EVER GREEN

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第十一章「未熟もの達へ」

No,13 さよなら

 きっと人生ってさ。いいことばかりじゃないんだ。
 いいことばっかだったらつまんないだろ? 時には逆境も必要なんだ。
 まあ、本人の意思とはお構いなしにいろんなことがやってくるけど、それに流されっぱなしってのもなんかシャクだし。
 哀しみを知っているから優しくなれる。
 痛みを知ってるから強くなれる。
 ちょっと違うか。
 今までのこと、無駄にしたくないから、がんばって強くなろうとする。
 ありきたりかもしれないけど、それって実は重要なことなんじゃないかって思う。

 だからさ、いろんなことひっくるめて、『悪くなかったな』って思えたら、そいつの生は無駄じゃない。

 ――あなたの人生は無駄じゃなかったの?
 無駄なわけないじゃん。
 いい奴悪い奴、色々会えたしな。いろんなこと経験できたんだ。
 
 ――悔いはないの?
 ないって言ったら嘘になる。でも後悔はない。
 
「じゃあなんで、あなたは泣いてるの?」
「――え?」
 第三者の指摘に、慌てて目をこする。認めたくないけど確かに頬はぬれていた。
「死にたくなかったから。生きたかったからでしょ?」
「そんなこと――」
「あるよね」
 続けての指摘に再び目をこする。こするけど、簡単には止まってくれない。
「……だっせぇ」
 本当なら、ここでカッコよく『そんなことない』って言い切るんだろう。けど言葉とは裏腹に目から出てくるのは熱いものばかり。
「泣きたいなら泣けばいいの。ここには誰もいないんだし」
「……る、さい」
「いつからそんな意地っぱりになったの? 昔は素直ないい子だったのに」
「仕方ないだろ。人間良くも悪くも変わるんだ」
 目をさらにこすりまくって。ようやく止まってくれたのは、それからずっと後のことだった。
 赤い顔で声の主に問いかける。
「俺、やっぱ死んだのかな」
「どうして?」
「そうじゃなかったら、こんなところで逢えるわけないじゃん」
 目の前にいたのは黒い髪に同じ目をした女の人。黒と言っても海ねえちゃんのような漆黒ではないし、ある人曰く、とりたてて美人というわけでもないらしい。それでも、そいつにとっては大切な人で。無論、息子の俺にとっても大切な人で。
 ああ。これは夢なんだな。
 もしくは死の間際にみる走馬灯(そうまとう)ってやつか。そう思っても不思議はないだろう。
 それでも逢いたかった。
 ガキだって笑われてもいい。逢いたくてしかたなかったんだ。
 やっとのことで呼吸を整え声を紡ぐ。
「こんな再会でごめん。母さん」
 目の前にいたのは三十代の女の人。五年前と全く変わらぬ姿で微笑んでいる。
 彼女の名は大沢まどか。俺の母さん、だった人――だった。
「五年ごしに母親に言うセリフがそれ?」
「だって」
「『だって』じゃない!」
 言い切る前に額を小突かれて。
「親の言うことは最後まで聞きなさい。前からそう言ってるでしょ」
 優しげな顔で有無を言わせぬこの口調。そういえば父さんもこの調子でこっぴどくやられたと嘆いてた。
 夢か幻かはわからない。けど一つ言えるのは、目の前にいるのは間違いなく大沢まどか、その人だということ。
「私に似ちゃったわね。父さんに似れば、少しはモテただろうけど」
 頬に手を当てられても平然としてられるのは、感覚が麻痺してるからだろうか。
「中身がすごすぎるから」
「そうね」
「けど、そんなところがよかったんだろ?」
「そうね」
「……普通、息子の前でのろけないと思うけど」
「それもそうね」
 くすりと笑う様は、息子の俺にもまぶしく思えて。
「さっきの続きだけど。どうして死んだと思ったの?」
「母さんがここにいるから」
「そうじゃなくて。他に思い当たる理由は?」
 そんなの一つしかない。
「力を使い果たしたから」
 海ねえちゃんを助けるために氷の棺(ひつぎ)に近づいて。イールズオーヴァやアルベルトの制止を聞かずに力を使いきったんだ。
 銀の剣(蒼前)や風の短剣(スカイア)は棺の破壊と引き換えに折れてしまった。両腕だって使い物にならなくなったし最後には天使化だってとけてしまった。これで無傷でしたって方がおかしいだろ。
 海ねえちゃんは、アルベルトが呼びかけてたから大丈夫だと思う。大丈夫じゃなくても師匠のことだ。後は無理矢理なんとかするだろう。
 シェリアは。これはもう、ひたすらあやまりたおすしかないだろう。もっとも再会できればの話だけど。さっき、泣きそうだった。約束、またやぶったことになるのかな。ケーキ本気で楽しみにしてたのに。
 また、泣くのかな。泣かせたくなんか、離れたくなんか、なかったのに。
「母さんと父さんは俺の誇りだったんだ」
 感傷をふりきるように会話を別のものに変える。
「普通は逆じゃない?」
「そうかもしれないけど。けど、俺にとってはそうだった」
 これには嘘偽りはない。
 二人とも大好きだった。大好きだったから、いなくなった時は本当に悲しかった。
「俺、前からずっと聞きたかったことがあるんだ」
 夢か幻かわからないけど、この際だ。ちゃんと聞いておこう。
「なんであの時笑えたの?」
 真顔で問いかけると、母さんは真面目な顔をした。
「俺がいなかったらあんなことには」
 さらに問いかけようとすると、今度は頭をはたかれた。容赦なく。
「あの人と同じこと言わせる気?」
 正直、痛い。女の人の力のはずなのに、ものすごく痛い。頭をおさえてうずくまっていると頭上から声が聞こえた。
「あなたがいたから。かつは――お父さんは笑っていられるの。あなたがいたから、私は笑って逝くことができたの。誰もあなたなんか責めてない」
 それは本当に、父さんが言ったことと同じだった。
「なんで私がここにいるかだけど。あの子が言った通りね」
「あの子?」
 首をかしげると、母さんは寂しそうに笑った。
「あの子が言ったこと、もしかしたら自分自身のことを指していたのかもね。彼女もあなたもまだまだ未熟だもの。自分のことを把握しきれてないのよ。
 もし少しでも悔いているのなら。その分だけ生きなさい」

 何らかの形で願ったはずだ。『イカナイデ』と。その強い思いのせいで、この者は楔をうたれた。過去にも未来にも逃れられず、やみくもに時を浪費している

「俺、生きてていいの?」
「いいもなにも、あんたはまだ十五年しか生きてないでしょ。また本当の親不孝をするつもり?」
「もうすぐ十六になる!」
「どれだけで?」
「……明日」
「だったらなおさら。ちゃんと生きなさい。そうじゃないと、安心して眠れないでしょ」

 天国なんて行かなくていいから。
 安心して眠らなくていいから。おれがたくさん、たくさん、たたき起こすから。

「あなたを縛るものは何もないの。だから、もっと胸をはりなさい」

 本当に許しをこえるのは、昇、お前自身だよ

「――うん」
 唇から漏れたのは希望への祈り。
「俺、生きるよ」
 辛くても苦しくても。
「それが、俺にできる恩返しだから」
「そう。そしてあなたにしかできない私の願いだから」
 母と子と。二人そろって笑みを交わす。
 これが夢なのか幻かなんてどうでもいい。母さんがそう言ってくれるなら。
 違う。母さんが言わなくても。生きるなって言われても。俺がそうしたいんだ。ほんの少しでもいい。俺を待っててくれる人がいるのなら。悲しむ人がいるのなら。
 カッコ悪くていい。仕方ない。これが俺なんだ。カッコよくなんて今さら無理あるって。ダサくても、みっともなくても。たとえ涙で前が見えなくなっても、最後には前向いて笑ってやる。不幸なんか笑い飛ばしてみせる。それが大沢昇だと思うから。
 だから。
 俺は、自分を許します。
「また逢える?」
「わからないわ。こればっかりはなんとも言えないもの」
「でも絶対じゃないよな」
「そんな言葉、どこにもないものね」
 言葉を交わして、笑みを交わして。ふいに感じる温かい感触。
「昇。生まれてきてくれて、ありがとう」
「母さん。生んでくれて、ありがとう」
 それが最期だった。
 薄れゆく温かいもの。わかってる。ここで泣くわけにはいかない。
「俺、大丈夫だから!」
 空に向かって声をはりあげる。
「ちゃんと生きてくから!」
 わかってる。姿は見えなくても。声は聞こえなくても。
「だからそこで、俺達のこと、見守ってください」
 気持ちはきっと、届いてる。
「――安らかに」
 笑っていよう。どんな時も。
「……うん」
 帰ろう。こんなところでじっとしてなんかいられない。

 今度こそ、本当に。
「さよなら」
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