EVER GREEN

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第四章「夏の日に(前編)」

No,9 剣を探して

「オオリナの葉五枚にキズナの実、一つ」
 極悪人に買い物かごを押し付けられてはや一時間。買出しのはずが、なぜかメモを片手に草をあさる羽目になってしまった。
「『キルカの実』? んなもん知るか!」
 買出しに行ったのはいいものの材料はみごとに売り切れていた。仕方なく帰ろうとしたところで見つけたのは一枚の紙切れ。買い物かごの底に入っていて、それには山菜の名前と絵が書いてあった。
 もしかしなくても取ってこいってことなんだろーな。それにしても――
「このくらい自分でやれよなー。人を何だと思ってんだよ」
 とは言え、グチっていても仕方がないわけで。こうして山菜取りにはげんでいるというわけだ。
「あの……」
「えーと、キルカ、キルカ……」
 慣れた手つきで草を掻き分ける。この動作に違和感を感じなくなってしまった自分が悲しい。もしかしなくても、オレ、このままこっちの住人になれるんじゃないか?
「……ありえる」
 やめやめ。本当に悲しくなってきた。んなこと考えてる暇があったらさっさと終わらせよ。
「すみませーん」
「オレはごくごく普通の高校生だ。ごくごく普通の地球人なんだ」
 自分に言い聞かせながら黙々と山菜取りにはげむ。
「……?」
 気配を感じて振り返ったのと、
「あのっ!!」
 耳元で叫ばれたのはほぼ同時だった。
「キミ、何やってるの?」
 声の主は女子だった。
 黒髪に同じ色の目、黄みがかった肌――と、限りなくオレの祖国の人間に近い容姿をしている。
 チェック柄のスカートにノースリーブのシャツ。同じくノースリーブのワンピースをコート代わりにはおり、首にはやたらと長いスカーフを巻きつけている。小柄で、短く切りそろえられた髪。オレの世界じゃ小、中学生ってとこかな。
「……師匠にこき使われてるとこ」
「……楽しい?」
「楽しくない」
 現地の人にまでつっこまれると、いたたまれなくなるのはなんでだろう。
「キミ、このあたりの人? だったら道を教えてほしいんだけど……」
「現地人じゃないけど、そこの町までならわかる。なんなら一緒に行く? 時間かかるけど」
「よかったぁ。このまま日が暮れたらどうしようかと思った」
 短い髪をかきわけ心底ほっとした表情をする。どーやら迷子だったらしい。
「じゃあ、悪いけど探すの手伝ってくんない?」
「いいよ。『キルカの実』でしょ?」
「違う。今度は『イレジオナスの茎』」

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「こんなとこまで一人で来たの?」
 無事に材料を探し終え、道を二人して歩く。
「うん。修行中なんだ」
「修行?」
「『お前も世界を見て来い』って言われちゃってさぁ。親に飛ばされちゃった。でもこんな場所じゃなくてもいいのに。どうせなら普通の町にしてほしかったよ」
「飛ばす……って、もしかして家系が術使いか何か?」
「うん、そんなとこ」
 やっぱ異世界ってなんでもありなのか?
「でも、そのおかげでこうしていろんな場所にいけるし、いろんな体験ができるからね。ものは考えようかな?」
 そう言ってあっけらかんと笑う。なんか、オレよりすっごい前向きな奴だなー。
「そう言えば名前聞いてなかったよね」
「オレ? 大沢昇(おおさわのぼる)」
「オーサワ? 変わった名前」
「あー、昇。昇でいいって」
 またいつもの調子で言ってしまった。いくら外見が日本人に見えても相手は現地人。
 それにしてもオレの名前ってそんなに変わってるか? 何度も言われるとさすがにへこんでくる。少なくとも日本じゃありふれた名前だと思うけど。
「そっちの名前は?」
「ボクはモロハ」
 そっちこそ変わった名前だぞ。
「変わってる……って思ったっしょ。でもボクは気に入ってるんだ。かっこいいし」
「へー……」
 諸刃の剣。
 昔のことわざをなぜか思い浮かべてしまった。
「キミのお師匠様ってなかなかすごいね。こんな遠いところまで一人でこさせなくてもいいのに。ボクだったらそんな人のところとっくに逃げ出してるよ」
「だろ? けど、そーいうわけにもいかないんだ」
「……ってことは、逃げたくても逃げ出せない状況にあるってことだよね。弱みでも握られてるとか?」
 なかなかキワドイ発言する奴だなー。
「弱みならいくらでも握られてる。人一倍涼しい顔をしといて人を奈落のどん底に突き落とすようなことを平気で言う極悪人に」
 あー、なんかマジで腹たってきた。
「なんであいつの弟子にならなきゃならねーんだよ! 壷で人の頭を殴るんじゃねー! 」
 ここぞとばかりに不満をぶちまける。
「キミもなかなかすごい弟子だね。仮にも師匠を極悪人だなんて」
「まだまだ言いたりない――」
 そこまで言って、ふと口を閉ざす。
「…………」
 タイミング悪すぎ。
「どうかしたの?」
「危ない!」
 シュッ!
 モロハの声と、オレの声と。ナイフが飛んできたのはほぼ同時だった。
「惜しい。もうちょっとだったのに」
 この声にこの飛び道具。本当にタイミング悪すぎ。
「もしかしてとは思ったけど、やっぱりアンタだったんだな」
 もうおわかりだろう。ナイフの主は言わずと知れた黒フードだった。
「あの人キミの知り合い?」
「違う」
「知り合いといえば知り合いかな?」
 二人の声が見事にハモる。
「それでお姫様は?」
「……今日はオレ一人。残念だったな」
 モロハをかばうようにしながら暗殺者を睨みつける。
「バレバレ? はりあいないなぁ」
 やはり顔は見えない。いい加減そのフードはずせっての――とは恐いから言える状況でもない。
「用はすんだんだろ? なら帰れよ」
「うーん。そういきたいんだけど、手ぶらで帰るのも悪いしなぁ。アンタからお姫様の情報を聞き出すって手もあるしね」
 げ。そーきたか。
「……あのさ」
 モロハに近づいて手を握ると猛ダッシュで逃げ出す。
「え? あのっ、ちょっと!?」
 急な展開に戸惑った声をあげるもあえて無視。何しろ状況が状況だ。
「それはないんじゃないのー? 人がせっかく来たっていうのに」
 こっちのセリフも当然無視。
『勝手に来たお前が悪い!』と突っ込みたいところだけど今はそこから逃げ出すことで精一杯だったし。
「ま、いーかぁ。機会はいくらでもあることだし。お姫様によろしくな」
 暗殺者の声は当然聞こえることはなかった。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「ここまでくれば大丈夫だよ、な」
 ここのところ走りっぱなしだ。本気で体力つけないとこっちの身がもたない。
「あのー」
「あー、ごめん。痛かった?」
 ずっと手を握っていたことに気づき、ようやく手を離す。
「さっきのが逃げたくても逃げ出せない理由?」
「……仲間の一人があいつに狙われてるんだ。そいつを安全な場所に避難させるための方法探してるんだけど、オレ一人じゃ手におえなくて……ちくしょう」
「?」
「こんなんで『剣』なんて見つかんのかよ! 『竜』だってまだなんだぞ?」
 いらただしげに髪の毛をかきむしる。
 このままじゃ暗殺者が襲ってくるのも時間の問題だ。術だって完成してないってのに。
「『剣』? 剣がどうしたの?」
「なんでもない。忘れて」
 いくらなんでも初対面の奴に話したってしょうがない。ましてやこんな話、鼻で笑われるのがオチだ。
「いいから話しなよ。力になれるかもしれないし」
「…………」
 なんか、変に物わかりがいいと言うかなんと言うか。
「……『剣』を探してるんだ。術を作るのにそいつの力が必要なんだ」
 黙ってても仕方ないので正直に話す。途中で変な顔をされるかと思ったけどモロハは最後まで黙ってオレの話を聞いていた。
「――と言うわけ。普通は信じられないだろ?」
「うーん。なんて言ったらいいかわからないけど、スケールの大きな話だね」
 確かに。普通ではありえない話だ。
「けどオレにとっては現実なんだ」
「現実って大変だね」
「だよなー」
 そんな話をしていると町の大通りに出た。
「今日はどうもありがとう。じゃあボクはこれで」
「一人で大丈夫?」
「うん。じゃあ、またね!」
 手をぶんぶん振ると、そのまま町の中に消えていった。
「うん、また……」
 こっちもつられて手を振り替えし――
「……また?」
 このセリフの意味を知るのは数日後のことになる。
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