EVER GREEN

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第七章「沙漠(さばく)の国へ」

 No,2 安眠は何処

「人間誰しも間違いってあるよな」
 時間は一週間前にさかのぼる。
「ほらよく言うだろ。『罪を憎んで人を憎まず』って」
「ふーん」
 空は青かった。それはもう、すがすがしいくらいに。
「他にも『過去のことは水に流せ』って言うっけ」
「それ、前にボクが教えた」
「あー、そっか。どうりで聞き覚えがあるわけだ」
 はっはっはと力なく笑うオレに対し、目の前の女子の視線は冷たい。普段は何も言わなくても元気でよく動く黒の瞳なのに今だけはものすごく冷たい。
「それで?」
「ここは一つ諸羽(もろは)様の寛大な心で許していただきたく」
 額に汗をかきながら物体の成れの果てを持ち主に返す。そこにあったのは二つに折れた金属片。持ち手と刃の部分できれいにわかれている。
「その結果がこれなんだ」
 声もまた冷たかった。それはもう、灼熱地獄から北極に突き落とされるくらいに。
「剣ってあんな音するんだなー。知らなかった」
「大沢……」
「ほら、刃こぼれ一つしてない。すっげー」
「大沢……」
 草薙諸羽(くさなぎもろは)。オレと同じ高校一年の女子。小柄な外見とは裏腹にかなりの行動派。とにかく元気で前向きで放っておくと人がわらわら寄ってくるだろう。色々な意味で。
 けど今は放っておくと人がわらわら遠ざかっていきそうな雰囲気だ。いや、そうさせたのは明らかにオレのせいなんだけど。
「さすが『剣(つるぎ)』だよなー。うん、すごい」
「大沢……」
 なぜだろう。こんなにも熱いはずの場所でこんなにも寒く感じるのは。ましてや冷や汗なんかかいたりしてるのは。
「ああ、今日も空が青いなー」
「…………」
 諸羽は何も言わなかった。
 たっぷり五分の沈黙が流れた後。
「言うことはそれだけ?」
「すみませんオレが悪かったです」
 剣の持ち主にオレは深々と頭を下げた。

「だからってこの仕打ちはないよな」
 モップを片手にため息一つ。周りには相変わらず誰もいない。

「目には目を。刃には刃を。剣には剣を。大沢。きっちり責任とってよね」
「責任っってどうすれば――」
「どうしたんです?」
 二人で押し問答しているとなぜか現れたのが極悪人。
「師匠さん聞いてよ。大沢ってひどいんだよ?」
 これが全ての間違い。気がつくとオレは首根っこをつかまれ船の中に放り込まれていた。


 要するに諸羽の大切な持ち物を壊してしまい、それを許してもらう条件としてただ働きしてるというわけだ。
 それにしたってオレ一人になんでもかんでも押し付けるとはどーかと思う。諸羽だけならまだしも他の奴らは全然手伝ってもくれない。
「新入り! 一時間後には店開けるからな。それまでには終わらせとけ」
「はいっ!」
 空都(クート)での生活はもっぱら雑用におわれている。炊事、洗濯、掃除、材料の買出し。国と世界を違わなければ立派な主婦ならぬ主夫業だ。今までやってきたこととそう変わらないじゃないかと言われればそれまでだけど。
 オレ、今なら確実に嫁にいける。本気でそう考えるようになった十五の秋。
「十月に沙漠(さばく)の舟の上でモップがけする高校生ってオレくらいだろーなー」
「何が?」
 声の方を振り向くと、そこにいたのは金色の髪の女子。
「大丈夫?」
「大丈夫じゃない」
 明るい茶色の瞳に剣呑な返事を返す。
 シェリア・ラシーデ・ミルドラッド。カザルシアって国の公女。早い話がお姫様だ。
 思えばこいつとアルベルトに出会ってしまったのが全ての始まり。あとはなし崩し的に不幸街道まっしぐら。上り調子じゃないだろう。そうだったら砂漠の上でモップを持つ高校生の姿が出来上がったりはしない。
「お前さ、『ド○ドナ』って歌知ってる?」
「ど○どな?」
 小首をかしげる公女様を見てうなずく。そーだよ。これが普通の異世界人の反応だ。
「今日みたいな日に可愛い子牛が売られていく歌なんだ。
 悲しそうな瞳で見ーてーいーるーよー。
 ああ、そーだよな。売られていくんだよな。悲しくもなるよな。まさに今のオレそのもの」
 今思い出しても腹が立つ。『金はあるけどいつ何が起こるかわからないから温存しておきたい』という一見もっともらしい、けど実際はただケチ臭いだけだろって理由でこの船に無理矢理突き出された。そして雇い主はしぶしぶ承諾した。
『道に捨てられてたの。このままだと保健所に連れてかれちゃうの。お願い人助けだと思って!』
『他にもらい手がいないならしょうがないか』
 子供の拾ってきた捨て犬をしぶしぶ承諾する親父。妙に体格のいい料理長に連行される途中、脳内でそんなやり取りが浮かんだ。
「オレをここに連れてきた時さ、アルベルトの奴なんて言ったと思う?
『さしずめあなたは『やせ細った山羊』ですね。可愛い牛ではないでしょうから』ってさ。
 って、なんであいつが知っている。これって日本の小学校で習う歌だぞ?」
 額に汗を流しはじめた公女様を横にモップがけをはじめる。年季が入っているのか汚れはなかなか落ちない。
「ドナドナドーナドーナー。
 知ってる? ド○ドナの『ドナ』ってどこかの国の言葉で『主よ』って意味があるって。だから連れられていく家族を嘆く歌にも解釈できるらしいぞ。
 って、なんで地球人のオレが空都人のあいつに教わらなきゃならんのだ」
「……目が据わってるわね」
 据わりたくもなる。何が悲しくてド○ドナ歌いながら掃除しなきゃならねーんだ。
 中学時代が懐かしい。あの頃は家に帰ればテレビがあって、けどその前に着替えて夕飯の支度して、たまに掃除して――あれ? 今とあんまかわってないな。けどそれなりに平穏な生活だった――そう、平穏無事な日常だった。
 それが今じゃ一旦寝る、もしくは意識を失うと異世界に強制転送という特異体質に。平穏無事な安眠を望むことがそんなにいけないんだろうかってくらいに次から次へと災難が。
 ある意味これは一種の拷問に近い。前世で何か悪いことをしたんだろーかとつい考えてしまうのも仕方のないことだ。
「そりゃー誰かにすがりたくもなるよな。けど誰も助けちゃくれないんだ。なんてかわいそうな子牛。
 ドナドナドーナードーナー」
 一番目を歌い終わり二番目に突入しようとすると、シェリアはオレの腕をつかみしごく真面目な顔でこう言った。
「アルベルトに……ううん。医者に見てもらうわよ」
「結構です」
 なぜか風の精霊と全く同じ公女様の提案を全力で否定した。
 そりゃ無理矢理仕事を押し付けられて周りは楽してれば文句の一つも言いたくなる。公女様もそのへんは納得してくれたらしく、少しすると自分の分のモップを持ってきた。
「どう? 久しぶりの異世界は」
 床をこすりながらシェリアが問いかける。
「最悪」
「はっきり言うのね」
「『悪くはない』って言うと思った?」
「思ってない」
 明るい茶色の瞳が悪びれることなく笑ってる。
 そーいえばこいつって公女なんだよな。床をモップがけする公女様もいかがなものか。一瞬そんなことが頭をよぎるも巻き込んだのは自分だったのであえて気にしないことにする。
「シェリアはこっちに戻れて嬉しいだろ。故郷なんだから」
「うーん。故郷とは言っても国が違うもの。なんか複雑かも」
『それでも少しはほっとする』そう言って公女様はモップを床に置いた。
「あなたはここへ来てよかったの?」
「いいも何も、もう来てるじゃん」
「そうじゃなくて。その……」
 シェリアの言いたいことはわかる。
 空都に来るようになって確実に変な夢を見るようになった。それはきっと昔のことに関係ある。
 昔のことや夢の正体、アルベルトの謎と問題は山積みだ。そしてそれは一朝一夕でわかることじゃない。だったらやるしかない。
「うだうだ考えるよか当たって砕けない程度に砕けろってこと」
「普通は当たって砕けろじゃないの?」
「そーかもしれない」
 そう言うと公女様はくすっと笑った。
「あなたって情けないことを平気で言うのね」
「今さらカッコつけても仕方ないって」
 仮にカッコつけたとしても、モップ片手にはきまらないことうけあいだ。
「あのさ」
「え?」
「ありがとな。黙っててくれて」
 視線を合わせる気にはなれなかったからモップがけをしながら言う。
 本当は、少し前にこの世界に来ていた。オレとシェリアともう一人とで。あの時は周りのことなんか全然見えなかった。シェリアだってひどい目に遭ったしオレだって遭った。
『変わっていたの』
 あの時のことは未だに聞けてない。でもこいつは何も言わずに接してくれる。
 怖くないわけないんだ。ただ絶えてるだけ。真っ向から受け止めようって覚悟を決めただけ。
「あなたがしてくれたことをそのまま返してるだけよ?」
 よくわからないけどそんな返事が返ってきた。
「ま、自分で決めたことだからな。大丈夫――」
『ま、なんとかなるさ』
「でしょ?」
「だな」
 お決まりのフレーズを言うと二人笑う。
 空は青い。日もものすごく照ってる。
 大沢昇、十五歳。平穏無事な安眠はまだまだ先になりそうだ。
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