EVER GREEN

BACK | NEXT | TOP

第七章「沙漠(さばく)の国へ」

No,11 その名は蒼前(ソウゼン)

《お呼びですか。我が主(あるじ)》
 真っ白な髪をなびかせ、そいつは言った。
《わたしは主により創られた者。必要あらばご命令を》
 髪と同じ真っ白な肌。青い瞳がオレ達を、オレを見据えている。
 高くもなく低くもない落ち着いた声。確認するまでもない。
《どうしました? 我が主よ》
 えーと。これはもしかしなくても、あれだろーか。
「主ってやっぱオレ?」
 問いかけにうなずき一つ。そいつは生真面目な声で、こう言った。
《主。ご命令を》
 えーと。
「ごめん。ちょっと作戦タイム」
 そいつを片手で制すると、残った女子達と作戦会議にはいる。
(どーすんだよ。変なもの出てきたぞ?)
(どーすんだよって、大沢が呼び出したんじゃないか)
(やっぱオレが呼び出したことになるの?)
(他に誰が呼び出すのさ)
 ここまでが諸羽(もろは)との会話。
「けどさ、あいつ――」
 小声から幾分トーンを上げて声の主を見る。残りの二人もそれにつられるかのようにそいつを見る。
 目の前に現れたそれは、
「馬だ」
「馬ね」
「どこからどう見ても立派な馬っしょ」
 銀色の剣から現れたそれは、馬だった。
 真っ白なたてがみに同じ色の肌。目が青いことを除けば、立派な馬――葦毛(あしげ)の白馬だった。その白馬は微動だにすることもなくオレ達の方を見ている。
「ごめん。もーちょっと待って」
 さらに片手で制すると、作戦会議を続ける。
(あれって精霊になるの?)
(多分)
(精霊ってことはノボル、声が聞こえたんじゃないの?)
(我が主だの、命令がどーだのって言ってたけど)
 ちなみに、ここまでがシェリアとの会話。
 再びちらと見てみると、今度は尻尾がゆれていた。
(……ニンジンあげたら食べるかしら)
(相手は精霊だぞ?)
(でも馬でしょ?)
(ちょっと試してみたいかも)
 ここまでが三人での会話。
 三人で振り返ると、馬は――
《大変申し訳ないのですが、今はそのような話をしている場合ではないのではないかと》
『うわああああああっ!』
 馬は、足音をたてることもなくオレ達の目前まできていた。真っ白な馬が、鼻先を突きつけてきた。しかも話してるのは日本語。怖いことこのうえない。
《主。ご命令を》
 考えてみれば、精霊の言葉が直に聞こえるのはオレだけ。にもかかわらず他の二人は驚いている――って、
「二人とも、これ見えんの?」
 今さらな質問に、二人は首を縦にふった。
「声は聞こえないけど」
「アタシにも見えるわ」
 確か、精霊って人間に姿を見せるのって珍しいんじゃなかったっけ? そう思って尋ねると、『大沢が作ったからかも』と返された。
「なんで武器を作って名前を呼んだだけでこんなことになるんだ?」
「ボクの家系が創った武器って、なんでだかあんな風になるみたい。やっぱご先祖様って偉大だよね」
『あんなふう』で片付けていーのか。おい。偉大で片付けてもいーのか、それ。
「地球人って変な人ばっかよね」
 シェリアのツッコミに否定できないのが悲しい。っつーか、オレの周りに常識人はいないのか。
 咳払いをすると、改めて馬――もとい、剣から出てきた精霊を見る。馬は、やっぱり微動だにすることなくオレの方を見ている。
「蒼前(ソウゼン)……でいいのか?」
《はい。主》
「いやその『主』ってやめてくれる?」
《どうしてです? わが主よ》
「どーしてって……」
 言われなれてないからに決まってる。
「昇でいいって。オレも蒼前って呼ばせてもらうから」
《しかしそれでは……》
「硬いことはいいっこなしってこと」
 そう言うと、馬は目をつぶった――ように見えた。
《わかりました。では昇様と》
「いや、できればそれも遠慮したいんですけど」
《これ以上は譲歩できません。わたしにも精霊としてのほこりがあります故(ゆえ)》
「……それでいーです」
 なんか、疲れる。
 既思感を感じる。オレの記憶が確かなら、半年くらい前にも同じことをやった。言ってることは違うのに、似たような疲れを感じるのはなんでだろう。
「とにかく行ってくる」
 軽い疲れを感じながら沙漠(さばく)を後にしようとすると、馬に、蒼前に呼び止められた。
《あの獣の元へ行けばいいのですか?》
「そーだけど。……お前も来てくれる?」
《無論です》
 って、オレ馬になんか乗ったことないんですけど。
 と思ってたら、無理矢理背中に乗せられた。ついでにとばかりに諸羽もそれに便乗する。
「じゃあ行ってくる!」
 精霊には実体がなかったんじゃないのか、どこかの誰かにキャラがかぶってないか、とつっこむ余裕もなく。公女様に見送られ二人その場を後にした。
 あとでニンジン食べるか試してみよう。そんなことを考えながら。


「シェーラ! ゲイザルさん!」
 声をかけると先についてた二人は予想通りの返事をした。
『その馬はどうした』
「詳しい話は後!」
 蒼前(ソウゼン)から降りると紅トカゲに視線をやる。
 トカゲはやっぱりでかかった。その足元には大なり小なりの獣の残骸が散らばっている。どーやら仲間を呼ぶというのは本当だったらしい。
「雑魚は倒した。だが肝心のあれがな」
 紅トカゲはさらにでかくなっていた。弱点はわかっていても、これじゃ額の宝石にたどりつくなんて到底無理だ。さらに言えば、足元に散らばっていたのは獣の残骸だけじゃない。一番初めに応戦していたであろう船の乗組員達が倒れている。
「あのさ、あいつ説得するのって無理?」
《無理ですね。精霊と獣は使用する言語が違いますから》
 ダメ元で言ったけど、精霊に即却下された。
 となると、今できることは一つ。
「料理長、攻撃の術は使えますか? 使えるなら紅トカゲにぶっぱなしてください!」
「そんなことやっても焼け石に水だろ」
 ゲイザルさんの言葉にかぶりをふって応える。
「さっき聞いたんだ。術をかけた時にそいつの動きが止まったって」
 確かに言ってた。術をかけた時、動きが一瞬止まったような気がしたって。ここで戦えるのはオレ達三人と料理長のゲイザルさんだけ。なりふりかまってなんかられない。こうなったらできることをやるだけだ。
「諸羽(もろは)、空飛べたよな。悪いけど、シェーラつかんでトカゲの頭んとこまで行って」
「飛ぶって、ボク浮かぶことしかできないよ?」
「それでいい。こいつ使ってどーにかしてもらうから」
 取り出したのは毎度おなじみ風の短剣。前に、こいつを使って素早さと威力を上げてもらったことがある。
「スカイア!」
 名前を呼ぶと、緑色の少女が姿を現す。
 ほんのわずかな間でも、この二人にかけるなら充分。あとは料理長の術と、蒼前(ソウゼン)を使って足止めするしかない。
「さっそくで悪いけどあいつ倒すのに力貸して――」
 ここでふと考える。
《どうしました? 昇様》
《どうしたんですかぁ?》
 一人と一頭の精霊がオレの顔をのぞきこむ。
「あのー。蒼前の属性って何?」
 こいつがオレの作った剣の精霊だってことは理解できた。精霊っていっても実際は色々な種類があるってことも知ってる。人と精霊には相性があるってのもこの前聞いた。スカイアは短剣に宿った風の精霊だ。なら、出会ったばかりのこいつは?
 そう思って尋ねると、馬はすんなり応えてくれた。
《見ての通りの土です》
 どのあたりが見ての通りだかはわかんないど、土だということは理解できた。と同時に、周りの温度が一気に5℃くらい下がった――ような気がした。
「その馬が何か言ったのか?」
「こいつ、土の精霊だって」
『土……』
 気のせいじゃなかった。今度は沙漠の温度が一気に10℃くらい下がった。
 もう一度、よく考えてみる。
 こいつの属性は土。
 ここは沙漠。
 沙漠ってのは、元を正せば砂の集まり――土なわけで。つまりは。
「使えないな」
 お嬢がもっともなセリフをはく。あああっ! ホントに使えねーー!
《そんなことはありません。心頭を滅却(めっきゃく)すれば火もまた涼しです。
 目に頼っては駄目です。心の目で見るのです》
「んなマンガみたいなことできるか!」
 馬の姿をした土の精霊に、精一杯のツッコミを入れる。
 大沢昇、十五歳。いくら普通じゃなくなってきてるとはいえ、悲しいことに肉体的にはごく普通の、もしくはそれ以下の高校生である。
「誰でもかれでも、そんなどこかのマンガの王道ができると思うなよ!」
 そりゃ、前に極悪人が術の効かない奴を術でぶっとばすっていう、とんでもない芸当をやってくれましたよ。でもオレがやるには無理がある。
 なんてことを言ってても仕方がなく。とにもかくにも今はやれることをやるしかない。
「疾風(はやて)!」
 素早さ強化の術をお嬢と『剣』にかける。二人はうなずくと、紅トカゲにむかって飛んでいった。
「坊主も術ができるならやってくれ。この際だ。お前の案にかけてやるよ!」
 料理長の発言にうなずきを返す。スカイア(風の短剣)は使ってしまった。直接攻撃はきっと効かない。けど、他に手立てがないのならやるしかない。
 キイィィィ……
 銀色の剣が再び青い光を放つ。
 いや、もしかしたらどうにかなるかもしれない。スカイアの時は何て言った? 光を見て、オレは何を叫んだ?
 銀色の剣――刀――土――地面――?
 一瞬の閃き(ひらめき)。
「大地の息吹よ!」
 剣を抜き、刀身を砂の上に突き立てる。
 ズン……
 大地が、沙漠が大きく揺れたような気がした。けどそれだけ。
 やっぱ土に土属性の精霊を使うのは無理があったか? そう思ったその時。
「大沢、あれ!」
 頭上から諸羽の声がする。
「へ?」
 諸羽の言った方角へ目をやって、言葉を失う。
 もう一度目をこすっても、見えたものは同じだった。何も起こらなかったんじゃない。そう見えただけ。紅トカゲは土に、沙流に飲み込まれていた。
「これって……オレがやった?」
《さすが我が主。飲み込みが早い》
 隣にはこくこくとうなずく土の精霊。実感はわかないけど、どうやらそーいうことになるらしい。
 何はともあれ動きが止まった。今だ!
「シェーラ!」
「わかっている!」
『剣』の手を離れ、お嬢がトカゲの頭上に降り立ち刀を抜き放つ。
 急所を攻撃されてはさすがの紅トカゲもかなわなかったんだろう。獣は絶叫しその場にくずれる。
「見ろ!」
 紅トカゲが縮んでいく。
 でもまだ死んでない。抵抗をするかのように爪をを大きく振り下ろす。
「ノボル! とどめをさせ!」
 獣の上からオレに向かって叫ぶ。確かに体格は小さくなっていったものの、元の大きさにはまだほど遠い。お嬢は攻撃を避けるので精一杯。このままじゃいつ反撃されるかわからない。
「スカイア!」
 もう一度風の精霊を呼び、諸羽とシェーラにかけた術を自分にかける。
 紅トカゲがお嬢の時と同じように爪を振り下ろす。それを紙一重で避け、距離を縮めていく。
 ――ちゃんと特訓の成果はあったんだな。
 こんな時だってのに、頭の隅は妙に冷静だった。以前なら逃げ回ることで精一杯だっただろう。けど、息はあがっていても、術を使っていても、オレはこうして獣の元にたどりついている。
 やっとの思いで到着した獣の頭上。額の宝石には、お嬢がつけたであろう小さな亀裂が入っていた。
「ガアッ!」
 最後の抵抗か、紅トカゲが大きく体を揺り動かす。お嬢は紙一重でよけ、オレは見事に直撃――
「大沢!」
 するのは間一髪でまぬがれた。なぜなら諸羽が宙に浮いたまま、手をつかんでくれたから。
「キミが言い出したことっしょ。だったら最後までやりなよ」
 そう言って、パッと手を離す。離された先は――獣の頭上。
「でやああああっ!」
 剣を獣の額に突き刺す!
 パリィィン!
 紅い宝石は、音をたてて壊れた。
BACK | NEXT | TOP

このページにしおりを挟む

ヒトコト感想、誤字報告フォーム
送信後は「戻る」で元のページにもどります。リンク漏れの報告もぜひお願いします。
お名前 メールアドレス
ひとこと。
Copyright (c) 2003-2007 Kazana Kasumi All rights reserved.