EVER GREEN

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第四章「夏の日に(前編)」

No,14 エピローグ〜非・平穏無事な日常へ

「ぼくのこと覚えててくれたんだ」
「ショウ、こいつのこと知ってたの?」
 暗殺者の声とオレの声が重なる。
「お前に会う少し前、二人で組んでた。まさか暗殺者だとは思わなかったけどな」
「……と言うか、よかったの? せっかくの恋人との再会だったのに。もう少し下でゆっくりしてればいいのに」
「誰が恋人との再会だ!」
 諸羽(もろは)の一言に若干顔を赤らめながら暗殺者に向き直る。
「君の言うとおりさ。ぼくの名前はセイル。見ての通りの暗殺者。他に質問は?」
「そんなにあっさり答えちゃってもいいの?」
 シェリアが戸惑いの声をあげる。
「どっちにしたって聞いてくるんでしょ? だったら痛い目に遭う前に言っといたほうがいいよ」
 こいつ、捕まってるって自覚あるのか? なんか会うたびに印象が変わってくる。軽いとは思ってたけど、ここまであっけらかんとした奴だったのか?
「で? この腕輪には何の意味があるわけ?」
 青い瞳が自分の両手にはめられた腕輪を見つめる。
「ノボルとモロハに作ってもらった封印です。ここでは不信な行動はでとれませんから。なんなら試してみますか? その前にあなたの身がどうなるかわかりませんが」
 いつものごとく極悪人が笑顔で恐ろしいことをのたまう。
 作品番号2番、封印の腕輪。はめられた奴が少しでもおかしな行動をしたら腕輪が作動して身動きをとれなくするというシンプルなもの。ちなみにリザ――アルベルトの親友からもらった工具セットを使って作った。それに諸羽が封印の力をこめて完成。
「要するにここでは手も足も出せないってことだろ? だったら抵抗しても無駄だからやめとく」
 そう言って軽く肩をすくめる。
「で? これからどうするわけ? 首でも切り落とす?」
「望みどおりに……」
「言っとくけどここでそんなもの持ってたら銃刀法違反で警察につかまるからな」
 強引にお嬢の三日月刀をひったくると袋に入れ、水色の紐で縛る。
「何をした」
 翡翠(ひすい)色の瞳がスッと細まる――けど、もう慣れた。
「お前の武器も封印したんだ」
 作品番号3番、封印袋。とにかく頑丈でこれに入れた代物は持ち主が紐を解かない限り取り出すことはできない。まあ正確にはリザが持ってた四次元袋をまねたようなもんだけど。
「椎名。これ預かってて」
 暗殺者とお嬢の武器の入った袋を、なぜか制服に着替えてやってきた椎名に手渡す。
「私が持っててもいいの?」
「その方が安全なんだ」
 オレが持ってたら否応なしに襲われる。でも持ち主が椎名なら下手に手は出せないはず。少なくともシェーラは大丈夫だ。あとはこいつ次第だけど。
「女の子に手をあげるようなことすると思う? ぼくは紳士なんだ。『女の子には常に優しく』それがぼくのモットーだから」
 銀色の髪を持つ暗殺者がいけしゃあしゃあと言い放ってくれた。紳士が人殺しなんかするなよ。
「お姫様は? まさかそんなことはしないよねぇ?」
「わたくしは貴様と違うのだ。マリィにそのようなことをするはずがないだろう!」
 あっけらかんと答える暗殺者に対し、お嬢が憤然として答える。
「大丈夫ですよ。そんなことが出来ないように私が見張っておきますから。あなたもこの世界で生涯を終えたくないのならおとなしくしておくことですね」
「『この世界』?」
 初めて暗殺者が怪訝な表情をする。
「ここは地球。アンタ達の言う『地の惑星』ってとこの日本って国。早い話が異世界」
「……マジ?」
 初めて暗殺者が驚きの声をあげる。
「大マジ」
 オレにとっては自分の世界に戻っただけだけど、こいつらにとっては異世界にやってきたってことだもんな。
「さて状況説明も終ったところで、だ。まずは、全員それらしい格好をしてもらわないとな」

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「昇くんどう?」
「まーね。そっちは?」
「ばっちし」
 全員が地球にきたのはいいとして、まずは今後の対策を考えないといけない。てっとりばやくこっちの世界になじむために着せ替えならぬ衣装合わせをすることになった。
「こうして見るとショウって違和感ないね」
「そーだな」
「……そんなにじろじろ見るな」
 当の本人は居心地悪そうにオレの服――地球の格好をしている。栗色の髪に黒い目。大昔ならいざしらず今となってはありきたりの容姿だけに服を変えるとオレとさほど変わらない。っつーか、日本人そのもの。
「シェリアもそこまで違和感ないよ。師匠さんも普通に外国人だし」
 ブラシを片手に諸羽(もろは)が言う。
「こちらの世界の服装も悪くありませんが……少々年上じみてませんか?」
「しょーがないって。親父のだから」
 シェリアは椎名の、アルベルトには親父の服を貸している。だから多少のサイズの違いは仕方ない。
「シーナの国ってこんな格好するんだ。動きやすくていいわね」
「ボクの服も貸そっか? 今度みんなで取替えっこしよーよ」
「あっ、それいい!」
 なんだかなー。女ってこーいう服選びみたいのが好きなわけ?
 それに比べて――
『…………』
 全員の視線が一人に集まる。
「そんなに見るな。わたくしは見せ物ではない!」
「お姫様、それはないんじゃない?」
「黙れ! そもそもなぜ貴様のほうが馴染んでいるのだ!」
 シェーラの格好が変というわけじゃない。モデルと言っても十分通用するだろう。ただ緑がかった金髪と褐色の肌というだけあって、やっぱ浮いてる。ちなみに暗殺者――セイルはオレの服を窮屈そうに着ている。銀色の髪は物珍しくはあるけどシェーラほどではない。
「見てくれはこれでいいとして、次はどこに住まわせるかだよな」
「ここにみんなを泊まらせる……わけにはいかないよね」
 椎名の発言に苦笑してしまう。一日二日ならどうにかなるけど、ずっとっていうわけにはいかないもんな。どこか部屋を借りるとしても、そんな大金あるわけないし――
「いいよ。ボクが面倒みたげる」
「いーのか?」
「ボク、これでも『剣の一族』だよ? 少なくとも大沢の家よか物分りいいと思うけど」
 確かに。急にオレの家族と対面させるよりも諸羽に任せた方が確実だろう。むしろオレとしては『剣の一族』そのものに興味があるんですけど。
「このままだとラチがあかないっしょ? ここはボクに任せてよ」
 そこまで言い切られると何も言えない。結局、空都(クート)の人間は諸羽に一存することになった。
「じゃあ私学校行ってくるね」
 腕時計を見ながら椎名が言う。
「もしかして部活?」
 そっか。だから制服着てたのか。
「……先ほどから気になってはいたのだが、マリィの格好はなんだ?」
「そう言えばノボルも初めて会った時、今のシーナと似たような格好してたわね」
 お嬢と公女様が物珍しそうに制服を見ている。
「そのへんの話はまた今度にしよ。今日くらい主役を休ませてあげないと。みんなも疲れてるっしょ?」
 諸羽が半ば強引に話を打ち切る。
「……と言うわけで、ボク達も一回家に帰ってくるね。まずは親に連絡しないと」
「頼むな」
「任せといて。じゃあまたね!」
「じゃあ私も。行ってきます」
 バタン! とドアが勢いよく閉められる。

「…………」
 騒がしかったのが嘘のよう。家が静寂を取り戻す。
「……オレ、前世で何か悪いことでもしたかなー」
 一人になった家の中で呆然とつぶやく。でもそう考えないとやってられない。
 学校行って、ボールを顔面にくらって異世界について。壷で殴られて再び地球へ。それからまた異世界へ。高校生になってから全く高校生らしからぬ二重生活をして。
「……じゃなかったら呪われてる?」
 いつの間にか公女様の護衛と極悪人の弟子になってて。いつの間にか暗殺者に狙われることになってて。しかも舞台が異世界から地球に変わって。
「はー……」
「そんなにため息ばっかついてると幸せ逃げちゃうよ?」
「!?」
 振り返ると、さっき帰ったはずの諸羽(もろは)がいた。
「一つ、聞きたいことがあって来たんだ」
「……聞きたいことって?」
「大沢。キミって地球人だよね? 人間だよね?」
 真面目な顔して何を言うかと思えば。『実は異世界から来た伝説の勇者です』とでも言えばよかったのか?
「当たり前だろ? 正真正銘、オレは地球生まれの高校生だっての」
「……ここに来る前、自分で言ったセリフ覚えてる?」
 ここに来る前――ああ、時空転移のことか。急に体の力が抜けて、そこから記憶がきれいにとんだんだった。
「変わってたんだ。色が。髪と……目」
 ためらいがちに、でもしっかりとオレの目を見て言う。
「誰の?」
「キミしかいないっしょ。一瞬だったからなんとも言えないけど。ボクの見間違いかなぁ。どう見たって今のキミは日本人だし」
「前言ってた『危険なリスク』ってやつなんじゃない?」
「そーかも。……うん、そうだよね」
 真面目な顔をぱっとほころばせて言う。
「じゃあ今度こそ帰るね。今日はお疲れさま」
 ポンポンと肩を叩くと、さっきと同様バタン! と勢いよくドアを閉めて出て行った。
「…………」
 再び静寂を取り戻した家の中で。自分の部屋に戻るとドサッとベッドに倒れこむ。
 疲れた。本当に疲れた。
 でも余計なおまけつきとはいえ、シェーラをこっちに連れてこられたんだから結果オーライだよな? 残された問題もあるにはあるけど。
「……ま、なんとかなるさ」
 一人きりの部屋で。そうつぶやくと深い眠りについた。

 こうして、オレの『平穏無事な安眠』ならぬ『平穏無事な日常』は崩れていくこととなった。
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