EVER GREEN

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第四章「夏の日に(前編)」

No,0 プロローグ

『ある名前をもつ人物をどんな形でもいいからつれて来い。性別、年齢、生死は問わない。もし関係者がいればそいつの口を封じろ』
 これが上からの命令。まあ、見事に失敗しちゃったんだけど。

 うーん。少し違うか。
 本当は連れの男を始末してさっさと依頼の奴を連れ帰るつもりだった。
 けど隠れ蓑にしていた男に腹がたって殺ってしまった。ああいう奴って見ていて本当に腹が立つ。ぼくが手を貸さなきゃ何もできないくせに一体何様なんだか。
 むしろターゲットと連れの男の方に興味がわいた。はじめはただの軟弱者かと思っていたけど、なかなかどうして。腕っ節は弱いのに、それがこうも見事に友情ごっこしてるんだら。まったく、やりにくいったらありゃしない。
 まあ、こういうのは見ていて嫌いじゃない。度が過ぎると殴りたくなるけど。だからしばらく見逃すことにした。ほら、殺すことならいつでもできるけど生かしとくってなかなかできないだろ? ぼくって親切だから。
「……って思ってたらこれかぁ」
 そのままテーブルに突っ伏す。
 ここはサンクリシタ。カザルシアと、とある国の境界線上にある街。
 組織の情報網を使って先回りをしたのはいいけれど奴等はいっこうに姿を見せない。仕方ないからこうして酒場で暇をもてあましてるわけだ。
「あー。暇、暇、暇ー」
 ここに来てもう三日になるのに、本当に誰も来ない。まさかあいつら死んだんじゃないよな。
「だったら部屋で寝てろよ」
 ビールを片手に栗色の髪の男が同じテーブルに座る。
 この男の名前は――忘れた。ここまで一人で来るのはさすがに骨だったから、たまたま街道で居合わせたこいつと一時だけのパーティを組むことにした。そうしてかれこれ一週間。今では時々食事を共にする仲だ。
「ほら」
 ビールの入ったジョッキをぼくの目の前に置き、そいつは自分の目の前に置いたものを黙々と食べ始めた。
「さんきゅー」
 ちなみにぼくは右も左も知らない一介の旅人ということになっている。いくらなんでも『ぼくの職種は暗殺者です』なんてことは言えないし。
「あのさー。一つ聞いていい?」
 ビールを口につけながら言うと目の前の男は視線だけぼくの方に向ける。
「なんで酒場でそんなもの食べるの?」
「…………」
 目の前の男は質問には答えず黙々とそれを――チョコレートパフェをたいらげていた。
(甘党の男ってモテないぞ)
「うるさいな。人の勝手だろ」
 ぼそっとつぶやくと素早い返事が返ってきた。少しは気にしているらしい。
 この男、見た目は普通だが正直強い。この前だって獣をさほど苦戦することなくしとめていたし。もし一体一でやりあったらどうなるかわからない。まあ、ぼくだって実力をだしたってわけじゃなかったけど。
「――ん?」
 ジョッキの置かれた紙製のコースターに文字が書かれてある。目の前の男の表情から察するに、こいつは何も知らないらしい。と言うことは――
「…………」
 紙にざっと目を通すと丸めて床に捨てる。 なるほど――ね。
「言われなくてもわかってるっつーの」
 誰にでもなくぼやくと再びテーブルにつっぷす。
「ごめん。ぼく行くわ」
 ぼやいていても仕方がない。
 残りのビールを一気に飲みほすとイスから立ち上がる。
「暇じゃなかったのか?」
「さっきまでそうだったんだけど。急に用事が入った」
 笑顔で男に片手を差し出す。
「短かったけど助かったよ。えーと……」
「ショウ・アステム。こっちこそ助かったセイル。機会があればまたどこかで」
 男が――ショウが差し出した手握る。
「へー。名前覚えててくれたんだ」
「そのくらい旅をする奴なら当たり前だろ?」
「肝に命じておくよ」
 旅人の顔でそう言うと、出口に向かって歩き始めた。

『ある名前をもつ人物をどんな形でもいいからつれて来い。性別、年齢、生死は問わない。もし関係者がいればそいつの口を封じろ

 その者の名は――シェーラザード』
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