EVER GREEN

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第二章「わがままお嬢のお守り役」

No,12 お嬢の正体

「昇くん!」
 目を開けると、そこには椎名の姿があった。
 椎名はオレの義理の姉で、本名は大沢まりい(旧姓、椎名まりい)。中学の時の名残もあってオレだけが昔の呼び方で呼んでいる。
「……えーと……」
「大丈夫?」
 明るい茶色の瞳が心配そうにのぞいている。
「時計……」
 時刻は8時20分。タイムリミットの7時はとっくにすぎている。
「目覚まし時計のこと? 私が止めたの。そのままにしたほうがよかった?」
「ううん。サンキュ」
 それで倒れずにすんだのか。
「苦しそうだったから、本当は起こそうとしたんだけど、起こさないほうがいいような気がしたから。気分はどう?」
「まあ、ちょっとだるいかな?」
 まさか殺人現場を目撃して吐きそうになりましたとは言えない。
「じゃあ私、学校行くね」
「あ、オレ……」
 ベッドから起き上がろうとするのを椎名の手がさえぎる。
「昇くんは寝ていた方がいいよ。先生には私が連絡しておくから。鍵、かけておいた方がいい?」
「うん。……ごめんな、遅くまで付き添わせて」
「気にしなくていいよ。昇くん、今日は寝てないとダメだよ?」
 そう言うと、彼女は階段を降りていった。

 帰って――きたんだよな。死んで――ないんだよな?
 ゆっくりと体を起こすと、今まで着ていた服を脱ぎ、別のものに着替える。
「ん?」
 肩の傷がふさがっている。正確には、傷跡は残っているものの、出血は完全に止まっている。……なんで?
「あっちで聞くしかないか」
 身支度を終えると、今度は疲労からきた睡魔に身を任せた。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「ノボル!」
 目を開けると、そこにはシェリアの姿があった。
「あ……えーと……」
「大丈夫?」
 明るい茶色の瞳が心配そうにのぞいている。
「……椎名とおんなじこと言うんだな」
「なにそれ?」
「なんでもない」
 自分で言って、苦笑する。……これってなんか似てないか?
「肩の傷はどう?」
 目の色が同じだからか。なんてことをぼんやりと考えつつ、声の主の方を向く。
「うん。それが――あれっ?」
 傷がきれいにふさがっている。
「もしかして、シェリアが治してくれたの?」
「うん。でもあたし一人じゃ無理だったから、アルベルトに手伝ってもらったの」
「あいつ、術なんか使えたんだ?」
「仮にもアタシの術の師匠なのよ? それくらいお手のものよ」
「『仮にも』とはなんです」
 話題の主が現れる。
「術ってすげーよな。どんな傷だってすぐ治るのか」
「傷によるわよ。傷があさければなんとかなるし、どんなに術者が優れていても、その人が死ねば何もしてあげることができない」
「付け加えるならば、結界がはってあれば使えませんね。街の中でも使えませんし」
「なんで?」
「結界がはってあるからよ。結界があれば、ある程度の獣の侵入は防げるし、強盗よけにもなるわ。街の中で術でも使われたら大変なことになるでしょ?」
 確かに。
「じゃあ、街中でケガしたら?」
「そのために医者や看護師がいるんじゃない」
「……はー」
 ここって、単なるファンタジー世界じゃなかったのか。
「もっとも、私は医師の資格も持っていますけどね」
 極悪人がこともなげに言う。こいつ一体何者だよ。
「借りができたな」
 ベッドのはしを握りながら、ゆっくりと立ち上がる。
「いつか倍にして返してくださいね」
「……やだ」
 っと、話はそれだけじゃなかったんだった。
「シェーラは?」
「二階にいるわ。風にあたってくるって。あの子もケガ人なのに」
 シェリアがため息をつく。
「オレも風に当たってくる。二人ともそこにいて」
 シェリアの静止の声が聞こえるものの、無視して二階へ上がった。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 お嬢はベランダにいた。アルベルトに治してもらったのか、怪我らしいものは見当たらない。両手で柵をつかみ物思いにふけっている。
「……もういいのか?」
 オレの姿を認めると、ためらいがちに尋ねてくる。
「おかげさまで」
「そうか」
「…………」
「どうした?」
「…………」
 お嬢の手をつかむと、問答無用で一階へ降りていった。
「無礼な! 何をする!」
 後ろでわめいているお嬢はこのさい無視する。
「ノボル? シェーラもどうかしたの?」
 事情が飲み込めていないシェリアが(当たり前だ)怪訝な表情を見せる。
「いいかげん、話してもいいだろ」
「!?」
 お嬢の体が一瞬にして固まる。けど、オレにとってはしったこっちゃない。
「どーいうこと?」
「こーいうこと!」
 そう言って、お嬢の首に巻かれていたスカーフを強引にはずす。
「……スカーフがどうかしたの?」
「……首のところをよく見てください」
 事情を察したアルベルトがシェリアを促す。
「首?」
 言われるまま、シェーラの首をまじまじと見つめる――
「あっ!!」
「そーいうこと」
 シェーラの首元にあったのは、小さなのどぼとけだった。

 のどぼとけ。
 小学校高学年から中学校にかけて発生し、それを期に声変わりが始まる男独特のもの。
 お嬢は、シェーラは――正真正銘、男だった。

「それでこの前温泉に入ろうとしなかったのね」
 顔を真っ赤にしてシェーラがうなずく。
「ついでに言うなら、こいつは十四歳。オレ達よか年下なんだと」
「もうすぐ十五になる!」
「もうすぐっていつだよ」
「……二ヵ月後」
「どうして女装なんかしてたの? もしかして、シェーラってオカマさん?」
「違う!」
 今度は顔をさらに赤くしてどなる。
「……服を買いに店を訪ねた時、店員にこの服を薦められた」
「着替えようとしなかったの?」
「急いでいたし周りがなにかと良くしてくれたのでな。生活に支障もでなかったからそのままにしていた」
「それであの時女の子と間違われてからまれていたのね」
「……そうだ」
 なんのことはない。ただ面倒だったから店員に薦められた女性用の服を着ていて、本当の女子と間違えられて襲われたってわけだ。
「どーして早く言ってくれなかったの?」
「どう切り出せばいいのかわからなかった。だからはじめにノボルに打ち明けた」
 そう言ってオレの方を見る。
「そーいうこと。ちなみに、この前の買出しは男物の服を買いに行ってたんだ」
「ばかねー。そんなの早く言ってくれればよかったのよ」
 シェリアが軽いため息をつく。
「あの時、前に取り逃がしたゴロツキと鉢合わせしちゃってさ。一悶着あった時にこいつの性別がばれて。逆上した男が襲い掛かってきたってわけ」
「それで傷を負って倒れていたのね」
「そう傷を……」
 言いかけて、とまる。
 あの場所にはゴロツキが死んでいた。オレを見つけたってことは当然それも目に入るはず。……シェリアはそれを見た!?
 そう思って尋ねると、
「男の人? あなた達以外、誰もいなかったわよ? あなたの血の跡ならあったけど……」
「……そっか」

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「ノボル、いいですか?」
 時間は10時。本来なら地球にもどっている時間帯だけど、学校は休んでいるから堂々と起きていられる。
 そんな中、ベランダにいたところを極悪人に呼び止められた。
「何?」
「シェーラのことです」
「…………」
 沈黙を了解のしるしと判断して、アルベルトが続ける。
「死体はシェリアが来る前に片付けました」
 やっぱり。
「あなた達を見つけた時、わずかにですが、もう一人の気配を感じました。その人はどこへ?」
「わかんねーよ。オレ、気絶してたんだし」
「そうですか。ではもう一つ」
「今度は何だよ?」
「シェーラは何者です?」
 こいつ、鋭すぎ。
「私の推察が正しければ、その場にいたもう一人の人物は――暗殺者。狙われていたのはシェーラですね?」
「……アンタ、本当は前からわかってたんだろ。シェーラが男ってことに」
「ええ。彼を宿まで運んだのは私ですからね。もっとも、ゴロツキ以外の人間にも狙われているということまでは予想もしませんでしたが」
 肩をすくめて苦笑する。
「アンタはその暗殺者とやらに襲われたことがある?」
「ないですね。身にやましいことなど一度もしたことがありませんから」
 一体どの口がそんなことを言うんだ。
「あなたは? むこう(地球)で襲われたことがあるんですか?」
「オレは普通の高校生だ!」
 こっちでならいざしらず、日常で殺されてたまるか!
 でも……
「人が死ぬってのは、いい気分じゃないよな」
 片手で柵をにぎり、小さなため息をつく。
「この世界が怖くなりましたか?」
「…………」
 怖くはないって言ったら嘘になる。
 自分の目の前で死んだ男。オレ達を殺そうとして、自分が雇った奴にあっけなく殺された。そして、ためらうことなく、そいつにナイフを突きつけた暗殺者。
 事態を目の当たりにしても何も出来なかったオレ。
 現実はそう甘くないということはわかっていても、改めてそれを思いさせられた。
「人を殺すということは決して許されることではありません。ですが、それでもそれを生業としている人もいます。それが、この世界での現実です。地球では全くありえないことなのですか?」
 そんなことはない。こっちだって、テレビでは日常茶飯事のように事件や事故が報道されている。けど、オレには関係ない。少なくとも、オレのいるところとはかけ離れた場所での出来事――ずっとそう思っていた。
 こんな所から早くおさらばしたい――本気で一瞬そう思った。
「……怖いって言ったところで、時間がたてばこっちに強制連行されるんだろ?」
 オレにとっての精一杯の強がりを極悪人にしめす。
「リザに頼んではどうです?」
 前に一度だけ会った、自分の親友の名前を口にする。
「言われなくてもそうしてるって」
 そう言って大きく背伸びをする。

 今回は色々あった。
 お嬢を助けてまたさらわれて、自分まで命を狙われて。――嫌なことまで思い出して。けど、嵐はもうすぎたんだ。これ以上、深く考えるのはよそう。
 あとは――
「残る問題はあと一つだな」
「他にも何かあるんですか?」
「……中間テスト」
 今のオレにとっては暗殺者よりも、そっちのほうが恐ろしい。
「そうですか。頑張ってください」
 いつものごとく、人好きのする笑顔でこっちに笑いかける。
「人事だと思って……」
「人事ですから」
「…………」
 今、本気で一瞬こいつに殺意を覚えた。
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