第三章「海の惑星『霧海(ムカイ)』」
No,2 オレの能力?
『私達の世界では、この世には三つの世界があると言われています。海の惑星、空の惑星、地の惑星。まあ『地の惑星』を『地球』と呼ぶように、他の二つにも正式名はありますが。
ここはそのうちの一つ、『空の惑星』です』
前に極悪人からそんな説明を受けた。
『そう。『海の惑星』出身。オレ達は『霧海(ムカイ)』って呼んでるけど』
前に、魔法よろづ屋商会の会長がそんなことを言っていた。
『事実は小説よりも奇』とは言うけど、まさか自分がそんな目に遭うとは思っても見なかった。
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「こないな、あいつ」
「こないわね」
「…………」
シェリア、シェーラと再会して三十分。あいつ――アルベルトは依然として姿を見せない。
「ほんとに来るって言ったの?」
「言ったわよ! 本当ならみんなで来るはずだったんだけど、アルベルトったら他の人と話し込んでいたからアタシ達だけ先に……」
「じゃあ、あいつはシェリア達がオレを迎えに行ったってこと知らないんだ?」
『…………』
二人がお互いの顔を見て黙り込む。もしかして、この二人計画性ないのか?
軽くため息をつくとシェリアに向かって言った。
「とりあえず、その場所に案内してくれる?」
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『急用ができたので先に行きます。リドックで会いましょう』
アルベルトがいたと思われる場所には誰もいなかった。代わりに置いてあったのはこの紙切れ一枚だけ。
「一体どういうつもりなのだ! 人をからかうのもいい加減にしろ!!」
そう言って紙切れを握りつぶしたのは気の短いお嬢ことシェーラ。
お嬢――とは言っても、れっきとした男なんだが、初めて会った時に女装してたもんだからその印象がまだぬぐえない。緑みがかった金色の長い髪に褐色の肌。切れ長の翡翠(ひすい)色の目で見つめられると正直迫力がある(なにせ美人だし)……が、あいにくオレにはそーいう趣味はない。
「アタシがいけなかったのよね。せめて迎えに行ってくるって一言言っておいたら……」
お嬢とは対照的に、肩を落としているのはシェリア。金髪に明るい茶色の瞳を持つミルドラッドの公女様。とは言っても服装や言葉遣いからして全然それらしく見えないけど。
「そーでもないよ」
『?』
オレの言った一言に二人が振り返る。
「普通なら気づくだろ。連れが二人もいなくなったんだ。おまけにオレは置いてきぼりだったし。二人がどこへ行ったかぐらい簡単に見当がつく。でもあいつはオレ達の所には来ないであえて先を急いだ……」
「アタシ達がノボルの元へ行ったことをわかってて、三人で来いって言ってるのね?」
「そーいうこと」
「…………!」
お嬢の褐色の肌に赤みがさす。
「あんまり怒ると血圧上がるぞ」
「お前は悔しくはないのか?」
「あいつには何度もひどい目に遭わされてる。もう慣れた」
「お前……」
シェーラは何かを言いかけようとして首を軽くふり、オレの肩の上に手をポンと置いた。
……なんか、その哀れむような眼差しが妙にムカつく。
でも、なんか気になる。
アルベルトがいくら極悪人とはいえ、普通、見知らずの場所に人を置き去りにするか?
まあ、あいつだからと言ってしまえばそれまでだけど。いつもの気まぐれなのか、それとも本当に――
「リドックってどこか知ってる?」
聞きたいことは山ほどあるけど、とにもかくにも合流しないことには話が進まない。
「ううん」
シェリアが首を横にふる。
「じゃあ地図持ってる?」
「持ってないわよ。まさかこんなことになるなんて思ってもみなかったもの」
そりゃそーだろ。気がついたら異世界でしたって状況が何度もあってたまるか。
……オレはその状況に何度もあってるけど。
「シェーラは?」
そう聞くと、彼も同じく首を横にふる。
「八方ふさがりか。まいったなー」
ふーっとため息をつく。
「そのわりには妙に落ち着いているな」
「異世界に飛ばされたのってこれで二度目だぜ? さすがに慣れた」
これだけ立て続けに尋常じゃないことが起こるとそれなりに度胸もつくってもんだ。まあ、こーいうことに慣れたもあったもんじゃないだろーけど。
「ノボルってすごいのね」
シェリアが感嘆の声をあげる。
「見直した?」
「うん。すごい」
「…………」
「どーかした?」
「……別に」
慌ててそっぽを向く。こう素直にほめられると……なんか照れる。
「ノボルをもう一度気絶させてみるというのはどうだ? 以前のように『地の惑星』から何か役に立ちそうなものを持ってきてもらえば……」
「却下」
お嬢の提案を即効で取り消す。殴られるのはもう嫌だ。
「冗談に決まってるじゃない。ね、シェーラ」
「……当然だ」
そう言いつつも、舌打ちをする音がはっきりと聞こえた。
……お前、絶対本気だったろ。
「冗談はさておき、まずはこの状況をどうにかするか考えなければなるまいな」
オレのジト目に気が引けたのか、お嬢がわざとらしく咳払いをする。
「そーだな。ここにいても何も始まらないし……ん?」
スポーツバックの中が光っている。
「おい、どーしたんだ?」
バックの中から発光体――風の短剣を取り出して呼びかけると、スカイアが姿を現した。
《誰かが来たようですよー》
「来たって誰が?」
《うーん。気配からしてさっきの獣みたいですけど》
「そーいうことは早く言えよ!」
慌てて短剣を持ち直す。
《ひっどーい。ノボルが困ってると思ってせっかく出てきてあげたのにー》
「はいはい。で? この状況をどーにかできるような案があるわけ?」
《あるわけないじゃないですか。もう一度使っちゃったし》
「え? あれって一日一回しか使えないの!?」
「……誰と話をしているのだ?」
オレとスカイアの会話をさえぎり、シェーラが怪訝な顔をする。
「あ、そーか。二人ともコレの声聞こえないんだっけ」
「一瞬緑色の女の子が見えただけ。でもすぐに消えちゃったわ」
《ちゃんとここにいますよー》
隣でスカイアが呼びかけるも、二人の視線は明らかに違う方向を向いている。
本当に精霊と話が出来るって珍しいことなんだなー。色々なことがありすぎて、どれが当たり前でどれがそうでないのかの区別が全くわからない。
「あなた達の言うところの『風の精霊』ですよ。その方は確かスカイアと呼んでいましたが」
第三者の声に一同がはっとして振り向く。そこにいたのは長身の男だった。
本当に高い。多分190くらいありそうだ。年は二十歳前後。漆黒の髪に緑色の目――ん?
「あー! アンタ! もしかしてさっきの!?」
ほんの少し前の出来事を思い出しこえをあげる。
「勝手にいなくなってしまってすみません」
それを肯定するかのように長身の男はそう言って頭を下げた。
「やっぱりさっきの狼ってアンタだったんだ」
そーか。それで『気配からしてさっきの獣みたい』か。
「じゃあアンタはこいつが見えるんだな? でもなんで狼になってたんだ!?
……あ、すみません。初対面なのに馴れ馴れしくて」
つい興奮して喋ってしまった。それに対して男は笑顔でこう答えた。
「いいですよ。普通に話してもらってかまいません。あの姿をしていた僕も悪いし。
ノボル……と、彼女は言っていましたね。はじめまして。僕はカリンと言います」
スカイアを指差し、長身の男――カリンさんが頭を下げる。
「こちらこそはじめまして。オレ、大沢昇って言います……ん?」
二人が物珍しそうにこっちを見ている。
「なんだよ? どーかした?」
「ノボル……もしかして、その人と話が出来るの?」
シェリアがおずおずと聞く。
「当たり前だろ?」
「当たり前って……」
「お前、いつこの世界の言葉を学習したのだ?」
シェリアより先に、シェーラが疑問を口にした。
「なんだよ、『この世界の言葉』って……」
ふと、頭にある考えがよぎる。
「もしかして……二人とも、この人の言葉がわからない!?」
そう聞くと、今度は二人が首を縦にふった。
「当たり前じゃない。アタシ達初めてこの世界に来たのよ? 世界共通の言葉があるならともかく、そうじゃないんだからわかるわけないでしょ」
「オレ、空都(クート)に来た時は二人と普通に話せてたじゃん」
「なら……なぜお前は、わたくし達やその者の言葉が理解できるのだ?」
「あ」
国や世界が違えば使われる言葉も違う。当然といえば当然のことなのに、今までまったく気がつかなかった。
《ノボルの能力って、誰とでも話ができるってことだったんですねー。すごーい》
スカイアが感心している。
『もしかしたら君は、人とは違う力を中に秘めるタイプの人間なのかもしれない』
前にリザ――アルベルトの親友がそう言っていたのを思い出す。なんでも異世界に転送された場合、必ず何かの能力が身につくんだそうだ。それがこれ。……要するに、ドラ○もんの『ほんやくコンニャク』食べたような状態になるってこと!?
「…………」
確かにすごいのかもしれない。
すごいことなのかもしれないけど、これってめっちゃくちゃ地味な能力だよなー。
『事実は小説よりも奇』その意味を改めて実感したような実感しなかったような、そんな一日だった。