EVER GREEN

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第三章「海の惑星『霧海(ムカイ)』」

No,9 『お兄ちゃん』の妹

「二人とも早く早く!」
 神殿の中に入ると、そこには頬をふくらましたリズさんがいた。
「ごめん。ちょっとカリンさんと話してて」
「カリンくんと……って、ノボルくんってホモ?」
「違うっ!!」
 再び、心の底から否定する。
「冗談だよ? 今の」
「…………」
 真顔で返事が返ってきた。なんか調子狂うよなー。
「ああいう人なんです。僕も同じような目にあいましたから」
 隣でカリンさんが苦笑する。
「カリンくん〜?」
「僕、先に行ってますね」
 リズさんの視線に危険なものを感じ取ったのか、それだけ言うと、そそくさと先に行ってしまった。
 後には残された二人だけ。
「えっと……」
 あいさつはさっきしたし。一体何をどう話せばいいものかと考えていると、
「はい。これ」
 手の上に何か冷たいものを置かれた。
「お兄ちゃんに頼まれてたの。君の力になってやれって」
「オレの?」
「お兄ちゃんに言ってたんでしょ? 『好きな時に好きな場所へ行ける道具を作ってくれ』って」
 確かに言ってた。正確にはオレの安眠を守るための道具だけど。
 異世界に行くようになってはや三ヶ月。初めのころに比べれば慣れたけど精神的にはやっぱきつい。いくら眠っていてもどちらかの世界では身体が動いてるってことだし。これじゃ休まる暇がない。
「道具が作れるかどうかはわからないけど、これが必要になると思うからあげとくね」
「サンキュ。でもこれって何?」
 深い青のガラス体。とても薄いものでできているらしく、力を入れたらそれだけで崩れてしまいそうだ。
「うろこ」
 笑顔でオレの手の中にあるものを指差す。
「……は?」
「わたし、ネレイドだから。カリンくんから聞かなかった?」
 確かにそれらしきことは聞いた。でも『ネレイド』って種族がどーいうものなのかよくわからないし。それに……
「わたしと握手した時、何か感じたんでしょ」
 考えていたことをずばり言い当てられ、表情が固まってしまう。
 確かに感じた。一瞬だけの妙な違和感。人ではないということとは別の『何か』。なんでそんなことを感じたのかはわからないけど、『何かが違う』それだけははっきりと感じた。
「それが普通。君の場合は特にね。君は普通とは違うもの」
「それならもう聞き飽きたって」
 いつもこのパターン。『オレには隠された才能が!?』とか期待させといて、実はなんでもありませんでしたとか、意味のない能力でしたとか。
「本当よ? だって君は『竜の加護を受けし者』だから。『時を紡ぐ旅人』だから」
 なんだよ。それ。
「君、心に闇を――深い傷を負ってるでしょ?」
 笑顔のまま、指をオレの手から胸の方に移動させる。
「なんだよ。それ」
 今度は声に出して言う。
 深い傷って――まあ、全く当てはまらないというわけではないけど。でもそれだってとっくの昔に克服したし。
「それって誰にでもあるんじゃないの? 誰だって忘れたい過去の一つや二つあるだろ」
 苦笑しながらそう答える。でも目の前の女子には聞こえていないようだった。
「君の奥底にあるものは、後悔と強い自責の念。いつまでそれをひきずっているの?」
 目をつぶり、淡々と語りかけてくる。
「でも、それだけじゃない。強い希望、願い。生きたい――って、必死になって叫んでる。哀(かな)しいくらいにね」
「アンタは一体……?」
「哀しみの刃は心の奥に眠っている。それを引き抜くことができた時、君は――汝(なんじ)は全てを終わらせる鍵となろう」
「…………」
「そのうち封印はとかれる。
 忘れないで。君は決して強くはないけど、弱くもない。君は君が思っている以上に皆に愛されてるってことを」
 一体、何のことを言われているのかわからない。わからないけど、ここだけはちゃんと聞いておかないといけないような気がした。
「……アンタは一体誰なんだ?」
 同じ質問を紫の瞳を持つ女子に問いかける。
「わたしはリズ。お兄ちゃんの妹」
 そう言うと、元の表情にもどった。リザとは別の意味で表情がよく変わる人だ。
「早く行こう。皆待ってるよ?」

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「二人とも、早く早く!」
 今度は頬をふくらませたシェリアの姿があった。
「悪い。ちょっと話し込んでて……って、もしかして待ってた?」
「そう、と言いたいところなんだけどね。行き止まりなんだよ」
 マリーナさんが苦笑しながら近づいてきた。
「行き止まり?」
「そう。あるのはこれだけさ」
 言葉通り、目の前には壁しかなかった。
 大きな壁画と左右には虎と竜の姿をした彫像。二つとも深い青。オレがさっきまで作ってたのとは比べ物にならない。
「おかしいなー。さっきはちゃんと道があったんだけど」
 リズさんが首をかしげる。
「綺麗な絵……」
 シェリアが感嘆の声をあげる。確かにその絵は綺麗だった。
 二人の女性。
 一人は目をつぶり、祈るような姿で膝をついている。
 もう一人はその人の肩に手をかけ瞳をまっすぐ前に向けている。まるで姫君を守る騎士のような雰囲気だ。
「一体誰が書いたんだろうね、こんなもの」
 マリーナさんが興味深そうに絵の周りをうろつく。
「大昔の英雄……ってわけでもないか。そんなに古いものでもなさそうだし」
 絵の具がまだ新しい。誰かが最近書いたものなんだろう。
「君はこの絵を見て何も感じないの?」
「すごい絵だとは思うけど」
 それは一般的な意見であって。絵そのものに思いいれは感じない。
「あれ、下の方に文字が書かれてありますよ?」
「ほんと。ノボル、読める?」
 そう言ってシェリアがオレの方を見る。
「オレ翻訳機じゃないって。原住民のカリンさんに読んでもらったほうが早いだろ」
「それが僕も読めないんです。古代の文字みたいですね」
「へ? そーなの?」
 てっきり霧海(ムカイ)の文字だと思ってた。
「リズさんわかりますか?」
「ちょっと待って。ええと……」
「この絵……」
 今までずっと黙っていた椎名が口を開く。
「この絵! 一体誰が書いたの!?」
「椎名?」
「教えて! 一体誰が書いたの! この人達は今どこにいるの!?」
 いつもより紅潮した顔でリズさんの肩をゆさぶる。
「椎名、落ち着けって!」
 呼びかけるも、彼女の耳にはオレの声は届いていない。
「椎名!」
 椎名の手をリズさんから離し、代わりに彼女の両肩を強くつかむ。
「あ……」
「落ち着いた?」
 肩をつかんだまま、明るい茶色の瞳を見据える。
「ごめんなさい。私……」
 よかった。いつもの椎名だ。さっきまでのせっぱつまったような表情はもうない。
「リズさんもごめんなさい。大丈夫?」
 明るい茶色の瞳が紫の瞳を心配そうにのぞいている。
「大丈夫よ。そんなに強い力じゃなかったし。それよりも……君達って恋人?」
「なっ!?」
 リズさんの何気ない一言に体が硬直する。
「違うの? 今のやりとり見てたらなんとなく……」
「そんなわけ……!」
「ううん、姉弟。私が昇くんのお姉さんなの」
 あせるオレとは裏腹に、椎名が冷静に答える。
(姉弟……アルもなかなかやるわね)
『?』
「こっちの話。それでどうする? 引き返す?」
 絵を背景に、自由の身になったリズさんがため息をつく。
「ここまで来て帰るのは嫌よ!」
「同感だ。あの者に文句を言わなければわたくしの気がすまない」
「でしょ?」
 鼻息も荒く、公女とお嬢がガッシと手を握る。……ずいぶん息が合うようになったな、お前ら。
「ノボルくんはいい?」
「いいもなにも、反対したら袋叩きにあうって」
 ため息をつくと、改めて行き止まり――絵と彫像を見る。
「こーいうのってさ、普通何か仕掛けがあるよな」
「仕掛け?」
 絵の角に手を置きながらシェリアが振り返る。
「例えば、この絵を動かすとか……」
「あ、開いた」
 カチっと音がすると、絵の先には階段があった。
「隠し通路ですね。一体誰が作ったんでしょう」
「…………」
 なんて簡単な作りなんだ。
「でも、動かしたとたん罠があるとか……」
「……何か、変な音がするんだけど」
『ゴゴゴゴ』という、いかにもな地響きが聞こえてきた。
「これがアンタの言う『罠』ってやつかい?」
「…………」
 なんてセオリー通りなんだ。
「……あの像、動いてない?」
「ああ。動いているな」
 認めたくないけど、目の前の彫像は確かに動いていた。
 なんて、なんて……!
「嘘だろーーーーー!?」
 霧海(ムカイ)に来て二度目の絶叫が神殿にこだました。
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