EVER GREEN

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第五章「夏の日に(後編)」

No,7 仲直り?

 とにもかくにも問題は早く片付けるにこしたことはない。
「…………」
 階段を下りて姉の部屋の前に立つ。
「……よし」
 ドアの前に止まり、深呼吸。ノックしようとかまえると、
「……何してるの?」
「うわああっ!」
 うしろにはシェリアがいた。
「耳元で大きな声で叫ばないでよ!」
「だったらおどかすなよ!」
 反射的に怒鳴り返してしまった。
「……ごめんなさい」
 公女様がシュンとうなだれる。
『…………』
 沈黙が二人の間を支配する。
 気まずい。この前のことがあっただけにすっげー気まずい。
「……アタシはシーナの部屋に行こうとしたら先客がいたから」
 長い沈黙の後、シェリアが上目遣いにつぶやく。
「先客って?」
「あなた以外に誰がいるのよ。思いつめたような顔してたけど、何かあったの?」
 う。オレってやっぱバレバレなのか?
 そーだ。こいつにも言わなきゃいけないんだった。
「な、なに……?」
 ゆっくりとシェリアのほうに向き直ると彼女は数歩後ずさっていた。
「シェリア、この前はごめん」
 そう言って素直に頭を下げる。
「本当はもっと早くあやまるつもりだったんだけど言いだせなくて。ホントごめんな」
 言葉は思ったよりもすんなり出た。
 本当はもっと気のきいたセリフを言うべきだったんだろうけど。他に思いうかばなかった。人間、正直が一番だよな?
 目の前の公女様はあっけにとられた表情をするも、ふっと苦笑をもらす。
「もういいわよ。アタシがさそったのがいけなかったんだし」
「じゃあお互い様ってことで」
「なーに、それ」
 そう言ってくすりと笑う。どうやら許してもらえたようだ。
「じゃあ仲直りのしるしってことで」
 すかさず右手を差し出す。
「ここって握手するのが習慣なの?」
「なんで?」
「ううん、なんとなく。……はい」
 シェリアがこっちの手を握り返す。差し出された手は細くてあたたかい――
「どうしたの?」
「シェリアと握手したのってこれが初めてだったよな?」
 妙な違和感を覚え、相手と自分の手をまじまじと見る。前も同じことがあったような――
「シェリア?」
「な、なんでもないの」
 ぎこちない笑みを浮かべ顔を横にふる。なんでもないってわりにはおもいっきし後ずさってるけど。
「気分でも悪い?」
 彼女の顔を覗き込もうとするけど、再び後ずさる。
「シェリア、どーしたんだ?」
 再び近づこうとしたその時、
「二人ともどうしたの?」
『うわあああああああっ!』
 第三者の声に、二人慌てて飛びのく。
「そんなに大きな声出さなくても」
 ドアの前にいたのは椎名本人だった。
「し、シーナ。あなたいつからそこに?」
「だって私の部屋だよ? ドアの前で話し声がしたから」
 いや、確かにそーだけど。
「話し声ってどのくらいから?」
「『アタシがさそったんだし』あたりから」
 しっかり聞かれてるし。
「さそったって何のこと?」
 椎名が不思議そうに問いかける。まさか『のぞき見をするためにさそわれました』とは言えない。
「昇くん?」
 明るい茶色の瞳が心配そうにオレをのぞきこむ。やばい、このままじゃ――
「ノボル、これから買い物に行く約束だったじゃない!」
「へ?」
 シェリアが必死に目配せしている。あ、そーか。そーいうことか。
「そーだったな。これから町を案内するんだったよな」
「そうそう。ノボルって物忘れ早いんだから。物忘れがはげしい人って後から大変よ?」
「ははは。最後の一言は余計だぞー」
 さっきのシェリアと同じく互いにぎこちない笑みを浮かべる。
「案内はこの前したんじゃ」
『じゃあちょっと出かけてくる!』
 そう言うと、二人して一目散に家を飛び出した。
「……何か用があったんじゃなかったのかな?」

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

『はああああっ』
 家を飛び出して数分後。同時に長い長いため息をつく。
「やばかったよな」
「ホント。気づかれたらどうしようかと思った。
 呼吸を整えてお互いの顔を見る。
『あっははははっ!』
 ひとしきり大笑いするとなんかすっきりした。別に、こいつに対して改まる必要なんかなかったんだよな。もっと早くあやまっときゃよかった。
「じゃ、行こーか」
「え?」
「買い物。そうなってんだろ?」
「でもさっきのは口から出たでまかせだし、町案内なら前にだって」
「別に何回でもいーじゃん。暇つぶしにはなると思うけど?」
「……うん!」
 それは、ひさびさに見る心底嬉しそうな笑顔だった。


「ほら」
 公園に止まっていたクレープの屋台で二つ注文すると一つを公女様に差し出す。
「おいしい。でも『あづみ堂』の方が好きかな」
「確かにあそこのはうまかったもんなー」
 『あづみ堂』ってのは空都(クート)の都市、ミルドラッドにある洋菓子屋。だまされたと思って食べてみたけど、確かにうまかった。
「空都に行くことがあったらよってみる? 今度は他の奴らもさそって」
「うん」
 ミルドラッドにもあれからずっと行ってない。オレはなんだかんだ言って地球に帰れてたけどこいつはそーいうわけにもいかなかったもんな。
「そーいえば、お盆の後アパートによったんだけど。諸羽(もろは)しかいなかったんだよな。どこ行ってたんだ?」
「ノボル来たの? もしかして……あやまりに?」
「まあ、一応」
 ずっと気まずいのって嫌だもんな。本当は早くあやまるつもりだったんだけど、椎名のことでそれどころじゃなかったし。
「シェリア?」
「……ありがとう」
 視線をずらしクレープに口をつける。
「いや、別にそれほどのことじゃ。怒鳴ったオレも悪かったし……」
 オレもオレで黙々とクレープを食べる。
『…………』
 さっきとはまた別の沈黙が流れる。
 この感じ、あの時に似ている。シェリアにバレッタをあげた時だ。
 いつもは元気なくせに時々女の子の表情を見せる。なんか……なぁ。
『あの……』
 またもハモってしまい、お互いにそっぽをむく。
「どーしたんだ? なんか変だぞ?」
 黙っているのもなんだからオレの方から話をきりだす。
 顔が赤いのは気のせいか?
「……ノボル、アタシ――」
 シェリアが何かを言おうとしたその時だった。
「お前達、そこで何をしているのだ?」
『うわああああっ!』
 今日はやたらとハモってばかりだ。
 再びとびずさり振り返るといつものメンバー(椎名を除く)が勢ぞろいしていた。
「あなた達こそ何やってるのよ!」
「見ての通りの買い物ですよ」
 買い物袋を抱え、極悪人が涼しげな顔で言う。
「たまたま見かけたから声をかけてみたんだけど、お邪魔だったかな?」
『え?』
 一瞬、諸羽(もろは)の言っていることの意味がわからなかった。
「へー。君らってそんな仲だったんだ」
『違う』
「って!」
「のっ!」
 ここだけは珍しくハモらなかった。
「シェリアが町を案内してくれって言ったからこうなったわけで……」
「この前ボクが案内したのに?」
 椎名の元から離れるための口実とは言いにくい。
「ぼくはやめといた方がいいって言ったんだけどね」
 苦笑しながらセイルが手招きする。何事かと思って近づくと、頭を押さえこまれて耳打ちされた。
(二股はまずいんじゃない? 女の子の信用なくすよ?)
「ちがうわっ!」
 こいつは一体何考えてるんだ!
「いつの間にそんなことになったんだ?」
「だからショウまで本気にしないでよ!」
 必死の弁明にもかかわらず、同じく買い物袋を抱えたままオレとシェリアを交互に見る。
「今更隠すことでもないだろう。仲直りはすんだようだな。よかったではないか」
 極悪人と同じく、いやそれ以上に涼しげな顔でお嬢がのたまう。こいつ、絶対わざとだな。
「へーっ、やっぱりできてるんだ」
『…………』
 ここまでくるともはや収集がつかない。
「ノボル、アタシのぞき見される人の気持ちがわかったわ」
 シェリアが心底疲れ果てたような顔でオレの方を見る。
「オレも。今度からもうやめよーな」
 同じような表情でシェリアを見ると、
『……はぁ』
 最後に二人、今までで一番大きなため息をついたのだった。
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