EVER GREEN

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第六章「旅立ちへの決意」

No,1 納得いかないこと

「I was never been to you,but……」
 英語教師の声が遠くから聞こえる。
 二学期が始まって二週間たった。高校生のオレは他の学生同様学校に行かないといけないわけで。普通ならそれが当然のことだけどそれがどうも納得いかない。
「最後にこの前の小テストを返します。呼ばれた人から順に取りに来てください」
 なんだかなー。ここんところ世の中の不条理ってやつを感じずにはいられないのはなぜだろう。
「大沢君、聞こえなかったんですか?」
「聞こえましたよ。ハザー先生」
 笑顔で答えると英語教師から小テストをひったくる。
 50満点中40点。合格ラインは7割の35だからまずまずといったところだ。
「今回は優しかったようですね。今度は難易度を上げることにしましょうか」
 エセ笑顔でそう言うと英語教師は教室を後にしていった。
 納得いかないこと、その1。最近来た英語教師。別名極悪人、本名をアルベルト・ハザーとも言う。
 なんで異世界の住人に地球人のオレが英語を教わらなきゃならんのだ。しかも冗談抜きで教えるの上手いから余計に腹が立つ。
「だーっ! 不合格だ。昇おまえどうだった?」
「なんとか。ショウは?」
「ぎりぎり」
「なんだよ。不合格ってオレだけ?」
 坂井がテストの答案ごと机に突っ伏す。
「不合格ってどうなるんだっけ?」
『間違った単語20回ずつ書き直し』
 言っとくけどあいつがテストのヤマを教えてくれたことは一度もない。合格できたのもショウと必死こいて勉強したたまものだ。
「どうせオレはバカですよ。そもそもあの先生スパルタすぎない?」
 答案を手にしたまま唯一の不合格者は恨みがましくこっちを見つめる。
「あの人はああいう人種なんだ」
「あ、それわかるわかる」
 エセ笑顔で情け容赦なくて。でもなんだかんだ言ってきちんとこなせてるから腹がたって。あいつは絶対オレ達とは違う人種だ。
「ずいぶんわかったようなこと言うな。実は知り合い?」
「ここに来る前の飛行機で会ったんだ」
 二週間前に楠木(くすのき)高校に転校してきた男子生徒はいつかと全く同じセリフを返した。
 海外に住んでいたショウが親の都合で日本に帰ることになった。その途中で二人の外国人、アルベルトとセイルに会う。これが今回の筋書き。
「なーる。まさか同じ学校に来るとは思わなかっただろ?」
『確かにこんなことになるとは思わなかった』
「なんでハモってんだ?」
『こっちの話』
 二人してハモりながら窓の外を見る。
 坂井とオレとショウの学生生活。一体誰が予測できただろう?
 オレ、大沢昇(おおさわのぼる)。15歳の高校一年。
 高校に入学してすぐオレは異世界、空都(クート)に飛ばされた。っつーか、気づいたらそこにいた。
 そこでシェリアとアルベルトに会って。気づいたら頭を壺で殴られてた。次に来たときは変な獣に襲われているところをショウに助けられて。その後シェーラ、セイルと会って今に至る。極悪人曰く、オレはものすごい確立の偶然で来たんだそうだ。
 で、なんで空都の人間であるショウがこうして授業を受けているかと言うとそれこそ色々あるわけで。早い話がワープする術、時空転移(じくうてんい)を使ったからだけど。
「のぼるー。じゃーんけーん」
「!?」
 とっさのことでわけがわからないまま右手を差し出す。
「はい負け。オレはカツサンド、彰(ショウ)はメロンパンだとさ」
 そう言った二人の右手はチョキ、オレの右手はパーだった。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 納得いかないこと、その2。売店の買出し。
「なんでオレがパシらにゃならんのだ」
 売店で買い物をすませたあと廊下を一人歩く。この構図がたまらなく悲しいけど気にしないことにしておく。
「このままだと小遣い本気でなくなる」
「地球人って大変だねぇ。欲しいなら盗っちゃえばいいのに」
 間髪いれずこのセリフ。ため息をつくのもめんどくさいから振り返ることなく廊下を歩いていく。
「オレはごく普通の高校生なんだ。アンタと一緒にしないでくれ」
「ぼくだってごくごく普通の暗殺者よ?」
「……これからみんなのとこ行くけどどーする? アンタも呼ばれてるんだろ?」
 つっこみたいのを我慢して話を続ける。どの世界に地球の制服を着た暗殺者がいるんだ。
「何か言えよ」
 返事はない。不思議に思って振り返ると、そこには真面目な顔をした暗殺者の姿があった。
「セイル?」
「気がのらないからパス。これもらっとくね♪」
 一番上のチョコパンを手に取ると暗殺者はさっさといなくなった。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「早かったな。ちゃんと買えた?」
 無言で菓子パンとジュースを机の上に置く。
「ごくろうさん」
「なんか納得いかないんですけど。なんでオレがパシリしなきゃなんないわけ?」
「ジャンケンで負けた昇くんが悪い」
「ひでーよなー。ショウまでしっかり混ざってるし」
「悪かったよ」
 そう言いながらメロンパンかじってるし。
「なあこれからゲーセンよってかない?」
 カツサンドをかじりながら坂井が言う。
「わり。これから用事ある」
「彰(ショウ)は?」
「俺も今日は無理」
「なんだよ。付き合いわりーなぁ」
 坂井が顔をしかめたその時だった。
「昇くん、ショウ!」
 向こうから見慣れた焦げ茶色の髪の女子が姿を現す。
「ごめん。遅くなった?」
「五分。何かあったのか?」
 息を切らせながら走ってきたのは椎名……じゃない、大沢まりい。義理の姉貴。
「日直だったから遅くなっちゃって。ごめんなさい」
「別に謝るほどのことじゃないだろ」
 目の前に広がる甘い空気。一人身のオレにはかなりこたえることこの上ない。
「ああ、そーいうこと」
「そーいうことって……うわっ!」
(よりによってこいつが恋敵とはつらいよなー。お前全然勝ち目ないじゃん。あ、もうフラれたっけ?)
 確かに告白してフラれたけど。それを当人の前で言うなよ。モロに聞こえてるぞ。
「あんまり邪魔にならないようにしろよー。じゃーな」
 友人は一人で勝手に納得すると一人で勝手に帰っていった。
「オレ、先に帰ったほうがいい?」
『そんなわけない』
「よ!」
「だろ!」
「…………」
 なんだかなー。仲がよろしいことで。
 納得いかないこと、その3。オレだけ一人身。
 確かにフラれたけど。区切りはつけたけど。ショックなものはショックなわけで。わかってはいてもこの状況、正視するにはきつすぎる。
「今日は他の奴らとも待ち合わせしてるだろ」
 オレの視線に気づいたのかショウが咳払いをして言う。
「確かに今回は他の奴とも待ち合わせしてるしなー」
 ぶつぶつ言いながら校門に向かう。嫌味っぽく聞こえるのは気にしないでもらいたい。なにしろ失恋からまだ日はたってないんだ。
「セイルは?」
「先に帰った。後は本人の自由だろ。気になるなら後で内容伝えとけばいいだろーし」
「そうだね」
 そう言った後まりいがクスリと笑った。
「こうしてると二人とも本当の高校生に見えるよ。ずいぶん前からの友達みたい」
 いや、まりい。ショウはともかくオレは正真正銘本物の高校生なんですけど。
「俺だって好きでこんな格好してるわけじゃないぞ?」
「さっき美味しそうにメロンパンかじってたの誰だよ。まんざらでもなかったんだろ」
 ジト目で言うと即席の高校生はあさっての方向を向いた。どうやら図星だったらしい。
「似合ってるよ。と言うかなじんでる」
「それってほめ言葉なのか?」
 ショウが釈然としない顔をする。
「もちろんほめ言葉だよ。このまま、みんな一緒にいられたらいいのにね」
 まりいの発言になぜか二人言葉を詰まらせる。
「何かいけないと言ったかな?」
「……なんでもない」
 このままみんなでバカやりながら毎日が過ぎていく。オレはそれでも全然かまわない。嫌な奴もいるけど気にしなけりゃどうってことない。けどショウ達は――
『おまたせー』
 思考は黄色い声によってかき消された。やって着たのはオレ達のとは違う学校の制服を着た女子二人組。
「ごめんなさい。待った?」
「五分」
「ショウ、セリフさっきと同じ」
 他愛もない話をしながら学校を後にする。
「それにしてもみんなこっちに馴染んだねー」
「この制服って可愛い♪ 『リュウガクセイ』って言葉があってホントによかった」
 金色の髪に明るい茶色の目をした女子がセーラー服の襟をつまみながら笑う。
 シェリアは諸羽(もろは)の家に居候している留学生ということになってる。ちなみに二人が通ってるのはオレの通ってる学校のそばにある私立の学校。
「あれ、セイルは?」
「先に帰った」
「あれだけ言ったのに。しょうがないなぁ」
 セーラー服のスカーフをつまみながら諸羽(もろは)がため息をつく。実は今日オレ達を呼び出したのはこいつだったりする。
 こいつは『剣』と呼ばれる一族の一人で時空転移の際に色々と手伝ってもらった。夏休みになってからも空都(クート)の連中の世話をしたりと意外と面倒見はいい。こいつも二学期からオレ達の町に引っ越してきた。本人曰く『わざわざ家とこっちを往復するより一箇所にいた方が手っ取り早いっしょ?』だとか。小柄な体格とは裏腹に奥の深い一族だ。
「それで呼び出した理由は?」
 歩きながらショウが言う。
「大沢には前言ったけど、みんなにも確認しておこうと思って。
 みんなの元いた世界に、空都(クート)に帰るか帰らないか。ずっとこのままってわけにもいかないっしょ?」
 スカーフから手を離し、まりいとは正反対のセリフを口にする。
「もちろんこのままでもボクは全然かまわないよ? でも一応、ね」
「それでお嬢を呼ばなかったわけか」
 お嬢は、シェーラには夏休みに同じようなことを話している。
 シェーラというのは愛称で本名はシェーラザード。カトシアと呼ばれる砂漠の国の王女様らしいけど本人はれっきとした男。なんでも本物のシェーラザード王女の替え玉とかで今後どうするべきか悩んでいる。答えを出すにはもう少し時間がかかりそうだ。
「アタシはもう少しここにいたいな。空都(クート)に一生帰れないのなら話は変わってくるけど。もう少しここの生活を楽しみたいの。……ダメ?」
 シェリアはミルドラッドというところの公女。早い話がお姫様でアルベルトはその従者。けど当人達にはその自覚はかけらも感じられない。 オレも公女様の護衛騎士という肩書きを持ってはいるものの、それらしいことをしたことは一度もない。
「俺も同感。ちゃんと帰れるという保障があるならここにいてもかまわない」
「パフェやメロンパンが食べれなくなるし?」
「違う!」
 意気込んで反論するもさっきまでのことがあるからうさん臭く見えてしまう。その様子を見ていたのか見てなかったのか、諸羽は腕をくむとこう言った。
「ここにいていいけど確実に帰れる手段は手に入れたいってことか。だったら大沢に頑張ってもらわないと」
「へ?」
 予想外の発言に目が点になる。なんでそこでオレの名前が出てくるんだ?
「だって時空転移を使えるのは大沢だけっしょ? 本人がコントロールできるようにならないといつまでたっても帰れないよ」
「けどあれって副作用があるだろ」
 変な夢をみたり空都(クート)の獣がまぎれこんできたり。あんな思いはもうごめんだ。
「それはそれ。これはこれ。それをなんとかするのがキミの仕事」
 思いっきり人事のような口調でそう言うと肩をポンとたたく。
「俺達の命運はノボルにかかってるってわけか」
「大沢ならできるよ。頑張って!」
「ノボル、期待してるから!」
 お前ら人事だとわかったとたん言いたい放題だな。
「私もできる限りのことはするから。一緒にがんばろう?」
 唯一優しい言葉をかけてくれたのは姉貴だけだった。
 納得いかないこと、その4。なんでオレだけこんなに苦労しなきゃいけないんですか?
 九月も半ばを過ぎたころ。オレとしては数週間後の中間テストよりもそっちの方が心配だった。
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