EVER GREEN

BACK | NEXT | TOP

第五章「夏の日に(後編)」

No,1 異世界人の夏休み

「おーい、昇」
 それは八月を過ぎたある日のこと。町を歩いているとクラスメートに声をかけられた。
「ひさびさじゃん。生きてたかー?」
 茶色(いやオレンジか?)の髪が近づいてくる。相手は言わずとしれた――わけじゃないけど坂井。
「ひさびさってこの前会ったばっかだろ」
「それを言うなって」
 普段通りの何気ない会話。本当に何気ない会話。
 ああ、オレ地球にいるんだよな。空都(クート)じゃないんだよな。眠ってたら異世界に――なんてことはないんだよな?
「何余韻にひたってんだ? ん? そっちは?」
 視線がオレから、隣にいる男に注がれる。オレの隣にいる奴は居心地悪そうに地球の服を着て軽く頭を下げる。
「ショウって言うんだ。今案内してたとこ」
「へー。そりゃご苦労なことで。オレは坂井幸一(さかいこういち)。こいつとは小学校からの付き合い。よろしくな」
「あ、ああ」
 ショウが戸惑いつつも返事を返す。
 地球と異世界を行き来する術――時空転移を使ってからはや一週間。空都(クート)の連中は諸羽(もろは)に任せるということで何とか落ち着いた。衣、食、住の確保はできたとして。次はここの常識を身につけなければいけないというわけで。オレとショウは榊(さかき)町をたむろしていた。
「そーだ。オレも道案内手伝ってやるよ。ついでにカラオケいこーぜ」
「からおけ?」
「またまた。カラオケ知らない奴なんていないでしょ?」
 どこかのオバサンよろしくぱたぱたと手をふる。
(ノボル、『からおけ』って何のことだ?)
(ここではやりの歌……自分の好きな歌を歌う場所のこと)
(そんな場所があるのか?)
 聞きなれない言葉に怪訝な表情を見せる。やっぱり空都(クート)ではカラオケは存在しないらしい。
「あ。もしかしてひどい音痴だとか?」
「ここの歌知らないんだ。悪い」
「こっち……って、アンタ外国にでも行ってたの?」
「そんなところ。とにかく歌は歌えないんだ」
 間違っちゃいないだろう。確かに外国にいたし。異世界でもあるけど。
「へー。帰国子女なんだ。オレ生で見た」
「キコクシジョ?」
(長い間祖国とは別の国で生活してた奴のこと)
 再び聞きなれない言葉に怪訝な表情をする。それに一つ一つ答えるオレ。って、いつもとなんか逆だな。
「そこまで言うなら別のにしましょうか」
 オレと坂井とショウという奇妙な組み合わせのまま、三人はとある場所に向かった。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 三人の向かった先は――
「ボーリングねぇ」
「これなら文句ないだろ? ただやるだけじゃ芸がないからなー。そーだ! 負けた奴は他の二人に何かおごるってのはどう?」
「勝手に決めるなよ! それにショウは初心者だぜ?」
「勝負とは非情なものなのだよ、昇くん。さ、やろーぜ」
 人のことはお構いなしに話を進めると自分のボールを探しにむかう。
(ノボル、これってどうやるんだ?)
「このボールに指を入れて、あっちに向かって投げればいいんだ。で、あそこにあるピンをより多く倒したほうが勝ち」
「へぇ」
「やりかたがわかったところでさっそくやってみよう」
 ボールを探し終えた坂井が嬉々として手渡す。
「見た目より重いんだな……って、俺がやるのか?」
 片方でボールを持ちながら、もう片方の指で自分を指差す(こーいう日本人特有の仕草もむこうでは存在しているらしい)。
「まあものは試しでやってみろよ。案外いい点とれるかもよ?」
「……どうなっても知らないぞ?」
 ため息を一つつくと、ショウは見よう見まねでボールを投げた。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「いやあ、おごってもらう飯ってうまいよなー。あれ昇くん食べないの?」
「誰かさんのせいで金がないんだ」
「そりゃあ気の毒に」
 そう言ってカレーにパクつく。
「ノボル、俺の食べる?」
「遠慮しとく」
「そうそう。敵に情けは無用よショウくん。勝負に負けたこいつが悪い」
 場所は変わってとある飲食店。
 グゥの音も出ないとはこのことだ。あの後10レーンやって見事に負けてしまった。坂井だけならまだしも、はじめてやるショウに負けるオレって一体。
「それにしてもアンタって甘党だな」
「……そう見える?」
『そりゃそんなの食べてれば』
 彼の前にあるもの――イチゴパフェを見ながら二人口をそろえて言う。
「姉貴が作ってたのをよく食べさせられたんだ」
「へー。姉ちゃんなんかいるんだ」
「三つ上。もう嫁にいってる」
「やるねぇ。今はやりのできちゃった結婚?」
 それ、もう死語に近くないか? 言われた相手は言葉の意味がわからずにきょとんとしてはいるけど。
「冗談冗談。気に障ったならごめんな」
 そう言って片目をつぶり片手でおがむ仕草をする。
「……アンタ達はいつもこうなのか?」
 スプーンを片手にショウがオレ達を交互に見る。前も思ったけど、こいつって時々表情と雰囲気に合わないこと時々するよなー。
「そう。こいつの運動音痴は前からずっと。この前なんか顔面にボール直撃しちゃってさー」
「顔面にボール?」
「聞いてよ。こいつってば――」
「坂井くん。これ以上言うと首絞めるぞ?」
 ったく。
「いや、そうじゃなくて。よっぽど長い付き合いみたいだな」
 そう言うと再びパフェを食べることに専念しだした。
「んー。長いといえば長いな。小五の時からだからひー、ふー、みー」
「五年だ。今年でめでたく六年目に突入。ここまでくると腐れ縁だな」
「それはこっちだっつーの」
 何がかなしくて小・中・高と一緒なんだか。
「それでさー。こいつ姉貴がいるんだよな。しかもできたてほやほや。いくら姉弟とは言っても同世代の可愛い女の子と四六時中一緒にいるんだぜ? 世の中絶対間違ってるよな」
「……それって、シーナのことか?」
 スプーンを皿の上に置き、再び顔を二人――いや、オレの方に向ける。
「そう。椎名まりい。今は大沢まりいか。中学の終わりくらいからかな。いきなりあかぬけた。前はもっと暗かったのにな。
 なに? アンタも狙ってるクチ? だったら覚悟しとけよー。この数ヶ月で競争率グンと上がったからな。目の前にライバルもいることだし。な? 弟くん」
「アホっ! んなわけねーだろ!」
「どーだかねぇ。なにせ彼女の一番近くにいる奴だからねー」
「……よっぽどオレに殺されたいみたいだな」
「ノボル、目が据わってる」
 ジト目でにらむオレに対し、ショウが額に一筋の汗をたらしていたりするけどここは気にしないでおく。
「気にしない気にしない。おっと、もうこんな時間か。俺待ち合わせしてるから行くわ。じゃーな。昇、ショウ」
 そう言うと勝手にオレ達を連れ出した悪友は勝手にいなくなってしまった。
「シーナが地球でうまくやってるのは本当だったんだな」
 坂井の後姿を見ながらショウが感慨深げにつぶやく。
「……シーナってこっちじゃモテるのか?」
 後姿が完全に見えなくなった後ショウがぼそっとつぶやく。
「坂井の言ったこと気になる?」
「別に」
「ある意味事実だもんな。椎名がもてるのも、オレが椎名の一番側にいるってことも」
「…………」
「実は密かに気にしてるだろ」
 普段はシェーラが言いそうなツッコミをあえてつぶやいてみる。
「そんなわけないだろ」
「あっ、椎名! ――と思ったら違った」
 そう言って隣を見ると、ショウはしっかり硬直していた。
「ぶわっははは! おもしれー」
「笑うなっ!」
 なんだ。こいつってこーいう奴だったんだな。歳も同じだし。
「オレ、空都(クート)じゃいいとこ全然なかったし。たまにはこーいう報復あってもいいじゃん」
 やばい。笑いすぎて涙出てきた。
「だからってそこまで笑わなくてもいいだろ」
「わ、悪い。こんなにわかりやすいとは思わなかったし。お前も普通の高校生だったんだなーって」
 笑いながら目のはしにたまっていた者をぬぐう。そーだよな。空都(クート)でならまだしもここじゃオレが先輩だもんな。
「なんかそういうところ似てるな。お前とシーナってやっぱり姉弟だよ」
ため息をつきながらショウがつぶやく。
「どうした?」
「……なんでもない」
 オレと椎名は義理の姉弟。それは誰もが認める事実。けど本当の意味で姉弟だって言われたのは初めてだった。
「ごめんな。急にあいつが来て。びっくりしたろ?」
「コーイチ、か。面白い奴だった。異世界に来てもなんとかなるもんなんだな」
「オレが大丈夫だったんだ。オレにできてショウができないわけないじゃん」
「お前が言うと説得力あるな」
「だろ? って、ショウって同年代の友達とかいなかったの?」
「運び屋やってたからな。同じ場所にとどまることが少なかったんだ。同世代といえばセイ(青藍)くらいだったな。あ、お前がいたか」
『あ』とはなんだよ、『あ』って。
「すごいよな。俺が地球に、シーナやノボルの世界にいるなんてな」
 確かに。地球の格好をしてオレや坂井と普通に遊んで。まさかこんなことになるとは思ってもみなかった。
「そのうち眠ってるだけで空都(クート)に逆戻りしてたりしてな」
「シャレにならないだろ」
 二人笑いあいながら帰路に着いた。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「二人とも遅かったね。どこ行ってたの?」
 玄関のドアを開けると、そこには椎名がいた。
「どうしたの? 二人固まってるみたい」
 さっきのことがあっただけに二人とも目を合わせづらい。
「ちょっと男同士の友情を深めに。なあショウくん?」
「そんなところ」
 目をあわせないまま二人そう言うと、そそくさと部屋に戻ることにした。
「……そんな趣味があったんだ」
 椎名のつぶやく声が聞こえるも、あえて無視して二階へ上がる。
(あの天然は昔から?)
(……今のほうがパワーアップしてる)
 それは、地球での平和なひと時の話。
BACK | NEXT | TOP

このページにしおりを挟む

ヒトコト感想、誤字報告フォーム
送信後は「戻る」で元のページにもどります。リンク漏れの報告もぜひお願いします。
お名前 メールアドレス
ひとこと。
Copyright (c) 2003-2007 Kazana Kasumi All rights reserved.