EVER GREEN

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第七章「沙漠(さばく)の国へ」

No,12 その日

「60点ですね」
 全てが終わって砂上船に引き上げた時のセリフがこれ。
「それって100点満点中の?」
「150点満点にしてもらいたかったんですか?」
 セリフの主は言うまでもないだろう。
「時間のかかりすぎです。私だったらもっと迅速にことを終えますね」
「だったらアンタがやればよかっただろ」
「人命救助の方が先ですから」
 なんだろう。危機から脱出できたにもかかわらず、この徒労感は。
 別にほめてほしかったわけじゃない。けど少しくらい頑張っただの無事でよかっただの、ねぎらいの言葉があったっていーだろ。
 剣を使ってみんなと協力して獣を倒して。オレにとっては一大事でも、目の前の男にとっては造作もないことで。一体なんなんだろう。この徒労感は。
「どうやらそれも使うことができたみたいですね」
 極悪人が視線をオレの腰――にさしてる剣に向ける。
 そーだ。徒労の原因の一つはこいつだった。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

《その言葉遣いはなんですか。精霊は精霊らしい態度をとるべきです》
 紅トカゲの一件が終わってみんなのところへ戻ろうとすると、土の精霊がつぶやいた。
《そんなのワタシの勝手じゃないですかー。あなたこそぱっと出の低級霊でそんなこと言わないでくださいよ》
《確かにわたしは低級ですが、それはつくられて間もない故のこと。あなたはどうなのです?》
 風と地は相性が悪いらしい。
 相反する属性はお互いがお互いの存在を打ち消しあうから。ゲームだとよくある話だ。
《昇様、あのような輩は即刻駆除すべきです。ご命令を》
《あーっ、そんなこと言うんですかぁ? ひっどーい》
 けど、実際は違った。
 打ち消しあってるには違いないんだろう。存在理由だの属性がどうだのと言う前に、単に生理的にいけ好かないといった感じがするのはオレの気のせいなんだろーか。
「精霊ってまともな奴はいないのか……」
《わたしとて、このようなことはしたくありません。ですがむこうがあのような態度をとる以上、こちらとしても黙って見過ごすわけにはまいりませぬ故》
 しかも微妙に口調が極悪人とかぶってるよ。そんなどーでもいいことが頭の中に浮かぶ。
「諸羽(もろは)、お前が確かめたかったことってこれ?」
 なんだかいたたまれない気分で『剣』を見る。そいつはうーんと首をひねった後、こう言った。
「確かに大沢の作った武器の効果も見てみたかったんだけど、予想外かも」
「予想外?」
「材料は『剣』のものだから、普通のとは違うのができると思ってた。地球人だから地属性になるだろうとも思った。でもここまでとは思わなかった」
「地属性?」
 同じ言葉の繰り返しにも諸羽は気にすることなく応える。
「生まれた場所によって決まってるんだ。空都(クート)なら『空』、霧海(ムカイ)なら『海』って。もちろん使えるってだけで個人差はあるけどね」
 確かに昔、スカイアに言われたことがある。オレと風(スカイア)は主属性が違うって。なるほど、地球生まれだから地属性ってわけか。単純っつーか何といいますか。
 けど、それにしてはうまくいきすぎだったんじゃないのか。そのことを指摘すると、ボクもそう思ってたと返された。
「主属性、相性の話は抜きにしても、さっきのはすごかったもんね。大沢って実は弱くなかったんだ」
 実はとはなんだ。せめて『強かった』くらい言ってくれ。
「それで、蒼前(ソウゼン)のことはどう説明するわけ?」
「実体化したのは『剣』と大沢自身の能力としか言いようがないっしょ。性格や外見のことはボクに聞かれてもわかんないよ」
 確かに昔、リザに言われたことがある。人とは違う力を中に秘めるタイプの人間なのかもしれないって。それは何かの媒介を通じて、始めて使えるものだろうって。
 要約すると、オレが創った剣は地属性の師匠属性よりの馬だったってことで。
 さらに要約すると、悩みの種がまた一つ増えたってことで。
「あのさー、いい加減にケンカやめたら?」
《昇様には関係ありませぬ故》
《ノボルは黙っててください!》
 実体は見えても精霊の声までは伝わらない=聞こえてるのはオレだけなわけで。
「ケンカはやめましょう。仲良きことは美しきかなですよ」
 オレはいつから保育園の先生になったんだろう。
 ひきつった笑みを浮かべながら、灼熱地獄の沙漠(さばく)の上で精霊達の仲裁に入ったのだった。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「何はともあれよかったじゃないですか。無事に帰ってくることができたんですから」
「おかげさまで」
 精一杯の皮肉を込めていっても極悪人は素知らぬ顔。当り散らすこともままならず、船の手すりに拳をぶつける。
「……あのさ、聞いたんだ」
 拳に息を吹きかけながら――手すりは痛かった――ぽつりとつぶやく。
「何をです?」
「その、アンタの……」
 昔のこと。
 と言ったら、目の前の男はどんな顔をするんだろう。
『あいつは孤児だったんだ』料理長の言葉が脳裏に浮かぶ。誰だってそれなりの過去は持ってる。やっぱ古傷には触れないでおくのが一番だ。
「ごめん。なんでもない――」
「おとぎ話をしましょう」
 オレの話をさえぎると、アルベルトは静かに語りはじめた。
「あるところに一人の子供がいました。
 子供はごく普通の家庭で、ごく普通の両親と共に暮らしていました。友達もいましたし、声をかければ誰かが笑いかけてくれます」
 沙海の方を向いてるから表情は見えない。オレもそれにならって沙漠の海に目を向ける。触れてはいけない、表情を見てはいけない。そんな気がしたから。
「それは、どこにでもあるごく普通のありふれた日常でした。ですが、そんな生活も終りをむかえます」
「それって――」
「戦争です」
 告げる声は淡々としていた。
「どんな理由で起こったのか。原因はわかりません。
 家は一瞬にして焼き尽くされました。気がつけば、子供は屍(しかばね)の上に立っていたんです」
 まるで歴史の教科書を読むかのような声色に、オレは手すりをつかむことしかできない。
「屍は子供のよく知る人のものでした。よく見れば、周りにも同じものがあります。
 子供は自分の身に何が起こっているかわかりませんでした」
 ――ドクン。
「この場から逃げたい。早く忘れてしまいたい。子供は逃げ出しました。
 ですが、子供には体力はありません。しばらくすると倒れ、通りすがりの誰かが子供を拾いました」
 ドクン、ドクン。
「目を覚ましたその日から、子供の世界は変わりました。
 目の前には見知らぬ大人達。子供は大人の言われるまま、さまざまなことをさせられました。逆らえば何をされるかわかりませんでしたから」
「……いい」
「物心がついた頃、子供は自分の立場をようやく理解しました」
「……もういい」
 この音はどこからくるんだろう。
 手すりをつかむ手に力をこめる。けど、隣の男はさらに言葉を重ねる。
「子供は身売りされていたんです。奴隷として」
「やめろ!」
 沙漠の上にオレの声が響く。けど、そんなことはどうでもよかった。
「昔のことを聞きたかったんじゃないんですか?」
 相手の方は普段と変わらない極悪人のそれで。これじゃオレが……すっげーバカみたいじゃん。
 身売りされたと思った場所はこいつの知り合いの場所で、こいつの方がずっとイタい目に遭ってて。なのに身売りだの少しくらいほめろだのと一人勝手にわめいてて。
 自分のバカさ加減に体が熱くなる。これじゃガキだと思われても当然だ。
「あなたが気にするようなことでもないでしょう。誰も、生まれを選ぶことはできませんからね」
 まるで明日の天気を語るような言い草に顔を向ける。予想通り、アルベルトの表情は少し前と全く変わってなかった。
 こんな時、途方もない無力感におそわれる。どれだけ頑張っても周りは何も変わってないんじゃないかって。どれだけ頑張っても、オレはこいつにかなわないんじゃないかって。
「だから俺は、人生を選ぶことにした」
 いつもと全く変わらないエセ笑顔で。
「道がわからないのなら自分で決めてやる。誰に認められなくてもいい。自分の思うままに生きてやろうと」
 いつもと全く違う言葉で。
「――というお話では、どうでしょう?」
 それはたった数秒のこと。
 いつもなら、脅かすなよってやけになって反発したんだろう。けど、今はそんな気分にはなれなかった。
 それは、本当にあった出来事かもしれない。もしかしたら文字通り、ただのおとぎ話かもしれない。
 だけど。
「ノボル?」
「……言うな」
 視線を金髪の男のそれに合わせて再び声をあげる。
「冗談でもそんなこと言うなよな!」
 いたたまれなくなったのか、昔の自分と重なったからなのか。――多分、文字通り聞きたくなかった、目の前の奴にそんなことを言ってほしくなかったからなんだろう。
「それと、明日もちゃんと特訓付き合えよ!」
 今ひとつ決まらないセリフを残してアルベルトの元を去る。
「確かに、そのままでは頼りなさすぎますからね」
 師匠の言葉を遠くに聞きながら、その日は終わりを告げた。
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