EVER GREEN

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第六章「旅立ちへの決意」

No,10 赤の記憶

 当たり前と言えば当たり前だけど、シェーラはやってこなかった。時空転移(じくうてんい)を使えばすぐに戻れたかもしれないけど何よりミスってシェリアを置き去りにすることが怖かった。
(シェリアの様子ってわかる?)
 見張りに気づかれるとヤバイから、部屋の中、小声で緑色の短剣に話しかける。
《シェリアって金髪の女の子ですかぁ?》
 短剣は淡い緑色の光を放った後少女の姿に形を変えた。
 こいつはスカイア。どういうわけか短剣の中に宿っていた風の武具精霊。想像していたものとはかなりかけ離れてるけど今は気にしないことにする。
(そう、そいつ。お前も何度か会っただろ? あいつは無事なのか?)
《わかりませんよぉ。媒体がないと動けないって言ったじゃないですかぁ》
 確かに言ってた。ずいぶん前だけど。
 あれ以来、セイルとは顔をあわせていない。愛想をつかされたのか別の用があったのか。
 どうしたのかと思う反面正直ほっとした部分もあった。面と向かって『嫌い』と言われた奴と行動を共にできるほど大人じゃなかったから。けどスカイア(短剣)をよこしたのもあいつだった。
 あいつの真意はわからない。『目的はあくまでシェーラザードの方だから手は出さない』って言ってた。こうなったらセイルの言葉を信用するしかない。
(なあ。こいつの使い方って他にある?)
 短剣を指差しながら精霊に聞く。
 短剣の使い方は今のところ二種類。一つは風の刃を使った簡単な攻撃、もう一つは結界を使った防御。
 元々こいつは女性用の護身武具。女性が持つことでこそ威力が発揮される。対してオレは男だし、空都(クート)人ならぬ地球人。よって本来の能力をみごとに半減させてしまっている。
《ワタシとノボルって相性はいいはずなんですけどねー。もしかして主属性が違うのかも》
(へ? それって違うの?)
 てっきり同じものだと思ってた。
《違いますよー。だってノボルはワタシを使えこなせないけど話だけならこうしていくらでもできるじゃないですかぁ》
(けどそれってオレに翻訳能力があるからだろ?)
《そーですけどぉ。きっとワタシよりもあったものがあるんですよ》
 めったに来れないはずの異世界に来たということで人間には何かしらの能力がそなわることになってるらしい。オレの場合、身についたのは精霊や種族(主に人間)との言語能力。会話もできるし姿も見える。ただ、あくまで見えるのと話せるのだけで戦闘には全く役にたたない。
 けど仮にも精霊がそう言ってるんだ。もしかしたらオレにあった『主属性』とやらがあるのかもしれない。けど――
《でも、今はワタシしかいないんですよねぇ》
 そうだった。どっちにしろ今はわからない属性の話をしてる場合じゃない。ここからの脱出方法を探すことの方が先だ。
 スカイアの属性は風。風の能力っていったら――
(スカイア、オレの言うことってできる?)
 ふとひらめいた案を精霊に耳打ちする。
《できないことはないと思いますけど、どれだけもつかわかりませんよぉ?》
 それでもできるんだな。だったらやってみるしかない。
(頼む。お前の力が必要なんだ)
 そう言って頭を下げる。精霊の姿は普通人間には見えない。はたから見ればそれはなんとも奇妙な光景になる。けど今はそうしないといけないような気がした。
 じっとオレを見ると、スカイアは精霊らしからぬ大きなため息をついた。
《少しだけですよぉ? どうなってもしりませんから》
 そう言うと、風の武具精霊は姿を消した。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 数時間後、また手枷と目隠しをされて例の部屋に連れてかれた。
 短剣は見えないよう服の中に隠した。部屋にいる間大人しくしていたからか、短剣が元々小さなものだったということが幸をそうしたのか武器を隠し持ってることを気づかれることはなかった。
「こいつら本当に人質なのか?」
 男達が胡散臭げに言う。
「さあ。セイルが勝手に連れてきただけだからな」
「そのセイルちゃんは一体どこに行ったんだ?」
 セイルはここにはいないってことか? だったらシェリアは――
「こいつらはどうします?」
 オレ達に一斉に視線が集まる――気がした。やっぱ視界がさえぎられてるからだったけど。
『こいつら』ってことはシェリアもここに来てるってことか。だったらなんとかなるかもしれない。
「使い道はまだあるかもしれねぇからな。しばらくはこのままだ」
 淡々とした低い声。ゼガリアって奴の方はいたらしい。
「また元の部屋にでも閉じ込めとけ。確かめたいこともあるしな」
 そう言い残しさっさといなくなる。足音は去り、残されたのはオレ達二人とゴロツキ達。
「んなこと言ってもよ……」
「はるばるここまで来たんだ。もとくらいとらなきゃな」
「だよな」
 含みをこめた笑い声。背中を冷たい汗がつたう。これってもしかして――
「お前も見たいだろ? 彼女とのご対面」
 目にはめられていた布を強引にはずされる。そこには、こわばった表情をした公女様がいた。オレより先に目隠しをはずされていたらしく明るい茶色の瞳が心配そうに不安げにこっちをのぞいている。
 無事だったんだな。よかった、と言うにはまだ状況が早すぎた。
「じゃあこのガキもらってもいいよな?」
「!?」
 シェリアの顔が真っ青になる。
「ガキはガキでも上玉だからな。これは楽しめそうだ」
「俺にも回せよ」
 って――
「やめ――」
「坊ちゃんはここで待ってな。すーぐ終わるから」
 抵抗しようとするも羽交い絞めにされる。手枷をはずそうとしても頑丈でなかなかはずれてくれない。くそっ、あと一歩だってのに!
「やめ…………っ!!!」
 大声をあげようとするも猿轡(さるぐつわ)をかまされシェリアは何も話せない。
「二人とも大人しくしてな」
 再び抵抗すると今度は顔を殴られた。一発でダウンしそうになったけどそんなことができる状況じゃない。
 シェリアの方は体を床に押し付けられていた。この後起こることが予想できないほどオレはガキじゃない。
 大人しく……できるわけねーだろ!
「スカイア!」
 懇親(こんしん)の思いをこめて叫ぶと風の刃が男達めがけて襲いかかる。
「ぐわっ!」
 男達が倒れている間に手枷をはずし、隠していた短剣を握りしめる。
 不意うちにしかならないってのはわかってる。やるのは、今しかない。
「疾風(はやて)!」
 そう叫ぶとシェリアの方に駆ける。相手も馬鹿じゃない。いち早く気づいた男の一人が押さえつけようとする。けどオレの方が一枚上手だった。
 疾風。それは速い風。急に激しく吹きおこる風。
 オレがスカイアに頼んだこと。それは一時的に素早さを、威力をあげてもらうことだった。
「ぐわっ!」
 地球人で男のオレが使ってるから結界の時と同様限られた時間でしか行動できない。けど、ただの体当たりでも威力があればちゃんと効果はある。男が倒れたのを確認するとシェリアの手枷と猿轡をはずした。
「早く逃げろ!」
「ノボル!?」
「いいから早く!」
 腕をつかんで立ち上がらせる。オレの力じゃたかがしれてる。もたもたしてる余裕はない――
「そう簡単に逃げられても困るんだよな」
 他のゴロツキが二人を強引に引き離した。
「なかなかいい根性してるな。おまえまさか本当に逃げ切れると思ったのか?」
 思ってはなかった。けどやってみなけりゃわからない。
「これを持って逃げろ!」
 周りが短剣を取り上げようとしたのと投げつけたのはほぼ同時。シェリアの周りを緑色の壁が包む。これで少なくともこいつの身の安全が保障された。うまく逃げきってくれれば――
「てめぇ!」
 ガンッ!
「ぐっ!」
 口の中に血の味が広がっていく。
 二回殴られたからか、再び意識が朦朧(もうろう)とした。
「人質だろうが関係ねえ。ここでやっちまおうぜ」
 よってたかって殴られ息がつまる。けどここで倒れたらダメだ。シェリアが逃げきるのを見届けないと。
「ゼガリアはどうするよ?」
「そんなの後からどうにでもなる」
 サンドバックよろしく殴られ続ける。男達の目からは完全に理性が消えていた。いや、もしかしたらはじめからそんなものなかったのかもしれない。
「あーあー。すっかり血まみれだな。そろそろ楽にしてやったらどうだ?」
 視界がかすんでよく見えない。声もやけに遠くから聞こえる。
 本当にここで人生が終わるのかも。頭のスミでぼんやりと考える。
「やめてーーーーーっ!」
 この声は……シェリア?
「バカ、はやく、にげ……」
 そう言うのがやっとだった。どうやら声すら出せなくなったらしい。体がひどく重い。オレ、本当にここで終わるんだな。
「くたばれ!」
 ……嫌、だ。まだ、オレは――
 ザシュッ!
「ぐわああああっ!」
 その直後だった。断末魔の叫び声を聞いたのは。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 血の匂いが服にしみつく。
「てめぇ、よくも……!」
「誰も殺せとは言ってない。逃げられたのは貴様の落ち度だろ? 八つ当たりもいい加減にしろ」
 気力をふりしぼって目をあける。それは数ヶ月前とまったく同じ光景だった。
 あふれ出す鮮血。あたり一面が血の海に変わる。それを目にしても何事もなかったかのように血のりを拭く男。
「てめぇもろともぶち殺してやる!」
「ああ、やだやだ。なんでそうワンパターンなセリフしか吐けないわけ? もう少しボキャブラリー増やそうよ」
「ゼガリアのお気に入りだからっていい気になりやがって!」
 血……?
 今度は目の前にある物体が音をたてて落ちる。それは今まで目の前の男にあったはずの体の一部。
「ぼく接近戦にも自信あるんだよね。試してみる?」
 目の前にあるのは、血。
「……くっ」
 遠ざかる足音と近づいてくる足音。変わらないのは血の匂いと動かない物体。
「君って本当に無茶するね。これじゃかばいきれないよ」
 ぴくりとも動かない。それは――人間。
「どうしたのさ。ぼーっとして」
 動かない。血の海――
「昇?」

『ノ、ボル――』

「う……」
「ノボ――」
 何かが、はじけた。
「うわああああああああああああっ!」
 そこから先は覚えてない。


 ねえ母さん。なんで返事しないの? なんで動かないの?
 赤い……赤い。
 どうして目を開けないの?
 おれが母さんを――殺した、の?
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