EVER GREEN

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第三章「海の惑星『霧海(ムカイ)』」

No,12 エピローグ

「……よし」
 午後4時30分。制服のブレザーを脱いで私服に着替える。
 準備はできた。後は寝るのみ――
「昇くん、ちょっといい?」
 と、そこでドアをたたく音がした。
「椎名? 開いてるからいーよ」
 少しして制服姿の椎名が入ってくる。
「その格好……もしかして空都(クート)に行くの?」
「まーね」
 私服の上に着ているのは以前シェリアからもらった空都(クート)製の上着。肩にかけたスポーツバッグには風の短剣に工具セットその他もろもろ。まさに異世界ルックだ。
「椎名も来る?」
「私は遠慮しとく。忘れ物を取りにきただけだし」
「確かにこれ以上部活さぼったら大変だもんな」
 椎名が霧海(ムカイ)にいた時間は地球時間にして約三日。オレと同じく眠ると他の世界へ行ってしまう体質らしく、学校の部活は体調が悪いということで休んでいた。
「うん。でも久しぶりに異世界に行けて楽しかった」
「はは……」
 オレなんか異世界行くのなんてしょっちゅうだぞ! しかも半強制だぞ! とはさすがに言えず、ただ曖昧な笑みを返すことしかできなかった。
「……不思議な人達だったね」
 そう言って窓の外へ視線を移す。
「そーだな……」
 椎名にならい、オレも窓の外へ目をやった。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 神殿の中にあった空色の球体を使ってオレ達はそれぞれの世界へ帰った。増幅装置となったオレは帰るなり即ダウン。おかげでしばらくは動けなかった。
 霧海(ムカイ)の三人組とリザには神殿の中で別れた。
 リザ曰く異世界を行き来すると言うことはそうたやすいことじゃない。あの人達(人じゃなかったっけ)と会うことはもうないだろう。少なくともあの兄妹を除いては。
 リザについては二つエピソードがある。

 一つは彼の妹リズさんに感じた違和感を言った時のこと。
「どうしてそう思うんだい?」
「根拠はないけど、オレ達と違う……あ、オレ達って『人間』とかカリンさん達みたいな種族とはまた違う……えーと」
「いいから。続きを言ってみなよ」
 一瞬いいよどむも青い目に促されてそのまま感じたことを口にした。
「『創られた』ような気がするんだ。誰かが意図的に手を加えたというか」
「…………」
「ごめん。今の忘れて」
 慌てて取り繕う。そーだよな、自分の身内をそんなふうに言われて怒らない奴はまずいない。しかもオレの思い込みだろーし。
「……君にはつくづく驚かされる。なら、どうするべきかもわかっているよね?」
「……まーね」
 なんでそんなふうに感じたのかは自分でもわからない。わからないけど軽々しく口にしてはいけない。リザはもちろんだけど、リズさんとはまたどこかで会うような気がした。

 もう一つは木彫りの狼のこと。
「うん。初めてにしては上出来。オレの目に狂いはなかったよ」
「なんであんなふうになったんだ?」
 ただの木彫りが狼に、しかも動くなんてどう考えてもありえない。
「それはこれがそういうものだからさ」
 木彫りを片手に片目をつぶる。
「そーいうものって?」
「元々これは道具を作る道具なんだ。これを使えば道具に命を吹き込むことができる――早い話が付加効果をつけられるんだ」
「そんなもの、どーしてオレに?」
「決まってるじゃないか。君にしかできないからだよ」
 オレにしかできないこと? それって――
「それってノボルに特別な才能があるってこと?」
「まあ確かに。才能と言えば才能ですね」
 珍しくアルベルトが肯定している。これってもしかして本当に……?
「特別って、オレ以外の人じゃできないの?」
「誰にでもできますよ」
「?」
 答えはあっさり返ってきた。
「これは創作者が自分の手で作らないと効果がないんだ。しかもそれらしく見えるものじゃないとまったく意味がない。さらに時間がかかるときたもんだ」
 それって……
「つまりは根気と要領がよくないと長続きしないってことですね」
 オレの予想通りの答えを極悪人が言ってのけた。
「普通だと三日で飽きるんだよなぁ。その点ノボルは粘り強い。オレの目に狂いはなかったよ」
 オレを見ながら満足そうにうなずく。
「確かに一つの才能だな」
「アタシには無理ね」
「…………」
 期待したオレがバカだった。
「あともう一つの大切なものもそろっていたしね」
「大切なもの?」
「うん。それは――」

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「昇くん。『もう一つの大切なもの』って何?」
 視線を元に戻し椎名が問う。
「ずっと気になってたの。あれって何?」
 明るい茶色の瞳が不思議そうにオレを見つめる。
「それは――」
「それは?」
「…………」
「昇くん?」
 もう一つの大切なもの。それは――
「ごめん。もう行かなきゃ。眠くなってきたし」
 話を半ば強制的にさえぎると毛布をかぶり眠りにつく。
「……おやすみなさい」
 椎名の声が遠くで聞こえた。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「危なかった……」
 深く息を吐くと、スポーツバッグを肩にかけなおす。
「何が危なかったのだ?」
「うわっ!」
「『うわっ!』とは何だ。人がせっかく待っていたというのに」
 そう言って手にしていた片方をオレに投げてよこす。
「悪い悪い」
 渡されたのは飾り気のない剣。ただし刃はつぶしてある。
「さっそくはじめるぞ」
 お嬢が三日月刀――じゃなく、オレと同じ模擬戦用の剣を構える。
「……今から?」
「実力を確かめなければやりようがないではないか。強くなりたいのだろう?」
「…………」
 もう一つの大切なもの。それは――
『これを投げた時、君は何を考えていた?』
『何って、ただ助かりたいって……』
『他には?』
『…………』
『そういうことさ。嘘偽りのない純粋な気持ち。それがないとせっかくの道具も台無しになってしまうからね』
 あの時の気持ち。……確かに嘘はなかった。でも自分でもよくわからなかった。
「そもそも、なぜわたくしがお前の相手をしなければならないのだ。師匠に頼めばいいではないか」
「それじゃ意味がないんだよ。……見返したことにならないだろ」
 けど強くなってあいつを――師匠を見返してやる。その気持ちにも嘘はない。
「ならば手加減は無用だな。……いくぞ」
 声とともにシェーラが切りかかってくる。
「どこからでもこい!」
 そう言うとオレも剣を握り締めた。

 この数分後、地面にひれ伏すオレの姿があったということは言うまでもない。
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