EVER GREEN

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第四章「夏の日に(前編)」

No,1 夏の始まり

「ふっふっふ」
 学生にとってこれほど嬉しいことはない。
「やった、やったぞ……」
 進学クラスじゃないから自分で申し込まない限り課外もない。部活もやってないから学校に行くこともまずない。
「夏休みだーー!」
 声も高々に、ここに来てはじめての嬉しい絶叫がこだまする。
「ナツヤスミって何?」
「何って――」
 満面の笑みのまま顔を声の主の方へ向ける。
「…………」
「どーかした?」
 明るい茶色の瞳に、なんとも間抜けな自分の顔が映る。
「……現実って厳しい……」
「なによそれ!」

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 オレ、大沢昇(おおさわのぼる)。県立楠木(くすのき)高校に通う15歳。ごく普通の高校生のはず――だった。今日は7月18日。終業式も無事終わり、これから40数日の夏休みに突入するはず――だった。
 なんで『だった』のかというと――
「へーっ。じゃあノボルはずっとこっちにいられるんだ」
会話している相手が日本人じゃない。ついでに言えば地球人でもない。
「一ヶ月ちょいだけな」
 目の前にいるのは金髪に明るい茶色の目を持つ公女様ことシェリア。公女様ってのは早い話がお姫様もしくは領主の娘なわけで、でもぜんぜんそれらしくない。ちょっと手を加えれば姉に似ているという事実が発覚したばかりだけど、まあその話はおいとこう。
「課題はないんですか? 試験の成績は?」
 爽やかな、かつ絶対何か裏があるような笑顔でやってきたのは極悪人ことアルベルト。
 なんで極悪人かと言うと、こいつとの出会い自体が最悪だったから。普通初対面の人間を壷で殴るか? しかも強制的に弟子にされてるし。でも口だけじゃなくて本当に強い。認めたくないけど師匠と言うだけはある。
「これを見よ!」
 その師匠にすかさず差し出したのは期末テストの答案。
「すごーい。頑張ったんだ?」
「まーね」
 シェリアの歓声に素直に喜ぶ。今回はとにかく頑張った。っつーか、前回があまりにもひどかったから真面目に勉強した。
 英語80、数学87、現文82、古文81、化学80、現代史80、音楽83。順位は320人中28番。これほどいい点は今までとったことがない。
「これもひとえに私のおかげですね」
「なに寝言言ってんだよ」
「英語と数学は誰が教えたと思ってるんです?」
「…………」
 それについては反論できない。
 こいつは『学生時代にやったものと似ていますね』と言って数学だけならまだしも英語まであっという間にマスターしてしまった。当然、日本語は熟知すみ。……こいつ人間じゃない。
「霧海(ムカイ)の時みたいに外国語ってわからないの?」
「……地球じゃ無理だった」
 オレには精霊や異世界の言葉が理解できるという特殊能力? があるらしく、日常でも活用できないかと実際に試みたものの、横文字は横文字にしか聞こえなかった。この特殊能力、通用するのは異世界だけであって本来の自分の世界――地球では全く役にたたないものらしい。それにしても英語を異世界の住人に教えてもらっているオレって……。
「それだけ学問ができるのに、なぜ剣の腕は上達しないのだ」
 答案を片手に失望のため息をもらしたのはシェーラ。褐色の肌に緑みがかった金髪と翡翠(ひすい)色の目を持ち、黙っていれば文句なしの美少女。でも実際はとてもいい性格をしたわがままお嬢。あまりの我がままっぷりに当初はストレスがたまったものだ。
 どーやらわけありらしく、最近まで自分が男だという事実をずっと隠していた。それがわかった今はお互いにズケズケ言いあうようになった。
「それとこれとは別! テストだってこっちは必死こいてやってるんだ!」
 なんで『だった』なのか。答えは簡単。オレが半異世界の住人と化してるからだ。
 なんで地球のごく普通の高校生のオレがこんな場所にいるか。それは誰にもわからない。
 極悪人曰く『奇跡に近い確率の偶然』だとか。とにかく気がついたらここに――空都(クート)にいたわけで。かといって元いた世界に戻れないかというとそーでもないわけで。色々あって今は高校生・公女様の護衛・神官の弟子という三つの肩書きを持っている。
「で? 今はどこに向かってんの?」
 答案を持ってきたスポーツバッグにしまい行き先を尋ねる。
「ゴアリですね」
「それって……」
 今までの記憶をたぐりよせる。それって確か――
「そゆこと」
 シェリアが――公女様がこともなげに言う。
「そっか……」
「そういうことです」
「何が『そういうこと』なのだ?」
 事情を知らないシェーラだけが怪訝な表情を見せるもそれは無視。
「終わるんだよな。このドタバタとした日常とおさらばできるんだよな?」
「そういうことになりますね」
「だから何の話をしているのだ?」
 お嬢が隣で騒いでいるも再び無視して一人感慨深げにつぶやく。
「長かった。本当に長かった……」
「そうですね。長い旅路でしたね」
「だから……!」
 キンッ!
「少なくとも、これからはこんな目に遭わなくてすむんだよな?」
 お嬢の三日月刀を模擬戦用の剣でかろうじて受け止めながら再び感慨深げにつぶやく。
「そうですね。そのためにも……」
「そのためにも?」
「まずは二手に別れないといけませんね」
 いつもと変わらぬエセ笑顔に、でも瞳には明らかに別のものを宿らせて極悪人はそう言った。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「これはこれはシェリア様。お久しゅうございます」
「お久しぶりです。領主様もお元気そうでなによりです」
 ドレスの裾をつまみ、公女様がうやうやしくお辞儀をする。
 ここはゴアリ。旅の終着点。
そもそもオレはシェリアとアルベルトの旅に無理矢理付き合わされたんだった。旅の目的はここの領主に親書を渡すこと。それが終われば、はれてオレは自由の身。
「それで今回の御用件は?」
「父から書状をうけたまわって参りました。どうぞ」
 にこやかな笑みと共に書状を領主に手渡す。
「たったお一人でここまで来られたのですか?」
 親書を受け取りながら領主が軽く目をみはる。
「本当はわたくし一人でもかまわなかったのですけれど。父がそれを許してくれなくて」
「それはそうでしょう。こんなに可愛らしい方を一人で旅立たせるなんて。そのようなことを許す親などどこにもいませんよ」
「まあご冗談を」
 ほほほ、という鈴を転がすような声(と表現するんだろーな、この場合)があたりに響く。『可愛らしい』ねぇ。まあ否定はしないけど。
「冗談などではありませんよ。周りの貴族が放っておかないのでは?」
「いやですわ。領主様ったら本当に口がお上手なんですもの」
 水色のドレスに白いハイヒール。顔にはうっすらと化粧をほどこし、アップにした金色の髪にはアクアクリスタル――故郷の宝石で作られた髪飾りがはめてある。
 女って切り替えが早いなー。つくづく感心してしまう。
「こんなに可愛らしい方と二人旅だなんて、従者の方もさぞかし気が気でならなかったでしょう?」
「……は?」
 急に話をふられ従者=オレだと気づくまで数秒かかった。
「そうしているとまるで恋人みたいですわね」
 領主の隣にいた奥さんらしき人がオレ達を見て笑う。
「はは。そんなわけ――」
「ええ。彼はわたくしの最も信頼する従者ですわ」
「…………」
 女って怖い。格好を変えただけでこうも変わるとは。とてもオレには真似できない。
「どうなさったの? 気分が優れませんか?」
「いや、別に……」
 なんか本当に眩暈がした。意味でだけど。
 本来ならここに同席しているはずの人物、アルベルトはいない。なぜならシェーラのお守りをしているから。
 シェリアが公女だということをあいつは知らない。わざわざ教える必要もないしもめ事を起こさないためにも二手に分かれようということで、こうなった。
 なんでオレがシェリアの方についたかというと――オレにもわからない。気がついたらアルベルトから借りた神官服を身に着けて公女様の隣に立つことになっていた。でもこれで最後なんだ。今日くらい目をつぶろう。
「大丈夫です公女様。オレ……私のことなどお気になさらずに」
 大サービスとばかりに極悪人がいつもしているような爽やかな笑み(エセ笑顔とも言う)を浮かべ片膝をついて公女様の手をとる。もしかしなくても異世界に来るようになって確実に演技がうまくなってないか? オレ。
「いいえ。あなたにもしものことがあればシェリアは……」
 シェリアもシェリアでうっすらと涙をうかべながらオレの手を握り返す。こいつもこいつで、なかなかの演技力だ。
「どうぞ今夜はこちらでおくつろぎください。従者の方もお疲れのようですし」
「いやオレ、別に疲れてなんか……っ!?」
「心遣いありがとうございます。さっそく御好意に甘えさせてもらいますわ」
 素に戻ったオレの足を周りから見えないようヒールのかかとで思いっきり踏みつけると、公女様はにこやかにそう言った。

 こうしてオレの長いようで短い夏が始まった。
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