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第十章「真実(ほんとうのこと)」

No,7 ひもとかれていくもの 2

 季節は十二月。冬の向日葵畑は、みんなの白い息で覆われていた。
「寒いな」
「冬だもん。仕方ないよ」
「おまけに暗いしな」
 冬は冬でも今は真夜中。そんな時期に外に出ていれば、当然体も冷えきってしまう。
 霧海(ムカイ)から再び地球へ。もどってくるのは簡単だった。ルシオーラさんやリズさんの協力があったから。
「オレも少しは手助けしないとね。アルの顔も見たいし」
 藍色の髪は、地球には不つり合いだった。考えてみれば、アタシやシェーラの姿も、この世界では目立っているのかも。
 空都(クート)で初めて出会った時、昇はアタシの世界では浮いていた。ううん。もしかしたら逆に注目を集めていたのかもしれない。黒の髪に瞳はとある人物をほうふつとさせたから。
 時砂(トキサ)・ベネリウス。アタシの国、カザルシアの英雄で、アルテシア様――シルビアをずっと守っていた。
 ベネリウスは容姿とかもし出す雰囲気から『黒い翼を持つ英雄』と謳われていた。シルビアはシーナのお母さんの誠名で。突如として姿を消した、シーナの両親。彼らはどんな気持ちで娘を置き去りにしたんだろう。
 成り行きだけど、昇はお父様にアタシの護衛騎士として任命された。これはアタシの予想だけど、お父様は昇に、彼みたいな立派な英雄になってもらいたかったんじゃないかしら。だけど、お父様はわかっていたのかしら。英雄が天使だったってことに。
 ベネリウスはシーナの守護天使で、昇は地球の天使。神の娘であるシーナと天使である昇が姉弟だなんて。偶然って本当にすごい。もっとも、それは意図的なものなのかもしれないけど。
「ん?」
 アタシの視線に気づいたんだろう。ルシオーラさんが、不思議そうな顔をする。黙っていても仕方がない。短く息を吸うと、あたしは今までの疑問を思いきってぶつけてみることにした。
「ルシオーラさんは、何者なんですか?」
 とたんに紫水晶の瞳が妖しく光る。
 アルベルトの親友で昇に道具の作り方を教えてくれた人だということはわかる。でも、それだけで締めくくるには不可解すぎるし、何をとっても不思議だらけ。シーナのことだって、人づてに聞いていたとはしても、あれだけじゃ納得しきれない。
 全てを知っていて、でも存在を知る人は少なくて。何もかもが不思議な人。目の前の男の人は、うーんと腕組みをした後、人差し指をぴっと上げた。
「リズのお兄ちゃん。かつ、ノボルのお兄ちゃんの一人。まあ、君にとってのアルみたいなもんかな」
 アタシにとってのアルベルト。育ての親、リューザの息子で、その父親と同じ神官。そして、アタシにとってのお兄ちゃん。
「お兄ちゃんは気まぐれ屋なの。いろんな場所をまたにかけて歩いて、ひょっこり帰って来るんだもの。しかも必ず何かのおまけつき。妹としては、これ以上、出歩いてほしくないところだけど」
「いいじゃないか。家族は多いにこしたことがないだろ?」
「そう言って、一体、何人の家族をつくってきたの?」
「リズー」
 リズさんの不満そうな声に苦笑するルシオーラさん。どこの世界でも兄に苦労する妹は健在みたい。
「じゃあ、ルシオーラさんは、みんなにとってのお兄さんなんですね」
「そりゃあいい!」
 嬉しそうに、楽しそうに声をあげて笑うルシオーラさんは、まるで子どものようで。うまくはぐらかされたような気がするけど、アタシにはなんとなくわかった。
 アタシにとってのアルベルトは大切な家族。それと同じということは、きっと。
 笑いをおさえた後、ルシオーラさんは片目をつぶった。
「アクアクリスタルのことは聞いた? これ自身の能力は微々たるものだけど、それでも、単純な作業だけならできる」
「でも昇は」
「さっき出会ったのはノボルであって、ノボルでないもの。言うなれば、大沢昇という人間の一部。さっきはそれを眠らせた。
 あの天使の姿も、大沢昇を形作るものの一つ」
 昇とセイルは霧海で眠ったまま。下手に動かすと危ないからって、みんなに止められた。だから今、二人はカリンさん達やモロハと共にいる。だけど、冷たい瞳をした天使が昇だというの? 昇にあんな残酷な一面があるというの!?
 信じられないといった顔つきのアタシの肩に、ルシオーラさんは片手を置いた。
「人間というものは、多面的なもので成り立っているから。いいところも悪いところも含めて、初めて彼という人間が成り立つ。問題は、相手がどう受け止めるかかな。
 怖がらないで、ちゃんと話を聞いてあげて。そうすれば、新しい彼を見つけることができる」
 静かに語る様は、まるで物語の語りべみたい。
 目立つ外見のはずなのに、誰にも気に留められることもなく、世界をまたにかけて歩く人。こんな人、物語では何と呼べばいいのかしら。アタシの予想が正しいなら、そんな者の呼び方は、ただ一つしかない。
「全員で行けたらいいけれど、石が使えるのはせいぜい一人。誰が行くのかはお任せするよ」
「アタシが行きます」
 迷いはなかった。だって、今までさんざん心配したんだもの。今さら待ってるだけなんて嫌だ。
「それの持ち主はそなただったな」
 シェーラの苦笑に深くうなずく。アクアクリスタルはミルドラッドに伝わる重要なもの。その点においても、アタシが行くのが適任なんだろう。もっとも、そうじゃなくても行くつもりだったけど。
「気をつけて」
「何かあればすぐもどってくるんだ」
 そう言った、シーナとショウの手をぎゅっと握る。この二人も、こんなに長い付き合いになるなんて思ってもみなかった。シェーラだって、こんなことになるとは思わなかっただろう。
 全てを繋ぎとめているのは、ここにはいない男の子。どんなことがあっても、アタシは昇を連れ戻さなくちゃいけない。会って、言うこと言って、やることやらなくちゃ。
「空を司る者の名において命ず。彼の者に開花を」
「海を司る者の名において命ず。彼の者に喜びを」
 シーナとリズさんが言葉を紡ぐと、向日葵畑がうっすらと光を帯び始める。それに伴い、二人にも変化があらわれた。
 シーナの背にあらわれたのは青の翼。一年前に見たものは、夢なんかじゃなかった。羽根を握りしめて思う。アタシはすごい子と友達になったんだ。
 リズさんにあらわれた変化は――肌の色。アタシ達と同じ白みがかったものから翡翠(ひすい)の色へ。透き通ったガラスのように輝くそれは――鱗(うろこ)?
「『神の娘』って、早い話が聖獣のことなの。『ムサい格好よりもこっちのがいいし面白いだろ』って誰かさんが勝手につくり変えちゃった。本当に、お兄ちゃんにはしっかりして欲しいよね」
 茶目っ気のある瞳で笑うリズさんに、真剣な表情をするシーナ。普通ならここで驚くところなんだろうけど、なぜかアタシはそんな気にはなれなかった。だって、アタシは二人の本質がわかっていたから。外面も確かに大事なのかもしれない。でも、それより大切なのは内面。だったら昇の内面には、一体何が含まれているんだろう。
「お願い。弟を、昇を救って」
 親友の声にうなずきを返す。
 太陽の花だって昇は言っていた。昇がもどってきたら、もう一度ここに来よう。夏になったらみんなで来よう。あんなこともあったねって、みんなで思い出話をしよう。哀しい思い出は、ここまでにしなきゃ。
「リザの名において、命ずる。彼の者を、天使の元へ導きたまえ」
 ルシオーラさんの声に、光がいっそう強みを増す。
「捜したい人のことを強く想えばいい。後は石が導いてくれる。
 あいつのこと、頼むよ。これは君にしかできないことだから」
 ルシオーラさんの声にうなずくと、アタシは光の中に身を投じた。


 目を開けると、そこは雪の砂漠だった。
 白い空に白い地面。遠くにあるのは白い建物。音も何もない、白だけの世界。そこにいたのは空色の髪の男の子。
 あれだけがんばったのに、結局振り出しにもどっただけなのかしら。内心でため息をつきながら、男の子に声をかける。
「また汝か」
 何度目かの冷たい視線。同じことを繰り返されていると、さすがに慣れる――はずはないけど、負けないように、きっとにらみつける。
「汝は何故(なぜ)我につきまとう」
 機械的な声にだって、もう慣れた。本当は慣れてないけど、だからって怖がってばかりもいられない。視線を違えぬまま、アタシは彼に言い放った。
「ほっとけないからよ」
 シーナに告げた時と同じ答えを言う。
「あなたは……あんたはいつもそう。情けなくて、弱くて。カッコ悪くて」
 はじめは肩書きだけの雑用係で。
「アルベルトには頭が上がらないし、シェーラやショウにだって一回も勝ったことないし」
 お兄ちゃんに、いいようにこき使われて、同世代の男の子には全く歯がたたなくて。
「なのに、窮地であんなことするんだもの。心配で見てられないじゃない!」
 だけど、セイルとの一騎打ちの時はアタシを眠らせて、そして、勝った。
 奇策でも用いなければ絶対勝てなかった。それでも分は悪かったはずなのに、勝った。そして、矢に撃たれた。
 一人で戦うと告げた時の表情。それはまぎれもない、覚悟を決めた男の人の顔だった。
「我が怖くないのか」
「怖いに決まってるじゃない!」
 天使の声に、負けじと怒なりつける。
「普通の男の子がいきなりそんな姿になったのよ? 普通、誰だって驚くわよ! ましてや人格だって変わってるんだもの。怖がらないわけないじゃない!!」
 器量のいい人なら大丈夫かもしれないけど、アタシには無理。ついさっきだって、その……身の危険にさらされたばかりだもの。近づく人の方がおかしいってことくらい、重々わかっている。
「ならば、なおさらだ。なぜ我に近づく」
「だから、ほっとけないからよ!」
 天使の正論に、再び声を荒げる。
 知り合って間もなかったら、昇のことを何も知らなかったのなら、アタシはきっと逃げ出していた。今だって理解はしきれてない。それでも、アタシは彼を知ってしまった。出会ってしまった。
『オレ、どんなふうに見える?』
 そう言った時の、彼の姿が忘れられなくて。恐怖にうちひしがれる、子どものような顔。泣きそうなのに、無理に笑ってみせて。そんな顔見せられたら、放っておけるわけないじゃない。
「怖いわよ。怖くてしかたないわよ。でも、あんたはアタシの騎士なの」
 続けたものに、天使が片眉を上げる。
 成り行きとはいえ、昇はアタシの護衛騎士だ。守られたのはここ数回だし、それまでは守ってもらうつもりなんか全くなかった。でも、騎士は騎士。シルビアとベネリウスのようなおとぎ話にはならなくても、一緒に旅をする義務はあるはず。
 ――違う。本当は会いたかった。
 大沢昇という人間に会いたかっただけ。会って聞きたかった。どうしてアタシを遠ざけたのか。どうしてアタシにあんなことをしたか。アタシには聞く権利があるし、なくても聞かなきゃ気がおさまらない。
「男だったら責任取りなさい! 天使だからって責任取らないなんて言わせないわよ!!」
 天使になった昇が、昇だった時のことを覚えてるのかしら。
 そんな疑問を感じないわけではなかったけど、ここまでくると勢いで。
「……無茶苦茶だな」
「あなたにだけは言われたくないわよ!」
 ここまでくると、恐怖感は薄れていた。代わりに増大したのは、やり場のない怒りだけ。
 なんでアタシは、怖いとわかってるのに彼に会いに来たんだろう。
 なんでアタシは、ここまでして彼とケンカをしてるんだろう。
 長い沈黙の後、天使がぼそりとつぶやいた。
「クーだ」
「……え?」
「空(クー)。我の名だ。かつて主にはそう呼ばれていた」
 そう言うと視線をずらす。それはまるで、子どもがそっぽを向いた時と同じ仕草だった。
「……名は」
「え?」
「汝の名だ。我は知らぬ」
 口調は淡々としているけど、声には明らかに、今までとは違うものがふくまれていた。
 もしかして。
「知りたい……の?」
「呼び方がわからなければ、不都合だろう」
 そう言うと、再び視線をずらす。
「アタシはシェリア。シェリア・ラシーデ・ミルドラッド」
 問われるまま名前を告げると、天使は口の中で名前を反芻(はんすう)した。
『あの天使の姿も、大沢昇を形作るものの一つ』
 ルシオーラさんはそう言っていた。なら。
「アタシと友達になってくれる?」
 おずおずときりだすと、天使は――クーは、片眉をあげた。
「それは命令か」
「違う。お願いよ」
 空色の瞳と、明るい茶色の瞳が交わる。
「アタシ、あなたと友達になりたいの。あなたのことを知りたい」
 そう。アタシは知りたい。大沢昇という人間が、何を考え、今どうしているのかを。クーという天使が、何を思い、どんな気持ちでアタシと対峙しているのかを。
 返事が返ってきたのはそれからしばらくしてのこと。
「努力はしてみる」
 それは、出会った頃の彼と、全く変わらないものだった。
「クー」
「何だ」
「……ありがとう」
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