EVER GREEN

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第六章「旅立ちへの決意」

No,7 極悪人救出劇(後編)

 アルベルトはそこにいた。
 ゆすっても声をかけても返事はなく虚ろに視線をさ迷わせるのみ。
「お願い、返事して!」
 再び声をかけるも反応は同じ。むしろ憔悴しているように見える。極悪人の前にはこの前と同じく黒髪の女がいた。
「これが副作用?」
「多分」
 自分の過去か未来かを見るということは、ある意味自分のトラウマと対峙(たいじ)することだ――ショウが言っていた。この女がアルベルトのトラウマなのかはわからない。けどこのままだったら絶対ヤバイことになる。
「……あの人って、霧海(ムカイ)の肖像画の人?」
「みたい」
 シェリアが戸惑いの声をあげる。そういえばこいつも見ていたんだった。
 相変わらず女は何も語ろうとしない。それまでと同じくひたすら道を歩くのみ。そしてあいつも女の後をついていこうと歩みを進める。
「とにかく正気にさせればいいのね?」
 そう言うと極悪人の前に立ちはだかり両手を広げる。
「ねぇアルベルト。あなたはこんなところにいていいの?」
 アルベルトの足が止まった。
「前にアタシに教えてくれたわよね? 大切な人を捜してるって。アタシもついていくって言ったけど許してくれなかったわよね? 眠り姫の目を覚ましにいかなきゃいけないって。だからあなたは一人で旅立ったんでしょう?」
 虚ろな瞳に今までとは別の色が灯ったように見えた。
 でもそれは一瞬のこと。シェリアをどけると女の方に向かって歩きだす。
「おい、そこの極悪人!」
 シェリアと入れ替わるように立ちはだかり殴りかかる。前みたいに一発腹にきめたいところだったけど、今回はみごとに空振り。逆に殴りかかられ地面に倒れるはめになった。
 けど、言わなきゃいけないことがある。
「一つ聞くぞ。アンタの捜してる人は、こんなところにいる人なのか?」
 再び振り上げられた腕をなんとか防ぎながら、公女様の言葉を引き継いで言う。
『本来ならこんな場所で絶対会うことのない人ですけどね』
 ここに来た時、こいつはそう言って寂しそうに笑っていた。
 昔、三人で旅をしていた。アルベルトとリザともう一人。そのうちの一人をこいつは好きになった。
 その後、進むべき道をみつけ三人は別れた。
 どうして神殿にあんな絵や像があったのかはわからない。けど、これだけは確信をもって言える。
「はっきり言うぞ。そいつはカイじゃない。カイかもしれないけど、本物がこんな場所にいるわけないんだ!」
 腕が振り下ろされることはなかった。瞳を閉じゆっくりと腕を元に戻す。
 代わりにおとずれたのは静寂のみ。
「……いつからです? いつから気がついていたんですか。あの女性がカイだということに」
 静寂を破ったのはアルベルトだった。声には戸惑いの色がにじんでいる。
「リザから聞いてた」
 初めてリザと会った時、二人は話をしていた。『カイはどうだ?』って。今思うと二人はずっと前から彼女のことを捜していたのかもしれない。
「もしかしてと思ったのは夏休みくらいから。けどこの前の話聞いて確信した。
 よく考えてみればわかることだよな。シルビアって言ったとたんに態度変わったし。あの人も二人の片割れだったんだな」
 霧海に行った神殿。『蒼の神殿』ってこいつは言っていた。
 その中で見た二人の像と壁画。 そう、オレは確かにここではないどこかでシルビアに会って――見ていた。
 姫君とそれを守る騎士。あれはシルビアとカイだったんだ。
「ついでに言うならさ、その人って『アイザワカイ』だろ?」
 視線を碧眼の男から黒い目の女に移す。
 夏休みに『アイザワ』って奴の家を探しにいったってセイルが言ってた。
 その人が本当に死んだかどうかはわからない。もしかしたら『カイ』とは別の人物かもしれない。けど思い当たることといえばこれしかなかった。
 五年前に死んだと言われた女の墓参り。それは自分の愛した女の眠る場所。こいつは一体どんな気持ちで墓前に立っていたんだろう。
「おかしいとは思ったんだ。見ず知らずのオレを同行させて。アンタほどの奴が損得感情以外でそんなことするわけないもんな」
 時空転移(じくうてんい)を使えるようにしむけた理由。それは地球に――カイの眠る場所に行きたかったからなんだろう。もし他に理由があったとしても絶対これも含まれているはずだ。
「ずいぶんな物言いですね。ですが、ほぼそのとおりです」
「ほぼ?」
 首をかしげると視線で制された。
「……貴女(あなた)はここにいてはいけない人です。必ず迎えに行きますから、そこで待っていてください」
 しっかりとした声で極悪人が告げると黒髪の女は――カイはオレ達を見て静かにうなずいた。その時に一瞬だけカイと視線がぶつかる。
 カイは嬉しそうに――寂しそうに笑うと姿を消した。
「なあ。あの人ってオレとも何か関係がある?」
 てっきり極悪人だけだと思ってた。でも赤の他人なら、あんな表情は絶対にしない。
「……覚えてないんですか?」
「だから何を」
 そう言うと、長い長い沈黙の後、安堵とも失望ともいえないため息をつかれた。
「今は言えません。言わない方がいいでしょう」
 またそれかよ! そう言おうとしだけど、今度は口に出すことができなかった。なぜなら目の前の男があまりにも辛そうな顔をしていたから。
「すみません。私の口からは言えないんです。私の口からはね」
「……他の奴の口からならいいってこと? それとも自分で思い出せって?」
「その方がいいでしょう。あなたにとってはもっとも辛いことになるでしょうから」
「じゃあ思い出したくないなら思い出さなくてもいいってわけ?」
「ご自由に」
 そう言って肩をすくめる。
「あなたにも迷惑をかけてしまいましたね」
 微笑を浮かべながらシェリアに頭をさげる。疲労の色は見えるものの、その瞳はまさに普段の極悪人そのものだった。
「まったくよ。アタシも、ノボルも本当に心配したんだから。これにこりたら心配かけないでよね!」
 公女様が腰に手をあてて言う。  目のスミには光るものがあった。どうやらこいつがお兄ちゃんということは本当らしい。
「いや、オレは別に――」
「心配したんですか? あなたが?」
 二人の声が重なる。極悪人はまるで信じられないことを聞いたかのように呆然とこっちを見ていた。
 ……いや、まあ。今回はオレの責任でもあったし。それにしてもこいつ、人をなんだと思ってやがる。
「アンタはオレの師匠なんだろ? だったらさっさと帰って師匠らしいことしろよ。まだ何も教わってないんだぞ。
 それと、この前は言いすぎた。……ごめん」
 それだけ言うとそっぽをむく。
「ほら、さっさと帰るぞ」
 恥ずかしいことは言ってない。顔が赤いのも気のせいだ。そう、絶対気のせいだ。
「そうですね。さっさともどりましょう。ずいぶん長居してしまいましたから」
 背後で極悪人の笑い声がする。やっぱりガラにもないこと言うんじゃなかった。
「ねぇノボル、戻る時ってどうすればいいの?」
 目のはしをぬぐうとシェリアが眉根をよせる。
「この前はまりいが起こしてくれたんだよな。今度もまりいがなんとかしてくれると思う。諸羽(もろは)だっているし」
「でもそれじゃあ、いつまで待てばいいかわからないじゃない」
 確かに。いくら待ってればいいとはいえ、ここには長居したくない。
「ここは誰か一人先にもどって残りの二人を起こすしかないでしょうね」
「そんなことできるの?」
「簡単ですよ。じゃあノボル、元に戻る方法をお教えしますからあちらを向いてください」
「なんで――」
「向いてください」
「…………」
 いつものエセ笑顔で強引に押し切る。わかったよ。向けばいいんだろ!?
「そうそう。できれば目もつぶってください」
 こいつは……。
「これでいいんだろ?」
 半ばヤケクソで目をつぶる。……これって前にもあったよーな。
「すぐに帰れますから。全力でいきますから覚悟しておいてください」
 覚悟? 全力?
「それってどういう……」
「ちょっと、何するの!?」
 オレの声とシェリアの声がハモった。
「へ?」
 悲鳴じみた声に思わず目を開ける。みぞおちに衝撃を受けたのは同時だった。
「この前のお返しです」
 だからって今しなくてもいーだろ! そう叫びたいけど声が出ない。
 そうだった。こいつはこーいう奴だった。
「一つだけ言っておきます。あなたが私達の世界へ来たのは本当にただの偶然です。それも奇跡に近い確率のね。
 誰もあなたがここに来ることを望んではいなかった。期待などこれっぽっちもしていませんでした。少なくともあの時は」
 目の前が徐々に暗くなっていく。
「……でも、今は少しだけ期待してるんですよ?」
 そんな声が聞こえたような気がした。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「おかえりなさい。大丈夫?」
 場所はさっきと同じミラーハウス。そこには術を使う前と同様まりいがいた。
「シェリアと極悪人は?」
「まだ眠ってるみたい」
 床には二人が横たわっていた。心なしか表情に疲労の色が見える。
 特にアルベルトはひどい。いくらこっちにもどってきたとはいえ、これじゃ――
「大丈夫。回復するまでちょっと時間はかかりそうだけど命に別状はないみたい」
 先に二人のもとに駆けつけていた諸羽(もろは)が言う。
「キミの師匠さんなんでしょ? だったらそう簡単にくたばるわけないじゃん」
「まーな」
 そーだよな。こいつはただ者じゃない。だけど、オレ達と変わらない、強さも弱さも兼ね備えた人間なんだ。
 絶対強くなってやる。強くなってこいつを見返してやる。
「……だから、覚悟しとけよ? 師匠」
 目の前の男は返事をすることなく眠り続けていた。
「成功するかどうかわからない術を使って無事に連れ帰ってくるんだもんな。君ってすごいよ」
 笑いながら冗談なのか感嘆なのかわからないセリフを言うと銀髪の男は目を細めて笑った。
「るせー。何事もやってみなけりゃわからないだろ」
 鏡の壁に手をついてゆっくりと立ち上がる。オレ自身もまだダメージは残ってたらしく少し動いただけで眩暈がした。付け加えるなら腹も痛い。あいつ文字通り本気でやりやがったな。
「シェリア、大丈夫か?」
「……ごめん。立てないみたい。ちょっと手伝ってくれる?」
 先に目を覚ましたシェリアが上目遣いに言う。時空転移(じくうてんい)、しかも副作用に自分から巻き込まれたんだ。なにもない方がおかしい。
「君も無茶するね。わざわざついて行かなくてもここで待っていればよかっただろ?」
「アタシがそうしたかったの! 悪い?」
 オレの手をつかみながら公女様がセイルを軽くにらみつける。
「いや、助かった。オレ一人じゃどうなるかわからなかったし」
 苦笑しながら起きあがるのを手伝う。実際どうなるかわからなかった。目の前の公女様に感謝だ。
「そうだね。悪くないよ。おかげで、ぼくも手間がはぶけたし」
 背後でセイルの含み笑いが聞こえる。
 手間がはぶけた?
「それってどういう――」
 それから先は言うことができなかった。

 本当に忘れていた。忘れていたわけじゃないけど深くは考えてなかった。こいつがオレ達とは違う者、暗殺者だということに。
「帰ってきたばかりで悪いけど、君に頼みたいことがあるんだ」
 突きつけられたナイフに選択の余地はなかった。
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