EVER GREEN

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第十一章「未熟もの達へ」

No,11 開放すべきもの

 母さんから天使の姿へ。本当に神様ってやつはなんでもやってくれる。
「今度は何の具現化ですか?」
 アルベルトの問いかけに、イールズオヴァは空色の瞳を向けた。
「答えるまでもない。誰よりも天使が解している」
 正直、姿が変わったことにほっとしてる。いくら頭でわかっていても、心では納得できなかったから。姿が母さんのままだったら正直何もできなかった。けど、今の姿ならなんとかなる。むしろやりやすくて助かる。
 同じ色の瞳を見据えてひと呼吸。
「俺が一番嫌ってる奴、だろ?」
「否。汝(なんじ)が一番に恐れる者の姿だ」
 神の答えにただただ苦笑するしかない。本当にその通りだったから。
 俺がもっとも嫌いで、かつもっとも恐れる者。それは空の瞳の地天使――大沢昇。
「それで。今度は何をはじめる気?」
「神の意にそぐわぬ者は還すのみ」
「それって早い話が消し去るってこと?」
 質問に冷酷な眼差しが帰ってくる。これは、どこをどう見ても友好的な態度じゃなさそうだ。
 まあ、ある程度のことは予想してたけどな。天使って奴は神の娘が作ったやつだし、その上にいるやつがこいつだもんな。自分の意思に反する人形は壊す、か。確かに神様らしいっちゃらしいかも。
 けれど。
「悪あがきはさせてもらうからな」
 漏れた声に苦笑する。戦う前から弱気だな。こんな時くらいちゃんと決めろっつーの。 
 そんなことを思いつつも、震える足はなかなか止まってくれない。
「大丈夫なの?」
 シェリアが心配そうな視線を向ける。俺ってそんなに信用ないのか。
「お前も早く離れるんだ。巻き込まれてもしらないぞ?」
「絶対に嫌」
 なけなしの気力をふるって言った言葉も即効で否定された。しかも絶対ときた。
「だって前に同じこと言ってとんでもないことしたじゃない」
 痛いところをつかれ言葉につまる。確かにそれは反論できない。
「人を勝手に眠らせて、体中傷だらけにして倒れるし。元にもどったと思ったら天使になって乱暴しかけたじゃない。前の二の舞は絶対嫌」
 一字一句間違いありません。っつーか、それだけ聞いてたら間違いなく犯罪者だな。本気で俺、信用ないんですね。
「そこまで言うならさ、協力してくれる?」
「協力?」
 眉根を寄せたシェリアにもっともらしく続ける。
「一種の願かけってことで。お前にしかできないんだ」
「協力すると、何か変わるの?」
「変わる。少なくとも気迫はつく」
 今度は首をかしげた公女様に、たたみかけるようにして言う。
「一刻を争うんだ。頼む」
 顔を近づけて真面目な顔で。間違ってはいないだろう。本当に時間がないんだ。
 見つめあうこと数秒。
「あなたって、やっぱり昇ね」
 今度は俺が首をかしげる番だった。
「だって、見た目が変わっても昇にしか見えないもの」
 それは、どういう意味で言われてるんだろう。
「天使ってもう少し綺麗で神秘的なものを想像してたんだけど。泣くし土下座するし、いいところなんて全くないもの。神の御遣いというより、いたずらをして叱られた子どもみたい。
 理想と現実って違うものなのね。いいわよ。協力してあげる」
「……色々と突っ込みたいかつ訂正させてもらいたいところは多々ありますが、恩にきます」
 何はともあれ了解は得た。だったら即、実行するのみ。
「それで、アタシは何をすれば――」
 顔を向けた公女様と天使の顔が重なったのはほぼ同時だった。
 時間にして、きっちり五秒。
 長いようで短い時が流れる。
「……っ!」
 真っ赤な顔をして黙り込むシェリアと、そのかたわらには目を丸くさせたアルベルト。さすがの師匠も俺のこの行動は予想外だったらしい。
「サンキュ」
 こーいう時は沈黙を与えないに限る。
 二人から視線をそらし背を向けて。背後には無言のプレッシャー。ふり向かなくてもわかる。『こんな状況で妹に何しやがる』とでも言ってるんだろう。いーだろ。ちょっとくらい、いい思いさせてくれたって。もどってきたらおとなしく殴られるさ。それとも何か。『妹さんを僕にください』とでも言えば許してくれんのか。
 こんな時にも神様は無表情だった。空色の瞳を無表情に向けるのみ。
 俺ってこんな顔してたんだな。これは確かに怖い。空色の瞳に映るのは哀しみと虚無。それは五年前に植えつけられたもの。
 正直怖いし、はっきし言って嫌いだ。けど、そのままじゃ先に進めない。
 とりあえず気迫はついた。自分を見ていてくれる奴が二人もいるんだ。このまま終わりってわけにはいかないだろ。
「イールズオーヴァ」
 自分と同じ顔を見据えて口を開く。
「アンタはさ、俺を手なづけてどうしたいの?」
『世界を、全ての理を元にもどす。旅人に帰ってきてもらうにはそれしかない』
 天使(クー)だったころの俺は確かそう言っていた。天使が神の僕ってことは、言い換えれば天使の口にしたものはそいつの意志ってことになる。
 旅人に帰ってきてもらうことが神に寄り添いし者の望み。
 初めて俺達に見せた姿。
 ひょっとしたら。
「無知だからやりかたがわからなかったとか? 協力してほしいなら、やり方ってもんがあるだろ」
 天使の瞳に別の色が灯る。
 違う。これは天使のものじゃない。天使の、俺の形を模したものの瞳に映るのは恐怖。俺とは違うものの意思。
 それはすなわち神に寄り添いし者――イールズオーヴァの意思。
 もしかしたら。
「アンタさ。本当は臆病なだけだろ」
「そのようなことはない」
 淡々とした声。だけど、心なしか言葉に熱がこもっているように思える。
 ひょっとすると。
「『時の城』っていう居心地のいい家にいて、寂しいから『時の管理人』って奴を呼んで。けど、アンタ自信はそこから一歩も出て行こうとしない。
 そんなに旅人に帰ってきてほしいなら、ちゃんと面と向かって言えばよかったんだ」
「我を愚弄するな!」
 怒号と腕に衝撃がはしったのは瞬時のことで。視線を向けると服が綺麗に裂かれていた。
 うっすらとにじむ血を目に確信する。
 間違いない。こいつは。
「じゃあなんで! なんでここから出ようとしないんだ!」
「うるさい!」
 怒号をあげたことを自覚したのかしていないのか。冷たい声の主の隣には、緑色の少女が寄り添っていた。
 スカイア。風の精霊。
 空都(クート)のことを夢の中の出来事だと信じて疑わなかった頃、風の短剣を通して現れたそれは俺にさまざまな突っ込み、もとい、助言をしてくれた。やることなすこと軽くて使役するはずの俺の方が疲れる一方で。けれどもずいぶん助けられたのも事実で。そいつは今、『精霊』と呼ぶにふさわしい様で『神』の隣にいる。
 神が片手を上げると、風の精霊は俺に向かって襲いかかる。
「蒼前(ソウゼン)!」
 切り札の数が削られた以上、持ってる力を出し切るしかない。土の精霊を呼ぶと、白い馬は石の盾に姿を変えた。
《無茶をする主(あるじ)だ。神に真っ向から挑もうなどと》
(『神』じゃなくて『神に寄り添いし者』だろ)
《呼び方を換えたとしても力の差は歴然。一体どうなさるおつもりか。馬鹿の一つ覚えでは無駄死にも同然》
(……俺に関わる精霊って、なんでこんなにも優しくないんだろう)
 胸中でそんなやりとりをしてる最中にも、無数の刃が襲いかかってくる。
 スカイアって当たるとけっこう痛かったんだな。しかも風の刃じゃなくて氷の剣に変わってるし。それにしても今まで使っていたものを自分以上に使いこなされると普通にへこむぞ。
「汝に何がわかる。同じ使命を分かつ者に去られた、われの気持ちなどわかるものか」
 神様ってのは本当になんでもできるらしい。
 瞬時に距離をつめ、氷の剣を振り下ろそうとしたその時。
「ええ。わかりませんね」
 アルベルトの光の剣が俺の命をつないだ。
「あなたのせいで、私は大切な女(ひと)を奪われてしまいましたから。これまでやってきた行いを考えれば同情の余地はありません」
「はぐれ者の意など聞いてはおらぬ」
「たまにはいいじゃないですか。はぐれ者とやりあうのも一興。神を騙る者ならば、それ相応の心の広さも兼ね備えるべきです」
 相変わらずの毒舌を武器に、天使候補と神に寄り添いし者の戦いが繰り広げられる。
《主の師匠とやらも、貴方に負けず劣らず無茶をなさるお方だ》
 かといって、この状況を打破しないかぎり事態はちっとも進まないわけで。
《では昇様。あなたの意をお訊きしたい》
 ものわかりのよすぎる地の精霊に、胸中で会話をする。
 精霊はより力の強い主に使役されることを望む。仮に望まなかったとしても、はむかえば自信の身が危うい。だから、この現状は仕方がないことだと。だけど、本来の気持ちは別のもの。どこかで必ずほころびは生じる。
 戦いのさなか、蒼前が教えてくれた。だったらやることは一つしかない。
「あのさー。二人にちょっと提案」
 神と師匠から離れた場所で声をあげる。
「もうちょっとさ、肩の力抜いたら?」
 いつもと変わらぬ調子で呼びかけて。けれども右手はただ一つのものにかざし、左手には本来の姿にもどった銀の剣(蒼前)をたずさえた格好で。
「何をする気です」
「何をする気だ」
 アルベルトとイールズオーヴァの声が初めて重なる。
 前者は驚愕と確認、後者は憐憫と侮蔑。同じ言葉でも受ける印象がだいぶ違うんだな。
 二人に向かって笑いかけて。
「決まってるじゃん。大切な人を取り戻す」
 元々、神様なんてたいそれたものと戦うつもりなんてなかった。ましてや正体がわかった以上、戦うには抵抗がある。
 だったら本来の目的をやり遂げるしかない。
「人はなぜ、過ちを犯す。神はなぜ、過ちを認めぬ」
 棺の前に手をかざし、意志を俺からもう一人のものに換え、言葉を紡ぐ。
「我、地を司りし者に遣えし者。契約により、我は主を解放する」
 これは我の願い。
「海ねえちゃん、今助けるよ」
 これは俺の願い。
「贄(にえ)は我が力、贄は我が祈り」
 これは二人の願い。
 全身全霊の力をこめて、銀の剣を引き抜く。
「我は――俺は」
 剣の振り下ろされた先。そこにあるのは大切な人が眠る棺。
「時を開放する!」

 そして全てがはじけた。
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