EVER GREEN

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エピローグ

 玄関のドアを開けると姉貴とすれ違いになった。
「早かったんだな」
 焦げ茶色の髪は相変わらず綺麗で。夏色のワンピースも細身の体によく似合っている。
 学校が女子ばっかでよかった。共学のところにでも行かれた日には、彼氏も気が気じゃないだろう。なんてことを考えていると、まりいは肩をすくめて答えた。
「今日は午前だけだったから。昇は?」
「見ての通り」
 手にしたのはスポーツバック。一般のものよりやや大きめのそれは、たくさんの物であふれかえっている。
「すごい荷物」
「色々寄ってきた。今回は長くなりそうだから」
 女子高生でもあるまいし、とは自分でも思う。けどこれくらい準備万端にしとかないとやってけなさそうだったから。それがわかったんだろう。目の前の女子は笑って言った。
「ちゃんとやってるんだね」
「手伝うって言ったし個人的にも色々とほっとけなかったから」
 私情の入りまくった返答をするとスポーツバックをからいなおす。チャックが開いてたんだろう。バックを動かすと同時に中から黒い物体が転がり落ちた。
「これは?」
「興味があるんだと。今度会うときに持ってこいって頼まれた」
 まさか、あの流れでこうなるとは夢にも思わなかったけど。それでも約束を守るところが自分でも律儀というかなんというか。
 落ちたのは長方形のパッケージ。ふるぼけたそれは五年前にはまってたゲームソフトだった。
 バックを床に下ろし、パッケージを拾うために手を伸ばす。けど一足先にゲームはもう一人の手に渡ってしまった。
「昇くん」
 ふいに昔の呼び名で呼ばれ視線を向ける。そこにはパッケージを手にした姉の姿。
「もし……もしもだよ? 今までとは違う、こんな、ゲームみたいな場所にいけるとしたら、昇くんは行ってみたい?」
 五年前と全く同じセリフ。昔と違うのは、セリフに続きがあるということ。
「今までとは違う未知の世界にいけるとしたら。昇くんは行ってみたい?」
 真剣な口調とは裏腹に表情は俺の答えを確信しているようで。これが五年前だったら『なんで』とか色々考えまくったんだろう。けど今は違う。
 正確には違っちゃいないかもしれないけど、ほんの少しだけ何かが変わったんだ。
「行ってみたいとは思わない。けど」
「けど?」
 小首をかしげるまりいに笑って応える。
「試してみる価値はあると思う」
 いきなり未知の世界(空都)に飛ばされて。半強制的に公女様の護衛と極悪人の弟子にさせられて。次から次へととんでもないことの連続で。はじめはなんで俺がって思った。けど、旅を続けるうちに別の思いも生まれた。
「そのままなんにもしないなんて、もったいないじゃん。やれるだけやって、ダメだったらそれであきらめる」
 正義感とか熱血とかは相変わらずだけど。それでも以前よりははるかにマシになったはずだ。
 どんな時代でも、どんな世界でも苦労はあるし倖せだってある。だったら投げ出さずにやってみよう。一回くらいは努力してみよう。
「って、答えになってなかったな」
「ううん。そんなことないよ。安心した」
「そう?」
「うん。昇らしくて」
 そう言うと二人笑いあう。パッケージを受け取ると、片手をあげて玄関のドアを開く。
「行ってきます。姉貴」
 何度となく交わされた『いってらっしゃい』という声を耳に俺は家を後にした。
 時の城を離れて五年が過ぎた。
 シェーラは空都にもどり、かねてからの希望通り旅をしている。時折、姉さん達の村にも顔を出してるらしい。カトシアのことは知らない。風の噂だと統治者が変わったとか変わってないだとか。どちらにしても俺達にはあずかりしらぬこと。何かあればシェーラが姉さん達を連れてどうにかしてくれるだろう。
 セイルとは一度も会っていない。これも風の噂だけど、リズさんやカリンさん達と霧海(ムカイ)に留まってるとか。彼女にリザにいちゃんのことを告げると『やっぱりね』って苦笑してた。兄同様、この人もなかなかすごいと思った。
 で、風の噂を流したのは諸羽(もろは)。一件が終わってからは実家にもどり修行の日々をおくっている。いろんな場所を転々とする際に情報を仕入れてくるらしい。例の格言を実行できたかどうかは想像にお任せする。ついでに人知れず俺が胃を痛めていることも付け加えておく。
 ショウはというと、俺やまりいと同様、地球と空都の二重生活をおくっている。『こっちの世界をもう少し知りたくなった』とは本人の弁だけど実際は姉貴のことが気になるんだろう。
 まりいはというとさっきの通り。保育士の資格をとるべく学校で日々勉学にはげんでいる。学科が女ばっかだからいいけど、他の学部にうつった日にはどうなることやら。未来の兄上様にはつくづく同情する。
 そして俺はというと。
「まさか、あなたがそんなことをするなんてねえ」
「いいだろ別に」
 遊園地のミラーハウスで。こだまするのは男の声。久々に会ってこの物言い。ことが治まっても中身は五年前とまったく変わらない。
「海ねえちゃんとはどうなんだよ。ケンカでもしたとか?」
 皮肉がわりに問いかけると師匠は片目をつぶって応じる。
「身重の妻を家から連れ出すわけにもいきませんからね」
 男のウインクなぞ気色悪い。と言いたいとこだけど実際様になってるから憎たらしいことこのうえない。
 アルベルトは空都にもどるなり海ねえちゃんと一緒になった。五年も我慢してたんだからこれくらいいいだろうとのこと。ねえちゃんもねえちゃんで、まんざらでもなさそうで。
『地球にはもう居場所がないからね。空都だけで充分さ』そう笑った初恋の人。瞳に秘められた一抹の淋しさをアルはわかっていたんだろう。だからこうして地球に顔を出している。姉ちゃんと故郷とのつながりがなくならないように。
 それはわかる。わかるけど。好きだった人をよりにもよってこいつに取られたとなると正直ムカつく。
「あなたに逢いたがってましたよ。ですから今日は私が妻の代わりにわざわざ来てあげたんです。これも師匠の深い愛。存分に感謝しなさい」
「んな愛情はびた一文いりません」
 即行で拒絶するとアルベルトは肩をすくめて隣に声をかけた。
「――だそうですよ。ひどいですよねえ?」
「だいししょーの言うとおりだぞ! ししょー」
 アルベルトの隣にいるのは黒髪の子ども。あどけない顔だちのそいつは眉をつり上げながら声をはりあげた。
「だいたいおそいよ! ルールを守ってこその大人なんだろ?」
「仕方ないだろ。学生は色々と大変なんだ」
「おれだってがくせーだけど」
 どうだと言わんばかりのこの口調。いつの間にか意気投合してしまったらしい。子どもと大師匠とやらのかけあいは続く。
「あなたも将来ああいう大人になってはいけませんよ? ハゲがうつっても知りませんからね」
「うん! おれ、だいししょーみたいな大人になる! それで、ししょーみたいなおよめさんもらうんだ」
 嬉しくない。ちっともこれっぽっちも嬉しくない。っつーか最後までひっぱるのかそのネタ。俺はハゲない。今もこれからも絶対ハゲてなんかやらない。
 脱力感に身を任せていると、大師匠とやらは犬を追い払うかのような仕草で告げた。
「とっとと行きなさい。向こうでお待ちかねですよ」

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 言われなくてもそうしますよ。
 早い話が、公女様の護衛と極悪人の弟子と。とある子どもの師匠にまでなってしまったわけで。
「人生って何が起こるかわからないよな」
 いくどとなく繰り返された言葉をため息と同時に吐き出す。
「ししょー。『ため息ばっかりついてるとしあわせがにげる』って姉ちゃん言ってたぞ?」
「ほっといてくれ。俺も人生模索中なんだ」
 果たして『人生模索』なんて言葉が子どもにわかるのか。案の定、子どもは腕をくんで考え込んでいた。
「ほら。やりたかったんだろ?」
 バックからゲームを取り出して。受け取った後も子どもはずっと考え込んでいた。右に左に頭をひねって。大層に、うーんとうなりながら。それでもわからないものはわからないわけで。頭を元にもどすと、こどもは眉根をよせて問いかけてきた。
「大人になれば、なんでもできるんじゃないの?」
「できることと、できないことがある」
 それは、かつての自分に投げつけた疑問。
 歳をとれば、大人になれば。嬉しいことも哀しいことも時間が解決してくれる。弱い自分をのりここえられると信じていた。けれど現実は少しばかり違っていて。
 過去は忘れられる。忘れることはできるけど決して消えない。無理に思い出す必要はないし忘れる必要もない。ただ、大切にしよう。
 いらないと思ったもの(感情)でも、いつかは笑って話せる時がくる。そう信じてやっていけば少なくとも希望はもてる。前に進める。
 無駄なものなんて何一つない、なんて大層なことは言えないけど。それでも前に進むこと、時間を重ねることは決して無駄じゃない。無駄になんか、させてやらない。
「きたるべき時に備えて、今のうちにたくさん経験値ためとけ」
 頭を軽くたたくと子どもはきょとんとした顔をした。
「まずは腹ごしらえ。喜べ。今日は人様の飯が食えるぞ」
 我ながら実に所帯じみたセリフと吐くと子どもは不満の声をあげた。
「えー。ししょーのゴハンおいしいのに」
「ですって。どうするのお師匠様?」
 しのび笑いに視線をおくる。そこにはお待ちかねの人物がいた。
 陽に透けた金色の髪。明るい茶色の瞳は茶目っ気と気品を兼ね備えている。俺にとっては親しい人でも、もう一人にとっては初対面の人で。
「おんなのひとがでてきた! ゆうえんちじゃないところにきた!」
 さっき時空転移(じくうてんい)使っただろ。と説明したところで子どもに納得できるはずもなく。これまで以上に頭をせわしなく動かすと、子どもはおずおずと声をあげる。
「ここ……どこ?」
『いつかの誰かさんと全く同じ反応ね』とは後の話。珍客の訪問に動じることもなく、公女様はつぶやいた。
「ここはね」


 どんなに辛くても、どんなに哀しくても。
 日はまた昇る。

 だから。

FIN

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