EVER GREEN

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第六章「旅立ちへの決意」

No,12 シェーラの決意

 地球にもどって三日たった。
 九月も終わりを向かえそろそろ十月にさしかかろうとする頃、オレは周りよりも一足早めに冬服を着ることになった。
 時間は夕方の4:30分。授業はとっくの昔に終わっている。いつもなら家に直行するところだけど、今日はその気力がない。ため息をつくと何をするわけでもなく教室の外を眺めた。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「シェーラ、ちょっといい?」
 お嬢に真相を打ち明けたのは次の日の朝。
「ようやく話す気になったのか」
 相変わらずのふてぶてしい顔。こいつにしては辛抱強く待った方なんだろう。
 けど本人を前にして、伝言をなかなか口にすることができなかった。
「何を黙っている」
「…………」
「だんまりはお前の一番嫌いなことなのだろう?」
「…………」
 これって人から言われるとカチンとくるセリフだったんだな。今更ながらに苦笑する。
「なんとか――」
「……お前はさ」
 しびれを切らしたお嬢が話しだす前に口を開く。
「諸羽(もろは)に言われたよな。これからどうするって。お前はもう決めた?」
 今度はシェーラが黙る番だった。
「これ、セイルから預かってきた」
 渡された浅黄(あさぎ)色のスカーフを渡す。その途端お嬢の顔つきが変わった。
「王宮に行ったのか!?」
「どこかはわからない。けどこれって――」
「……エルのものだ。間違いない」
 震える手で受け取るとお嬢はスカーフをぎゅっと握りしめた。
「奴は何と言っていた」
「早くこいって」
 そこまで言うとお嬢は目をつぶりスカーフを額に押し当てる。
「シェーラ?」
「わたくしは……」
 それから先は言葉に出せなかったのか、部屋を出るとよろよろと階段を下りていった。
「すまないが、しばらく一人にさせてくれ」

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 教室には誰もいない。
「あいつってただのエセ英語教師じゃなかったんだな」
 制服の袖をめくると、うすくなったアザが顔をのぞかせた。
 アルベルトのおかげで体のケガはなんとかごまかせるようになった。まあ、あくまで表面上のことで傷は完全に治ってはないし痛みも残ってはいるけど。それでも学校に行ける程度には回復した。こればかりは極悪人に感謝しないといけないだろう。
「のっぼるー」
「ぐわっ!」
 そう。治ったのはあくまで表面上。だからこんなことされたらひとたまりもないわけで。
 体中が悲鳴をあげている。後ろにいる悪友に本気で殺意を覚えた瞬間だった。
「なーにたそがれてんのかなー? インフルエンザ治ったんじゃないのか?」
 オレが空都(クート)にいた数日間。こっち(地球)では季節外れのインフルエンザということになっている。
「おかげさまで治りましたよ」
 全身あざだらけ、傷だらけになるインフルエンザがあるのならぜひ教えてもらいたいもんだ。そんなことを考えながら首にかけられた坂井の腕をはずす。
「だったらなんでそんなに暗れぇんだよ」
「別に」
「なんだよつれないなー」
 そう言うと久しぶりに見た悪友はさっさといなくなってしまった。
 再びため息をつくと再び教室の外を眺める。正直体を動かすのもまだきつい。アルベルトがいなかったら今頃どんなことになっていたか。
「……はぁ」
 ため息をつくと幸せが逃げるって誰か言ってたっけ。最近幸せとは程遠いところにいるような気がするのはオレの気のせいだろーか。そんなことを考えてたからだろう。背後に人がいたのにも全く気づかなかった。
「ノボル」
「あ、悪い。気づかなかった」
 そこには紙袋を抱えたショウがいた。
「コーイチじゃないけど本当にたそがれてたな」
「そう?」
「ああ」
 肯定とばかりにメロンパンと紙パックのジュースを机の上に広げる。苺オレにコーヒー牛乳。いや、オレとしてはもう少し甘さを抑えたものの方が嬉しいんですけど。っつーかあいかわらずの甘党だな――と言いたかったけど喉もかわいてたので素直に好意に甘えることにした。
「なあショウ。お前の日常って何だ?」
 コーヒー牛乳を手に取ると目の前の黒い瞳をじっと見つめる。
「オレは朝起きて学校行って帰って寝てまた学校に行って。それが日常だと思ってった。
 けどそれはオレだけの日常であって他の奴とは違うんだよな。人殺しを平然としてやってる奴や上の方で何も知らない奴だっている。オレってやっぱ甘ちゃんなのか?」
「そんなこと聞いてどうするんだ?」
「わかんねー。だから聞いてるんじゃん」
 ストローをとりだし穴にさす。それにならい、ショウも自分の紙パックにそれをさす。放課後の教室の片隅で男が二人、ジュースをすする姿はシュールと言えばシュールだった。
「俺は」
 一足早くジュースを飲み終えたショウがつぶやいた。
「俺はこういうのもわりと好きだ。授業やって馬鹿やって。まあ試験は嫌になるけど」
「メロンパンも食べれるし?」
「そんなの俺のところだってある!」
 若干顔を赤くすると紙パックを投げる。苺オレと書かれたそれは寸分の狂いもなくゴミ箱の中におさまった。
「今さら生まれや育ちのこと言ってもしょうがないだろ。気にしてるだけ無駄。それよりも今できること、やりたいことをやればいいんだよ」
「そーいうもんか?」
 同じく飲み終わった紙パックをゴミ箱に向かって投げる。カフェオレと書かれたそれはゴミ箱のスミに当たると反対方向に転げ落ちた。
 ……なんだかな。この差は一体。
 拾って今度こそ間違いなくゴミ箱の中に入れると後ろから声が聞こえた。
「あたってくだけろってわけじゃないけど目の前の問題を一つずつ片付けろ。そしたらいつかはなくなる。この前のコーイチの受け売りだな」
「ショウ……」
「ん?」
「さっすが未来のお兄様! 頼りになる!」
「うわっ!」
 抱きつくとそのまま後ろからはがいじめにする。
「お前な。離せ!」
「いーじゃん。たまには。兄弟のスキンシップってやつで」
「絶対違うだろ。それ……ん?」
「……へ?」
 妙な視線を感じて二人して振り返る。そこには青ざめた坂井の姿があった。
「お前らそんな仲だったのか」
『は?』
「わかったわかった。みなまで言うな。どんな困難が待ち受けていてもオレだけは味方だからな」
「馬鹿! そんなわけないだろ!」
 いち早く状況を理解したショウが叫ぶ。坂井の言いたいことに気づいて慌てて離れるも、もう遅かった。
「あ、まりいちゃん。ちょうどいいところに。実はとんでもないことが発覚したんだよねー。これが」
「え?」
 たまたま教室にやってきた姉にとんでもないことを吹き込もうとする悪友。隣の奴と顔をあわせてうなずくと二人無言で近づいていく。
「実はこの二人さぁ――」
『んな説明するな!』
 二人で坂井をしばき倒したのは言うまでもない。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「遅い」
 家に帰ると、そこにはお嬢がいた。
「どーしたんだ? 何か用?」
「用があるから来たのだ。まったくいつまで待たせれば気がすむのだ」
 お前が勝手に待ってたんだろ。そう言うよりもお嬢の口が出るのが早かった。
「喉が渇いた。飲み物を用意しろ。それくらいしてもバチはあたるまい」
 それだけ言うと勝手にオレの部屋に上がっていく。こいつ、地球でも態度がふてぶてしいことこのうえない。
「どこにいてもお嬢はお嬢ってことか」
 苦笑すると麦茶を取りに台所へ向かった。

「シェリアのことはすまなかった。わたくしかショウがついていればあのようなことには……。おい、どうしたのだ」
「どうしたのだって、それオレのセリフ」
 絶対そんなこと言いそうにない奴からのありえないセリフに思わず鳥肌がたつ。明日は雨か? いや、もしかしたら台風かも。
「まさか変なことを考えてはいないだろうな」
「んなわけないって。ほらなんか用があるんだろ? 話せよ」
 翡翠(ひすい)色の目が細まる前に慌てて先を促す。そんな様子をしばらくうさんくさげに見ていること数秒。咳払いをするとお嬢はオレの目を見据える。
「単刀直入に言う。わたくしを空都(クート)に返してくれ」
 そう言うと頭を深々と下げた。
「勝手だということはわかっている。だが、わたくしにはこれしか他に道がないのだ」
 ……やっぱりな。うすうすそんな予感はしていたんだ。
「それで?」
 続きを促すとシェーラはズボンのポケットの中からセイルに渡されたもの――浅黄(あさぎ)色のスカーフを出して目の前に広げる。
「これは本来わたくしとエルミージャしか持たないものだ。これをお前に渡したということは、おそらく彼女は捕まっているということなのだろう。
 エルはわたくしにとって恩人であり大切な人なのだ。……わたくしは、エルを助けたい」
「どうなるかわからないぞ? それでも?」
 前に極悪人にされた質問をすると、お嬢はオレの目を正面から見据えその時のオレと全く同じ答えを返した。
「無論だ。危険だと言うことは前々から覚悟している。それでもわたくしは……ノボル?」
「ほら」
 あらかじめ用意していたものを投げつけると、お嬢は難なくキャッチした。まりいの時といいオレの周りには運動神経のいい奴ばっかだ。単にオレが鈍すぎるだけなのでは、という疑問は頭からはずしておく。
「昨日から準備はしてた。助けに行くんだろ?」
 それはお嬢の武器、三日月刀だった。
「すまない。一回だけでいいのだ。あとは一人で何とかしてみせる」
「何言ってんだよ。オレも空都に行くぞ」
 そう言うとシェーラはひどく驚いた顔をした。
「なぜだ? お前には関係のないことだろう? なぜ自ら危険に飛び込むのだ」
「勘違いすんなよ。お前のためじゃない。自分のためにいくんだ」
 シェーラのことに対してはもう義理はないのかもしれない。けど他のことなら空都に行く理由は充分ある。
「お前も色々あるようにオレにも色々あるってこと。
 悪いけど、これから先は自分のことで手一杯だと思う。オレも好き勝手するんだ。だからお前も好き勝手しろって。まあ余裕があったら手伝ってやらないこともないけどな」
「お前の手など借りても心もとないだけだ。……だが、感謝する」
「言ってろ。後で後悔しても知らないぞ」
 そう言うとお互い顔を見合わせて笑った。
『わたくしは、エルを助けたい』
 空都(クート)に帰る、大切な人を助ける。
 それは偶然なのか必然だったのか。シェーラが選んだ道は皮肉にもセイルと同じものだった。
 そしてオレのこれからが決まった。
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