EVER GREEN

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第三章「海の惑星『霧海(ムカイ)』」

No,5 三つの世界

 お嬢に殴られた腹は見事にアザになっていた。
「あのヤロー、普通殴るか?」
 地球に戻ってきても、昨日の一件が気になるわけで。
 ダン、ダン、ダンッ!
「誰が『ノボルは疲れているようだ』だ。お前がやったんだろーが!」
 うさばらしもかねて、こうして昼休みにバスケをしている。
「これでもし寝てたりしたら、絶対ただじゃおかねーからな!」
 シュッ!
「覚えてろよ!」
 ……パシッ!
「……って、なんでこっちに投げるんだよ?」
 こっちに向けて投げられたボールを両手でつかむと、そこには唖然とした表情のクラスメート達がいた。
『いや、今日のお前、いつにもまして気合が入りまくってるなーって』
「気合? どこが」
「どこが……って」
「どうみても気合入ってるだろ」
「だな」
「うん」
「そだな」
「シュートなんかいつもははずすのに今日はスポスポ入ってるし」
 ここぞとばかりに言いたい放題しゃべりまくる。ちなみに、最後の一言は坂井だった。
「……そう?」
『そう』
 そんな全員でハモらなくても。
「あのさー。これ頭に……」
 手にしていたバスケットボールを差し出そうとして、首をふる。
「やめた」
『は?』
「なんでもない。続きやろ」
 そう言って、再びバスケに専念する。
 あと少ししたら嫌でも空都(クート)に強制送還だもんな。焦ることもないだろ。
『やっぱ今日の大沢って……』

 とはいえ。気になるのものはやっぱり気になるわけで。
「ただいまー」
 授業が終わると速攻で家に帰った。
「お帰りなさい。早かったわね」
「あれ、母さん?」
 なんで母さんがこんな時間に家にいるんだ?
「今日は休みだったのよ。こんな時くらい母親らしいことしなきゃね」
 オレの考えていることをみすこしたのか、エプロン姿の母さんが言う。
「何が食べたい? 今日は昇の好きなもの作るわよ?」
 おたまを片手に、母さんが嬉々として言う。
「……あー、ごめん。今日夕飯いらない」
「体の具合でも悪いの?」
「うん……まあ、そーいうとこ」
 そうこうしている間に時間はどんどん過ぎていく。母さんには悪いけど、今日だけはすぐ空都(クート)に行きたい。
「大丈夫? 熱でもあるんじゃない?」
 そう言って手をオレの額にあてる。
「ただの寝不足だから大丈夫だって!」
 罪悪感と気恥ずかしさから、母さんの手をどけてそっぽを向く。
「あ……ごめん。寝たら大丈夫だから」
「そう? 無理しちゃダメよ?」
 オレの顔が赤いのに気づいたのか、母さんがくすくすと笑う。
「……心配してくれてありがと。おやすみ」
 それだけ言うと、そそくさと二階へ上がった。
「よし」
 短剣に着替え一式。リザからもらった工具セットに念のためのカッターと筆記用具……参考書。忘れ物はない。時計も6時50分にセットした。後は寝るのみ。
「おやすみー」
 誰にでもなくそう言うと、普段より早い眠りについた。
「昇くん、体、大丈夫?」
 そんな声を遠くに聞きながら。
「……昇くん?」

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「シェリア? シェーラ?」
 部屋には誰もいなかった。二人の姿は見えない。まさか……
「シェリアさんならここにはいませんよ? 散歩に出かけました」
 代わりに姿を見せたのはカリンさんだった。
「……二人で?」
「いいえ。彼ならそこに」
 シェーラは壁にもたれて眠っていた。こいつ、絶対寝ないとか言ってたくせに。
「おい、起きろって」
 呼びかけるも、お嬢はなかなか目を覚まさない。
「無理に起こさないほうがいいですよ? 朝方まで起きていたみたいですから」
 朝方までずっと――だぁ?
「気になるんですか?」
「別にっ!」
「意地をはらないほうがいいですよ?」
 そう言って、さっきの母さんと同じような笑みを向ける。
「……もしかして、カリンさん人で遊んでません?」
「ははは」
 その笑顔が妙に怪しい。
 やっと笑いをおさえると、カリンさんが真面目な顔をして言った。
「一つ、聞きたいことがあるんですけどいいですか?」
「……何?」
 はじめて見る表情に、思わず姿勢を正してしまう。
「ノボルさん、あなたは何者なんですか?」
 何者って……。
「……あなたは僕の仲間ではないんですか?」
 緑色の瞳でオレを見据え、真剣な表情で詰めよってくる。
「いたって普通の人間ですよ。一つだけ違うのは、三つの世界の、こことも空都(クート)とも違うとこから来たってだけで」
 そう答えると、カリンさんはがっくりと肩を落とした。
「すみません。オレ悪いこと言いましたか?」
「いいえ。気にしないでください」
 って、全然『気にするな』って感じじゃないんですけど。もしかして、この人もわけありなのか?
「……仲間を捜していたんです。僕の姿を見たでしょう? 僕は人間じゃない。人獣――『ワーウルフ』なんです」
 聞いたことがある。オレ達の世界で言う狼男だ。
「今まで色々な場所を旅してきました。でも僕の種族はどこにもいない。
 あなたを見て、ひょっとしたら僕の仲間ではないかと思ったんです。この髪は、ここではとても珍しい色ですから」
 なるほど。そーいうわけがあったのか。でもオレは日本人だからこの色――黒髪なわけで。なにより正真正銘の人間だし。
「カリンさんは、ずっと仲間を捜してるの?」
「はい。もっとも手がかりはまだつかめてませんけど」
「……ごめん」
 協力したいのはやまやまだけど、本当に知らないから協力のしようもないし。
「あやまらないでください。僕が勝手に思い込んだだけですから」
 その表情があまりにも悲しそうで、なんか罪悪感が残る。
「……あのさ、オレからも一つ質問していい?」
「いいですよ。僕で答えられることなら」
 悲しげな表情をくずしたのを確認すると、今度はオレの方が真面目な顔をして言った。
「カリンさんは……死を目の前にしたことがありますか?」
「?」
「あの、そのっ。いきなり今までとは違うものを見せ付けられて、そこから逃げ出したくなったことはないかって……ああ、オレなに言ってんだろ」
 言葉がうまくまとまらない。
 この前、文字通り人の死を目の当たりにした。(まぁ自分も殺されそうになったけど)。嫌なことを思い出して、ただ必死に逃げて。本当にろくなことがなかった。正直、こんな場所からすぐに離れたいと思った。でも、それってなんか釈然としない。
「あなたの世界は平和なんですね」
 紅茶の入ったカップをこっちに差し出しながら、カリンさんが苦笑した。
「まあ、平和……なのかな? 嫌なことだってあるけど」
 その嫌なこともせいぜい勉強くらい。あとは友達とバスケしたり、寄り道したり。命の危険にさらされるようなことはまずない。
「ここも、そんなに悪くはないですよ?」
「え?」
「少なくとも、僕はこの世界で百年以上暮らしています」
 その一言に、思わず飲んでいた紅茶を噴出してしまった。
「……カリンさんって、一体いくつなんですか?」
「百八十歳です」
「…………」
 オレにはどー見ても二十歳前後にしか見えない。この世界の年齢の感覚って……。
「どうやらあなたの世界とは時間の感覚が違うみたいですね」
 苦笑したまま自分のカップに口をつけると彼は続けてこう言った。
「どこの世界にいても逃げ出したいことの一つや二つあるんじゃないんですか? そう気難しく考えることはないと思います」
「……そーいうもんですか?」
「そう、ある人に言われたんです。最も、僕の場合は逃げられないんですけどね」
 確かにそうだ。どんな場所へ行っても問題は必ず起こる。地球だろうが空都(クート)だろうが霧海(ムカイ)だろうが、それは変わらない。要は、それにどう対処していくかなんだよな。……少しだけ、胸のつかえがとれたような気がした。
「それはそうと、行かなくていいんですか?」
「行くって?」
「シェリアさんのところですよ。あなたの彼女じゃなかったんですか?」
「違いますよ。オレの連れです」
「でも気になるんでしょう? 彼女のことが」
「…………」
 否定はできなかった。
 シェリアは、空都ではじめて逢った女子。決して嫌いじゃない。ただ昨日のことがあっただけに―― なんか、気になる。
「早く行ったほうがいいですよ。見うしなったら大変ですから」
「そうっすね」
 紅茶を飲み終え、カップを置く。なにはともあれ、捜しに行くにこしたことはないだろう。
「そうだ。もう一つ言い忘れてました」
「何?」
「あの人形よくできてましたよ。前に聞いてましたよね。『これ、お前に見える?』って」
「ははは……」
 確かに言ってた。もっとも狼の時にだったけど。
「じゃあオレ、シェリアを捜してきます。話、聞いてくれてありがとう」
 カリンさんにお礼を言うと、部屋を後にする。

 この数十分後、オレはシェリアを発見する。
 その前に、ある人とありえないはずの再会を果たすことにもなったけど。
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