EVER GREEN

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第四章「夏の日に(前編)」

No,10 剣の一族

 彼女に再会したのはあれからきっかり一週間後のことだった。
「ふわぁー」
 あくびをかみ殺しながら、階段を下りる。
 『剣』と『竜』を探してはいるものの、手がかりは一向につかめない。時間は刻々と過ぎていく。こんなんで本当に大丈夫なのか?
「……って言ってもしょーがないよな」
 焦ってもどーにもならないし。顔でも洗ってすっきりするか。
「……ん?」
 そこにはエプロン姿の椎名がいた。
「あれ? 部活は?」
「今日からお盆過ぎまで休みなの。せっかく時間もあるしお菓子作ろうと思って」
 よく見ると、テーブルの上に料理の本が置いてある。開きっぱなしのページには『誰にでもできる美味しいカップケーキの作り方』と書かれてあった。
「もう少ししたらできあがるから。昇くんも食べてね」
「オレ、甘いのは……」
 第一、朝っぱらからケーキなんて……とは言えなかった。
「そうなんだ」
 心なしか肩がシュンとうなだれている。
「いや、食べる。そのくらいなら大丈夫だし」
「……無理しなくていいよ?」
 沈んだ声のまま、上目遣いでこっちを見る。
「してない、してない。朝飯まだだし。ちょーど腹もへってたんだ」
「ほんと?」
 そのとたん、椎名の顔がパッと明るくなる。
「じゃあちょっと待ってて。あ、朝ごはんまだだよね。昨日の残り物なんだけど、大丈夫?」
「大丈夫。へーき、平気」
 オレって、とことん椎名に甘い。っつーか、意識しすぎ。前はここまで露骨じゃなかったのに。原因はわかってる。あれだ。
 霧海(ムカイ)に行って、神殿の中で椎名が襲われた時。オレはただ夢中で狼の彫像を実体化させた。ちなみに像はすぐに壊れてしまった。なんでも創作者の腕が未熟だと効果は長続きしないんだそーだ。
『嘘偽りのない純粋な気持ち。それがないとせっかくの道具も台無しになってしまうからね』
 リザの言葉が頭から離れない。確かに気持ちに嘘はなかった。けど、これってあれだ。一時的なものだ。一つ屋根の下に同世代の女子がいたら誰だって意識はする。それだけだ。
 それにしても……
「椎名、何かいいことあった?」
「え?」
「なんか嬉しそうだから」
 今だって鼻歌なんか歌ってるし。いつもなら到底考えられない。
「いいことがあったってわけじゃないけど。……予感がするの」
「予感?」
「これからいいことがおこりそうな、会いたかった人に逢えるような……そんな感じがするの。変かな? こんなのって」
 会いたかった人に逢える。それはあながち嘘じゃない。
 オレがシェーラを、空都(クート)の人間をここに連れてこようとしているのは事実だ。ひいてはシェリアやショウ、アルベルトだってこっちに来ることも決してありえない話じゃない。
 そしたら椎名は――
 ピンポーン。
 チャイムの音が思考を中断させる。
「オレ出る」
 軽くかぶりをふりながら玄関に向かう。
 ダメだ。マジでやばい。頭がそっち方面のことばかり考えてしまう。第一、椎名にはショウがいるだろ。
「どちら様で――」
 今までの雑念を振り払いながら玄関のドアを開ける。
 そこにいたのはショート・ボブの女子だった。
「大沢昇(おおさわのぼる)君、だよね?」
「そーですけど……?」
「よかったぁ。捜したんだ。大変だったんだから」
「はぁ」
 オレ、こんな女子知らない。同じクラスにはいなかったよな。
「『オーサワ』って言ってたから、もしかしたらこっちの人じゃないかって思ってたんだ。そしたらドンピシャリ」
「あのー。どこかで会いました?」
 全然話が見えないんですけど。
「そっかぁ。あれから一週間たってるもんね。この前はどうもありがとう」
 目の前の女子が頭を下げる。
「へ?」
 オレお礼を言われるようなことなんて何もしてないぞ?
「道を教えてくれたじゃん。ボクはじめてだったから全然わからなくて」
 道って――
「……もしかして、山菜取り手伝ってくれた?」
「そうそう。お師匠様大丈夫だった? ……って、どうしたの? 壁に手なんか置いて」
「悪い。ちょい考えさせて」
 確かに道を教えた。山菜取りを手伝ってもらった。
「アンタ……もしかして、モロハ?」
「うん。草薙諸羽(くさなぎもろは)。ちまたじゃ『剣の一族』って呼ばれてるよ」
 黒髪に同じ色の目、黄みがかった肌――と、限りなくオレの祖国の人間に近い容姿。
 当たり前だ。祖国に近いじゃなくて、祖国の人間――日本人なんだから。だからってそう簡単に剣が――
「『剣の一族』!?」
「だからそう言ってるじゃないか――って、なんでまた壁に手を置くかなぁ」
「いや、つい……」
 確かに『剣』が場所か人の名前かと思ったことはあった。けどこんな近くにいるとは思ってもみなかった。第一初めて会ったのは空都(クート)だぞ?
「昇くん、お客様?」
 玄関でのやり取りが気になったのかエプロンをつけたまま椎名がやってきた。
「あー。ごめん。お邪魔だったかな?」
『?』
「キミの彼女じゃないの? なかなかやるね」
「なっ!」
「姉のまりいです。はじめまして」
 うろたえるオレとは対照的に、椎名が笑って答える。
 ……そーだよ。これが現実なんだ。変な考えはもうやめよう。空しくなるだけだし。
「そうか。お姉さんか。ボクは諸羽(もろは)。剣の一族だよ」
「え、『剣』って……」
「まりいちゃんって呼んでいい? ボクも諸羽(もろは)でいいから」
「う、うん……」
 オレも椎名も、あまりの展開についていけてない。
 そりゃそーだ。『剣』にたった一週間で遭遇するなんて。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「うわー。美味しそう! ほんとにいいの? ごちそうになって」
「たくさん作りすぎたから」
 立ち話もなんなので、場所を台所に移すことになった。
 オレの目の前には切干大根の煮物(昨日オレが作った)、椎名とモロハ――草薙の前にはできあがったばかりのカップケーキと紅茶が置いてある。
「草薙さんっていくつなんですか?」
 紅茶を注ぎながら椎名が言う。
「だから諸羽(もろは)でいいって。歳? 15。高校一年生」
 ……タメだったのか。絶対年下だと思ってた。
「剣の力が必要なんだよね? いいよ。協力したげる」
 紅茶を飲み終わると草薙はそうきりだしてきた。
「いーのか? そんな簡単に引き受けて」
「道を教えてくれたお礼。あ、紅茶もう一杯お願いしていい?」
「『情けは人のためならず』って本当だったんだ……」
 紅茶を注ぎながら椎名がぽつりとつぶやく。
 椎名、それなんか違う。
「まりいちゃんって面白いねー。いつもこうなの?」
「……時々」
 こんなに話がとんとん拍子で進んでいっていいものなんだろーか。まあオレとしては好都合だけど。
 鍵を握る『剣』――草薙は二杯目の紅茶を飲み終えるとこう言った。
「まずはキミの師匠の所に連れて行ってよ。話はそれからだ」

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「普通の女の子じゃない」
「ふざけるのもいい加減にしろ」
 草薙を連れて行った時の反応がこれ。オレもそう思ったけど事実は事実だもんな。
 ちなみに草薙の格好はこの前と同じくチェック柄のスカートにノースリーブのシャツ。長いスカーフもしっかり首に巻きつけてある。
「ノボル、本当なのか?」
 ショウだけがオレの話を真面目に聞いてくれている。他のやつらも見習ってほしいよ、ほんと。
「ええと、あなたが極悪人のお師匠様ですよね。ボク……私は草薙諸羽(くさなぎもろは)。剣の一族の末裔です。空都(クート)の名前だとソード・レインディア。『三つの力を束ねる者』って言った方がわかりやすいかな?」
 『剣』が極悪人にぺこりと頭を下げる。
「……本当みたいですね」
 極悪人が軽く目をみはる。
「そういうことでよろしく。シェリア、師匠さん、ショウ、シェーラ」
「なんでアタシ達のこと知ってるの?」
「大沢に色々聞いたから。けっこう苦労してるみたいだね。みんなのことずっとグチってたよ?」
 確かにこの前話した。主に極悪人に対してだけど。一緒に旅してて、相手に不満を一つも持たない人間なんていないはずだろ?
「色々……ね。一体どんな話をしたのかしら」
「後でしっかり聞かせてもらいましょうか」
 周りの視線が妙に痛いのは気のせいということにしておこう。
「草薙も協力してくれるって言ってるからいーじゃん。これで残りは『竜』だよなー」
「お前、無理矢理話題を変えようとしてないか?」
 外野は黙ってろ。
「諸羽(もろは)でいいよ。よそよそしくするより早く打ち解けた方が早いっしょ?」
 周りの空気はなんのその。草薙――諸羽がけたけたと笑う。
「地球人って本当に変な奴の集まりだな」
「そうね」
「うむ」
「……本っ当に空都って好き勝手言うのが好きな奴の集まりだよな」
 とりあえず、オレに言える精一杯の皮肉を口にした。
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