EVER GREEN

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第四章「夏の日に(前編)」

No,2 公女様と護衛騎士、再び

「ふーっ。丁寧言葉は疲れるーっ」
 ベッドにドレスのまま寝そべっているのはさっきオレの足を踏みつけた公女様。
「服汚れっぞ」
「いーの。たまにしか着ないんだから」
 そのままベッドにゴロゴロと寝返りをうつ。
「さっきの夕食美味しかったわね」
「さすが領主の館ってだけのことはあるよなー」
 上着を脱いでラフな格好になりながら相槌をうつ。他人の作った料理ほどうまいものはないとはよく言ったものだ。
「アルベルト達も食事終わったのかな?」
「この時間帯にもなればさすがに食ってるだろ」
 腕時計を見ると、時間は10時を過ぎていた。普段なら地球にいる時間帯だけど夏休みだから問題ない。仮に遅くなっても椎名――義理の姉がいるから大丈夫だし。
「ねえ、さっきのアタシの口調変じゃなかった?」
 寝返りをうつのをやめると顔をオレの方に向ける。
「口調って、城にいる時はああなんじゃないの?」
「それがわかんないのよねー。アルベルトの家にいた時にはあんな喋り方してたら怒られてたし」
「なんで?」
「『公女としての役割はいつでも出来る。だから今は今のうちにしかできないことをやっておけ』だって。今の喋り方だって頑張って練習したんだから。術だって教わったし城の抜け道だって教えてもらったのよ?」
 何かが激しく間違っていると思うのはオレの気のせいなんだろーか。
「何? この手」
 肩に置かれたオレの手を怪訝な表情で見る。
「……いや、なんとなく」
 なんだか目の前の公女様が不憫に思えてきた。あの極悪人、人をなんだと思ってるんだ。
「っつーか、ここにいていいの? 仮にも公女様が仮にも従者の部屋に入っていいわけ?」
 周りは暗い。いくら名目上は二人旅をしてきたということになっていても部屋はちゃんと別々に用意されている。しかもこいつが寝ているのはオレ用のベッドだったりする。
「長旅で疲れた心細い公女様が信頼する従者の部屋に行く。当然のことじゃない」
「……そーゆー問題じゃなくて」
 なんと言ったらいいものか。仮にも女子が――
「女が夜遅くにたった一人で男の部屋に入ってくるなってこと?」
 ずばり言うなよ。
「ノボルはそーいう気があるの?」
「あるかっ!」
 少なくともにこやかにオレの足を踏みつけるような奴とはごめんだ。
「ちょっとくらいあってもいいのに」
「…………」
「……と言うのは冗談。だって一人だと暇なんだもん」
 オレは退屈しのぎですか。そんなことだろーとは思ったさ。
「……ノボル?」
 無言でスポーツバッグの中から緑色の短剣を取り出すと精霊の名前を呼んだ。
《わーっ。今度はまた豪勢なお部屋ですねぇ》
 緑色の少女がキョロキョロと辺りを見回す。
「これで退屈しないだろ?」
 この少女はスカイア。なんでも短剣に宿った風の武具精霊らしい。ちょっとしかきっかけでオレがこいつを所持することになった。
「アタシ精霊なんて見えないわよ?」
 精霊はめったに人前に姿を現さない。ましてや会話なんてできるはずもない――はずなんだけど、オレにはそれができたりする。なんでも異世界に来たことで身についた特異体質なんだそうだ。
「――だってさ。姿見えるようにして。あと声も聞こえるようにな」
《えーっ。あれって結構疲れるのにー》
「たまにはいーだろ? な、頼む」
《わかりましたよー》
 そう言うと周りが緑色の光に包まれる。
「どう?」
「うんばっちし。はじめまして。アタシはシェリア。よろしくね」
《スカイアですぅ。よろしくおねがいしますねー》
 どうやら意思の疎通はできるようになったらしい。二人して自己紹介をはじめる。それにしても精霊と人間の挨拶ってのもなんか変なかんじだよな。
「ねぇスカイア。あなたから見て御主人様ってどんな人?」
 明るい茶色の瞳が緑色の瞳をとらえて言う。
《ノボルですかー? 見たまんまですよ。頼りないというか情けないというか……》
「……一度壊れてみる?」
 半眼で短剣を握る手に力をこめる。
《ひっどーい! 暴力はんたーい!》
「だったら変なこと言うな!」
《えー》
「『えー』じゃない!」
「……あはははっ!」
『?』
「おっかしいの。あなた達っていっつもこんな漫才やってるの?」
「いや、オレ漫才やってるわけじゃないんですけど」
《そーですよー。ただノボルが一人ボケツッコミしてるだけですよぉ》
「それも違う! しかも『ボケツッコミ』なんて言葉どこで覚えた!」
《ノボルの世界でですよー。退屈だったからテレビ見てたんですぅ。アレってなかなか便利ですね♪》
「勝手に人の家でくつろぐな!
「……っ、ごめんなさい、ちょっと待って――」
 どうやらツボに入ったらしい。ひとしきり笑うと目じりにたまったものをぬぐう。
「懐かしいなー。なんだか昔のこと思い出しちゃった」
「昔?」
「今みたいにね、ショウとシーナが言いあってたのよ。あれからもう一年たつのよね。あの時は、こんな冒険もう二度と出来ないって思ってたのに」
 オレだってこんな冒険をすることになるとは思ってもみなかった。
「……あなたを見つけた時ね、ちょうどアルベルトからお城脱走の話をもちだされた時だったの。ホントはちょっと怖かった。ショウやシーナはもういない。あんな旅もうできないんじゃないかって。だってアタシは公女だから……」
 そう言って公女様は寂しそうに笑った。
「驚いたわ。だってどう見てもお城に似つかわしくない男の子が倒れてるんだもの」
「どーせオレは城なんかに似つかわしくないよ」
 そもそも、ただの高校生がお城に入ること自体珍しいんだ。
「アルベルトはすぐにピンときたみたい。ただで護衛がふってきたって喜んでたもの」
 ニャロー。はじめっからオレを利用するつもりだったのか。
「あなたを見て、なぜか彼を思い出しちゃった。全然似ても似つかないのにね。でも……どこか似てるの」
「オレが? 極悪人に?」
「そう! あの極悪人に」
 そう言ってけたけたと笑う。
 笑い終わると、真面目な顔になって頭を下げた。
「さっきはごめんなさい」
「へ?」
「あなたのこと従者って言ったでしょ? ノボルはアタシの大切な仲間。友達よ」
「だからなんでそんなクサいこと……」
 そう言いかけて動作が止まってしまう。なぜならシェリアがオレの首に手をのばしたからだ。
「これ、まだつけてたんだ」
 首――首にかけてあったペンダントをなぞる。
「シェリアが言ったんじゃん。これつけてないと獣に襲われるんだろ?」
「確かにそうだけど、あなたって律儀ね」
「そもそもコレがきっかけだったんだよなー」
 正確にはちょっと違うけど。
 部屋でペンダント――アクアクリスタルを拾って。気がついたら異世界にいて。
「けどその前にシェリアに会ったんだよなー」
「そうそう。『アンタそれでも先生か?』って」
「極悪人も極悪人だけど、お前もなかなか初対面すごかったぞ?」
 そう言って二人笑いあう。
「……旅、もう終わっちゃうんだ」
 寂しそうに笑うと再びベッドに顔をうずめる。
「ノボルはこの後どうするの?」
「え?」
「無理矢理つきあわせちゃったものね。やっぱりショウを捜すの?」
「ま、そーなるだろーな」
 オレが今身に着けているのはシェリアからもらったもので、本物――椎名のペンダントはショウが持っている。
「……さみしくなるな。またお城に逆戻り、か」
「…………」
「ノボル、お願い。旅が終わっても、ずっと友達でいて、ね……」
「……シェリア?」
 そこには規則正しい寝息をたてている公女様の姿があった。
《眠ったみたいですねー》
「だな」
 お役目も無事果たしたしな。それなりに疲れがたまってたんだろう。
《どーします? おそっちゃいますか?》
「あほ」
 ため息をつくと手近にあった毛布をかけてやる。
「ったく人のベッド占領するなよなー」
 しかも言いたいことだけポンポン言ってくれちゃって。
「…………」
 思ったよりまつ毛長いんだな。
 やっぱ椎名と似てる。似てるけど――違う。
 こうして見ると可愛い顔してたんだな。髪だってこんなに――
《ノボル、やるなら今のうちですよー》
「うるさいって。誰がするかっての」
《だったらなんでそんなことしてるんですかー?》
「なっ……!」
 自分がやろうとしていたことに気づき、今さらながらにうろたえる。
 ……この手はなんなんだよ。
 オレ、一体何しようとした!? これじゃ――
《顔赤いですよ? うーん、男の子ですねぇ》
「うるさい! さっさと戻れ!」
《あんまり大声出すと彼女起きちゃいますよー?》
「い・い・か・ら・戻れ」
《はーい♪》
 いつものポンッというはじけたような音と共に風の精霊はいなくなった。
ったく。人を色魔みたいに言うなよなー。
「…………」
 もう一度眠っていることを確認すると部屋の外へ出る。
 こいつもそれなりに苦労したんだろーな。公女ってのも要はお偉いところのお嬢様ってわけで。色々と気苦労が絶えなかったのかもしれない。
 オレはどうなんだろう。ちゃんと考えて生きてるのか?
 旅はもうすぐ終わる。終わった後、オレは――オレ達はどうなるんだろう。
 珍しくそんなことを考えながら、頭を冷やすため、夜の道を歩いた。
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