第三章「海の惑星『霧海(ムカイ)』」
No,3 それは果てしなく険しい道
結局、カリンさんの持ってきた地図を中央に広げ、四人で作戦会議をすることになった(スカイアはもう消えている)。通訳は当然オレ。
「あなた達とはさっき会いましたね。挨拶が遅れてすみません。言葉が通じなかったもので」
二人――シェリアとシェーラの方を見ながらカリンさんが申し訳なさそうに言う。
「なんて言ってるの?」
彼の方を見ながら、シェリアがオレの服を引っ張る。
「『挨拶をしようと思ったけど言葉がわからなくてうまく話せなかった』って言ってる」
「なんだ。それはお互い様よ。気にしてないわ……って、そう伝えてくれる?」
「『こっちは気にしてない』そうです」
「ありがとうございます。……そう伝えてもらえますか?」
彼女の方を見ながら、カリンさんがオレに話しかける。
「あのー。オレを通訳機代わりに使うのってやめてくれる?」
「ああ、すみません」
「そうよね。ごめんなさい」
どうやらオレの言った言葉は二人に通じたらしい。ずいぶんと器用な能力だ。
咳払いを一つすると、彼に二人を紹介することにした。
「こっちの二人はオレの仲間っつーか、友達です。女子の方はシェリアって言って、そっちの一見女に見えるような男はシェーラ」
「誰が『女に見えるような』だ」
あ、聞こえてたか。
「わかりますよ。彼はどう見ても男性です」
「……って言ってる」
「わかっていればいいのだ」
カリンさんの言葉を伝えると、シェーラ――お嬢は満足げにうなずいた。カリンさんは大人だった。少なくともお嬢よりは。
「シェリアの方は、えーと……」
指で頬をかくと、彼女についてこう言った。
「まあ見たまんまです」
「なによ、それ!」
こっちにもしっかり聞こえてた。これってある意味器用貧乏な能力?
「それで、リドックってどう行けばいいんですか?」
再び咳払いをして、ようやく本題に入る。
「そうですね。リドックへ向かう手段は二つ。一つはこのまままっすぐ。もう一つは街道沿いの道を通るか。どちらのルートを進むかは皆さんにお任せします」
「街道沿いを行ったらどうなるの?」
「獣が多いですね。多少の戦闘の心得が必要になります」
「まっすぐ行ったら?」
「先ほどのルートよりも短時間でリドックへたどり着けます。ですが……」
「街道沿いの道よりも獣が多いとか?」
「いえ、獣はむしろこちらの道の方が少ないと思います」
「だったらわざわざ遠回りしなくても、このまままっすぐ行けばいーじゃん」
「それとも、カリンさんに不都合があるんですか?」
公女様が尋ねると、彼は首を横にふった。
「いえ、僕には何の不都合も害もありません。ですが……」
そう言って、意味ありげな視線をオレの方に向ける。
……なんか、すっごい嫌な予感がする。しかも、とてつもなく嫌な予感が。
「あのー、やっぱり……」
オレが言うより早く、
「ノボルならなんとかするわ。大丈夫。彼ってこう見えても逆境に強いんだから!」
「ノボルのことは考えるな。話を続けてくれ」
二人がオレを押さえつけて話を進める。……って、勝手に話を進めるな!
「じゃあ、せめてオレに不都合な理由教えてくださいよ」
押さえつけられた二人の腕をどけて話を促すと、
「……いいんですか?」
カリンさんは同情的な視線をオレの方に向けた。……ムチャクチャ気になるんすけど。その視線が。
「いいの!」
「わたくしが許す!」
案の定、さっきと同じく二人は強引に話を進めようとするし。
「……お二人は何と言っているんですか?」
こいつら、実はちゃんとカリンさんの話が通じてるんじゃ……
「……話を続けてください」
ため息をついて話を促すと彼は申し訳なさそうに、こう言った。
「そこは、女性しか通れない場所なんです」
「それって……」
ある考えが浮かび、強制的にそれを排除する。
「選ぶのは自由です。僕はどちらでも案内できますから」
視線の意味がようやくわかった。こうなったらオレのとるべき道はただ一つ。
「なあ。ここは『急がば回れ』ってことで――」
『まっすぐ行く!』
「…………」
二人の息のあった一言に思わず口をつぐむ。ちなみに二人の背後から『もし反対したらタダじゃおかねーぞ』みたいな、どす黒いオーラが感じられた。
「ノボルさん、どうします?」
「……まっすぐ行ってください……」
オレにできたのは、涙ながらに二人の意思を彼に伝えることだけだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ファンデーション塗って、口紅は……そうね、この色がいいかしら。あ、動かないで! 口紅がずれちゃうじゃない!」
「やめろ!!」
街道沿いを行く道は強制的に却下された。もう一つの道を行くには、女性しか通れないわけで……要するに、女装をしなければならない。
「あとはこれ着れば完璧! ……ノボル?」
「今からでも遅くない! もう片方の道にしよう!」
最後の抵抗とばかりに必死に公女様をなだめる。
「ダメよ。ここまで来たんだから。もう引き返せないわ」
それはお前らだろーが!
「いい加減にあきらめろ。わたくしだってやっているのだ」
すでに女装(っつーか、この前まで着ていた服を身に着けている)を終えたお嬢が同情的な視線を向ける。
「お前と違ってオレは普通の男なんだ! どう考えても無理があるだろ!!」
「…………」
お嬢は無言でオレに近づいたかと思うと、オレの両腕をつかみ、はがいじめにした。
「今のうちだ。化粧をするのだろう?」
「やめろーーー!」
「シェーラ、ナイス!」
嬉々としてシェリアが口紅を片手に迫ってくる。
「公女様がこんなことしていーのか!?」
「いーの! 何事も経験が必要ってアルベルトも言ってたし」
ちくしょー! こいつもなんか間違ってるし!
「シェーラ、お前もいいかげん離せよ!」
必死に抵抗を試みるもお嬢は男。それなりに力がある。
「って、オレも男だ! お前より力はある!」
強引に腕を振り解こうとした――が、別の手によってそれをさえぎられた。
「すみません。多分こうしたほうがいいと思うので……」
「カリンさん、ナイス!」
この場で唯一の味方だと思っていた人にもあっさり見放されてしまった。
なあ、実はお前ら言葉ちゃんと通じてるだろ?わからないなんて嘘だろ?
「やめろー! やめてくれ!! ……頼むからやめてください……」
抵抗の声は、いつしか涙声に変わっていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「……はい。こんなもんでしょ」
シェリアが化粧道具をしまう。
「意外。すっごい意外。ノボルって男の子なのに、こうしてるとちゃんと女の子に見えるわ。背もそれなりにあるはずなのに」
「……嬉しくない」
「鏡見てみる?」
そう言って嬉しそうに鏡を差し出す。
「……怖いからやめとく」
誰が好き好んで自分の女装姿なんか見るか!
「いいからいいから!」
そう言って顔を無理矢理に鏡の方へ向けさせる。
「…………」
絶句。としか言いようがない。
黒のロングヘアーのヅラは、ずれないようにカチューシャで固定されている。普段より若干白くなった顔にローズピンクの唇。極めつけは、水色の上着に若草色のロングスカート。もちろん中にはズボンを着用している。
「…………」
絶対、家族には――椎名にだけは、こんな格好見せられない。
椎名って言うのは、(くどいようだが)オレの義理の姉。本名は大沢まりいで昔の苗字は椎名。なんだかんだあって、いまだにオレだけが彼女を昔の苗字で呼んでいる。
もしこんな格好で鉢合わせしようものなら、オレの人生が終わってしまう。
「なかなかさまになっているではないか」
「それは嫌味か!」
「事実を述べているまでだ」
もう怒る気にもなれない。ちなみにこいつは前回の件で慣れたらしく、むしろ堂々としている。
「……確かに『僕は何の不都合もありません』だよな」
恨みたらしく視線を目の前の狼に向ける。
「クゥ……」
狼――カリンさんが申し訳なさそうに鳴く。
いくら女性しか入れない場所でも、動物は関係ないだろう。オレも能力が身につくなら、何かに変身できる能力のほうがよかった。
「いいよなー。女装しなくてもいい人は」
そう言うと、カリンさんはますます申し訳なさそうに鳴いた。
「カリンさんにあたっても仕方ないでしょ」
「そりゃそーだけど……って、何してんだ?」
視線をシェリアの方に向けると、オレのスポーツバックから何かを取り出そうとしていた。
「面白そうだからアタシも変装してみるの」
そう言って取り出したのは、自分のそれと同じくらいのサイズのヅラだった。ただし焦げ茶色。
「……なんで、こんなのが入ってんだ?」
「用心のためよ。アタシ一度誘拐されたことあるし」
「そなたのような者をさらって得をするような人間がいるのか?」
シェーラが心底驚いた顔をする。
「どーいう意味よ!」
シェリアが公女ってことは伏せてある。もしものための用心なんだそうだ。でも誘拐されたってのは初耳だ。
「誘拐された時、勇敢な友達がこれを使って助けてくれたってわけ」
オレの言いたいことがわかったのか、ヅラをかぶりながらシェリアが言う。
「要するに、そいつとお前が入れ替わったってこと?」
「そーいうこと」
「無理があるのではないか? 変装をしてもそれこそ時間稼ぎにしかならないだろう。よほどの演技力があれば別だが、それこそ姿形が瓜二つの者でなければ……」
「それがうまくいくことだってあるのよ」
パチ、パチ、とヅラをはめる音がする。
「それよりも、それ(ヅラ)がオレの荷物の中に入ってたって事実の方が気になるんですけど」
「気にしない気にしない。いいじゃない。そんなに重くないんだから」
焦げ茶色の髪(セットが終わったらしい)がオレを見ずに言う。
「レディーファーストよ。いーでしょ?」
「あのなー」
肩に手をかけてヅラの主を強引に振り向かせる。
「…………」
「どーかした?」
再び絶句。
焦げ茶色の髪に明るい茶色の瞳。目の前にいたのは、まぎれもない椎名――椎名まりいだった。