EVER GREEN

BACK | NEXT | TOP

第五章「夏の日に(後編)」

No,15 エピローグ

 夏休みも終わり二学期が始まった。
「うーっす。元気してた?」
「死なない程度には」
「んだよその言いかた。もうちょっと面白いこと言えよなー」
 目の前にはいつものごとく坂井がいる。このやりとりもなんだか懐かしい。
「それでお姉さまとはどうなったんだよ。もしかして玉砕?」
 いきなり確信をつきながらにやけ顔で顔をのぞきこむ。
「悪かったな。どーせフラれましたよ」
「まあ、たくましく生きろよ。人生まだまだ長いことだし」
 いつものごとくオヤジくさいセリフを言うと肩に手を置く。
「そーだな。先はまだ長いもんな」
 夏は終わった。
 浮かれ気分ももう終わり。これから先は学生に戻らないといけない。空都(クート)の連中には悪いけどオレにとってはこっちが本業なんだ。
 失恋の一つや二つどうってことない。ないったらないんだ!
「昇って時々妙に老け込んだ目するよな。そのうちハゲるぞ?」
 不快きわまりない発言をすると隣の席にどっかと腰をおろす。
「わざわざ机持ってくんなよ。暑苦しい」
「オレのじゃないぞ? これ。誰かが片付けそこねたんじゃねーの?」
「へ? そーなんだ」
 そう言いつつもどこか釈然としない。そーいやこの前『地球の学校にはどうやったら行けるんですか?』とか極悪人が聞いてたっけ。
 極悪人のあの態度。まるで狙ったかのように置かれた机。……まさかな。いくらなんでもそれはないだろ。
 しばらくすると先生が入ってきた。
「HRの前に転校生を紹介する」
「へー。高校で転校生ってのも珍しいな。ん? なんで机に突っ伏してんだ?」
「……なんでもない」
 頭を上げるとそこには予想通りの人物がいた。
「草薙彰(くさなぎしょう)です。よろしくお願いします」
 栗色の髪に黒い目。楠木(くすのき)高校の制服を着て挨拶をする生徒はまぎれもなくショウ・アステムだった。
「なんでも先月まで外国にいたそうだ。確か大沢の知り合いなんだよな?」
 外国ってなんだ外国って。なんで狙ったように机が隣に準備してあるんだよ。つっこみたいところは山ほどあったけど周囲に人がいる手前怒鳴ることもできない。
「席は大沢の隣だ。大沢、あとで校舎案内してやれ」
 それだけ言うと先生は教室を出て行った。
「すごーい! 帰国子女なんだ!」
「大沢君とどこで知り合ったの?」
 物珍しさも手伝ってクラス中のみんなが転校生の周りに集まる。
「ここに来る前のヒコウキで会ったんだ」
 いつどこでオレとお前が飛行機に乗ったんだ。そもそも『飛行機』って言葉よく知ってたな。
「大沢、旅行行ってたのか?」
「……行ってきた。はるかかなたの遠い地に」
「やだー。大沢君って詩人なんだ」
 女子が笑い声をあげる。嘘は言ってない。嘘は。ついでに言うなら行くようになったのは四月からだ。
「ショウ、学校案内してやるよ」
 色々言いたいのを抑え笑顔で転校生の腕をつかむ。
「でももうすぐ授業始まる――」
「え? すぐにでもお願いするって? お安い御用さ!」
 大声でそう言うと戸惑う転校生を無理矢理教室の外へ連れ出した。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「なんでお前がここに来るんだよ!」
 周りに人がいないのを確認するとショウにつめよる。
「俺だってこうなるとは思わなかった! 気がついたら編入試験を受けさせられてたんだ!」
 ああ。ズルしたわけじゃなかったんだ。公立だから裏口入学ってできないのか。それにしてもあの短期間一体どんな勉強したんだ。――って、違う! つっこみたいのはそんなことじゃない!
「もしかして諸羽(もろは)とシェリアも?」
「いや、あの二人は別の学校に行ってる。ただ」
「ただ?」
 次のセリフを聞こうと眉間にしわをよせた時、
「やっほー。昇くーん」
 明るい声とともに誰かに抱きつかれた。
「俺達より一つ上の学年らしい。ちなみに17歳だと」
「さいですか」
 ため息をついて抱きついてきた奴の顔を見る。そこには転校生と同じくブレザーを着たセイルがいた。
「どいつもこいつもなんでオレの平和な日常を壊そうとするんだ」
 もはや恒例となりつつあるため息とともに壁に手を置く。
 オレ何か悪いことした? 少なくとも日ごろの行いはいいはずだ。ただ日常があまりにもめまぐるしいかつ普通じゃないだけで。
「ため息つくと幸せ逃げるよ? ついでにハゲるよ?」
 誰がそうさせてるんだ。誰が。だいたいハゲってなんだハゲって。そうつっこもうとした矢先、授業開始の鐘が鳴る。
「この音が聞こえたら授業が始まるんだっけ? じゃあね。昇」
 なぜか投げキスを飛ばしながら銀髪の男はいなくなった。


「遅かったなー。ギリギリだぞ?」
 坂井の軽口に答える気力もない。教室につくと再び机に突っ伏した。
「新学期そうそう大変そうだなー。お前」
 うるさい。ほっといてくれ。
「コーイチ、だったよな?」
 見かねたのかショウが横から助け舟をだす。
「そ。坂井幸一(さかいこういち)。こいつの面倒見てやってんの。これからよろしくな」
「ああよろしく」
 オレ以外の知り合いに会ったからか顔をほころばせながら挨拶をかわす。
「でもまさか同じクラスになるとはね」
 オレだってそう思ったさ。
 ドアが開き再び先生が姿を現す。
「産休の先生の代わりに来た英語の教師を紹介する。今度は本物の外国人だぞ」
『…………』
「ん? 二人ともどーしたんだよ」
「いや、ちょっと心当たりがありすぎて」
 視線でショウに問いかけると『その通りだ』という答えが返ってきた。
 しばらくするとやはり予想通りの人物が姿を現す。
「はじめまして。アルベルト・ハザーです。日本のことは不慣れですが精一杯頑張らせてもらいます」
 流暢な日本語でそう言うと新任の英語教師は極上の笑みを浮かべた。
「…………」
 もはやつっこむ気力もなくただただ机に突っ伏す。
「いやー。昇といるとほんと退屈しないな」
「ノボル、今回は本当に同情する」
 肩に当てられたショウと坂井の手が妙に重かった。

 夏は終わった。
 けど非・平穏無事な日常はまだまだ続く。

 平穏無事な安眠って、日常って、どうやったら手に入るんだろう。誰か知ってたら教えてください。
BACK | NEXT | TOP

このページにしおりを挟む

ヒトコト感想、誤字報告フォーム
送信後は「戻る」で元のページにもどります。リンク漏れの報告もぜひお願いします。
お名前 メールアドレス
ひとこと。
Copyright (c) 2003-2007 Kazana Kasumi All rights reserved.