EVER GREEN

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第七章「沙漠(さばく)の国へ」

No,3 二つの日常

「ネギ……味噌……チャーシュー……」
『どんな寝言だそれ』
 男二人のハモりに目を開ける。
「あれ? 料理長は?」
「そんな奴いない」
 そう言ったのは栗色の髪の男。オレよか小柄だけど、その立ち回りは同年代の奴にはない力強さを感じる――じゃなくて。
「お前ラーメン屋のバイトでもしてるのか?」
 そう言ったのは茶髪の髪の男。ちなみに染めだしたのは高校から。地毛は黒かったもんな――でもなくて。
「坂井? なんでお前ここにいるんだ?」
 目をこすりながら悪友兼クラスメートに問いかける。
「は?」
「だってここ異世界だぜ? クー……」
 そこまで言いかけた時、目の前を黒い物体がよぎる。
「異世界? 一体何言ってるんだ?」
「なんでもない」
 オレの口を黒のカバンでふさいだのは栗色の髪の男子生徒。
「『げーむ』という遊びのしすぎだろ。気にしなくていい」
 首をかしげた坂井に答えたのは楠木(くすのき)高校の制服を着たショウだった。勢いがあったから顔が痛い。けど悪友はまったく気づかずにもう一人の友人と話を進めていく。
「だいたい異世界なんてあるわけないだろ。そんなところから来た人間がいるなら俺が見てみたい」
 お前がそれを言うか。
「そうだな。異世界なんてあるわけないよな」
 あるからこんなことになってる。
「そうだ。いつの間にか迷い込んだあげく、斜め四十五度の下り坂人生おくる男もいない」
 そんな言葉どこで覚えた。
「そだな。急に変な物が見えたり殴られたりする人生なんかないよな」
 悪かったな。オレはそんな人生おくってるよ。
「それは……気の毒としか言いようがないな」
 誰がどの発言をしているかは想像に任せる。どっちもどっちのような気がするのは気のせいだと信じたい。
「でも昇ならありえそうだよな。知ってた? こいつオレに髪の毛の相談持ちかけるんだぜ? まだ高校生だってのに可愛そうに」
「コウコウセイと髪は関係あるのか?」
「さぁ? でも昇だから」
「ああ。ノボルだからか」
 そこでなんでオレの方を見る。かつなんでそれで納得する。その哀れむような視線は一体何。
「じゃあ、かわいそうなこいつにコーヒーでも買ってきてくれ。俺はいつもの」
「お前、単に買出しに行くのがめんどくさいだけだろ」
 ぶつぶつ言いながらも片方の男は部屋を、教室を出て行く。足音が完全に聞こえなくなると、残った一人はカバンを離し額の汗をぬぐう。
「なんとかごまかせたな。油断してるとあんなこともあるんだ。気をつけた方がいい……ノボル?」
「お前、実はオレのこと嫌いだろ」
 全然自覚のないショウにジト目で言う。人間言っていいことと悪いことがある。得に『斜め四十五度』のくだりのあたり、かなりグサッときた。オレってそんなふうに思われてたのか。否定できないだけに余計涙をさそう。
「ショウ。お前にド○ドナの気持ちがわかるか?」
「……は?」
 目を点にしたショウに『なんでもない』と手をちらつかせる。いつまでこの前のネタひきずってんだオレ。
 ため息をつくと、ショウはカバンを机の上に置く。
「疲れてるのか……って、聞くまでもないか」
「聞きたい? オレが向こうでどんなことになってるか」
「いやそこまでは――」
「聞きたい? 聞きたいよな?」
「……聞いてほしいんだな」
 必死にすがりつくオレにショウはもう一度、小さなため息をついた。
 十月も半ば、オレは相変わらず空都(クート)と地球の二重生活を送っている。
「いくらなんでも身売りはないだろ身売りは」
 教室の片隅で人生相談。最近はそれが日課。時々異世界と地球とのことがごちゃまぜになってわけがわからなくなる。さっきもそれで見事に間違えたというわけだ。
 ただグチってるだけとも言えなくもないけど気にしない。人間吐き出す場所も必要だ。なんでそれが野郎なのかということも気にしない。空しくなるだけだ。
「なんか顔をあわせる度に不遇の身の上になってるな」
「言うな」
 苦笑するショウにツッコミを返すオレ。これも日課になっている。
「昔はさー、異世界って夢とロマンまではいかなくても冒険とかスリルとかあると思ってた。けど実際は違うんだな。待っていたのは強制労働。
 ああ、そーだよ。髪だって気にしたくもなるさ。どーせオレはカッコ悪いさ」
「お前、卑屈さに磨きがかかってないか? 全部開き直って認めればいいわけじゃないぞ」
「言うな」
 またもや心理を突かれた発言に歯止めをかけるオレ。この妙な敗北感はなんだろう。目の前の男とは出身地が違うとはいえ同じ歳なのに、どうしてこうも差があるんだろう。
 それにしても。
「お前、こっちに来て確実になじんだな」
 オレと全く同じ格好をした異世界での恩人であり友人に視線をやると、『安心しろ。お前の方がすごい』との返事が返ってきた。すごいってなんだすごいって。
 ショウ・アステム。栗色の髪に黒い目。背はちょっと低いけど同年代の平均とあまり変わらない。転校生として学校に来た当初は騒がれることもあったけど今じゃすっかり馴染んでる。
「馴染むのはいいことだ。けどな、これだけは頼む。お前だけは染まらないでくれ」
 友人の肩をつかむと黒い目を見据えて言う。
「時々とんでもないボケかまそうが、実は計算ずくだろ? そんなんで今までよく姉貴とやってこれたなってくらいにボケ倒そーが、お前はまりいと並ぶオレの唯一の良心なんだ。間違ってもアルベルトみたいにはならないでくれ」
「……お前、俺のこと今までどんな奴だと思ってたんだ?」
 なぜか冷たい視線になったショウに笑ってごまかす。まさか一見頼りになる奴、でも実は天然カナヅチとは言えない。
「そこのホモってる二人。いい加減にしとかないと置いてくぞー」
「『ほも』じゃない。ノボル、帰るぞ」
 メロンパンとコーヒーの入った紙袋を小脇に抱えて戻ってきた坂井にショウは平然と言う。いつの間に地球慣れしたんだ。ほんとに。

 高校でオレと坂井とショウとバカやる。それがオレの日常。
 でも家に帰るともう一つの日常が待っている。
 家に帰って制服を脱いで。ジーパンと長袖のシャツに着替える。首にはアクアクリスタルのペンダント。空都(クート)製の上着をはおれば異世界使用の出来上がり。
「俺も手伝えればいいんだけどな」
「ショウは別件があるだろ」
 今回、ショウと姉貴とは別行動をとっている。理由は単に二人が用事があるから。一体どこに何の用かと聞きたいところだけどオレもこんな状態だから聞くに聞けない。まあ二人が二人だから何か変なことがあるとは思えないけど。
「これはさ、オレの決めたことだから。でもサンキュ。気持ちだけもらっとく」
 助っ人としては心強いけど用がある以上巻き込んでもいけない。
「けどな、これだけは言っとく――」
 そう言いかけた時、
「昇くんおかえりなさい。諸羽(もろは)ちゃんから電話あったよ。いつもの場所で待ってるって。
 あれ、ショウも来てたんだ」
 焦げ茶色の髪と明るい茶色の瞳を持つ女子が顔をのぞかせる。
 大沢まりい。オレの義理の姉でショウの彼女でもある。まりいに告白してフラれたのは二ヶ月前のこと。今では心から祝福――は別として、正視できるようになった。でもいい気分にはなれないわけで。ショウの耳元で小声で話す。
「さっきの続きだけど。まりいに変なことするなよ。いくらお前でも男として身内としてそれは許せん」
 『するか!』というショウの発言は無視し、今度は荷物の準備にかかる。人の恋路を蹴散らしてくれたんだ。これくらい言っても文句はあるまい。器が小さいと言われようが知ったことじゃない。
「ショウ、顔赤いよ? どうしたの?」
 顔をのぞかせた姉貴に、ショウは視線をずらすと『なんでもない』とだけ言った。
 空都(クート)に行く手段は三種類。
 一つ目は普通に寝る。
 二つ目は時空転移(じくうてんい)と呼ばれる術を使う。
 三つ目は今やろうとしていること。
「準備できた?」
「ばっちし」
 場所はいつかの遊園地――のミラーハウス。
 ここには色々と思い入れがある。子供の頃に親に連れて行ってもらったり、まりいとデートして即行でフラれたり。現在は地球と異世界をつなぐ役割を果たしている。
「じゃあいくよ」
 ミラーハウスの中央で、諸羽が錫杖(しゃくじょう)を使って陣をかく。
「我が名はソード。三つの力を束ねる者」
 詠唱が始まると、陣がうっすらと光を帯びる。
「我は空を司りし者。我と鳥の加護を受けし者の名において、彼の者を望みし場所へ導きたまえ」
 諸羽に続き、まりいが言葉を紡ぐ。それが終わると今度はオレの番。
「人は、なぜ時を紡ぐ。人はなぜ未来を望む。
 我は時の輪を砕くため、三人の使者に幸福をもたらすため、時の鎖を断ち切る!」
 詠唱が終わると陣の輝きが強くなる。
「じゃあ行ってきます」
「気をつけて」
 まりいとショウに見送られ、オレと諸羽は光の中に身を投じた。

 目を開けるとそこは異世界。そして――
「お帰りなさい。料理長が待ってますよ」
 なぜかエプロンを手にした極悪人がいた。
 三つ目の方法。それは諸羽(もろは)とまりいの力を借りること。
 そもそも諸羽は自分だけの力で地球と空都(クート)を行き来していた。だから力を借りれば簡単に地球と異世界を行き来できる。だったらはじめからそうすればと言いたいところだけど、それはあくまで『剣』の一族だけに伝えられるもので、そもそも一人用なんだそうだ。だからオレと諸羽とまりいの三人で力を合わせることになった。
 けど必ずしも三人がそろうとは限らないわけで。三人で力を合わせつつ時空転移も使えるよう特訓中と言ったところだろうか。
「アンタが代わりにやってもいいんだぞ?」
「どうして私がそんなことしなければいけないんですか」
「ボクの剣を壊したのは一体誰?」
 二対一じゃ分が悪い。しかも笑顔が余計怖い。
「やればいーんだろ、やれば」
 エプロンをひったくり二人と別れる。
 船室に荷物を置き厨房へ向かおうとすると――
「シェーラ?」
 そこにはお嬢がいた。
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