第十章「真実(ほんとうのこと)」
No,4 ひもとかれていくもの
ミルドラッドの宝石には望みを叶える力がある。
ただし、扱えるのは成人する前の女性のみ。導くには相当の時間がかかる。
ラズィアの公主様は、石さえ手に入ればフロンティアの力が手に入るって勝手に勘違いしたみたいだけどね。この点においては、ぼくたちってお姫様達に感謝されるべきなんじゃないかな。こんな人に嫁いでもいいことなんてないよ。君ってラッキーだね。
……話がずれたね。もどそう。
まりいの話が本当だとすれば、その石はフロンティアの欠片ってことになるか。だったら、あの話もまんざら嘘じゃないのかもしれない。
ゼガリアが言ってた。フロンティアはあくまで故郷に、空都(クート)にまつわる言い伝えだって。
世界は三つの惑星(ほし)から成り立っている。天使がいるってことは当然、神の娘ってやつもいる。物語のような話じゃなく、現実として、ぼく達のすぐそばに。空都(クート)にフロンティアが存在するように、他の惑星にも同じものが存在するんじゃないかって。
もちろん、フロンティアだけとは限らない。全てが現実の話だとしたら、地球にだって、もう一つの惑星にだって必ず何かが存在するはずだ。
天使の力は未知数。本来、天使の力を扱えるのは全ての大元となる神様、そして彼らをつくった『神の娘』ってやつらしい。
公女の力と天使の力が必要だって言ってた。もしかすると、ゼガリアは石を使って天使の力をコントロールするつもりじゃなかったのかな。
ぼくが知ってるのはこれくらい。どう判断するかはお任せするよ。
「行くんですね」
アルベルトの声にうなずきを返す。ベッドの上の彼は、相変わらず包帯に包まれたままだった。
三つの世界には、それぞれ神の娘と天使がいる。
空都にも、ましてや地球にも昇の気配は感じられない。だったら残る可能性は一つ。
「昇を連れ戻してくるわ」
空都でも地球でもない世界。
昇はきっとそこにいる。
「すでにあなたの知ってる彼ではないかもしれませんよ」
耳にとどく声が痛い。だけど、行かなきゃ何もはじまらない。
何よりアタシが会いたい。
「シーナにね、聞いたの。シーナが神の娘だってこと」
答えるのが怖くて、返事の代わりに別の言葉を投げかける。
「前に会った天使様って、ステアっていうんでしょ?」
一年前、ほんの少しだけ見た女の子。白い翼の天使は友人に冷たい言葉を投げかけ、後に姿を消してしまった。あの時は冷たい人形のようにしか思えなかった。だけど、シーナが言っていることが事実なら、彼女は本当は心優しい女の子のはずだったんだ。
でも、腑に落ちないことがある。
「シーナが空都の神の娘だって言うなら、どうして地球にいたのかしら」
シーナと初めて出会ったのはリネドラルドの城下町。リネドラルドはカザルシアの王都で、空都の中の国の一つ。
空都は世界の一つの惑星のことで、でもあの頃のシーナは自分を地球の人間だと信じて疑わなかった。
地球の住人だと思い込んでいたということは、裏を返せばそれだけ、地球で暮らしている期間が長かったということになる。それはもう、物心つかない幼少の時から。
じゃあ、どうしてシーナは子どもの頃から地球に、彼女にとっての異世界にいたのか。
そんなの簡単。誰かが意図的に別の世界へ、地球へ送り出した。
「もう一つ聞いたの。天使って、一人の女性に一人しか寄り添えないって。娘の意図に問わず生前から候補はあがっていたって。
全ての事情を知っていて、ステアより前に天使を司ることができた人って誰なのかしら」
『天使はカミサマノムスメに認められた、彼女と同じ世界の住人にしかなることが許されなかった』
言いかえるなら、シーナと同じ世界の住人――空都の住人になら、シーナに認められさえすれば天使になることは可能だ。
昇は地球の住人だから、地球の『神の娘』に認められたんだろう。一方、ステアが天使になったのはそう長くはないって親友は言ってた。ステアの前に天使を司っていたのはトキサ・ベネリウス。アタシ達の間では『黒い翼を持つ英雄』と謳われていると同時に、シーナのお父さんである人。
ベネリウスとステアの間には空白の時間がある。だったらその時間の天使は? シーナが『神の娘』になる前に、シーナが地球にいる間、天使を担っていた人物は誰だったんだろう。
「ねえアルベルト。世界を裏で操っているのは一体誰なのかしら」
アルベルトは答えなかった。応えられなかったのかもしれない。そうよね。意地悪な質問しちゃったもの。
全ては一つに繋がっていく。シーナのこと、昇のこと。もしかしたら、物語はその前から始まっていたのかもしれない。
「じゃあ行ってくるわね」
長居してても仕方がない。物語の続きは全てが終わってから聞けばいいんだから。
みんなのところに戻ろうとして、ふと足を止める。
つかつかと足を速めて近づいて。兄の顔をじっと見つめる。五年前と代わらない碧の瞳。その奥に見え隠れするものは、たくさんの感情と。
「自分を悪者にするのはやめなさいね」
本当は一言あやまりたいところだけど。でも言った言葉は許せなかったからこれでおあいこ。
『あなたは公女である前に一人の人間なんだ。だから閉じこもってるだけじゃいけない。このことを忘れないでください』
そう言ってくれたのは他でもない、目の前のお兄ちゃんだ。そんな人が本当の意味であんなことを言うはずがない。もっとも、今までさんざん昇にひどい言葉を投げかけたのも彼だけど。
「いつまでも自分をおとしめているようじゃ、いつまでたっても味方ができないわよ」
本当にそう。平然と辛らつな言葉を投げかけて。……アタシはそんなに言われたことないけど。
言っていることは事実で、嘘偽りがまったくない。指摘された人間は反論することもできず唇をかみしめるしかない。だから、敵を作りやすいんだろう。昇が彼を『極悪人』と言ってた理由が少しだけわかったような気がした。もっとも、嘘がないからといって真実を述べているとは限らないけど。
「……アルベルト?」
「貴女(あなた)にはかないませんね」
頭の上に手をのせられて、自然と視界が下に向く。乗せられた手は大きくて温かい。
顔を見なくてもわかる。アルベルトはきっと、笑ってる。いつもの涼しげな笑みじゃない。穏やかな、瞳の奥に憂いと親しみをこめた顔。それはきっと、五年前と同じもの。
子どもの頃に交わした約束は、五年後の出会いの糧となった。彼はいつもそう。ひどいことを言っても、最後にはちゃんと希望を残してくれる。それなのに、普段の言動がああだもの。これじゃあ嫌ってくださいって言ってるようなものだ。
今だって、本当は自分が捜しに行きたいんじゃないのかな。前に行方知れずになった自分を捜してくれた、黒髪の男の子のように。
「翼より鱗です」
意味ありげな言葉を残すと、お兄ちゃんは手を離す。
「私がされた分のお返しを、しっかりお願いしますよ」
顔を上げた時に見たものは、予想と少し違っていた。
だけど、そこにはもう、さっきまでの弱々しい彼はいなかった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
みんなは一足先に集合していた。
「そんな状態で大丈夫なの?」
「暗殺者は体が資本だから」
シーナの気遣うような声にセイルが苦笑する。
場所はいつかの遊園地。前に、アルベルトがいなくなって捜しに出かけた場所。あの時は強引に昇についていって。戻ったとたんに喉元にナイフを突きつけられて。でも、こうして同じ場所にいることが不思議。
「師匠さんはいいの?」
モロハの声にうなずきを返す。やれることはやったし、告げるべきことは告げたもの。あとは最後のやるべきことをやるしかない。
あの様子なら大丈夫。アルベルトはきっとアタシ達を待っててくれる。もどってきて、『どこの家出息子ですかあなたは』って弟子のことをからかうに違いない。そうじゃなかったら、無理矢理二人を閉じ込めよう。後はなるようになれだ。
「今回は大沢がいないから、ボクとまりいちゃんだけの術になる。もちろん足りない分は、みんなにサポートしてもらうつもりだけど」
ふと、セイルと視線が重なった。アタシと同じことを考えていたんだろうか。少しだけ苦笑すると、みんなと同じく視線を陣に移した。
「みんな準備いい? いくよっ」
モロハが陣を描き、詠唱をはじめる。
「我が名はソード。三つの力を束ねる者。我が声が聞こえるか。我が歌が聞こえるか。
三つの世界、空都(クート)、霧海(ムカイ)、地球よ。心あらば我らの声を聞き入れよ。彼の者に三つの聖獣の加護のあらんことを」
空都で術を作ったときと全く同じセリフ。
「我は空を司りし者。我と鳥の加護を受けし者の名において、彼の者を望みし場所へ導きたまえ」
目をつぶり、シーナが言葉を紡ぐ。この前は、確か昇が精霊の契約を紡いで、陣が光ったんだ。けれど、昇はここにいない。
あの時は確か。
「人は、なぜ時を紡ぐ。人はなぜ未来を望む」
みんながはっとした表情で顔を向ける。視線の先がアタシにあることに気がついたのは少ししてから。自分でも意図がわからず、しばらくたって理解して、慌てて口をおさえる。
アタシ、今……
「いいよ。続けて」
続きを促したのは親友だった。周りもシーナを見た後、再び陣に力を注ぐことに専念する。アタシもそれにならい、陣の中央に立って深呼吸。目をつぶり、本来なら別の人が紡ぐはずの言葉を口にした。
「人は、なぜ時を紡ぐ。人はなぜ未来を望む。
我は時の輪を砕くため、三人の使者に幸福をもたらすため、時の鎖を――」
はじめは何のことを言っているのかわからなかった。でも、今ならわかる。
昇とアルベルトと他の二人と。五年前に出会いと別れがあった。
別れの後、一人は旅人に、一人は眠りについた。アルベルトは眠り姫を起こすためにミルドラッドに立ち寄り、再び旅立った。そして昇は、少女の願いで記憶を封じ、地球にもどされた。
キイイィィィ――
陣がまばゆい光を放つ。一呼吸おくと、アタシはアタシ自身の祈りの言葉を口にした。
「みんなが、倖せになれますように」
全ては誰かがしくんだことだったのかもしれない。だけど、あくまで仮定の話。あのアルベルトにだって予想もつかないことがあったのだから。
誰だって、不幸な結末を望んではいないはずだ。それなら、早くもどってきてほしい。平和とは言えないのかもしれないけれど、みんなの一部に、もしかしたらその中心に、大沢昇という人はいるのだから。
そして光が全てを包む。
――お願い。どうか無事でいて。