EVER GREEN
第四章「夏の日に(前編)」
No,4 暗殺者、再び
「へい、毎度」
威勢のいいかけ声をもらい店を後にする。
「そんな代物でよいのか」
「いーんだよ。自分の力量くらい自分でわかってる」
ここはサンクリシタ。翌日、オレはシェーラに剣を見立ててもらうことにした。代金はなぜかアルベルト持ち。自分で払いたくても日本円しか持ってないからしょーがない。『後で倍にして返してくださいね』とお決まりのセリフを言われたけど。
「顔がにやついているぞ」
「そんなことないって!」
とは言っても顔がにやけてしまう。欲しいおもちゃを手に入れた子供の顔――そんな表現がピッタリなんだろーな。今のオレ。
「しかし、剣だけならまだしもその包みは何なのだ?」
剣の小脇に抱えた包みに視線をやる。
「んー。ちょっと試したいことがあって。要は材料集め――」
そこまで言いかけて、ふと立ち止まる。
「……あのさ」
「何だ」
「……オレ達つけられてない?」
「よくわかったな」
「そりゃこれだけいたらな」
お嬢との特訓の成果もあって人の気配とか殺気、敵意のようなものが少しだけ感じ取れるようになった。ましてやこれだけ敵意をむき出しにされてるんだ。気づかない方がおかしい。
「言っとくけど、オレやましいことしてないぞ」
包みをスポーツバックにしまい厳重にチャックをしめる。
「そういうことにしておこう。……それで、どうするのだ?」
腰にさした三日月刀に視線をやりながら小声で問いかける。
「決まってるだろ。こーいう時は――」
そこまで言って二人足を止める。
『逃げるに限る!』
お互いにうなずきあうと一目散に逃げ出す。
「追え、逃がすんじゃねえ!」
「髪の長い奴は捕まえろ! 他は殺してかまわねえ!」
背後からとてつもなく物騒なセリフが聞こえる。にしても『他』って明らかにオレじゃねーか!
「よかったではないか。さっそくそれを活用する時がきたようだな」
「冗談! もっと安全な場所で使いたかった!」
言いあいながら、とにかく走る。
シュッ!
「うわっ!」
目の前を何かがかすめる。よく見るとそれは矢だった。
「ちっ、はずしたか」
「おいおい、今度ははずすんじゃねえぞ」
「ああ今度こそ仕留めてやるよ」
だからそーいう物騒なセリフを日常茶飯事のように使うなって!
「心配するな。骨くらいは拾っておく」
走りながら、お嬢が冗談だか本気なんだかわからないセリフをはく。
「絶対こんな場所で死にたくない!」
とにかく一目散に、ひたすらに突っ走る。
シュッ!
「わわっ!」
今度はナイフが放たれた。
「……って、これって……」
「奇遇だな。わたくしも同じことを考えていたところだ」
二人、心底うんざりした表情でナイフの放たれた方角を見る。
「……アンタ、そんな格好で暑くないのかよ。それにその格好どう見ても怪しいじゃねーか」
「暗殺者だからいいじゃん。かたいことは気にしないでよ」
そこにいたのは黒いフードを目深にかぶった暗殺者。以前オレとお嬢はこいつに命を狙われたことがある。
それにしてもこいつってこんなに軽いヤツだったか? 前とずいぶんイメージが違うような気がする。
「じゃあさっそくはじめようか。大丈夫。骨くらいは拾ってあげるから」
誰かと全く同じセリフを言いながら、暗殺者――相変わらず顔は見えない――がナイフを構える。
――もしかして、こいつって実はものすごく若いんじゃないか?
ふと、そんなことを考えながら、さっき買ったばかりの剣を握る。
何の飾り気もないシンプルな代物。それでも実物を目の前にするとなんともいえない迫力がある。
とは言ってもやることは今までと変わらない。
キン!
剣を使って矢を払い落とし、ひたすら走る。途中で手がしびれてきたけど剣を落とさなかっただけ進歩したと思いたい。
「相変わらず逃げるしか能がないねぇ。正々堂々と戦いなよ」
無理言うな! 立ち止まったら絶対殺されるだろ!
シュッ!
目の前に再び矢が迫る!
キィィン!
――が、突如現れた斧によって進路を変えられる。
「一体なんなんだよ。この騒ぎは」
斧の持ち主がうんざりした口調でつぶやく。
「オレも何がなんだか――」
そう言いかけて口をつぐむ。
栗色の髪に黒い目。背はオレと同じかちょい低いくらい。
「シ、シ、シ……」
「しかも今度は二人連れか」
「ショウ……」
目の前にいたのはかつての恩人だった。
「ひさびさ。その様子だとまだむこうに帰れないみたいだな。そいつは? 男……だよな?」
「……シェーラだ。そなたは?」
「ショウ・アステム。フリーの運び屋」
オレと会った時と同じ挨拶をかわし、斧を構える。
「それで、あいつらは?」
「こいつを狙ってる暗殺者の一味」
「暗殺者!?」
はじめて驚いた表情を見せるも、それは一瞬のこと。
「詳しい話は後。……数が多いな。蹴散らすぞ」
「やむをえまい」
「いいっ!?」
それぞれ思い思いの声をあげるとそれぞれの武器を握りなおす。蹴散らすってマジかよ。
「いつまでも逃げてばかりでは仕方ないだろう? 何のための特訓なのだ?」
三日月刀を構えながら、お嬢がつぶやく。
「……そーだな」
ここまでくると四の五の言っていられない。目をつぶり短剣を取り出すと大きく息を吸う。
「スカイア! 派手にやっちまえ!」
ブワッ!
いつものように突風が吹き荒れスカイアが姿を現す。
「短剣を狙え! それで風がおさまるはずだ!」
誰かのあげた一声に周囲の連中が一斉にこっちにむかって襲いかかってくる。
「そーは……いくかよ!」
短剣をしまい剣を握ると敵に向かってつっこむ。
「やあああっ!」
敵をのめすことは無理だったけど戦い方を教わった分、以前よりずいぶん楽。相手の攻撃も少しはかわせるようになった。それにダメージは与えられなくても足止めには充分なってくれる。
ドカッ!
バキッ!
そこへショウとシェーラがとどめをさす。
「へぇ、上達したな」
敵のみぞおちに斧の柄をいれながらショウが感嘆の声をあげる。
「まーね」
オレだっていつまでも弱いままじゃいられないもんな。
しばらくして、ほぼ全員を地面にはいつくばらせることに成功した。
「なんとかかたづいた……よな?」
「おおかた……な」
大人数を相手にしたからか、さすがのお嬢も息があがっている。
「深追いしたら、やばいんじゃねー……の……?」
オレは……きつい。息があがりっぱなし。
「それはそいつに聞くしかないんだろうな」
息をみださないままショウが黒フードを見据える。
「どうする? これだけの騒ぎを起こしたんだ。もうすぐ人が来るぜ? 普通の旅人と見るからに怪しい男。周囲はどっちの味方をするんだろうな」
うーん。さすがプロ。オレ達とは一味違う。
「そうだなー。でもここでアンタ達を片付けるって手もあるんじゃない?」
でも相手はこたえた様子もなくあっけらかんとしている。
「そもそも人数が多すぎたんだよね。一人のほうがやりやすかったし……ん?」
そこまで言って急に黙りこむ。
「君……もしかしてあの時の?」
「……?」
相手のセリフにショウが怪訝(けげん)な顔をする。
「わかった。こっちの負け。今回は帰らせてもらうわ」
そう言うとあっさりときびすを返す。
「じゃあな。後は頼むよ」
……後?
相手の真意がわからないまま呆然と敵の後姿を見送る。
「……やられた」
うんざりした顔でショウがつぶやいたのは黒フードの姿が完全に見えなくなった後。
「どうするんだよ。この後始末」
「あ」
地面にひれ伏す男達。その中心に立っているのはオレ達三人。周囲の人達は一体誰の味方をするだろう。
「……逃げるしかない、よな」
「それが妥当(だとう)だな」
「うむ」
お互いにうなずきあうと一目散に逃げ出した。
「なんで買い物に来て命を狙われなきゃならねーんだよ!」
「誰かの日ごろの行いが悪いからではないのか?」
「人を疫病神みたいに言うな! 今回はお前が元凶だろーが!」
「……相変わらず大変そうだな、アンタ」
ひさびさに聞く、苦笑にも似たつぶやきだけを残して。
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