EVER GREEN

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第十一章「未熟もの達へ」

No,7 これからも

「シュウガクリョコウ?」
 公女様は、先日、友人が俺に見せたものと全く同じ反応をしてくれた。
「同世代の生徒、要するに俺の学校だと一年全員が遠出するんだ」
「地球の人って、変わったことするのね。アタシの国じゃありえないわよ」
「空都(クート)じゃなかったの? ハイキングとか」
「あったかもしれないけど、アタシはちょっと……ね」
 シェリアは諸羽と同じ私立の学校に通っている。異世界では公女と護衛騎士という間柄でも地球では一介の高校生同士。当然、会うのは学校が終わってから、もしくは休日となる。
 二月になって初めての週末、俺はシェリアのもとを訪ねた。ことの報告と今までのことを兼ねて。
『女の子をいつまでも待たせちゃいけないっしょ』
 だから、こうしてここまできた。二人になれるよう、わざわざ周りに根回しして。
『男としては誠意ある態度を見せるべきだろう』
 それはまあ、その通りだと思う。
 思うけど。面とむかうと言いにくい。っつーか、正直はずかしい。きちんと話をするべきだとは思ったけど。そもそも何を話せばいいんだ。
 そんな俺の胸中など知る由もなく。シェリアはのんきにベランダから星空を眺めていた。
「アルベルトに頼めば連れてってもらえただろ」
「子どもの頃は出会ってなかったもの。無理よ」
 たわいもない会話をしながら公女様に近づく。左側から見えるシェリアの横顔は、無邪気そうで、けど、どこか憂いをおびていて。ちなみに諸羽、ショウ、シェーラの三人は俺の家に出かけている。残るアルベルトはというと。
「アルベルトで思い出したけど、彼ったら部屋にこもりきりなの。学校の授業での調べ物があるんですって」
「……教師も大変なんだろ」
 実際は『可愛い妹に手出ししたら、ただじゃおかないからな。末代までたたってやる』なんだが。
 二人が心配だからという表向きの名目で、極悪人は部屋の中から監視――もとい、こもっている。だから俺が一人夜に家を訪ねても、何事もおこらないってわけだ。
「アタシも行ってみたかったな」
 隣でつぶやく公女様の背中が、いつもより小さく見えた。それがちょっと、胸にもきた。
 周りには誰もいない。今なら堂々と――
「それで、いつ出かけるの?」
 肩を抱こうとして、慌てて手を元にもどす。元気いっぱいの明るい茶色の瞳を向けられればそんなことできるはずもなく。手持ちぶさたの左腕をベランダの手すりにかけ短く息をついた。
「二月の十二日から三泊四日」
「それって――」
 シェリアは少し考えるようなそぶりを見せた後、手をポンとたたいた。
「そーいうこと」
 二月の十二日から三泊四日ということは、間に入る一日が男にとって天下分け目の大戦。いや、そこまで大事かはわかんないし、甘いものそこまで好きじゃないし、別にチョコレートが欲しいなんて思っちゃいない、こともないわけで。
 ……やっぱり欲しいです。義理でもいいから。
「ちゃんと用意しとくから」
「え」
 一瞬、頭の中を読まれたかと思った。まりいは優しいから義理チョコはもらえるだろうとして。いや、義理チョコをあてにするのもそれはそれで悲しくないか? けど欲しいものは欲しい。けれども真面目な姉上様のことだ、本命には気合の入ったものを用意してるんだろう。ショウのやつ、おいしい思いしやがって。バレンタインって地球ならではのイベントなんだぞ? どこの誰が考えたか知らねーけど、世の男、特にモテない日本男児はむせび泣く一日なんだ。なんで異世界出身の人間がもらえて現地人の俺がもらえないんだ。世の中って絶対不公平だ。
 じゃなくて、俺にもついに念願のチョコレートが!? とまで考えた。けど現実は違っていて。
「ケーキ。誕生日、祝ってほしいんでしょ?」
 そうきたか。てっきり二月十四日のことかと期待したぞ。
 けど。
「ちゃんと覚えてたんだな」
「言ったでしょ? 誕生日にはアタシにケーキ作らせなさいって」
 二月十三日。
 それは修学旅行の間の一日であり、バレンタインの前日。そして俺、大沢昇の生まれた日でもある。まりいの誕生日に俺とシェリアは約束をした。次の彼女の誕生日に俺は今までよりもちゃんとしたものを作り、俺の誕生日には公女様は何か準備しとくと。
「おいしいもの作るから。だから、やることやってさっさともどってきなさい」
「って、お前は来ないの?」
「モロハに聞いてみるけど、どうなるかわからないから。その前に言うべきことは言っておかなきゃ」
 行動力のありすぎる諸羽(もろは)を友人に、逆らうとどうなるかわからない男、アルベルトを兄に持つ彼女のことだ。すんなり同行できると思うぞと考えるよりも。腰に手をあてて笑う公女様がいとおしく思えた。
 俺も、言うべきことは先に言っておくべきなんだろう。いつまでも照れてる場合じゃない。
「シェリア」
「何?」
「俺も、先に言っとこうと思って」
 向き直って、明るい茶色の瞳を見つめる。出会ったのは異世界の城の中。毛布を勢いよくひっぺがされて、いい印象はまったくもたなかった。旅をするようになって悪い奴じゃないとはわかっても、そういう対象として見ることはまずなかった。
「いままでさ、いろんなことあったよな」
「……うん」
 気になりだしたのは、自分の中にある、まりいの存在を確信してから。息をのむほどに彼女とうりふたつで。結局、本命にはフラれたけど、その際のいざこざで目の前の女子にはひどいこともした。
 本格的に意識するようになったのは、セイルに連れ去られてから。錯乱した時もそばにいてくれて、天使化した俺を元にもどしてくれた。
「ありがとう。感謝してる」
 つながれた手はとても温かかった。
「それだけ?」
「本っ当に感謝してます」
 心の声は、泣きたいくらいに心にしみた。
「それだけ?」
 明るい茶色の瞳がこれでもかってくらい、顔に近づいている。
「逢えてよかった」
 真面目な顔で自分からも距離をつめて。
 その間、わずか数センチ。キスでもできそうないい雰囲気になるかと思いきや、公女様はぴっと人差し指を上げた。
「じゃあ、話して」
 はじめ、何を言われてるのかわからなかった。続きを聞いて、一気に脱力した。
「髪の毛、どーしてそんなに気にしてるの? 感謝してるなら、逢えてよかったって思えるならいいかげん話してくれたっていいでしょ」
 ここまでひっぱるのか、そのネタ。いままでさんざんからかわれ続けたんだぞ? いいかげん最後にしてくれ。などと、この状況で言えるはずもなく。
「……笑わない?」
 こくこくうなずくのを確認すると、俺は彼女にことの真相を話すことにした。
「小さい頃はよく、じーちゃんの家に遊びに行ってたんだ」
「それで?」
「髪の毛は煩悩(ぼんのう)の象徴なんだと」
「それで?」
 公女様の瞳が好奇心の色であふれかえっている。ちくしょー、今までの俺のがんばりはなんだったんだ。これ終わらせないと先に進めないのか。
 唇をしめらせると、俺はついに真相の真相を口にした。
「じーちゃん言ってた。悪いことしたら、神様が悪魔に変わって、おしおきとして髪の毛をごっそりもっていくって。……ハゲて、二度と生えてこないって」
 二人の間に長い沈黙が流れる。
「……それ、信じたの?」
「……普通、信じるだろ」
 黒の瞳と明るい茶色の瞳が交差して、さらに長い長い沈黙が流れた後。
「笑うなっ!」
 公女様は豪快に笑ってくれた。今までの前フリがなんだったんだっていうくらい、激しく笑ってくれた。
「それ、今まで信じてたなんて。おっ、おかしすぎる」
「もっと小さい時にじーちゃんに丸刈りにされたあげく、物置に閉じ込められたんだ。カゼひいて寝込むし本気で地獄だったんだぞ? それ以上のことがおこるって聞かされたら誰だって怖いし信じないわけにはいかないだろ!!」
「だからって今までひきずらなくても」
 公女様の目には涙がたまっていた。どうやら笑いのツボに入ったらしい。
「子どもの頃だったんだぞ? ある意味なまはげより怖かったんだぞ?」
「『ナマハゲ』?」
 ちくしょー。異世界に『なまはげ』はなしですか。今度説明しちゃる。これでもかってくらい怖いもの作ってもってきてやる。
 公女様がひとしきり笑い終えた後、俺は再び彼女に向き直った。
「シェリア」
「何?」
「シェリアさん」
「なーに?」
 笑っているようで、けれどもどこか、照れてるようで。
 姿勢を正して深呼吸。再び瞳を見つめると、俺は自分の意思を告げた。
「シェリア・ラシーデ・ミルドラッド」
「はい」
 向き合って、互いの姿を確認すること数秒。
「俺と一緒になってください」
 公女様の目がこれでもかというくらいに見開かれた。
 顔も、これでもかというくらいに赤くなっていた。両手を口元にあて、せわしなく視線を宙にさ迷わせたかと思えば俺の方を見て顔をさらに赤らめて。それはもう、相手から人生の一大告白を告げられたかのような面持ちで。それはもう、婚約者から愛の求婚をされた時のような。
 ……ん?
「違う! 別に変な意味で言ったんじゃないんだ!」
 自分の言ったセリフが、とんでもないものかもしれないと気づくのに、たっぷり五分かかった。
「ほらっ、あの、そーいうのじゃないんだ。まだ未成年だし」
 まだってなんだよ。っつーか、何考えてんだよ俺。
「いくら現代の若者がすごいことやってるって風潮があるとはいえ、そーいうのは順序をふまえてだな」
 文法変だろ。そもそも何の順序だ。
「それにほら、いざとなったら両親にあいさつ行かなきゃなんないし。そうなると俺、兼業高校生どころか、ゆくゆくは兼業領主? とか考えないこともないわけで。そーいうのはもっと大人になって、かつ心の準備ができてからだと俺は思うわけで」
 なんで俺、自分にこうも冷静につっこんでんだよ。
「とにかく深い意味は――」
「ないの?」
 真顔で聞かれ、妄想ならぬ暴走は止まった。
「まったく、これっぽっちもないの?」
「ない……こともない。かも」
 今さらながらに思い出す。自分がどれだけ嘘がつけない奴だったかを。逆に落ち着きをとりもどした公女様は、咳払いをするとおごそかに口を開いた。
「大沢昇様」
「はい」
「わたくし、シェリア・ラシーデ・ミルドラッドはあなたのことをお慕い申し上げております」
 それは、俺が言いたかったことと全く同じもので。
「できれば、ずっと傍にいてください。騎士として、友人として」
 それは、俺が願っていたことと全く同じものだった。
「大切な人として」
 それは、簡単なようで難しく、けれども大切で嬉しい祈りの言葉。
「かしこまりました。我が姫君」
 方膝をついて公女様の手に口付けた後、立ち上がって礼の形をとる。こうして契約は交わされた。
「顔、赤いわよ?」
「るせーっ!」
 赤くはなるわ! ノリと勢いとはいえ、この俺がこんなこっぱずかしいこと言ってんだぞ!! 知人、他人が見ても悶絶ものなんだぞ? だいたいキャラが違うだろ。キャラが。
 赤くなった顔を片手で覆って。落ち着くために、何度も何度も深呼吸をして。手を離して相手の顔を見れるようになったのは、それから十分後のことだった。
「シェリア」
「何?」
「えーと、その」
 鼻の頭をかくこと数秒。視線を合わせると、どちらともなく笑う。
「これからもよろしく」
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