EVER GREEN

BACK | NEXT | TOP

第六章「旅立ちへの決意」

 No,13 エピローグ〜昇の決意〜

 久しぶりに夢をみた。
 夢――というよりそこは、時の城だった。

「今日はこのくらいにしましょう」
 場所は変わってここは諸羽(もろは)達のいるアパート。
 地球にもどって以来、放課後アルベルトの元を訪れるのが日課となった。理由は体の治療。シェリアが言ってたようにオレの体はぼろぼろだった。極悪人曰くあばらの骨が折れてただとか。オレ、あの時よく動けたなと自分でも感心する。
「腕は動かせますか?」
「なんとか」
 アルベルトの言葉を確かめるように腕を動かす。
 空都(クート)の人間は大なり小なり術を使うことができる。アルベルトは神官だから治癒系の術はお手のもの。まあ本人曰く、術は万能ではないから過信しちゃいけないらしいけど。
「なあ、半そでとか着ちゃダメ? まだ暑いんだよなー」
「鏡を見てから言いなさい。その体を見たら周りはどう思うでしょうねえ」
「……長袖で我慢します」
 服を脱いで鏡を見ると、上半身はみごとにアザだらけだった。極悪人のおかげで少しは目立たないようになったものの、普通に見たら全員ひくこと間違いなし。ちなみに昔セイルに刺された時の傷も痕はまだ残ってたりする。
「まだ完全に治ったわけじゃないんです。無理して学校にいくこともないんじゃないですか?」
「オレが行きたいんだ」
 行って確かめたかった。自分の日常を。
 朝起きて学校に行って授業受けて皆とバカやる。それがオレの日常だから。どこにでもある平穏無事な、でも一番大切なものだから。
 けど――
「それで、話とはなんです?」
 そーだった。大事な話があるからアパートにいろってオレが言ったんだった。
 服を着るとアルベルトの方をじっと見る。
「はじめに言っとく。オレ、アンタのこと嫌いだ」
「それをわざわざ言いに?」
 違う。言いたいのはそんなことじゃない。
「……夢をみたんだ」
 久しぶりに夢をみた。
 夢の中ではいつもの光景。真っ白な景色に時の城。そこにたたずむシルビア――時の管理者。
「シルビアにも言ったけどアンタにも同じこと言っとく」
 大きく息を吸うと目の前の青い瞳を見据えシルビアに言ったセリフを言う。
「オレ、思い出すから」
 思い出すのも思い出さないのも自由。こいつはそう言っていた。
 時空転移(じくうてんい)を使うたびにみる変な夢に副作用。血を見た時によみがえった遠い記憶、変貌。諸羽やシェリアから聞かされたとき正直怖かった。けど――
「カッコ悪いの嫌だから。もう決めたんだ」
 今までのことは全部忘れて異世界に、空都にいくことなく地球で生活を送る。それも一つの手なのかもしれない。けど、そのままじゃ嫌なんだ。
「アンタが知っててオレが覚えてないのってなんかずるいじゃん」
 オレの記憶があやふやなのは五年前。カイが事故死したと言われたのも五年前。全ての鍵は五年前に、空都にある。アルベルトはそれを知ってる。そう感じた。
 怖いのや痛いのは嫌だ。けどそのままはもっと嫌だ。
「……それは、あなたにとって最も苦しいことになるんじゃないですか? 平穏無事な安眠を望んでいたんでしょう?」
 やっぱり知ってるんだな。一つ一つかみしめるように言う極悪人を見て、今度は冷静に判断することができた。
『すみません。私の口からは言えないんです』時の城でこいつはそう言っていた。極悪人がこれ以上口をわることはないだろう。だったら自分で思い出すしかない。それに――
「今さら何言ってんだよ。元はといえばアンタのせいで平穏無事な安眠と日常からおさらばする羽目になったんだ。元凶がそんなこと言っても全然説得力ないって」
 認めたくないけど、空都(クート)のこともオレの日常の一部になってしまったから。
 空都に行かないってことはもう一つの日常が崩れるということ。空都での生活は雑用ばかりさせられて、ケンカしたり災難続きだったりとろくでもない。けど、嫌じゃなかった。これ以上日常を崩されてたまるか!
 ……オレってやっぱマゾなのかも。
「シルビアはなんと言っていましたか?」
「なんにも。ただ笑ってただけ」
 そう言って肩をすくめる。
 そう。シルビアは笑っていた。嬉しそうに――寂しそうに。思い出してほしい、でも忘れたままでいてほしい。二つの感情が入り混じったなんとも複雑な表情。それはこの前のカイと、目の前にいるこいつがしているものと全く同じだった。
「ダメだと言っても聞かないようですね。まあ、あなたが格好悪いということは周知の事実ですが」
「るせーーっ!
 とにかく! オレは空都に行く。それで色々思い出す! そう決めたんだ」

 セイルは選んだ。空都に帰る、暗殺者にもどるという道を。
 シェーラは選んだ。空都に帰る、大切な人をとりもどすという道を。
 そしてオレも決めた。自分の進むべき道を。

「絶対思い出してやるからな。覚悟しとけよアル!」
 そう叫ぶと人差し指をビシッと目の前の男に突きつけた。
 二人の間に静寂がおとずれる。
「……なんだよ」
 文句でもなんでもいいから言ってくれないとこっちの身がもたない。
 アルベルトは何を言うわけでもなく目を見開いてオレの方を見ていた。しばらくすると右手を持ち上げ自分の顔におしあてる。
「覚悟とはどういう覚悟です?」
 目をつぶり極悪人はぽつりとつぶやいた。
「えーっと。だから昔あくどいことしたとかそーいうことの報復だとか」
 その動作めちゃくちゃ気になるんですけど、と思いつつオレの方も思いついたことを適当に言う。
「具体的にどうやって思い出すんです?」
「えーっと、時空転移(じくうてんい)を使いまくるとか」
「私みたいに副作用で戻れなくなったとしても?」
 心なしか肩が震えている。
「オレは意思が強いからいいんだ!」
「誰の何がどう強いんですか?」
 よく見ると肩が震えているのは笑っているからだった。ダメだ。こいつのペースにはまったら負けだ。何が負けかわからないけど負けだ。
「笑うなっ! とにかく決めたんだ! なにがなんでも思い出してやる!」
 そう言っても極悪人は笑うのをやめなかった。笑いをおさめたのはそれから五分後。
「……だから、なんだよ」
 男に見つめられても全然嬉しくない。ましてや相手が極悪人だとキモさ倍増だ。
 二度目の静寂が訪れるかと思ったその時、目の前の男はふっと表情を崩した。
「初めて名前で呼びましたね」
「……そうだっけ?」
「そうですよ。しかも『さん』づけじゃなくていきなりあだ名の呼び捨てですか。今までは『極悪人』だの『エセ教師』だの『師匠』だの『偉大なる先生』だの『尊敬する恩師』だったのに」
 今度はわざとらしく涙をふくまねをする。
「今さら呼び方なんかどーでもいいだろ。それに後の二つは違う」
「おや、師匠とは認めてくれていたんですね」
「……っ!」
 負けた。何にか知らないけど完璧に負けた。
「どうなんです?」
 そう言ったアルベルトの表情はいつものごとくエセ笑顔。こいつ、わかっちゃいたけど性格悪い。まさに極悪人そのものだ。
「あーそうだよ。認めてやるよ。アンタはオレの師匠だ。それでいいんだろ!」
 半ばヤケクソで言ってやると今度は声をあげて笑い出した。くそっ、完璧にからかわれてる。
「じゃあ可愛い弟子にヒントをあげましょう」
 目の端にたまっていたものをぬぐう(そんなに可笑しかったのか)と、極悪人は厳かに言葉を紡ぎはじめた。

 むかしむかし。『神』と呼ばれる存在がありました。
 神には三人の娘がいました。
 一人は開花を。
 一人は喜びを。
 一人は輝きを。
 神は娘達をとても大切にしていました。娘達も神を愛していました。
 月日は流れ、神は眠りにつくことになりました。彼も万能ではなかったのです。
 ですから、神は娘達に自分の世界を託しました。
 一人は空を。
 一人は海を。
 一人は大地を。
 神は言いました。
『あなた達は私がうみだした存在。命を大切にしなさい。そうすれば、私はいつもあなた達と共にあることができる』
 神は深い深い眠りにつき、娘は嘆き悲しみました。
 ですが、いつまでも悲しむわけにはいきません。
 娘は『天使』と呼ばれるものをつくりました。娘と天使は長い年月をかけ、それぞれの世界を、人間を守り慈しみました。
 ですが、そんな緩やかな時間も終わりをつげます。神同様、彼女達も万能ではなかったのです。
 娘は天使に言いました。
『私の時間も終わりをつげます。これからはあなたがこの世界を守ってください』
 天使は言いました。
『一人は辛すぎます。どうか最期まであなたを守らせてください』
『ならば、二人で世界を見守っていきましょう。空と、海と、大地を』
 こうして娘達は、天使達は人々の前から姿を消しました。

 彼らはこの世界のどこかにいると言われています。彼女達は、彼らは、今でもずっと私達のことを見守っているのです

「何だよそれ」
「ライフォード教――私が仕えている宗教の空都(クート)の教えの一つです。もっともそんなもの、私にとってはくそくらえですが」
 爽やかに、えげつないセリフをのたまう。
「じゃあなんで神官なんかやってるんだよ」
「あなたにも色々あるように私にも色々あるんですよ」
 それはいつも以上に穏やかで、凄みのある笑顔。そう言われるとこれ以上踏み込めない。オレって実は人から言われるとキツいセリフばっか言ってたんだな。今度から気をつけよう。
「『精霊の契約』は祈りの言葉なんです」
「祈り?」
「精霊に感謝するための言葉。早い話がご機嫌伺いですね。私達は、空都の人間はそれがないと術が使えない。
 あなたにはそれが使えない。逆を言えばあなたは私達にはできないことができる」
「……それが時空転移?」
 そう言うと師匠は静かにうなずきオレの腕をつかむ。
「彼の者に幸福を。彼の者に祝福を。彼の者に――願いを」
 つかまれた腕がうっすらと光る。袖をめくるとアザは消えていた。
「私にはこれくらいしか、あらかじめ定められたものしか使うことができません。時空転移は私達が使うものとは全く違う未知の術。だから貴方(あなた)に託したんです。貴方には新しい道を切り拓いてほしかったから。
 周りに左右されることなく自分にしか為しえない祈りの言葉を紡げる。それでいいじゃないですか」
 それは結局のところオレには時空転移しか取り柄がないってことだったけど、その言葉は妙に心に残った。
「たくさん悩んで考えなさい。それが強くなることへの第一歩です」
「それっていつもと変わんないじゃん」
「可愛い子には旅をさせろとよく言いますから。師匠らしいでしょう?」
「……まーな」
 師匠っつーより極悪人らしい気もするけど。
「道のりは遠いですが頑張りなさい。少年」
 手を離すと今度は頭の上にのせかえた。
「誰が少年だ! オレはガキじゃない!」
「言葉の一つ一つにむきになるのは立派な子供の証拠ですよ。それとも早く大人になりたいんですか?」
「話をすりかえんな!」
 そんなことを言いあいながらもどこか懐かしさを、どこか物悲しさを感じていた。

 空都(クート)に行く、忘れていた何かをとりもどす。それがオレの選んだ道。
BACK | NEXT | TOP

このページにしおりを挟む

ヒトコト感想、誤字報告フォーム
送信後は「戻る」で元のページにもどります。リンク漏れの報告もぜひお願いします。
お名前 メールアドレス
ひとこと。
Copyright (c) 2003-2007 Kazana Kasumi All rights reserved.