EVER GREEN

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第八章「沙城にて(前編)」

No,1 十二月二十三日

『誕生日おめでとう!』
 合唱と共にクラッカーの音が鳴り響く。
「ほら、ちゃんとロウソク消して」
 公女様がせくように言うと姉貴は恥ずかしそうにケーキのロウソクを吹き消した。火が消えるとわっと歓声がおこり、当事者達は笑顔を浮かべ嬉しそうにはしゃいでる。
「ケーキにロウソクってどこの世界でも定番なのね」
 鼻歌まじりでケーキを分けるのは明るい茶色の瞳に金色の髪の女子。名前をシェリア・ラシーデ・ミルドラッドと言う。
「そうですね。もっとも祖国ではもっと大きなものを取り扱っていましたが。
 あなたも姉の誕生日を祝いたいのならもっとそれなりの物を用意なさい」
 ケーキを受け取りながら余計な一言をくれたのは黙っていれば好青年、して実態は冷酷非常な極悪人のアルベルト・ハザー。
「これ、中に果物が入ってるんだな。余っていたらもう一つくれ」
 黙々と、味をかみしめるようにしてつぶやくのは唯一の理解者であり今となってはクラスメートのショウ・アステム。
「ほら大沢、手が止まってる。お茶運ぶの手伝いなよ」
 そう言ってトレイで背中を叩いたショートカットの女子は草薙諸羽(くさなぎもろは)。
 目の前では実に平和な光景が繰り広げられている。
「お前ら、少しは手伝おうという気はないのか」
 最後にエプロン姿で周囲に冷たい視線を送ったのがオレ、大沢昇(おおさわのぼる)だ。
 十二月二十三日。今日は大沢まりいの十六回目の誕生日になる。
『ボクの家でまりいちゃんの誕生会を開こう!』そう言ったのは諸羽。せっかく空都(クート)の人間が地球にきたんだから皆でパーっともりあがろうとのこと。もちろんオレに反対する理由もなく。着々と準備は進められた。
 のはいいんだが、どーしてオレが裏方に回らないといけないんだろう。
「いいじゃないですか。これも修行の一環だと思えば」
「部屋中を掃除して、ケーキまで作って。あまつさえウェイターよろしく料理を配るのが修行の一環だと?」
「よかったですね。ますます主婦業に磨きがかかって。おや、失礼。主夫でしたか」
 なぐりたい。こいつ本気でなぐりたい。
 けど今日は大切な誕生日。おちつけ。おちつくんだ大沢昇。ここでキレたらせっかくの誕生会がパーになる。
「誕生日おめでとう」
 気持ちを落ち着けた後、紙袋をまりいに手渡す。
「ありがとう。開けてもいい?」
「どーぞ」
 元々そのつもりで渡したしな。
 紙袋から出てきたのはブレスレット。水色と青のビーズが時おり光彩を放っている。
「これ、もしかして昇くんが作ったの?」
「え、まあ……一応」
 サイズもはかったようにぴったり。当然だ。ちゃんと見ていたから。
「お前、すごいな」
 ショウが素直に感嘆の言葉をおくる。
「彼女のハートを射止めたかったらそれくらいのことはしろって」
 後から『それができるのはお前だけだ』というツッコミが入ってきた。そりゃこいつに手作りなんて芸当は難しいだろう。普通なら。
「彼氏なんだから気の効いたセリフの一つくらい言ってやれよ。それと」
 耳元で一言二言つぶやくと、栗色の髪の男は顔を真っ赤にさせた。
 その隣には同じく何かをささやかれた姉貴の姿が。顔を真っ赤にさせた二人組を視界におさめると、他の面々は満足そうに部屋を出て行った。


「ノボルって、本当に無駄に器用よね」
 諸羽のアパートは広い。風呂、トイレ、台所つきに全部で八部屋。居候することになった面々が一人一部屋を使っても充分におつりがくる。後から聞いた話だと、すでに他の住人がアパートを利用してるんだそうだ。
「無駄にって言うな」
 後片付けも終わり家路につくオレをシェリアが玄関まで見送る。
「だってお嫁さんに必要な技能ばっかり持ってるじゃない。アルベルトが言うのも無理ないわよ」
「それだけじゃないぞ。逃げ足だろ、頑丈さだろ、忍耐力に――」
 ああ。自分で言ってて泣けてきた。
「泣かない泣かない」
「誰が泣くか!」
 まるで子供よろしく頭を撫でてきた公女様にがなり返す。
「そーいや、さっきまりいに何言ったんだ?」
「たぶん、あなたがショウに言ったことと同じこと」
 公女様はけらけらと笑った後ふっと目を細めた。
「誕生日かぁ」
「まさか地球でこんなことやるとは思わなかっただろ」
 少なくとも一年前のオレは、まさかこんなことになるとは思わなかったぞ。
 高校に入学した矢先に異世界に飛ばされて空都(クート)と地球の二重生活を送る羽目になって。あまつさえそいつらが地球に来るようになって。事実は小説よりも奇とはよく言うけど、この場合スケールがでかすぎる。
 失恋した相手に贈ったプレゼント。わりきったつもりでいても、相手の表情を盗み見てしまうあたりオレもまだまだ未練がましいのかもしれない。
「ね。ノボルって誕生日いつ?」
 ふいにシェリアが口をはさむ。
「二月十三日」
 バレンタインデーの前日である。おかげでその日と兼用で誕生日プレゼントをもらうことが多い。何年か前は『昇ちゃん、はい♪』と親父に笑顔でチョコレートを渡され、問答無用で殴った記憶がある。
「そーいうお前はいつなんだよ」
「アタシはもうすぎたもん」
「すぎた?」
 眉をひそめると公女様は腰に手をあてて言った。
「シェリア・ラシーデ・ミルドラッド。五月十日をもって16歳になりました」
「……年上だったのか」
 何気にショックだ。いや、深い意味はないけど。
 16歳。それは今までより一つ歳をとったということで。それは今までより一つ大人に近づいたということで。
 オレは少しは強くなれたんだろうか。
 オレは、あの日から前に進めてるんだろうか。
 ――その日までに、オレは大人になれるんだろうか。
「そういえばノボルってシーナの弟なのよね」
 シェリアの一言が、思考の渦から引きもどしてくれた。
 何を今さら。と思っていると、今度はとんでもないことを言い出してくる。
「アタシとシーナが従兄弟(いとこ)だとしたら、アタシとノボルも従兄弟になるのかしら」
「いや、無理があるだろ」
「アタシがミルドラッドの公女でシーナがリネドラルドの王女様なんだから、もしかしてノボルも王子様?」
「無理ある。無理あるって!」
 ほっとけばどんどん膨らみそうな妄想を押しとどめる。っつーか、まりいが王女様だなんて――確かに聞いたことあったな。
 リネドラルドの第三王女アルテシア様と『黒き翼を持つ英雄』時砂(トキサ)・ベネリウスの娘。確かショウが言ってた。英雄って人がどんな人かは知らない。けど英雄ってからには有名人なんだろう。そんな人達の娘であるまりいと姉弟のオレ。戸籍の都合じゃ確かにそうならないとは言えないのかもしれない。けど、やっぱり無理あるだろ。
 なんてことを考えていると、さらにとんでもないことを続けてきた。
「アルベルトにもプレゼント買ってあげなきゃ」
「極悪人に? なんで」
「だって誕生日、明日だもの」
 ……はい?
「聞こえなかったの? 十二月二十四日がアルベルト・ハザーの二十四回目の誕生日なの」
 十二月二十四日。その日が何を意図するかってことぐらい大抵の奴ならわかるだろう。
 その日はクリスマスであり、元々の起源は――
「……ノボル?」
「似合わなさ過ぎる」
 壁にもたれかかり笑いをおさめる。けれども一度わきあがった笑いはなかなか止められず。しまいには玄関のドアを叩くはめになってしまった。だってそうだろ。あの極悪人がそんな日に生まれたなんて誰が想像つくかって。
「それにしてもよく知ってたな、あいつの誕生日」
 自慢じゃないけどオレは人の誕生日なんかまず知らない。姉貴と親父、母さんの誕生日までは知ってるけど坂井の誕生日は知らん。知ってても誕生日プレゼントなぞはおくらないだろう。
「だってアタシのお兄ちゃんだもの」
「お兄ちゃんねぇ」
 アルベルトはシェリアの育ての親の息子らしい。古典でいうところの乳兄弟ってやつで、確かに兄弟といえば兄弟なのかもしれない。
「じゃあノボルは弟?」
「お前な――」
 またもやとんでもない妄想を繰り広げそうな公女様に手を上げ、
「ごめんなさい。冗談――」
 ポス。
「え?」
「ほしかったんだろ? プレゼント」
 頭の上に置く。
「無駄に器用で悪かったな」
 置いたものは、まりいにやったものと同じブレスレット。ただしあっちが青だったのに対しこっちはオレンジ。
 手作りの装飾品をやる高校生ってオレくらいなんじゃなかろーか。もしくはオレ同様、手先の器用な奴。
「アタシ、欲しいなんて一言も言ってない――」
「目が言ってた」
 ケーキやプレゼントを手渡した時のあの表情。あれはどう見ても羨ましがってる顔だった。いつもはどこにでもいる女子高生よろしくやっていても一国のお姫様。それなりに思うところがあったのかもしれない。
「ありがとう」
「まあ、その。ついでってことで」
 他意はない、こともない。
 まりいのプレゼントを作っていて部品が余ったのと、こいつならこーいうの絶対喜びそうだよなと思ったから。結果は予想以上だった。
「ううん。それでも嬉しい」
 こう素直に言われると、よかったと思う反面、どこか後ろめたい気にもなってくる。
 言葉は自然にすべりでた。
「今度はちゃんと作るよ」
「え?」
「それ。次の誕生日にはもっとまともなやつ作る。いらないなら別だけどな」
 そう告げると、ぶんぶんと顔を横にふった。
「じゃあアタシも。誕生日には何か準備しとく」
 その顔は姉貴と似ているようで違う。違うけど、見ているこっちが気恥ずかしくなるような、元気いっぱいで、それで――
「……サンキュ」
 今頃、姉貴は彼氏と何をやってるんだろう。けど、これはこれで悪くないのかもしれない。
 十二月二十三日。この日は少しだけ、いつもとは違う一日になった。
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