EVER GREEN

BACK | NEXT | TOP

第十章「真実(ほんとうのこと)」

No,13 さあ、ここから始めよう

 地球にもどったのは、それから二時間後のことだった。
「元にもどったのだな」
「おかげさまで」
 シェーラの苦笑に片手を上げる。
「それで。どうやってここへ来たのだ?」
「それは……」
 答えを求めるように、公女様が困ったような視線を向ける。いや、俺に向けられても困るんですけど。
 落ち着きはしたものの、問題は帰り方。以前は地球の方で誰かに声をかけてもらう、もしくはこっちで意識を失う方法を使ってた。けど、ここにいたのは俺とシェリアの二人だけ。仮に第三者がいたとしても、前みたいに殴られて強制送還ってことだけは嫌だった。考えに考えて、シェリアが言った一言。
『飛べばいいんじゃない?』
 確かにそうだった。わざわざ歩く必要もなかった。
 一人で移動するわけにもいかなかったから、シェリアを連れて移動した。どうやって飛んだって? そりゃ、その……天使になって。どうやって連れてったって? そりゃ、その……横抱きにして。
 お姫様だっこする天使。俺、どこの物語の住人ですか。とてつもなく恥ずかしいんですけど。俺が逆の立場だったら、ある意味おいしいシーンだったぞ。恥ずかしさで死ねたけど。あの翼って、伊達じゃなかったんだな。ちゃんと動かせたんだな。今の今になって、よーやくわかったぞ。
 気持ちにゆとりが生まれると、人間いろんなことができるようになるらしい。地球に、元いた場所にもどりたい。そう思うだけでよかった。願いながら時空転移(じくううてんい)を使うと、すんなりもどることができた。加えて言えば、元の姿にも簡単にもどれた。
 地球に着いて、一番に目に付いたのは向日葵畑。そこから歩いて、諸羽(もろは)のアパートまで歩いてきたってわけだ。
「いいよ。昇が戻ってきてくれたもの。それで充分。シェリアもありがとう」
 姉貴のありがたい一言によって、場は回避された。
「シェリアも本当にありがとう」
「だって、アタシが言ったもの」
 姉貴が教えてくれた。
 俺のいた場所、時の城にたどりつくにはみんなの協力が必要だったこと。それには俺に縁のある場所でないとだめだったこと。
 縁のある場所、それは向日葵畑。それがわかったとしても、誰かが本拠地まで乗り込まなきゃならないわけで。それを、シェリアが全部引き受けてくれた。
 そんなこと全く聞いてなかった。っつーか、初耳だった。驚きつつ振りむくと、慌てて視線をそらされた。
 それは肯定の証ってことで。
 ちょっと……いや、けっこう。それも違う。かなり、嬉しかった。
「二人とも、何かあった?」
 穏やかな表情で核心をつかれ、俺とシェリアは固まってしまう。
『な、なんで』
「なんとなく。二人の雰囲気がやわらかくなったから」
 穏やかに、けれども力強い笑みで。
『そんなことない』
「って!」
「の!」
 久々の唱和に、二人慌てて口ごもる。これじゃあ、そうですって言ってるようなもんだってことは、さすがの俺でもわかる。この件は後々なんとかするとしよう。
 咳払いをすると、みんなに向かって頭を下げる。
「心配かけてごめん。でも、ありがとう」
 姿が変わった時、自分自身が変わってしまったようで怖かった。
 忘れていた、忘れたかった過去を突きつけられて、心がきしんだ。セイルと戦った時だって、本当にぎりぎのところだったんだ。
 全てを思い出した時は何もかもが嫌になって拒絶した。今まで築きあげたものが全部崩されたような気がした。けど、そんな俺をシェリアは迎えに来てくれた。そんなシェリアをみんなが支えてくれた。
『忘れないで。君は決して強くはないけど、弱くもない。君は君が思っている以上に皆に愛されてるってことを』
 初めて聞いた時は、何のことを言われてるのかさっぱりわからなかった。けど、今ならわかる。
 強くないのは認める。っつーか、はじめっから強くはなかった。愛されてるっていうのは正直、気恥ずかしい。けど、みんなが俺を心配してくれている。それだけはわかった。だったら、俺はそれに報いなければならない。
『おれは、だれなの?』
 子どもの頃は、罪の意識しか感じなかった。
『我は誰だ』
 だから天使に、空(クー)という、もう一人の自分を作った。
『オレは、何?』
 だけど、結局は両方自分なんだ。天使となって周りを傷つけたのも俺なら、セイルと戦って勝ったのも、みんなと旅をしてきたのも俺なんだ。
 俺は大沢昇。それ以上でもそれ以下でもない。これが、自分で出した結論。
「もうこんなことは絶対しないでね」
「約束する」
 まりいの眼差しに、しっかりとうなずく。
「つくづく、お前とシーナって姉弟だよ。心配かけさせるとこなんか、特に」
「これからもお世話になります」
 ショウの苦笑に笑って返す。
「まだ旅は終わってないのだぞ」
「確かに終わってないもんな」
 相変わらずのシェーラの口調に、自然と口元がゆるむ。
 後から聞いた話だけど、俺を止めてくれた暗殺者はもう一つの異世界で療養中らしい。今度、しっかり話をしよう。
「でも、ほんとによかったよね」
 能天気な声に視線を向けると、諸羽はぴっと指をたてて告げる。
「出席日数どうするのさ。前の格好のままだったら間違いなく行けなかったっしょ」
 すっかり忘れていた。
「学校の課題はどうするんだ?」
 異世界の住人のもっともな指摘に顔面蒼白となる。
 地球を離れたのは冬休みが始まってすぐ。空都(クート)に旅立って、殺されかけて。天使化うんぬんを考えると相当な時間がたったわけで。
「……今って、何年何月何日?」
「お前がいなくなってから翌年の一月五日。両親の方にはシーナから連絡がいってる。よかったな」
 全然よくないんですけど。いや、捜索願いを出されるって最悪の事態になってないだけましか。
 冬休みは一月八日まで。宿題はまったくもって、終わってない。あと三日でできんのか!? いや、気合を入れればそれなりに。けど――

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「お願いします。うつさせてください」
『は? お前、この冬休み何やってたんだよ』
 電話越しの、坂井の声がひどく懐かしい。これが、年があけてはじめての親友への一声だった。

 イールズオーヴァのことは、本当に、ついさっき思い出した。
 天使になる前じゃない。なった後で。いつだって窮地に呼びかけてきたんだ。
《われの、神の人形。それが、空と呼ばれし者のさだめ》
 海ねーちゃんが望んだことならば、確かに仕方がないのかもしれない。だけど、わからないこともある。
『哀しみの刃は心の奥に眠っている。それを引き抜くことができた時、君は――汝(なんじ)は、全てを終わらせる鍵となろう』
 全てを終わらせたいんだ。
 哀しみとか、痛みとか。いろんな感情が多すぎて。
 辛かったこととか、後悔とか。そんなものが完全に消え去ったわけじゃない。だけど、そこで立ち止まってたら何も始まらないから。
 今回のことで俺は全てを思い出した。思い出すってのは、言い換えれば自分と向き合うこと。その中には、あいつもいた。
 本当に俺が全ての鍵となるのなら、俺はあいつとも向き合わなければならない。
「動けるようになったんだな」
 ドアを開けると、アルベルトはそこにいた。
 金髪碧眼の長身の男。椅子に座って本を読んでる様は、はたから見ても様になっている。格好こそ違うものの、こいつは初対面から全く変わってない。
 人のよさそうな顔立ち。初対面で十人中、八人は好印象を持つことだろう。残る二人は警戒と胡散臭さを感じるところか。思えば俺もそうだった。この笑顔にうさんくささを感じて、気がつけば頭を壷で殴られてた。
 ――違うよな。本当の初対面は、五年も前のことだったんだ。
 五年前のあいつは今より少し幼くて、瞳に棘があった。口調は今とほとんど変わらないものの、時々見せる本音が本気ですごかったし。
 五年たって。俺もこいつも同じだけ時間が流れた。俺は地球で高校生として、こいつは空都で神官として。もう一人の兄ちゃんは霧海(ムカイ)と空都を行ったりきたりしている。
 じゃあ、あの人は? あの人は今どこにいる?
 三人と一人のうち、たった一人の人間が、どこにもいない。俺のこれからやるべきこと。それはきっと、目の前のこいつが望んでいること。
「思い出してしまったんですね」
「本当のことを教えてくれ」

 そして、全ての糸はひもとかれる。
BACK | NEXT | TOP

このページにしおりを挟む

ヒトコト感想、誤字報告フォーム
送信後は「戻る」で元のページにもどります。リンク漏れの報告もぜひお願いします。
お名前 メールアドレス
ひとこと。
Copyright (c) 2003-2007 Kazana Kasumi All rights reserved.