EVER GREEN

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第七章「沙漠(さばく)の国へ」

No,1 合言葉はネギ味噌チャーシュー

 本当は正直怖い。
 今までとはわけが違う。お遊びでむこうに行くわけじゃないんだ。
 このままこっちに残るという選択肢だってあった。けどそれじゃカッコ悪すぎだもんな。オレだって人並みにプライドはある。
『絶対思い出してやるからな。覚悟しとけよアル!』
 ああ言ってしまったからには仕方がない。男には引き下がれない時がある。
 全ての鍵はあの世界に眠っている。それを引き出さない限り平穏無事な安眠は得られない。
 大丈夫。覚悟はできてる。
 ……いや、ちょっと……かなり怖い部分もあるけど。色々な意味で。
 けど今までだってなんとかなってきたんだ。これからだって大丈夫。ま、なんとかなるさ。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「ネギ味噌チャーシュー追加!」
「ネギ味噌チャーシュー!」
 空はとても青かった。それはもう、透き通るくらいに。
 日も照っていた。温かい……なんてもんじゃない。暑い。この上なく暑い。
「焼き豚定食一丁!」
「はい焼き豚入りましたーー!」
 なんとかなるさと思ってたのに。
「野菜炒め追加ね」
「はい野菜炒め追加!」
 ちっともなんとかなってないのは何故だろう。
「現実って厳しいよな」
 包丁を片手にぼそりとつぶやく。わかってた。今までの経験から充分にわかっていたはずだったのに。
 それでも淡い期待を抱いてしまうのが人間なわけで。
 その希望はあっけなく崩れさってしまうわけで。
 人生山あり谷ありとか言うけど、なんでオレは谷ばっかりなんだろう。どんなに辛くても、落ちるとこまで落ちたら後は上っていくだけとか言うけど、底が見えないなら意味ねーじゃないか。
 そもそもこの話ってファンタジーじゃなかったのか。それがどこでどう間違って厨房に立つハメになったんだ。この前は珍しくカッコよくきめたんだぞ。もう一回カッコよくやれとか言われたら絶対無理だぞ。さんざん待たせといてこれかよ。
 厨房で料理人まがいのことをするのは百歩ゆずったとしてだ。オレ、主人公じゃなかったのか。
 主人公っていや幾多の困難を仲間と手と手を取り合って乗り越えていくのがセオリーじゃないのか。『あなたはこの世界を救うために呼ばれたんです』とか言われてさ。もしくはピンチの時に何かの力に目覚めるとか。そうじゃなくても救いの手くらい差し伸べてくれたっていーだろ。端から端まで見渡しても、ここにいるのはオレ一人。この扱いはあんまりだ――色々な思いが体中を駆け巡る。
『後悔先に立たず』と言う。この状況がまさにそれなんだろーか。だったら今度心の辞書に付け足しておこう。『後悔は後にも立たず』と。
「そこの新入り! 手を休めるな!」
「すみません!」
 条件反射であやまる癖がついてしまったのが我ながら情けない。物事を円滑に運ぶためにはこっちが折れるに限る、そんな処世術を身に着けてしまった自分も悲しい。
 プライド? んなもんとっくの昔に捨てた。人間それだけじゃ生きていけないんだ。ここまで来たんだ怖いものなど何もない。こうなったら堕ちるとこまで堕ちてやる!
 ……視界がかすむのはなぜだろう。少なくとも玉ネギのせいだけじゃないはずだ。
「あやまる暇があったら手を動かせ!」
「はいっ!!」
 厨房に響き渡る怒声に慌てて鍋を動かす。
 誰かに問いたい。オレ、なんでこんな所でこんなことやってるんですか? と。

 お久しぶりです。皆さんいかがお過ごしでしょうか。
 オレは元気にやって――
「やってたら、こんなことにはならないよな」
 精も根も使いはて、床の上でのびてます。
《ノボル、なにぶつぶつ言ってるんですかぁ?》
「何言ってるんだろーなー」
 そう言って服の中から取り出したのは緑色の短剣。
 短剣を片手につぶやく姿は傍目から見ればさぞかし滑稽、もしくは不気味だろう。けどオレにはこいつの本体が見えてるからどうってことない。ついでに言えば今は夜中。誰かに見咎められることはないだろう。
《大丈夫ですかー?》
「大丈夫だぞ。全っ然大丈夫だぞ。はっはっはっは」
 乾いた笑い――壊れた笑いとも言う、が辺りに響き渡る。体が動かないので顔だけ横に向けると、そこには緑色の少女がいた。
「スカイア」
 緑色の少女こと風の武具精霊スカイアを見据え、静かに語りかける。
「オレ、この世界に来て一つ悟ったんだ」
《何言ってるんですかー?》
「人生って何が起こるかわからないよな。まさにびっくり玉手箱」
 本とかテレビではよくある話。まさか自分が経験するハメになるとは思ってもみなかった。ついでに一年前は、こんな状況になるなんて予想だにしなかった。
「生き抜いてやる。こうなったらとことん生き抜いてやる。地べたにはいつくばっても生き抜いてやる」
 齢十五にして悟りを開いた瞬間だった。
《……お医者さん呼んできましょうかぁ?》
「遠慮しとく」
 本気で心配している風の精霊の提案を丁重に辞退し、ゆっくりと体を起こす。

 オレ、大沢昇(おおさわのぼる)。
 二月生まれの15歳。ごくごく普通の――と言うにはさすがにきつくなってきた、兼業高校生。
 学校でバスケをしていてボールを顔面にぶつけられ、気がついたら見知らぬ場所にいた。それが不幸の始まり。気がついたら異世界に、もっと気がついたら公女様の護衛と極悪人の弟子に半強制的になっていた。付け加えるなら文字通り命の危険にさらされたことも何度かある。
 で、その公女様と極悪人は今どこにいるかと言うと。
「おや、まだ終わってなかったんですか」
 これだ。
 船室から姿を現したのは金髪碧眼の男。こいつがその極悪人。本名はアルベルト・ハザーと言って認めたくないけどオレの師匠になる。初対面で壷で殴りかかってきたのもこいつだ。
 そう船室。さっきも言ったように、ここは船室なのである。
 船室って言っても普通の船室じゃない。空都(クート)と呼ばれる異世界の船の船室だ。走っている場所も海じゃない。砂の海。そう、オレ達は今、砂漠――沙漠(さばく)越えをしている。
 お嬢ことシェーラを地球に連れ帰ってから数ヶ月、色々なことがあった。義理の姉に告白したり即行でフラれたり空都で捕虜になったり。すったもんだの挙句、根本的な問題を解決しないとキリがないということでシェーラの母国、カトシアに向かっている。
 カトシアは沙漠に面した国だから沙漠越えをするのは当然として、なんで船で移動しているのか、そもそも砂上で船を動かすなんてことできるのかという疑問があるけど色々あるので今回はパス。
 なんでオレがこんなところで料理なんかやらされてるか、しかもなんでこんな暑いところで中華料理なんだと言うと――明らかにこいつの策略だ。
「誰かさん達が手伝ってくれたらもっと早く終わったんですけど」
「可愛い子には旅をさせろと言いますから」
 絶対そんなこと微塵もかけらも思ってないだろ、という笑みで近づいてくる極悪人をジト目でにらみ返す。
「……もしかしなくても嫌がらせに来た?」
「まさか」
「じゃーなんだよ」
「料理長からの伝言です。明日は五時起きだそうです。ネギ味噌チャーシュー五人前予約が入ったそうですから」
 やっぱ嫌がらせじゃねーか。しかも余計にタチ悪い。
「せいぜい頑張ってくださいね。全てはあなたにかかっているんですから」
 にこやかにこっちの肩を叩いた後、師匠は去っていく。そう思ってるなら少しは手伝えってんだ。
 そーだ。わざとさぼるってのはどうだ? 働かないあいつらが悪いんだ。休んだって誰も文句は言わないはず――
「ずるしようだなんて思わないでくださいね。逐一見てますから」
 ささやかな抵抗も、たった一言によってあっけなく崩れさる。っつーか、オレまだ何も言ってないんですけど。
「知ってます? 沙漠の温度差って半端じゃないんです。いつの日か、この広大な沙漠のどこかに少年のミイラが横たわってなければいいですね」
 まるで明日の天気でも告げるように語りかける仕草はまさに鬼。極上の笑みをたたえた夜叉。月明かりが金色の髪に映えて恐ろしいことこの上ない。
「そんな脅しかけても無駄だぞ。アンタだって時間がたてば地球に逆戻りだろ」
「そう言えば、近頃モロハに恨まれているようですね。近々彼女に何かされなければいいですが。そう、例えば背後から……」
 変わらない表情でたたみかけるようにこのセリフ。背後からってなんだ。一体何されるんだオレ。それよりも。
「なんでアンタがそんなこと知ってる」
「嫌だなあ。私はあくまで例え話をしたまでですよ?」
 嘘だ。やる。こいつなら間違いなくやる。理屈とか常識とか関係なしにやる。オレの本能がそう告げている。
「ではおやすみなさい。あなたも夜更かしは体によくないですよ」
 恒例のエセ笑顔でそう言うと、今度こそ極悪人は姿を消した。
「だから、そう思うなら手伝えよ……」
 今度こそ師匠の後姿を見送った後、再び床に大の字になる。
 ああ、あの頃のオレって純情だったよな。『絶対思い出してやるからな。覚悟しとけよ』なんてカッコいいセリフ突きつけて。その結果がこれですか。そーですか。
 なんでオレはあいつを師匠と認めてしまったんだろう。それよりもなんでオレはアルベルト・ハザーという男に出会ってしまったんだろう。頭の中にさまざまな思いがかけめぐるももう遅い。
《ノボル、本当に大丈夫ですかぁ?》
 まだ消えてなかったスカイアが再び心配そうに顔をのぞきこむ。
「また一つ悟った。極悪人はどこまでいっても極悪人だ」
 出てくる涙は悔し涙なんかじゃない。なんで精霊は心配してくれるのに人間は一人も声をかけてくれないんだ。そんなこと考えてなんかいない。
「絶対、一日も早くここから抜け出してやる」
 月明かりをバックに、オレはそう固く誓った。
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