局オレって帰宅部のままだったんだよな。運動が嫌いってわけじゃないけど空都(クート)との二重生活のせいでそんな余裕全くなかったもんな――
「ノボルって実は賢かったんだな」
 いつの間にか通知表はショウの手に渡っていた。
「帰ってなかったんだ。もしかして、まりい待ち?」
 そう聞くと、あっさり肯定された。
「ブカツがもう少しで終わるからそれまで待ってろだと」
「いーよなーお兄様はラブラブで。どーせオレは一人身ですよーだ」
「気色悪い言い方やめろ」
 顔をしかめるとオレの前のイスに座る。何をするかと思いきや、目の前に白い紙を突き出された。
「これでいいだろ」
 どーやら自分のも見せてくれるってことらしい。なかなか律儀な奴だ。言われるまま通知表をのぞきこむと、そこそこの成績だった。
「ショウも実は努力家だったんだな」
 異世界の住人がそこそこの成績。本気ですごい。本人の実力がすごいのかエセ英語教師の教え方が上手いのか。あれこれ悩んでると声をかけられた。
「近いんだろ?」
 何が、とは聞かなかった。聞く必要もない。
「明日本拠地にご到着」
 それだけ言うと、もう一人の友人は軽く眉をひそめて苦笑する。
「コーイチの言った通りだな」
「は?」
「お前の癖。『口数が少なすぎる。でも顔はいつも以上に笑顔。そういう時は必ず何かある』って」
 加えて姉貴とは正反対なんだなとも言われた。
「……そーなのか?」
 全然気づかなかった。
「自分が考えているよりも、お前は周りに見られてるってことだろ」
 そーいうもんなんだろーか。いまいちわからない。もしかしたら坂井もこのことがわかってたんだろうか。だったら悪いことをした。
 あれこれ考えてるとショウは頭を下げた。
「悪い。今度の旅、俺とシーナはついて行けない」
「いいって」
 律儀な友人に笑って応える。なんだかんだ言って、こいつって真面目なんだよな。しかもカッコいい。だからまりいもこいつに惹かれたんだろう。
 これはオレが決めたこと。自分で決めたことに他を巻き込むつもりはない。そりゃいた方が心強くはあったけど、オレのワガママに付き合わせるつもりもない。
「ただ、これだけは言っておこうと思った」
 頭を上げると、ショウはさっきの友人と同様オレの肩をポンとたたく。
「頑張れよ。お前は一人じゃない」
 一人じゃない。
 何気ないはずの一言がなぜか胸にしみた。

 二人の友人との別れ。
 後に、オレがこいつらと学校で再会するためには長い長い時間を要する。
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