EVER GREEN

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第二章「わがままお嬢のお守り役」

No,7 玉ねぎと三日月刀

「…………っ!」
 涙で視界がさえぎられる。
「……やっぱ、こっちの玉ねぎも結構目にくるもんだな」
 なんて事を言いつつ、新たに玉ねぎ(空都『クート』製)をきざむ。
 五月十九日。
 手元にあるのは包丁、まな板、数学の問題集。
 ここは宿の台所。
 他の三人はここにはいない。温泉で療養中。『何の療養だよ!』と聞いたら『シェーラの心の療養です』と極悪人に返された。お詫びに帰ってくるまでにごちそうを作って待ってろとのこと。あのヤロー、絶っ対わざとだ。そもそもこの件に全然関係してねーじゃねーか。
 シェーラさん――今さら『さん』づけしてもしょうがないか、シェーラは相変わらずのわがままっぷりを発揮している。でもあれ以来、それほど無理難題を言ってくることは少なくなった。オレの一言が効いたのかシェリアや極悪人に説教されたのか。本当のところは本人に聞かないとわからない。
 ルーを入れておたまで中身を数回かき混ぜる。よし、あとは煮込むだけ。
 今日のメニューはカレー。理由は簡単、作るのが楽だから。ちなみにルーは日本製。
 親父が再婚するまでは飯はオレと親父の当番制――いや、オレの方が多かった。小さい頃はなれない手つきで作ってたから、ジャガイモなんか原型がわからないくらいガタガタで煮込む時間も適当。だからとてもじゃないけど食えたものじゃなかった。でもそれを口にするたびに親父は『うまい』を連発していた。その一言が嬉しくて、次の日から何度も料理に挑戦した。
 今思えば、単にオレに家事をやらせたかっただけだよな。結構単純な性格してたんだな、昔のオレ。
 それにしても――
「飯くらい自分で作れよ! 本当はただ偉ぶってるだけで何もできないんじゃねーのか?」
 ギィ――
 やべ、極悪人か?
 思わず身構えるけど違った。
「シェー……ラ?」
 入ってきたのは、わがままお嬢。でも他の二人はいない。
「そなた一人か?」
「う、うん」
 仲直り(?)はしたものの、この前のことがあっただけに気まずい。
『…………』
 気まずい。本当に気まずい。
「……温泉は?」
 あまりにも気まずかったから、こっちから声をかける。
「逃げ出した」
「温泉嫌いなの?」
「いや」
「じゃあシェリアが嫌いだとか?」
「そうじゃない。時々うっとうしく感じることもあるが」
 それって『嫌い』と紙一重じゃないか?まあ、本人がそう言うのならそうなんだろう。
「それじゃあ――」
 他の理由を探していると、急に顔を近づけられた。
「な、何?」
 その距離わずか三センチ。わがままお嬢だけど、美人には変わりない。これだけ密着すれば当然のごとく顔が赤くなる。それを知ってか知らずか彼女は話を続ける。
「ノボル、そなたは口が堅いか?」
「……秘密は守る方だと思うけど」
「そうか……」
 そう答えると、顔を元あった位置にもどし、下を向く。
「?」
 そのまま考えるようなそぶりをしていたが、やがて覚悟を決めたように顔を上げる。
「いつまでも隠し通せる事ではないからな。そなたに話す」
「え?」
 再び近づけた距離は五センチ。
「よいか、これから話すことは誰にも言うな」
「う、うん」
 イマイチ状況がつかめないけど、どうやらただ事ではないらしい。
「わたくしは――」

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「おいしい! これ何ていう料理?」
「カレー」
「かれー?」
「オレんとこの一般かつ庶民料理」
 玉ねぎはあるのにカレーは存在しないのか。
 時刻は地球時間で午前二時。引き続き台所を借り、四人で遅い昼食、オレにとっては夜食をとる。
「少し辛すぎますね。健康のためには香辛料を控えた方がいいですよ」
「だったら食うな」
 そう言って皿をひったくろうとすると、
「食べなかったら作った相手に対して失礼でしょう」
 逆に手首をひねられた。ついでに勢い余って地面に衝突。……ものすっげー痛かった。
「だったらその相手に失礼なこと言うな」
 顔をさすりながら極悪人を睨みつける。けど当人はそ知らぬ顔でカレーを食べている。
「そんなことないわよ。おいしい。ね、シェーラ」
「……ああ」
「……なんで間があるの?」
「気にするな」
「? ふーん」
 さして気に留めた様子もなくカレーを食べ始めるシェリア。
「シェーラ、さっきはなんでいなくなっちゃったの?」
『え』
 オレとシェーラの声がハモる。
「せっかく二人で入ろうと思って準備とかしてたのに」
『ゲホッ、ゲホッ!』
「……なんで二人して咳き込むの?」
「……なんでもない」
「そうそう、気にするなって」
 二人、思い思いの方角に視線をやる。
「そう?」
 シェリアが不思議そうな顔をしているもあえて無視。
 そりゃ入れないだろ、普通は。
「ねえシェーラ、なんで?」
「う……」
 お嬢が助けを求めるようにこっちを見る。ったく。
「着替えを忘れてここまで取りに来てたんだよ」
「?」
「さっき自分でそう言ってたじゃん。そーだろ?」
「……そうだ。着替えもなしに湯船に入るわけにもいかなかったからな」
「なんだ、そうだったの」
 彼女はあっさり納得してくれた。
「それならそうと早く言ってくれれば良かったのに。着替えの服ぐらい貸したわよ」
「いや、遠慮する」
 そりゃ遠慮するだろ、普通は。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「ふーっ」
 食事を終えてやっと一息つく。
 ここは宿の寝室。三人はここにはいない。後片付けくらい自分達ですると、台所で洗い物中。
 ギィ――
「…………」
 訂正。いないのは二人だった。
「二人にはもう話したの?」
 小さくため息をつき、声の主に話しかける。
「……いや」
「気持ちはわからないこともねーけど、早く話したほうがいいぜ。このままだと、余計ややこしくなるから」
「言われなくてもわかっている!」
 声の主――シェーラの声がとがっているのがわかる。けど今となってはそれほど危機感を感じない。
「どーだか」
 だからこんなセリフも自然と口にできる。
「貴様……」
 スッと、翡翠(ひすい)色の目が細くなる――
「って、おい!」
 気がつけば目の前に三日月刀を突きつけられていた。
「わたくしを怒らせた貴様が悪い」
「だからって、刃物はないだろ! っつーか、どこから出したんだよそれ!」
 これにはさすがに危機感を覚える。本当にどこから出したんだ!
「常に身に着けているのが常識だろうが」
「知らねーよ、そんな常識!」
 オレは生粋の日本人なんだ!
「ならば覚えておくことだ。これが空都(クート)の常識だ!」
 そう言って、シェーラはオレに切りかかってきた。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「……いつの間にこんなことになってたの?」
 遠くで、洗い物から帰ってきた二人の声が聞こえた。
「いいの? あれ」
「麗しい友情ですよ。友情を壊してはいけません」
「そーいうものなの?」
「まだまだ勉強が足りませんね。あなたもいずれわかります」
「ふーん。わかったわ。アタシも友情を見守ることにする」
「それがいいでしょうね。ああ、ノボル、シェーラ、部屋の物を壊してはいけませんよ。やるなら外でおやりなさい」
「……多分、聞こえてないと思うわ。逃げるのに必死だもの」
 後でシェリアからこのやり取りを聞き、極悪人に殺意を覚えたのはまた別の話。

 シェーラに追い回されること一時間。『友情』を深めたおかげで翌日筋肉痛になったことは言うまでもない。
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